ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

恋愛生死の三竦み

 リスド大砂漠よりも遥か遠方に、ファルソ村はある。魔力濃度の安定しないあの砂漠は非常に特殊な場所だという事は以前述べたとおりだ。当然ながらあの砂漠以外は至って普通であり、魔力濃度が一定ではない等という事はない、無かったのだが―――ファルソ村に近づくにつれて、魔力濃度は何故か徐々に薄くなっている。
 例外でないツェートやオールワーク、レンリーは大いにそれの影響を受けていた。
「あともう少ししたら村に辿り着くけどー……おかしいな。私が前に来たときはこんな環境にはなってなかったと思うんだけど」
「力は徐々に拡大している、という訳か。お前達、まだ歩けるか?」
 アルドは例外に入っていようといまいと、この手の能力には絶対的耐性を持っている為に意味がない。元々取り込めない魔力の濃度が薄くなろうと関係がないのだ。今は居ないが、フィージェントは恐らく権能で無力化できてしまうのだろう。
「……どうやら魔力濃度が薄いだけでなく、魔力も奪っているようですね。微々たる速度ではありますが」
「そうみたいだな……レンリー、大丈夫か?」
「あ、当たり前よ! 私の魔力は常人の三倍なんだから!」
 強がっているようだが、一番被害を受けているのは一般人であるレンリーか。微々たる速度であるというのなら多少は鍛えている二人なら問題なさそうだが……休憩は賢明な判断とは言えない。レンリーには申し訳ないが、このまま村まで直行するとしよう。
「というか思うのだが……私が彼女に会いに行ったところでこの騒動、果たして本当に収まるのか?」
「……どういう事?」
「いや、な。お前の言葉を信じるとすると、少しだけおかしいだろ。私と話したいと駄々をこねだした。それで私が来れない事を理解するやゼノン以外の話し相手を欲しがって誘拐……」
「―――先生? 一体何処がおかしいんだよ」
 ツェートの言う通り、一見すれば何もおかしくないのかもしれない。気のせいなのかもしれない。それでも引っかかった。
「そもそも駄々をこねるとは無理にでも要求を押し通そうという時に使うモノだ。複雑な気分だが、エルアはそれだけ私と話したかったという事でもある。それなのに他の人で妥協するとは思えなくてな」
 それに、彼女はそんな性格ではなかったと記憶している。出生を抜きにしても元々病弱であるにも関わらず、その妥協を許さぬ性格はまるで幾つもの死線を潜り抜けてきた女剣士が如し。そんな彼女が突然妥協をするとは考えにくい。考えられない。
 そう考えると、自ずと結論は導き出される。『災憑』関連の問題があの村に起こっているという結論が。
 かつて『皇』やゼノンと共に解決し、もう二度と起きる事は無いと思っていたのに。
「ね、ねえアルド。この騒動でもしもエルアが死んじゃったら―――」
「それはない」
「え?」
「アイツはかつて生きたいと願ったんだ。私もアイツをいつか外に連れ出してやると約束した。だから誰にも殺させない。アイツが死ぬときがあるとすれば、それは私が殺した時だ」
 そう決意を露わにした彼の瞳を見た時、ゼノンは罪悪感を感じずにはいられなかった。だって自分は……エルアを利用してアルドと両想いになろうとしているのだ。それが最低な行為であることも分かった上でやっているのだから尚性質が悪い。
 この騒動が終わるまで、自分はきっと彼の瞳を直視する事は出来ないだろう。その真剣な眼差しで見つめられた日には、自分がどれ程最低で卑劣な行為をしているかを一層自覚させられてしまうから。
―――。
 アルドが自分の様子を横目で窺っている事等、今の彼女は気づきもしなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。余計な不安を抱きたくなかったから。










―――どうもゼノンの様子がおかしい。いつもと同じ振舞い、いつもと同じ口調。だが何かが違う。例えば尻尾。何故か小さく早く動いている。不安事があるという意味だが、普通に考えればそれはエルアの事だろう……しかし違った。遠まわしにエルアは何があっても死なせないと言ったというのに、その尻尾の動きはまるで変化を見せなかった。という事は、エルアとは全然関係ない不安を抱いているという事である。
 それは何だ? あれほど自由気ままな彼女がそれ程までの不安を感じる何かとは、一体? ……フェリーテが隣に居ない事が悔やまれる。居ればきっと、何かしらのヒントはくれただろうに。
 やはり……分からない。これ以上悩んでも同じ結果に辿り着くと思うので一旦中断するが、彼女には気を配っていた方が良いかもしれない。いや、今からでも気を―――不安を和らげた方が良いかもしれない。どうせ後で揶揄われる事は確定事項だ、いつやっても同じだろう。
「なあ、ゼノン」
「……なーに?」
「手を繋がないか?」
 あまりにもあっさりと、そして淡白に言われたその言葉の意味が正確に届いたのは、発言から数十秒後の事だった。
「え、ええッ! 別にいいけど、な、何で?」
 突然手を繋ごうかと言われて動揺する……か。遊び人とはとても思えないような初心な反応だ。やはり何か不安があるようだ。
 所で背後では二人が『私達も手を繋がない?』『阿呆かお前は』と言った穏やかな会話を繰り広げているが、これは全く関係ない別の話と認知する事にする。
「全然顔が笑ってない。お前は自由気ままな遊び人だろう? しんみりした顔より、笑顔の方が似合う。それにそんな顔で一緒に居られても迷惑だからな。笑え」
 無理やりに彼女の手を取ると、とても暖かい感触がアルドの手を包んだ。血と臓腑を浴び続けた末に冷え切ったアルドの手が、『猫』の温もりを感じているのだ。少々恥ずかしそうに笑いかけると、戸惑いつつもゼノンは微笑み返した。
 無理に笑顔を作った事は直ぐに分かった。どうやらこの程度では、彼女の不安は少しも解消されないようだ。
「……お前は一人じゃない。忘れるな」
 部外者に聞こえぬように呟いた言葉は、果たして彼女に届いたのだろうか。
 繋がれた手が一層強く握られた事に、アルドは気付きつつも無視して歩みを進める。想いの交錯などあり得ないと信じて。彼女の不安はエルアに直結しなくとも、エルアに関連はしていると信じて……彼女を信じて。




 

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