ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

俺と私と彼女と貴方



 結果としては彼女を救った形になるだろうか。あの状態であればもっと酷い事をする事も出来た。例えば魔人達の前で公開処刑……か、その中でも欲求不満な者達に相手をさせるとか。それをやれば恐らく魔人達の怒りは収まっただろうし、不満も言われることは無かった……
 サヤカを殺した後の流れはあまりにも陳腐だった。遺体を片付けた後、魔人達の下へと赴いて……特に語るべき起伏も無かったので、結論だけ言おう。


 アルドは玉座を降りた。


 それが魔人達の総意だった。ナイツ達は説得を試みたようだが、最初から無理だと分かっている事に時間を割くことは無い。アルドは諦めた様に頷き、その民意を受け入れた。
―――これからは只のアルドとして一年間、アジェンタも含めて内部の安定化に努める。そして安定化する事が出来なければ、公開処刑。
 何かおかしなモノが追加されたような気もするが、別に構わない。自分と魔人は違う人種だ。このように配慮に欠けた行動をとれば信用を失うのは当然の事。かつては記憶を捨てたが今度は命。ただそれだけの違いがあるだけで、特段おかしな事ではない。
「しかし……本当に良かったのでしょうか」
「何がだ?」
 玉座を降りた以上は当然ナイツの指揮権を失う訳だが、オールワークだけはアルドに付いてきてくれた(ナイツは魔人達の統率の問題がある為に、アルドに付いてくる訳には行かない)。致し方ない事とは言え、何だか凄く寂しい。
「リューゼイ達が戻ってきたりした時に、アルド様が居なければ……」
「ああ、それは心配いらない。剣の執行者は暫くこの大陸に滞在してくれるそうだし、アイツが居るならば何度来ようとも結果は同じだからな」
 エインを侮辱した事は許していないが、アイツはアイツで自分を助けようとしているだけだ。悪い奴ではない。それに、アイツが居てくれるならば防衛面にさしたる問題は生まれない。ナイツが消耗していようと、取りあえず任せておけば面倒な部分は全て引き受けてくれるはずだ……多分。言い切れないのは彼に気分屋な所がある事を知っているからだ。
「しかしよく付いてきたな。トゥイーニーの方をナイツに置いてくるとは思わなかったぞ」
 戦闘力が上か否かというのはこの際置いといて、侍女としてのスキルは間違いなくオールワークの方が高い。なので付いてくるとしてもトゥイーニーが差し向けられるか……と思っていたのだが。結果は全く違っていた。
「……私と同じくらい仕事が出来なければ話になりませんから。敢えて彼女に、というモノです」
 オールワークは僅かに俯き、自らの服の袖を強く掴んだ。何か隠し事をしているらしい。嘘を吐く時、彼女は必ず服の袖を掴む。
「―――そうか。お前が来てくれるのは意外だったが、それならそれで構わない。後……私はもう魔王ではない。敬語を使う必要はないぞ」
「アルド様が私にとって仕えるべき主なのは変わりませんから」
「そうか。では命令しよう。『かつての頃と同じように接しろ』。私はあの頃のお前の方が好きだったからな。私を主と言ってくれるのであれば、従え」
 アルドの発言は中々に意地悪なものだった。アルドを主と認めないのであれば、そこに上下関係は発生しないので敬語を使う理由がない。だが主と認めてしまっても今のアルドの命令によって敬語はやめなければならない。同世代にも敬語を使っているのであれば話は変わってくるが、彼女が『皇』に対しては敬語を使わなかった事を知っているのでその線はない。
「………………意地悪ですね、アルド様は」
「誉め言葉か? それはそうと敬語を使っているという事は……」
 そこまで言いかけた時、彼女の視線が周囲に散っている事に気付いた。そこでアルドも気づく。自分は玉座を降りた。今オールワークと共に歩いているここは城下町。他の魔人もおり、現在玉座を降りたとはいえ元魔王である自分には当然ながら視線も集中していた。
「……成程」
「二人きりの時のみ、とさせてください。流石に大衆の目の前では―――」
「……確かに意地悪だったな。申し訳ない」
 好きか嫌いかで言えば好き。愛しているか否かで言えば愛している。だが彼女との関係を疑われてしまうのは好ましくない。自分は只内部の安定化をしようとしているだけだし、オールワークとは話しているだけに過ぎないのだから。
「所でアルド様、これから何処に行くつもりですか? 内部の安定化に努める筈では」
「……命日に行けなかったからな。会いに行くんだよ―――皇に」










