ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

王の帰還まで count.1

「きゃあああああああああああああああッ!」
 なぜ自分がこんな所に居るのか。自分は彼の背中で心地よい眠りを味わっていたはずだが……いつの間にか空中で自由落下を始めていた。脈絡が無いし、一体どうしたらこんな状況になるのか。幸運にも隣には見覚えのある青年が居るので、尋ねてしまおうか。
「お、レンリー起きたか!」
「起きたか、じゃなくて! どうしてこんな事になってるのよ!」
  自由落下の速度が何分速い為か、声は殆ど風にかき消される。それでもどうにか聞き取れたらしく、ツェートは笑顔で叫んだ。
「お前が起きないから、待ちきれなかった!」
「何の話よ!」
 レンリーが寝ている間にフォクナが仲間になり、ユーヴァンと再会し、ツェートは国と戦う事を決めた……と、一口では語り切れない程事態は進展してしまった。知る由も無い事だが、それを知っている前提でツェートが説明しているので、当然レンリーには分かるはずがない。分かるはずが無いが……
「……そ、そうなの。だったらいいわ!」
 悲しいかな、恋は人を立派にするが、駄目にもなる。物分かりの良い女性を演じた結果、レンリーは事態の理解を放棄する事になってしまった。一体何が起きてどう進展したのか、ツェートがそれを知ってるという前提で話している為、それを理解できる日は一生来ないだろう。
 しかしレンリーは馬鹿ではない。ツェートと自分だけではない所から、大体の事情は漠然とだが把握した。着地先が何処かは流石に分からないが。
「ユーヴァンさん! この下に何人いるんだ!」
「侵攻に来た奴等は合計三十万、俺様の仲間が戦っているから数は減っているだろうが、それでも二十万以上は居るだろうな!」
「オーケーだ! 『俺達』に任せとけ!」
 ツェートは隣の虚空と手を繋ぐような動作をして、期待する様に微笑む。その動きにレンリーは怪訝な表情を浮かべたが、その類の存在を知っているユーヴァンは見て見ぬふりをした。気にしている時間はない。もう地上までニキロもない。無駄話をしていたら受け身も取れずに落下しなど目も当てられない。翼のある自分はともかく、人間の二人はそうも行かないだろう。
「よし。じゃあ先に俺様が着地を―――!」
「いや、ユーヴァンさんは空中から援護を頼む! 地上は俺が引き受けた!」
 刹那、ツェートの姿が消失。気配は遥か下方へと移動し、戦場から聞こえていた音が一つ増えた。
―――下に降りたか。
「あれ! ツェートッ? あれ私は……ええ!」
……彼は隻腕だが、やろうと思えば連れていけた筈だ。彼女を置いて行ったのは、きっと故意だろう。








 突如現れた謎の青年により、戦場は混沌を極めていた。
「オラオラオラ! 俺はここだお前等!」
 魔人を攻めていたと思ったら、突如として現れた人間がこちらに刃を向け始めた。フルシュガイド軍からすれば想像もつかない事であり、その士気は一気に瓦解。総勢三十万の騎士は、たった一人の、それも隻腕の少年に対して何も出来ずにいた。
 というのもおかしな話だが、事実だ。隻腕という関係上、どうしても隙というものは生まれる。そこを幾千もの騎士が突こうと押しかけるが、謎の斬撃によって阻まれて攻めきれない。恐らくはあの少年の魔術か何かだろうが、これのせいでこちらは防御に徹せざるを得なくなり、今徐々に大陸の外へと押し込まれている。
 消えて消えて消えて消えて。謎の斬撃を掻い潜ったとしても少年は突然その姿を消失させて移動。攻撃する隙が全く無いと言っていいほどの頻度で空間跳躍を繰り返している為に、こちらはただただ翻弄されるばかり。そして翻弄されている内に首を刈り取られて絶命。
 更に厄介なのが、あの青年は魔人に一切の危害を加えようとしていないのだ。魔人もそれを理解すると連携を取るように攻勢に。対するこちらはどちらに注力すればいいのか分からないまま防衛に。
「弱い! 弱すぎる!」
「……貴公はキャラがよくブレるな。その口ぶりだと、まるでこちらが悪い事をしているようだ。知人を助けているのだろう、もっと善人ぶる事は出来ないのか」
 こちらの腹部目掛けて放たれた槍を素手で弾きつつ、柄を掴み向こう側へと押し込んだ。柄尻はわき腹へと命中、不意の鈍痛に槍から力が抜けた。武器は自らの背中へと飛ばしている為、邪魔に放っていない。両腕が無い分、能力で補う。それがツェートの戦い方だ。
「魔人が世界からすれば悪なのは短い旅の間でもよくわかったからな。だったらもう変に善人ぶらないで、徹底的に悪く行こうぜ。俺と一緒に―――さッ!」
 背中から武器を『飛ばし』、眼前の敵を薙ぎ払う。防具の付けられていない首部分はあまりにもあっさりと刎ね飛ばされた。それを見た直後に狂ったように喚く男が大上段でこちらに襲い掛かってくるが、隙が大きすぎた。ツェートが手を出すまでもなく、フォクナによって上半身を分断されて絶命。
「……貴公が望むのであれば、そういう道もまたありか」
フォクナの存在は気づかれていない。それでもその体が刃の直線に重なる事がある。そういう時はこちらが進んでその前へと飛び、刃が届く前にそいつを斬殺する。
「俺は好きな奴を離したくないからな。レンリーが守るべき対象だとするならお前は―――」
 背後の敵の胸部に剣を突き立てた後、ツェートの姿が掻き消えた。何処へ行ったのかと動きを止める騎士達。次に彼の姿を見た時、その胸には少女が抱きかかえられていた。
「一緒に生きたいと思える、共に歩みたいと心から思える仲間だからな」
 会話の途中から巻き込まれたレンリーは、その発言が姿すら見えぬ者に向けられているとは知らず、一人頬を染めていた。表情の変化を見る限り、最初は文句を言おうとしたのだろう。
「奴の手は塞がった! 今の内に奴を討ち取れ―――」
「焔迅葬火!」
 刹那、ツェート達を包んだのは焔を巻き上げ廻る巨大な竜巻。雲を払い天を焦がさんとするほどの巨大な竜巻が、ツェート達を隠した。
「多少熱いが我慢しろ! これでも温度は調節してる!」
―――『露埜シュヴァルトレーネ』。
 水属性極位魔術。火属性限定ではあるが、位に関わらずあらゆる影響を遮断する魔術。この焔の持つ熱は長時間浴びて良いような温度ではない。特殊な方法で姿を透明化させている自分はともかく、ツェート達はこれを掛けないと死んでしまう。彼が何もしないのは、自分を信じてくれているからだろう。
「いやあ凄い量の焔だな。制空権取れば全然余裕じゃないか。何でユーヴァンさんはあんな重傷を―――」
 その直後の事だった。巨大な焔の竜巻すら容易に消し去ってしまう巨大な斬撃が放たれたのは。
「……ァ!」
 武器の納められた背後で受けなければ、ツェートの体は木っ端微塵に吹き飛んでいただろう。だがそれでも衝撃は凄まじく、フォクナに受け止めてもらわなければ数百メートル以上は吹き飛んでいた。
「怪我は無いか、主よ」
「ああ……しかしこんな斬撃は受けた事が無い―――誰だよ」
 前方を見据えて……考えるまでもない。こちらに対して特段の憎悪を向けている人間が、一人いたから。
「魔人に味方するか、小僧!」
 それがリューゼイとツェートの、初めての出会いだった。












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