ワルフラーン ~廃れし神話
猛襲 前編
大丈夫だ。言われた通りに動けばいい。アイツの言う事を信じるより他はないのだ。
「おい、こっちに魔人が来なかったかッ? 翼の生えた、赤い野郎だ!」
「赤い野郎? ……いや、知らないが」
疑いの目が早速こちらに降りかかる。確かにあの色は目立つし、怪しまれるのは今の状況ならば至極当然。
足は―――固くない。
心拍―――少し早い。
舌の硬直―――大丈夫。
「……あのさあ、後ろ見て見ろよ」
言われた通り男達がツェートの後ろを見ると、服をズタズタに引き裂かれた状態の店主が横たわっている……と思う。恥ずかしいのでツェートは見ていない。
「俺が今から何しようとしてるか分かる? 分かるか? 起きてる時にするのは恥ずかしいから眠っている時にするんだ。火事場泥棒ならぬ火事場情事だ。赤い奴だかなんだか知らないが、勝手に探してくれよ」
殺気を交えながら語るツェートは、怖いというより気持ち悪い。疑いの目も、何だか白けたような目線に変わってしまった。
気持ちは分かる。ツェートも立場が逆だったら、こんなヤバい男を相手にはしない。身に染みて感じる。この男と関わりたくないという目線が。魔人よりこの男の方が恐ろしいのではないかという目線が。
「で、何? もうすぐ目覚めちゃうんだけど、まだ邪魔すんのか?」
「い、い、いやあ……? アハハハ、し、失礼する!」
代表の男がそう言って背を向けるや、周りの者も綺麗に回れ右をして、別の場所へと走っていった……心なしか、その速度は来た時と比べると倍早い。
「…………………………上手く行ったようだな」
「いや、上手く行ったけどさ。上手く行ったけどさ。これ……酷い作戦だな」
主にツェートのイメージと誇りにダメージの入る作戦だった。この街に居る間は凄く居心地が悪くなりそうで、叶う事ならば早く移動したい。
「ほう? それでは貴公はこれ以上の作戦が思いついていた、と」
「――――っ」
それを言われると弱い。実際、男達が攻め入ってきたのは作戦の決行からおよそ二分後の事。彼を運び出そうとする者なら直ちに発見されるだろうし、ならばこの場所から動かずに演じるほかは無いと。その案を出したのはフォクナで、その案に乗ったのはやはり正解だったのだが……
「いやあ……本当に名案ね、貴方の作戦は」
寝たふりをしていた店主がそう言いつつ着替えを始める。振り返る気にはなれない。
フォクナの存在はツェート以外の誰にも知られてはいけない(というより、フォクナが主以外に見せたくないらしい)ので、フォクナの提案した作戦は、傍から見ればツェート考案のものとなっている。
「こんな大胆な作戦を思いつくんだから、ひょっとしてこういう事、いつも想像してるのかしら?」
「ば、馬っ鹿いえ! 全然想像なんて……してないよ。してる訳ないだろ」
彼女を相手にそんな想像なんてこれっぽっちもしていません。断じてそんな破廉恥で下らない浅ましい想像なんて―――
『ねえ、ツェート?』
妙に艶っぽい、絡みつくような声が、脳内で再生される。それはかつて自分に向けてくれた母性のようなモノではなく、一人の男に向けられる恋慕の情のように感じる。
『君が僕にしたいと思っている事、してくれないかな?』
あの暖かな瞳が、柔らかな肢体が、ツェートの全身を包み込む。
『僕は……君のモノになりたいからさ―――』
「し、してねーし……」
「―――成程。貴公は存外に色情魔なようだ」
外野から辛辣な言葉が飛んできたが、反応するのは流石に不自然なので放っておく。誰も居ないのなら本当は今すぐにでも胸倉掴んで……ああいや、それは駄目か。
「ま、まあそんな事はどうでもいい! 脅威は去ったんだ。後は目覚めるのを待つだけだよな?」
「……でも、そうなってくるんだったら、この子を起こした方が良いんじゃないかしら?」
店主はレンリーの肩に手を置いて、そう尋ねてくる。が、
「そいつは今は……寝かせてやってくれ」
それは単純に起きていても足手まといになると思った、というのもあるが。やはり教団に捕まっていた事で、精神が不安定になっている事に配慮したというのが大きい。今は何やらとても楽しそうだし、それを邪魔するのは憚られる。
「……まあ、後は待つだけだな」
「ぅ…………ここ、は」
「ユーヴァンさん、起きたか!」
意識の回復を見るや、ツェートは思わず飛びついてしまった。硬質な鱗の感触、常に鍛えられている事が分かる全体の筋肉。
