ワルフラーン ~廃れし神話
王の帰還 count.......
この勝負においてツェートが彼に勝っている事と言えば、若さだけである……それ程までにツェートとリューゼイは何もかもが違っていた。
踏んだ場数。見てきた猛者の数。筋力、体格、知識。挙げれば挙げる程キリが無い。見るだけで分かるようなものかとも思えるかもしれないが、見て分かる程に、二人の実力は乖離していた。正面から挑む道理はない。どう考えても死にに行くようなものである。
であればいつも通り背中をとり続ければいいのでは……と思うかもしれないが、先程までの戦いを見ていなかったとは思えないので、効果的とは言いづらい。この実力差を鑑みると、師匠と戦った時のように逆手に取られてしまう可能性の方が大きいだろう。
間違いなく言える事は、一撃でも喰らってしまえば終わり、という事である。ユーヴァンの鱗は鈍刀では傷もつかない。それを一撃で破壊し、瀕死にまで追い込んだのだ。只の人間程度の強度しかない自分がまともに受けられる筈はなく、まず生き残れるとも思えない。
しかし『行くぞ』と言ってしまった手前、受けに回る事はしない方が良いだろう。というよりもリューゼイに攻めをさせてはいけない。ツェートにあの剣戟の全てを受け流せる自信は無い、たとえ両腕があったとしてもだ。
「……来ないのか?」
リューゼイは剣を構えてすらいない。舐めているのかそれがリューゼイの構えなのかは知らないが、どっちにしても隙が見当たらない。あちらもそれを分かったうえであんな事を言っているのだから当然だが。
「……そうか。だったら―――」
ツェートは能力を使わずに、そのまま速足でリューゼイの間合いへと足を踏み入れた。意図の知れない行動にリューゼイに限らず眉を顰めていたが、それはそれで構わないとばかりに巨大な一閃がツェートの胴体を……
「ヤアッ!」
背後から感じる気配。リューゼイが振り向きざまに一閃を放つが―――当たらない。ツェートは背後ではなく、背後上空に飛んでいたのだ。刃は丁度ツェートの下をすり抜けただけである。
自分が背後ばかり飛んでいたという事実を知っているからこそ、今までの戦い方は彼には通じない。だったら、それを利用してしまえばいいのだ。何度も見ていれば、それしか出来ないと勝手に思い込む。
存外に失念している人も居るが、上空もまた、視界の外である。
体の捻りを加えた渾身の一撃は、あの剣に防がれることも無くリューゼイに命中。胴を縦に分断せんとする勢いで振り下ろしたのだ、如何な鎧を着ていようと致命傷だっただろう―――
その刃が腕に止められていなければ。
「……危ない所だったな」
その瞳に睨まれた直後、全身を駆け抜ける悪寒。ツェートは剣と共に背後まで一気に飛んで後退して、呼吸の乱れを正す。
―――何故?
「ふむ、アルドの弟子というだけあってよく見ているな。確かに私は両手で背後を薙いだ。だがな……一つの持ち方に固執していては強くなれない。それをよく覚えておくのだな」
いつの間に片手を戻したのか未だに分からないが、凄まじい反応速度だ。完全に不意を突いていたので、何処に剣戟が来るかを予想する事出来ないから、咄嗟の反応という奴なのだろうが……ここまでの実力者となると同じ手段は二度と通用しない。それどころか逆手に取られかねない。
「―――つまらんな。一度しか通用しない手段を多用して消耗させるつもりなのか? これ以上ぐだぐだと戦いを伸ばす気なら私は攻勢に移らせてもらうぞ」
その発言を読むに、最初からリューゼイは気づいていたのだろう。気づいたうえで乗ってきた、敢えて防戦に努めていたのだ。しかし思った以上にツェートが弱すぎたため、失望してしまった。そんな所だろう。
認めたくないが 自分は怯えている。リューゼイという男の周囲に漂う『気』のようなものに怯えている。意識はそれを否定しているが、体は肯定してしまっている。一歩一歩と彼に近づくたびに、細胞が震え、筋肉が硬直し、神経はすり減って。師匠より強いかどうかは分からない。あの人は本気というものを出してはくれなかったから。
それにしても、流石に騎士団団長という肩書に恥じぬ強さはあるようだ。『見える暗殺者』とは比べ物にならない。これが……本当の強者? その存在で相手を威圧し、戦力を失くす。それが出来るようになれば強者なのか?
