ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

王の帰還まで count.2

 騎士団長リューゼイ・クラット。裂剣『叢錯』の担い手であり、かつてのアルドの『上司』に当たる人物だが、そんな事はアルドの『弟子』にあたるツェートの知った事ではない。
「ね、ねえツェート? 何か凄い殺意が伝わってくるんだけど……何かした?」
「―――覚えは無いけど、どうやら俺が魔人の味方をしてることが相当気に食わないらしいな」
 そんな人間を前にしても呑気に会話を始めるツェートに、フォクナは呆れつつも耳打ちする。
「フルシュガイド大帝国騎士団団長、リューゼイ・クラット。それが貴公に殺意を向けている者の正体だ」
「へえ……ほう……アイツが……レンリー。ちょっとここで待ってろ―――フォーナ、レンリーを頼む」
「仰せのままに」
 レンリーを下ろしてそう言い残すと、ツェートは徐にリューゼイへと歩き始めた。
 あの巨大な斬撃は味方すらも巻き込んでしまったようで、ツェートの歩く道に騎士達は居なかった。あるのは死体ばかりで、生者は近寄ろうともしない所を見ると、巻き込まれたくないのだろうか。
「よっすおっさん。俺はツェート。ツェート・ロッタだ。誤解の無いように言っておくと、俺は魔人に味方して居る訳じゃないぜ。俺は師匠の弟子だから助けに来ただけだ、師匠の味方だ」
「師匠か……ふん、アルドは魔王へと堕ちても尚弟子を取っているのか。奴の取った弟子は大抵ろくな奴にならん。貴様含めてな」
 その最たる例はフィージェントだ。国が総力を上げて囚えたにも関わらず、その力を使って容易く脱獄。こちらは迅速に捕縛部隊を編成して後を追わせたが、全滅。現在は消息不明だが、その彼はかつてはアルドの弟子だった。
 言い換えれば、力の使い方をアルドが教えなければ、フィージェントは居なかった。犯罪者が生まれる事は無かったのだ。
「―――おっさん。師匠をあんまり侮辱すると怒るぞ。俺も馬鹿じゃない、正面から斬り合ったら力負けするのはさっきの攻撃でよーく分かった。でもな―――」
 ツェートは紅き魔力を放出。殺意を交えてリューゼイを見据えた。
「俺は師匠の為にも負けられないんだよ。だからお前には……今の今まで誰にも見せなかったとっておきを見せてやる」
 それは『見える暗殺者』にすら使わなかった一度だけ使える秘技。魔術行使が苦手なツェートだが、これは無詠唱。発動後に隙も生まれないので、たとえ途中で攻撃を仕掛けられても問題なく対応できる。
 それを直感的に悟ったのだろうか、リューゼイが動くことは無かった。動いた者にはもれなく不可視の斬撃が与えられるため、周りの雑兵も動きを止めた。
 直後、ツェートの片袖が膨らみ始めた。それは徐々にまるで何かを包み込んでいるかのように膨張していき……そう。その膨らみは空気でもなければ魔術でもなく、ただ腕が通されただけ。袖を通しただけなのだ。
 だがそれはあり得てはならない。なぜならツェートの片腕は既に失われたから。
「お前相手に隻腕で挑むことがどれほど愚かな事かはなんとなく感じるよ。だからこそ俺は、失くしたはずの片腕を戻したんだ」
 ツェートがやった事はただの応用に過ぎない。自身の片腕に印を刻み、片腕を引っ張ってきた……どういう事か? 
 並行世界、というものを知っているだろうか。並行世界とは、ある時空から分岐し、それに並行して存在する別の時空の事である。分かりやすく言うならば、あり得た世界。自分が進んだかもしれない可能性の世界の事だ。
 ツェートは片腕に印を刻む事で並行世界の自分を引き寄せて存在を一時的に共有。片腕を失う事の無かった自分と存在が重なった事で、失くした筈の腕を取り戻したのだ。
 背中に納められた剣へと手を伸ばす。『彼』と戦っていた頃の懐かしい感覚が手から伝わってくる。
