ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

王とは戦うモノではない

「……王とは戦うモノではない、導くモノだ。民を護り、民を知り、民を視るモノだ―――その筈だった」


              貴方はそれに成れたの?


「……俺は最低だ。お前の期待通りの王様になれていなかった。偉そうに色々なモノを語っておいて、一番何も見えていなかったのは、一番何も知らなかったのは、一番何もかもを理解していなかったのは俺だった!」


               蹲る。墓を背に、俯いて。


「危うく全てを喪う所だった。全てを無駄にする所だった。全てを……憎む所だった。『皇』……いや、リシャ。やはりお前が居なければ私は……」


        彼の頭を撫でてみる。きっと彼は気づかない。それでも敢えて言わせてもらう。


                『貴方なら出来るよ』


「――――――でもお前から託された魔人は、俺が必ず導く。俺に王の素質が無い事は知ってる。それでも託された以上は導く。お前の所に行きたい気持ちもあるけど……でももう少しだけ生きてみる。フェリーテ、ヴァジュラ、メグナ、ファーカ、ディナント、ユーヴァン、ルセルドラグ、チロチン、オールワーク、トゥイーニー……皆、私を必要としている。だからまだ生きなきゃいけない。お前はまだ見ていてくれ。俺はこれから騎士ではなく……王になる」


       そう。貴方は強い。だから私は貴方を信じ、愛し、恋をした。


「全部終わったら、お前の所に行くよ。もしまた会えたらその時は―――」


  立ち上がった。少し離れた所で彼を待つ、大切な仲間の元へ向かう為に。


「――――――また来るよ、今度は近い内に」














「もういいのか、師匠?」
 命日に来れなかったという後悔はある。だがもう十分だ。これ以上あそこに居ては……せっかくした決心も揺らぎかねない。
「ああ、私の事だというのに、時間を取らせてもらって申し訳ないな……所でお前、いい加減私を指す言葉を固定化しないか? 先生何だか師匠何だかよく分からないぞ」
 どっちも自分に対してしか使われないので間違えることは無いが、微妙にややこしい。ツェートは良く分からんとばかりに後頭部を掻いていた。
「―――別に気にしなくてもいいと思うけどな。 俺は先生以外に敬称を使う気は無いし、これからもそうするつもりだから」
 それはそれでまた別の問題が発生してしまう。アルドの知る処ではないが、弟子の将来が物凄く心配になる発言だった。オールワークを一瞥するが、『どうしろというのですか』という彼女の目線を受け止め、諦めた。
 レンリーがあんな状態では使い物にならないし、もう一人はそれも良しとする性格と見た。ああ、成程。要は自分しか当てにならないのか。
 そういう事なら改めて言おう。お手上げだ。こればかりはツェートが『尊敬』をする基準の話になる為、最早どうしようもない。彼の人生、価値観、全てを変えた自分が敬称を付けられるのであれば、次にそれが付けられるとき、再びツェートは全てを変えられるという事。
 裏を返すと、彼が変わらない限り尊敬される人物は自分一人であるという事だ。
「……そうか。まあいい。では改めて、内部の問題解決に協力してもらうぞ。寝床については確保されていないから、それだけは分かっていてくれ」
「俺達も野宿してたから問題ない。なあレンリー?」
「え、ええ、そうね! 私は野宿大好きよ!」
 微妙に会話が嚙み合っていないが、ツェートは気にせず続ける。
「お前はリシケンでの発言を忘れているのか? 散々寝床について文句ばっかいって」
「あれは―――その……ごめん…………なさい」
「は? お? ふぇ? あ…………お、おう。分かればいいんだ」
「お前等協力してくれるんじゃなかったのか? さっきから内輪ネタで話しているみたいだが、こっちは蚊帳の外だ、話に収拾がつかなくなっても知らないぞ。それとツェート、ちょっと来い」
 適当に話を中断させた後、アルドはツェートの腕を取って、僅かに遠くへと連れ出した。
「何だ?」
「……アイツ本当にどうしたんだ? やばいぞ」
「……! 師匠もそう思うよなッ、そうだよな! ……何かヤバいんだよアイツ」
 如何に付き合いの浅いアルドと言えど、流石に分かった。以前足りなかった何かが埋まっている。ツェートに好かれようと頑張っている。それを加味しても尚、彼女が素直に謝罪をするなど信じられない行為と言い表す以外に何と言おうか。別人を疑うレベルである。気づかれない様に視線を投げると、当の彼女は年相応の少女が浮かべるような、困惑の表情を浮かべていた。
「……ツェータ」
「何だ?」
「気を付けろよ。何を企んでるやら……分からん」
「分かってる」
 それが深読みだという事に気付くのは、まだまだ先の話。アルドにしろツェートにしろ、どうしておかしな所でポンコツになるのかと、表情一つ変えずにオールワークは心の中で呟いた。