違う。断じて違う筈だ。そんな事が出来なくたって勝ち目はある筈だ。正面から斬り合うのも無理。その他の手段も一度しか通用しない上、決定打に欠けている―――
この状況は、戦いではなく、戦争だ。リューゼイが要求を飲んだのは、ユーヴァンが命を賭けてくれたから……喧嘩を売っておきながら何とも間抜けな話だが、ツェートの瞳には最初から勝利の未来など欠片も見えてはいなかった。あれは―――魔人達も薄々感づいていたかもしれないが、あのままでは確実に『戦争に』負けていたのだ。雑兵と戯れるだけならばそんな事はなかっただろう、だがリューゼイが参戦しているとなると話は変わってくる訳で。
一撃でユーヴァンを瀕死で追い込んだ人間ならば他の魔人も恐らく同様。耐えられそうなのは変わった形の鎧を着ているあの魔人くらい。
―――だったら。
ツェートは改めて武器を構えて―――駆け出した。
「ほうッ」
軌道がバレバレの何でもない一撃。リューゼイはそれを軽く弾いたつもりなのだろうが、ツェートの手から武器が離れるには十分すぎる力だった。武器も何もない人間。それを斬る等容易い事だ。終焉を告げんとばかりにリューゼイの刃が返されて、ツェートの首を薙ぎ払う。それを読んでいたようにツェートは武器を首元に飛ばして防御。身体が吹き飛ばされるも、関係ない。即死は免れたのだから。
自身の体が地面に着くよりも早くリューゼイの背後へと飛び、振り向きざまに一閃。同時に放たれたリューゼイの刃に激突し、再び明後日の方向へと武器が弾き飛ばされた。
「終わりだッ!」
武器を戻して防御? いや、真上からの一撃に武器で対応したところで武器ごと体を両断されるだけだ。回避行動は取れそうにない。取れたとしても部位欠損は免れない。
刃が振り下ろされると同時に、ツェートは片手で柄尻を掴み、円を描いた。傍から見た光景として、下にあった柄尻が上に、刃が下になっている……
そこでリューゼイの瞳が驚愕で見開かれる。上手く行った。この技術はかつて師匠に使われた防御の技法。練習したこともないし、失敗すれば死んでいたが、
「お前なんかに本気を出す訳―――ないだろうが!」
間髪入れずもう片方の腕で鎬を弾き、その異様な剣をリューゼイの手から遠ざける。余程思い入れがあったのか、リューゼイの視線が数瞬の間、吹き飛ばされた剣へと移動した。
そしてそれは……致命的な隙となる。
「ウオラアアアアアアアアア!」
師匠に味わわされた悔しさをぶつけるように、ツェートは全力を込めた一撃を、リューゼイの頬へとぶち込んだ。
吹き飛ぶリューゼイの体。固く握った拳を振り抜くツェート。同じ土俵で勝負する必要はない。これは戦争なのだから。
「………『鑿戟』!」
ツェートの上半身に巨大な氷塊が突き刺さったのは、その言葉が紡がれた直後だった。
赤く染まる氷塊。吹き飛び、千切れた臓腑。どうやら突き刺さった時の衝撃が強すぎたようで、氷塊で傷口が蓋をされる前に少し吹き飛ばされたらしい。
咽喉内で固まるのを危惧し、体内から大量に湧き上がってくる血液を全て吐き出す。ツェートは失念していた。彼は騎士団団長。文武両道であって然るべきで、魔術が使えない道理などないという事を。
死ななかったのは奇跡? いや、奇跡ではない。今回は臓器の移動も間に合わなかった。もう数秒もすればツェートの体は死亡する。
…………これが、騎士団長の力。国の猛者を…………束ね………る………………の…………………
「誰にも話さず一人で何でも背負い込むと、失敗しちゃったときの絶望感は半端なモノじゃない……お分かりかな? ツェート・ロッタ?」
踏んだ場数。見てきた猛者の数。筋力、体格、知識。挙げれば挙げる程キリが無い。見るだけで分かるようなものかとも思えるかもしれないが、見て分かる程に、二人の実力は乖離していた。正面から挑む道理はない。どう考えても死にに行くようなものである。