「一対一だ、おっさん。俺が勝ったら全軍引っ張って元の国に帰れ」
「……嫌だと言ったら?」
 ツェートは少しだけ勘違いをしていた。この状況は戦いではない。戦争なのだ。勝者の要求を聞く道理など何処にも無い。むしろ勝手に要求を突き付けて消耗してくれる分、リューゼイ側には何の損も無いのだ。
 そんなツェートの要求を後押しする様に、上空で静観していたユーヴァンが口を出した。
「お前には嫌と言わせないぜ! 何せお前がそいつの言葉を聞いてやらないようなら俺様は……この魂の消滅を以て第三切り札を解放させてもらうからな!」
 『竜』は下で目を見開いている『狼』に微笑みかけた。死ぬつもりなどないとはいえ、この発言ばかりは本気である。
 ユーヴァンの第三切り札。その名は『王龍』。原初の時代に世界を支配していたと言われる竜と契約するというもの。無論アルドが許可さえしていればアルドによって代償が支払われるので問題ないのだが……そうでない場合、ユーヴァンという存在はこの世界から文字通り『抹消』され、その記憶と人格は全て王龍に上書きされる。
「お前がツェートの要求を聞いてやらないようなら、俺様は躊躇なくフルシュガイド大陸を灼く。大陸奪還が目的だからそんな事をするつもりはなかったけど……二度も俺を瀕死に追い込んでくれたんだ、要求を聞かないならそのくらいされても文句は言えないよな?」
「………………………………」
「それとも何だ? 片腕を取り戻したコイツに負けるのが怖いのか? フルシュガイド大帝国騎士団団長さんよお!」
「………………………………………………いいだろう。もし私が負けた場合は全軍を撤退させ、そして二度とこの大陸に攻め込まない事を約束しよう。ただしこちらが勝った場合は、無条件降伏をしてもらうぞ」
「……いいんだな? 一度言った言葉は撤回しないよな?」
「男に二言は無い、という言葉があってな。貴様が死を覚悟してまで通したい要求、それを求める小僧に興味が湧いた。一度言った以上は撤回せん。たとえ騎士団の中の誰から批判されようとも、な」
 下手すれば国からの信用すら失いかねない程の発言を言う辺りが、彼の性格を表している。要求を飲んだのはユーヴァンの煽りに反発したからではなく、圧倒的な自信があるから。幾年もの経験と場数に裏打ちされた勝利への自信があったから。厄介なのは実力差があるにも関わらず、手加減をするつもりが無い、という事だ。その殺気を感じていれば嫌でも分かる。この男に慢心は存在しない事が。
「全軍に次ぐ! 私の指示があるまで、戦闘行為を中断。武器を納めて後退せよ!」
 リューゼイの発言に対応する様に、会話を聞いていた『烏』も指示を飛ばした。
「『鬼』、『狼』、『竜』、『骸』。お前達もだ」
 リューゼイが筋を通した以上は魔人も筋を通さなければ話にならない。勝手をすればユーヴァンの覚悟から生まれた信用が失われてしまうからだ。四人はとんでもない事を言い出した青年を一瞥した後、指示に抗うことなく背後へと下がっていった。
「……意図しなかったとはいえ、御誂え向きの舞台だな」
 人間と魔人の代表による戦い。種族の存亡を掛けた―――掛かってるのは魔人だけだが―――戦い。
 釣り合いは取れている。もしもリューゼイが負ければ、彼は殺せたはずの魔人を意図的に逃した罪人となる。対してこちらが負ければ言うまでもなく死ぬ。
 魔人の女性は王族の性奴隷にされて永久に弄ばれる。
 男性は労働力として死ぬまで働かせられる。
 負けるわけには行かない。アルドの弟子として、そして魔人に肩入れした者として。
「……じゃあ始めるぞおっさん……いや、リューゼイ・クラット!」





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