ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

恋の前に生死は無力

 『猫』の魔人には発情期があり、それは年に数回訪れる。現在はその真っ只中であり、だからこそ『猫』―――ゼノンは積極的に誘惑し、周囲の男性の気を引く。いや、引かざるを得ない。
 『猫』の魔人は一般的に遊び人で気分屋で、自由な存在である……と思われる事だろう。アルドでさえきっとそう思っているから、自分に対してああも冷たい態度を取るのだろう…………だが違う。違うのだ。『猫』の魔人は確かに遊び人で気分屋なモノが多い。しかし決して自由な存在などではない。むしろ自由などとは程遠いまでの縛り……呪いを受けた種族なのだ。
 口にこそ出さないが、ゼノンはアルドの事が好きである。アルドとリシャが両想いになっていた事もあって遂にその想いを伝えることは無かったが―――未だに彼の事は、大好きである。別にナイツのように命を助けられたからとかそういう理由ではない。
 アルドは魔人に認められる為に全てを捨てるその決断もそうだが、ナイツが集まらない内はそれこそ内部での対立が起きないよう配慮もしていたし、誰かが困っていたなら迷わず助ける事もやっていた。魔人に信用されたいがために己の全てを『魔人』という種に捧げていたアルドの姿を見ている内に、気づけばゼノンは惹かれていたのだ。彼という存在に。
 しかし『猫』は、発情期の間は誰彼構わず誘惑してしまう。本能がそうするように作られているから。たとえ好きでも何でもない男が居たとしても、この時期に入った『猫』は誘惑し、そして出来る事ならば子作りをする。では何故自分が子供を作らないのかと言えば、それはやはりアルドへの想いがあるからだ。
 本能は子供を作れと命令する。しかし理性が、アルド以外を拒絶する。そんな状態が長く続いているからこそ、ゼノンは決して誰かのモノにはならないというイメージを持たれてしまっている。そしてアルド以外を拒絶する限り、この状態は永遠に続くモノだろうと……以前はそう思っていた。
 だがアルドが玉座を降り、再び魔人へと目を向けた今、その状況の完全性は崩れ去った。チャンスは今だけ、今だけなのだ。これを逃せば再びアルドは王の座へと戻り、外の世界に目を向けてしまう。
「……何だ?」
「え、えっとね~あの……エルアって子覚えてる? ほら、『貂』の―――」
「ああ、勿論」
 エルア。リスド大陸の端の端にある村、ファルソ村。今は無かったことにされているその村の存在を知る者は数少ない。村人は皆死に、残ったモノはエルアただ一人。彼女はその出生の都合上村から出る事は出来ないので、事実上あの村を知っている者はリシャを除けばゼノンとアルドの二人のみ。そしてその村に立ち入れるのも、二人のみ。
「あの子がね、また暴れだしたのー。今までは私が出向いてたから何とかなったんだけど、いつからかアルドに会いたいって駄々をこねだしてね」
「……成程な。確かに考えてみれば、大陸奪還を始めてからはアイツに一度も会いに行っていないな」
 忙しかった……という理由は言い訳には使えないだろう。ナイツの誰かしらとのデートに使える時間はあったのだから、彼女に会いに行くことも十分に可能だった。行かなかった理由は単純に忘れていたと結論付けられる。
 アルドは跋が悪そうに頭を掻く。今までの時間は楽しいモノだったが、凄く後悔している自分が居る。彼女を忘れて楽しんでいたなんて。
「それでねー……私以外の話し相手を欲しがったエルアは、死んだ村の人たちを操って、外から魔人達を攫っているの。攫われた人たちは無理やり村に住まわされて」
「そして死んだ村人と同じ末路を辿る、という訳か。このリストにそれは載っていないようだが?」
「アルド以外には頼めないよッ。今は村の周囲数百メートルに近づくだけで意識を奪われるまでになってる。頻繁に訪れてる私は効果の例外に入ってるみたいだけど……このままじゃリスド大陸があの村に浸食されちゃう!」
 そうなれば大陸奪還どころではない。エルアの力がどれ程の強制力を持っているかは知らないが、最悪を想定すると……リスド大陸の魔人は死滅し、残った者はアルドと、ゼノンと、エルアの三人だけとなってしまう。内部からは何の問題も生まれないだろうと思っていたらこれである。簡単に処理できた筈の爆弾を放置した結果、膨張して手に負えなくなるレベルの爆弾が生まれてしまうとは。
「確かにそれは……緊急事態だな」
 内部の安定化というより、彼女の鎮静化である。優先するのは言うまでもない、これは魔人という種の存続に関わる大問題だ。
 アルドは周りにいる三人に目線を移した。
「お前達はどうする? 協力してもらうとは言ったが強制はしない。もしも別行動を取るつもりがあるならこのリストを渡しておくから、代わりに少しでも消化しておいてくれ」
 内部の安定化なので、誰かに任せてしまっても問題ない。アルドに対する評価には何も響かないが、今はそれを気にしている場合ではない。
「私はアルド様の従者ですから、勿論ご同行させて戴きます。そのエルアとやらの力に抗えるかは不明ですが、そんな事を気にしていても仕方ないので」
「俺も勿論行く。もしかしたら戦う事もあるかもしれないからな!」
「え、じゃあ私は……残るわ。ツェートの迷惑になっても嫌だもの」
 その瞬間、男性約二名の目線がレンリーへと向いた。
「え、な、何よッ」


「―――残るのは構わないが、人間嫌いの魔人にレイプされても知らないぞ」
 答えが変わるのに、そう時間は掛からなかった。
「行くわ!」
 傍から見れば連れていく為に脅したようにも見えるが、アルドは脅す目的で言ったつもりはない。そういう事があり得たから警告しただけだ。
「……コホン。決まりだな。そういう訳だからゼノン、道案内を頼む」




―――たとえ彼女が災憑ワザワイツキだったとしても。たとえ彼女が自分に会いたかったのだとしても。それでも許されない事はある。死者の冒涜は許されない。生者を裏側の世界へと導くことは許されない。話し相手が欲しかったのだとしても、永遠にあの土地から離れられないとしても、それでもしてはいけない事がある。
 本意ではないが、もしも彼女が吞まれてしまったらその時は……










 これが最後のチャンス。部外者を気にせず、アルドと精神的に二人きりになれる機会。利用するみたいで申し訳ないが、本能を欺くためには仕方ないのだ。自分から想いを伝えられないのなら、彼に振り向いてもらうしかない。彼から想いを伝えてもらうしかない。そうすれば自分の想いは―――








 ……………………ごめん、なさい。










 

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