であればいつも通り背中をとり続ければいいのでは……と思うかもしれないが、先程までの戦いを見ていなかったとは思えないので、効果的とは言いづらい。この実力差を鑑みると、師匠と戦った時のように逆手に取られてしまう可能性の方が大きいだろう。
間違いなく言える事は、一撃でも喰らってしまえば終わり、という事である。ユーヴァンの鱗は鈍刀では傷もつかない。それを一撃で破壊し、瀕死にまで追い込んだのだ。只の人間程度の強度しかない自分がまともに受けられる筈はなく、まず生き残れるとも思えない。
しかし『行くぞ』と言ってしまった手前、受けに回る事はしない方が良いだろう。というよりもリューゼイに攻めをさせてはいけない。ツェートにあの剣戟の全てを受け流せる自信は無い、たとえ両腕があったとしてもだ。
「……来ないのか?」
リューゼイは剣を構えてすらいない。舐めているのかそれがリューゼイの構えなのかは知らないが、どっちにしても隙が見当たらない。あちらもそれを分かったうえであんな事を言っているのだから当然だが。
「……そうか。だったら―――」
ツェートは能力を使わずに、そのまま速足でリューゼイの間合いへと足を踏み入れた。意図の知れない行動にリューゼイに限らず眉を顰めていたが、それはそれで構わないとばかりに巨大な一閃がツェートの胴体を……
「ヤアッ!」
背後から感じる気配。リューゼイが振り向きざまに一閃を放つが―――当たらない。ツェートは背後ではなく、背後上空に飛んでいたのだ。刃は丁度ツェートの下をすり抜けただけである。
自分が背後ばかり飛んでいたという事実を知っているからこそ、今までの戦い方は彼には通じない。だったら、それを利用してしまえばいいのだ。何度も見ていれば、それしか出来ないと勝手に思い込む。
存外に失念している人も居るが、上空もまた、視界の外である。
体の捻りを加えた渾身の一撃は、あの剣に防がれることも無くリューゼイに命中。胴を縦に分断せんとする勢いで振り下ろしたのだ、如何な鎧を着ていようと致命傷だっただろう―――
その刃が腕に止められていなければ。
「……危ない所だったな」
その瞳に睨まれた直後、全身を駆け抜ける悪寒。ツェートは剣と共に背後まで一気に飛んで後退して、呼吸の乱れを正す。
―――何故?
「ふむ、アルドの弟子というだけあってよく見ているな。確かに私は両手で背後を薙いだ。だがな……一つの持ち方に固執していては強くなれない。それをよく覚えておくのだな」
いつの間に片手を戻したのか未だに分からないが、凄まじい反応速度だ。完全に不意を突いていたので、何処に剣戟が来るかを予想する事出来ないから、咄嗟の反応という奴なのだろうが……ここまでの実力者となると同じ手段は二度と通用しない。それどころか逆手に取られかねない。
「―――つまらんな。一度しか通用しない手段を多用して消耗させるつもりなのか? これ以上ぐだぐだと戦いを伸ばす気なら私は攻勢に移らせてもらうぞ」
その発言を読むに、最初からリューゼイは気づいていたのだろう。気づいたうえで乗ってきた、敢えて防戦に努めていたのだ。しかし思った以上にツェートが弱すぎたため、失望してしまった。そんな所だろう。
認めたくないが 自分は怯えている。リューゼイという男の周囲に漂う『気』のようなものに怯えている。意識はそれを否定しているが、体は肯定してしまっている。一歩一歩と彼に近づくたびに、細胞が震え、筋肉が硬直し、神経はすり減って。師匠より強いかどうかは分からない。あの人は本気というものを出してはくれなかったから。
それにしても、流石に騎士団団長という肩書に恥じぬ強さはあるようだ。『見える暗殺者』とは比べ物にならない。これが……本当の強者? その存在で相手を威圧し、戦力を失くす。それが出来るようになれば強者なのか?
