ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

償いには死を

見えるモノ、聞けるモノだけが世界の全てではない。見えなくても聞けなくてもそこにはある事を、アルドは良く知っている。
 アルドは申し訳なさそうな表情を浮かべつつも立ち上がり、上空で高みの見物を決め込んでいた彼女を見遣る。存在を消している筈の彼女。未だナイツには視認できていないだろうし、星の眸でもなければ見える筈がないだろう。だが、何故かよく見えた。彼女とその背後にある何か―――奇跡を。
「降りて来い、サヤカ。お前はこの騒動を引き起こした犯人としての、説明の義務があるだろう」
 反応はない。見えていない側からすれば、本当にそこに居るかどうかすら疑わしくなる光景。アルドが少したりとも動揺せずにその一点を見つめ続けている所を見ると、居るとは思えるのだが。
 このままでは埒が明かないと悟ったアルドは、再び王剣を突き立てた。
「王権発動。超越せしは我が理。聞くべき、世界の法よ。黄金郷より生まれし我らが剣が、汝に命ずる―――堕ちよ!」
 追加詠唱が短ければそれだけ効力は小さくなるが、人一人を落とすだけならばこの程度で十分だ。直後、見えなかった者達は、アルドのいう事が果たして真実だったことを知る。
「キャッ!」
 見えない何かが凄まじい勢いで地面に叩き落とされ、同時に透明化が剥ぎ取られる。そこにはアルドの言う通りの女性―――サヤカがおり、落とされた影響で腕の骨が折れていた。
「王権は時として他の法則を無視する。素直に従っておけば、骨も折れずに済んだだろうにな」
 アルドの感情にはもう一欠片の優しさも無くなっていた。アルドは怒っているのだ。大切な者を奪われたからでもなければ、サヤカの非道に耐えきれなくなった訳でもない。自分の身勝手な行動のせいで魔人が滅びかけた、という事に怒っているのだ。怒りの矛先は自分自身。だから何者に向ける怒りよりも深く、何者よりも許せない。
 幾らキリーヤの為だったとしても、優先順位というモノがある。それを考えずに突っ走ったのは、間違いなく自分の非である。
「…………あと一歩で、アンタの全てを奪えたのに! 余計な邪魔ばっか入って、全部台無しよ!」
 ツェートに剣の執行者にアルド。ツェートに時間を延ばされ、執行者に止められ、アルドに終わらされた。特にツェートさえ居なければ、サヤカの願いは叶ったというのに。
「アンタの弟子とか先輩とか、なんでなんでなんでなんで皆都合よく私の邪魔しにくんのよ! ふざけんじゃないわよ! 突然割り込んできた式に対応できる答えなんて……ないんだから!」
 『零れた奇跡』は最適解を出す。だがそれは現在においての最適解。故に千里眼と瞬間移動能力を持つツェートと、世界に縛られていない剣の執行者だけは、何よりも相手にしたくない、所謂天敵となってしまう。
「……答えを出してくれる『零れた奇跡ティアリングサーガ』か。だったら今出ている答えを聞かせてもらうとしよう。散々ゼロに邪魔されて、挙句の果てには私までもが邪魔をして……その果てに出ている答えとやらをな」
 アルド・クウィンツは魔力を引き出せない体質であり、決して『零れた奇跡』を持っている訳ではない。だがその特性を鑑みれば、自ずとどんな答えが出るかは導き出せる。最適解はいつも一つ。今この状況で出る答えも、また一つ。
「…………」
 サヤカの答えを受けて、アルドは皆にも分かるように彼女の言葉を引き受ける。
「……強いて言うなら『諦めろ』か。……まあ、ここまでイレギュラーが迷い込んでいるんだ、如何な天才学者が何人集おうとも、この状況を打破する事は出来ないだろう」
 消耗しているとはいえ、ここに居るは魔王の忠臣カテドラル・ナイツ。さらに居るは『剣』の執行者。そして自分。誰に対しても補いきれない実力の乖離があり、同士討ちも狙えない。まさに詰みという奴で、ジバルにあった遊戯で言う所の『チェックメイト』。そしてチェックメイトと成った時点で、この戦いは終了である。
―――ただ一つ違う点を挙げるとするならば、チェックメイトで終わりではない、という事か。
 アルド王剣を虚空に放り込み、抜刀。鍛え上げられた細身の刃から、薄く昏い雰囲気が解き放たれる。
「きちんと王将は取らせてもらう。覚悟はできたか、サヤカ」
 尤も、出来ていなくても彼女の首は必ず薙ぐ。これは事前確認などではなく、只の前置きである。
「では、さらばだ―――」
 アルドが両手で剣を持った……刹那。
「うわああああああああ!」
 懐に隠し持っていたナイフを手に取って、サヤカが一歩踏み込んだ。アルドの剣が届く範囲という事は、サヤカのナイフの届く範囲でもあるという事。その心臓へと刃を突き立てるには、一歩はあまりにも十分すぎた。
「アルド様!」
 誰かの声も虚しく、アルドの胸には既に、彼女のナイフが突き立てられていた。


「……………………………………………………………え」


 確かに突き立てられている。アルドの胸に、心臓に。だがアルドは倒れる処か、誰がどう見ても後出しで刃を掴んだ。魔術的な何かが掛かっている訳ではない。正真正銘の後出しだ。急所を突かれた以上はどう見ても手遅れ。今は不死も無いので、間違いなくアルドは死んだ。死んでいなければおかしかった。
 なのに……
「まあ、そうなるよな。自分が死ぬ事が決まっているなら、せめて一矢報いようと、飛び込んでくるよな」
「………………………何、で?」
 体から力が抜けたのか、彼女は顔を呆けさせたままその場に倒れ込んだ。アルドは至極当たり前のようにナイフを引き抜き、事態を飲み込めていない彼女を見下ろした。
「この剣は表裏一振。どちらも存在しなければこの剣は成り立たない。故にどちらか一方が現在に顕現している時、もう一方は担い手の内に現れる」
 真名を回収したことで表裏は結合し真理剣が生まれた。これによって真理剣としてアルドが使っている間は、死剣はアルドの内側へ。逆も然り。
 故に、真理剣を使っている今だけは、アルドの心臓は貫けない。絶対に。
 今度こそ逃がしはしない。慈悲も容赦も掛けはしない。
「あっけない幕切れだな。まあ、死ってのは案外そういうもんだ。英雄も、人間も、魔人も、魔王も。突然死ぬんだよ。案外さ」





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