 勝手に時間を潰していた事も含めて三十分。アルド達はようやくこの場所に辿りついた。名称は一々つけるのが面倒なので『総合依頼所』で通っている。ここには魔人達の要望や、困っている事などが集まっており、治安の安定化を目指すのであれば、ここを狙うは当然の理。管理者は確か……『猫』の魔人だったような。
「あれッ……アルドー! ここに来たって事は、もしかしてもしかして、私を頼りに来たのッ?」
「ああ。久しぶり……というよりかは、只あまり話さなかっただけだな―――ゼノン」
 ゼノンと呼ばれた少女は、アルドを見つけるや否やカウンターからバッと飛び出して、勢いのままにアルドへと飛びついた。
 綺麗なくびれを持つその身体は、挙動一つ取っても美しい。彼女が少し体をくねらせるだけでも、きっと数十人は男が釣れる。だが決して捕まらない。何せ彼女は『猫』の魔人。遊び人で気分屋で、誰のものにもならない自由な存在なのだから。
 そしてこんな事を言ってしまっては何だが、全体的なラインの美しさはナイツの誰にも劣らない。勝ってるという見方すら出来る。しかし特筆すべきなのはその際どい格好だろう。
 ローブを中心から真っ二つに切り、その下半身部分は動きやすさを求めて更に短くした事で、彼女の格好はへそ出しローブに謠の履いていた『すかぁと』を履いたような攻めた格好となっている。おまけに何故か『すかぁと』部分はボロボロ。切れ目が粗いのを見る限り自分でやったのだろうが、猛毒でしかない。余程スタイルに自信が無い限りは出来やしない芸当なのも性質が悪い。知り合いでなければアルドもきっと目を逸らした。現に、ツェートは直ぐに目の焦点をずらして全体像だけで彼女を捉えている。
「ひょっとして、やっと私のプロポーズを受ける気になったッ?」
 彼女のお尻から伸びる尻尾が誘うようにゆらりゆらりと揺れている。彼女の頭部から生える耳がピコピコと揺れている。好意を抱いているサインなのは間違いない。
 それでもアルドの反応は変わらず、どちらかと言えば冷たい方だった。
「そんなアホな話があるか。受ける気があるかどうか尋ねるならまずは真剣にいう事だな」
 女性経験の無い男性は彼女と少し会話するだけでこう思う。『この子もしかして、俺に気がある?』と。
 だがそれは大きな間違い。この女性は少しでも気に入った相手にはプロポーズを仕掛けるのだ。無論断ってもいい。彼女は直ぐに別の所へと行く。
 だから真面目に相手をしない。これが彼女とうまい具合につき合っていく為の唯一の方法である。
「お前も知ってる前提で話を進めるが、治安の件で来た。リストを貸してくれ」
 自分が喰いつかないと分かるや、ゼノンは萎えた様にアルドから体を離した。
「はいは~い、ちょっと待ってねー」
 その隙を見計らい、ツェートはこっそりとアルドの背後に近づく。
「―――先生、誰だあの人」
「ゼノンだ。私の恩人に次いで、私と仲の良かった魔人とでもいうべきかな。プロポーズされてもイエスとは言うなよ?」
 アルドは何故かレンリーの方を向いて、言った。
「ば、バッカ、言わねえよ! 俺には…………さんが居るし」
「それでいい。ですよねレンリーさん?」
「え? 何で私に振るのッ? え、え?」
 性格はやはり変わっている。だが好都合だ。弄っていて面白い。こうして適当に情報だけ提供して後はだんまりを決め込むだけで勝手に慌ててくれる。何と面白い性格に変化したのだろうか、彼女は……オールワークに白い目で見られている現状も含めて、やりすぎると怒られそうだ。
「おっまたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁせッ!」
 やけに伸びた声と共に、奥からゼノンが帰ってきた。脇にはリストが挟まれている。
「参考までに聞いておこう。そのリスト、何ページだ」
「アルドが何もしなくても消化はされたけどー……二六三くらいかなー。下らない物から本当に危険なものまでより取り見取りだよー」
「下らないモノ? 例えば?」
「家の前のゴミを拾ってほしいーとか。私と結婚してーとか。色々」
 本当に下らなかった。最後のはそうでもないが、どう考えても他に相談するところがあったと思う。依頼所ではあるので、出すなとは言わないにしてもだ。
「では危険なモノとは?」
「迷宮に潜ってほしいーとか、人を殺してほしい、とか、魔物を倒してほしいーとか―――ゼノンをレイプしてほしい、とか。まあこれは嫌がらせだけどねー」
 言いつつリストを渡されて、アルドは軽く頭を下げた。
「犯人に関しては後で特定しておく。お前も何か助けてほしい事があったら言ってくれ。じゃあな」
 アルドが身を翻すと同時に、ツェートやオールワークもその後ろに続くように歩いて―――
「待って!」










――――――止まる。









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