違う。断じて違う筈だ。そんな事が出来なくたって勝ち目はある筈だ。正面から斬り合うのも無理。その他の手段も一度しか通用しない上、決定打に欠けている―――
この状況は、戦いではなく、戦争だ。リューゼイが要求を飲んだのは、ユーヴァンが命を賭けてくれたから……喧嘩を売っておきながら何とも間抜けな話だが、ツェートの瞳には最初から勝利の未来など欠片も見えてはいなかった。あれは―――魔人達も薄々感づいていたかもしれないが、あのままでは確実に『戦争に』負けていたのだ。雑兵と戯れるだけならばそんな事はなかっただろう、だがリューゼイが参戦しているとなると話は変わってくる訳で。
一撃でユーヴァンを瀕死で追い込んだ人間ならば他の魔人も恐らく同様。耐えられそうなのは変わった形の鎧を着ているあの魔人くらい。
―――だったら。
ツェートは改めて武器を構えて―――駆け出した。
「ほうッ」
軌道がバレバレの何でもない一撃。リューゼイはそれを軽く弾いたつもりなのだろうが、ツェートの手から武器が離れるには十分すぎる力だった。武器も何もない人間。それを斬る等容易い事だ。終焉を告げんとばかりにリューゼイの刃が返されて、ツェートの首を薙ぎ払う。それを読んでいたようにツェートは武器を首元に飛ばして防御。身体が吹き飛ばされるも、関係ない。即死は免れたのだから。
自身の体が地面に着くよりも早くリューゼイの背後へと飛び、振り向きざまに一閃。同時に放たれたリューゼイの刃に激突し、再び明後日の方向へと武器が弾き飛ばされた。
「終わりだッ!」
武器を戻して防御? いや、真上からの一撃に武器で対応したところで武器ごと体を両断されるだけだ。回避行動は取れそうにない。取れたとしても部位欠損は免れない。
刃が振り下ろされると同時に、ツェートは片手で柄尻を掴み、円を描いた。傍から見た光景として、下にあった柄尻が上に、刃が下になっている……
そこでリューゼイの瞳が驚愕で見開かれる。上手く行った。この技術はかつて師匠に使われた防御の技法。練習したこともないし、失敗すれば死んでいたが、
「お前なんかに本気を出す訳―――ないだろうが!」
間髪入れずもう片方の腕で鎬を弾き、その異様な剣をリューゼイの手から遠ざける。余程思い入れがあったのか、リューゼイの視線が数瞬の間、吹き飛ばされた剣へと移動した。
そしてそれは……致命的な隙となる。
「ウオラアアアアアアアアア!」
師匠に味わわされた悔しさをぶつけるように、ツェートは全力を込めた一撃を、リューゼイの頬へとぶち込んだ。
吹き飛ぶリューゼイの体。固く握った拳を振り抜くツェート。同じ土俵で勝負する必要はない。これは戦争なのだから。
「………『鑿戟』!」
ツェートの上半身に巨大な氷塊が突き刺さったのは、その言葉が紡がれた直後だった。
赤く染まる氷塊。吹き飛び、千切れた臓腑。どうやら突き刺さった時の衝撃が強すぎたようで、氷塊で傷口が蓋をされる前に少し吹き飛ばされたらしい。
咽喉内で固まるのを危惧し、体内から大量に湧き上がってくる血液を全て吐き出す。ツェートは失念していた。彼は騎士団団長。文武両道であって然るべきで、魔術が使えない道理などないという事を。
死ななかったのは奇跡? いや、奇跡ではない。今回は臓器の移動も間に合わなかった。もう数秒もすればツェートの体は死亡する。
…………これが、騎士団長の力。国の猛者を…………束ね………る………………の…………………
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