「ここに来れば会えるって聞かされたんだ……師匠、久しぶり!」
 幾本もの剣で構成された『皇』の墓の前で、そいつは待っていた。墓の前には大きな花束が添えられている。
「ツェータ……」
 あの後、執行者によって回復されたらしいツェート達は取りあえず城に運ばれた。アルドが魔人達と話している間はずっと治療を受けていたらしい。自分が城を出る時までは確かに治療されていたため、能力を使って先回りしたと考えて良いだろう。
「つっても、たかだか数年だけどな。でも俺は強くなった。仲間も出来たし、今はすっごい楽しい。これも師匠のお陰だよ。師匠が俺を鍛えてくれたから今の俺がある……ありがとう、師匠」
「私は何もしていない。全てお前の力、お前の手で手に入れたモノだ。大事にしろよ……仲間『達』を」
 彼の片腕に身を寄せているのは、レンリーだ。ツェートの初恋の相手であり、恋を知らなかった少女。やたらと高圧的だったのが印象的だが、今の彼女からはかつての性格が見受けられない。欠けていた何かも、今は埋まっているようだ。
 彼女は遂に見つけたのだ、自分に足りなかったモノを。
「レンリーさ……お前も大事なモノを見つけたようだな。おめでとう、と言っておこう」
「え、ええ……あ、ああ、ありがとう……?」
 …………予想を上回る性格の変化に反応を示したのは、ツェートだった。
「―――やっぱりお前、性格おかしいぞ? 前までは凄くうざったらしかったのに、凄く大人しいというか」
「私は前からこんな感じよ……多分? つ、ツェートったら、おかしなことを言うんだから」
 レンリー自身、自分が何を言っているのか理解できていない事だけはアルドにも分かった。
「おかしいのはお前だって! まあそのくらい控えめの方が俺はいいけど、急すぎて怖いな。何か企んでるのか?」
「企んでないって! 私は只……ツェートに……」
「―――俺に?」
「……やっぱ、何でもない! 忘れて!」
 ツェートに好かれようと頑張って性格を変えようとしているらしい。表情の裏からは酷い疲労が感じ取れる。ツェートはその事に気付いていないようだが……まあ気づく筈もないか。彼はもう新たな恋を追っているのだ。一方通行の片思いに気付ける訳がない。今も気づかないし、これからもきっと気づかない。永遠に気づかない。
 仮に気づいたとしても、彼はそれに応える気は無いだろう。
「……お前の出した答えは、間違っていなかったようだな。現にレンリーは性格が変わったし、いいコンビじゃないか、お前等」
 何だか『皇』と旅をしていた頃を思い出す。あの頃の自分は酷かった。裏切られたことを受け入れられず、自分が生きている事を受け入れられず、死人のように物を見て動いていた。そんな自分の傍で笑顔を浮かべてくれていたのは『皇』。彼女が居てくれたから今の自分がある。
 思い出せば昨日の様とは言ったものだ。懐かしさのあまり、アルドは少しだけ口元を綻ばせた。
「え、本当? 貴方もそう思う?」
「ああ、実に似合ってるよ。どっちもな」
 きっとそこの存在についてレンリーが気づく事はない。なのでアルドの言葉の意味も理解できないだろう。現に彼女は、怪訝な表情を浮かべて首を傾げている。
「所で私に何か用か? ここで待っていたという事は、余程重要な事なのだろう?」
 心当たりがない訳ではない。大陸奪還に協力したい、とか。もう一度修行を付けてほしい、とか。或いは―――彼女を賭けて、ここで決闘でもするのか。
「面倒だから予め言っておくぞ。お前達を奪還に協力させる気は無いからそのつもりだったら諦めろ」
「大丈夫だよ。そんなのに協力する気なんてさらさら無い。今回の事でそれを思い知ったからな……ヴァジュラさんから聞いた。先生、内部の問題を一年で全部解決させるんだって?」
「ああ」
 先程まで吹かなかった風が、突如として吹き出し始めた。風に揺らぐ木々から木の葉が千切れ、風に乗って舞い上がっていく。ツェートの片袖がはためいた。
「それに協力させてくれ。俺は見極めなくちゃならないんだ。魔人と人間はどうあるべきなのか、どう向き合うべきなのか……ヴァジュラさんへの想いと一緒に、確かめなくちゃならないと思うんだ」
 事情はナイツ達から全て聞いた。ユーヴァンが彼を連れてきて、彼はリューゼイと戦った。しかしながら相手が悪すぎたために一時は瀕死に追い込まれるが、彼が時間稼ぎをしてくれたおかげで執行者介入の余地が生まれた……つまりは恩人である。彼が居なければアルドは―――きっと死んでも死にきれない程の後悔をする事になっただろうから。
「良いだろう。私がどんな人物であるかをお前に教えるチャンスでもある。レンリーも付いてくるんだろう? なら精々、魔人に襲われない様に注意する事だな。私に付いてくるという事は、それだけ巻き添えを食う危険性も高い。死んでも責任は取れないぞ」
 覚悟を問い質すようなアルドの瞳が、ツェートの心を射貫いた。誰が王に就こうとも、どんな王が王であろうとも、問題は必ずある。それはこの時代ならば絶対にあり得る事で、フルシュガイドにもアジェンタにもレギにもリスドにもキーテンにもあり得る話。
 ツェートはそんな視線に対して、くだらないとばかりに一笑した。
「先生に話したい事、聞きたい事一杯あるんだ! そんなのを恐れてちゃ先生を超えられねえってさッ」
 フィージェントは、無知なる善をその身に宿した。助ける事が当たり前の異常者。善悪に関わらず助けを求められれば助ける異常者となってしまった。
 クリヌスは、自分の後継者となってしまった。国を愛し国に全てを捧げる愚か者。国の命令には取りあえず従う奴隷となってしまった。
 自分の弟子はとてもではないが正常とは言えない。フィージェントもそうだが、自分と同じ道を歩むクリヌスが最も異常だ。その道を進んだ先に何もない事を知っているだろうに、それでもクリヌスはその道を歩むことを決めた。
 だがツェートならば、正常者として成長するかもしれない。魔人と人間に一切の差別を持たず、平和の為に何をすべきか、大切な人を守る為に何をすべきか。本来の人として最も正しい生き方が出来るかもしれない。
「…………そうか。後悔するなよ、ツェータ」
「泥船に乗ったつもりでいてくれ!」
 胸を張ってそういうツェート。しかしながら……
「大船に乗ったつもり、な?」
 少しだけ、不安でもあった。






























 







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