回復したのは分かっていたが、それでも無事を喜ばずには居られない。ユーヴァンは突然抱き着かれたことに驚いてはいたが、あちらもどうやら気づいてくれたようで、
「お前は……ツェートかッ?」
「うん、そうだよ……師匠の弟子の、ツェート・ロッタだよ!」
必ず会うつもりではあったけど、こんなに早く会えるなんて。本当に、嬉しくて、嬉しくて。空気を読んでくれているのか、フォクナも店主もこの会話に口を挟もうとはしなかった。無粋だとでも思ったのだろうか、実にありがたい。
「……強くなったじゃないか」
「まだまだ師匠には及ばないけどさ、それでも―――って、どうしたんだ?」
ユーヴァンの顔は複雑そうで、何と言ったらいいか。再会を喜んではいるが、今はもっと別の事を気にしているような……そんな表情。
「うん、ああ……ツェート。お前を一人の男として、頼みたい事がある」
最早その口調にいつものふざけた雰囲気はない。そのテンションの変わり方に多少驚いてはいるが、それでもユーヴァンの頼み。断れる筈がない。
「何でも言ってくれよユーヴァンさん。アンタの頼みなら、俺は何でも引き受ける気でいるから」
「…………」
一拍置いて、ユーヴァンが言った。
「俺様達と一緒に―――フルシュガイドと戦ってくれ」
「おい、こっちに魔人が来なかったかッ? 翼の生えた、赤い野郎だ!」
「赤い野郎? ……いや、知らないが」
疑いの目が早速こちらに降りかかる。確かにあの色は目立つし、怪しまれるのは今の状況ならば至極当然。
足は―――固くない。
心拍―――少し早い。
舌の硬直―――大丈夫。
「……あのさあ、後ろ見て見ろよ」
言われた通り男達がツェートの後ろを見ると、服をズタズタに引き裂かれた状態の店主が横たわっている……と思う。恥ずかしいのでツェートは見ていない。
「俺が今から何しようとしてるか分かる? 分かるか? 起きてる時にするのは恥ずかしいから眠っている時にするんだ。火事場泥棒ならぬ火事場情事だ。赤い奴だかなんだか知らないが、勝手に探してくれよ」
殺気を交えながら語るツェートは、怖いというより気持ち悪い。疑いの目も、何だか白けたような目線に変わってしまった。
気持ちは分かる。ツェートも立場が逆だったら、こんなヤバい男を相手にはしない。身に染みて感じる。この男と関わりたくないという目線が。魔人よりこの男の方が恐ろしいのではないかという目線が。
「で、何? もうすぐ目覚めちゃうんだけど、まだ邪魔すんのか?」
「い、い、いやあ……? アハハハ、し、失礼する!」
代表の男がそう言って背を向けるや、周りの者も綺麗に回れ右をして、別の場所へと走っていった……心なしか、その速度は来た時と比べると倍早い。
「…………………………上手く行ったようだな」
「いや、上手く行ったけどさ。上手く行ったけどさ。これ……酷い作戦だな」
主にツェートのイメージと誇りにダメージの入る作戦だった。この街に居る間は凄く居心地が悪くなりそうで、叶う事ならば早く移動したい。
「ほう? それでは貴公はこれ以上の作戦が思いついていた、と」
「――――っ」
それを言われると弱い。実際、男達が攻め入ってきたのは作戦の決行からおよそ二分後の事。彼を運び出そうとする者なら直ちに発見されるだろうし、ならばこの場所から動かずに演じるほかは無いと。その案を出したのはフォクナで、その案に乗ったのはやはり正解だったのだが……
「いやあ……本当に名案ね、貴方の作戦は」
寝たふりをしていた店主がそう言いつつ着替えを始める。振り返る気にはなれない。
フォクナの存在はツェート以外の誰にも知られてはいけない(というより、フォクナが主以外に見せたくないらしい)ので、フォクナの提案した作戦は、傍から見ればツェート考案のものとなっている。
「こんな大胆な作戦を思いつくんだから、ひょっとしてこういう事、いつも想像してるのかしら?」
「ば、馬っ鹿いえ! 全然想像なんて……してないよ。してる訳ないだろ」
彼女を相手にそんな想像なんてこれっぽっちもしていません。断じてそんな破廉恥で下らない浅ましい想像なんて―――
『ねえ、ツェート?』
妙に艶っぽい、絡みつくような声が、脳内で再生される。それはかつて自分に向けてくれた母性のようなモノではなく、一人の男に向けられる恋慕の情のように感じる。
『君が僕にしたいと思っている事、してくれないかな?』
あの暖かな瞳が、柔らかな肢体が、ツェートの全身を包み込む。
『僕は……君のモノになりたいからさ―――』
「し、してねーし……」
「―――成程。貴公は存外に色情魔なようだ」
外野から辛辣な言葉が飛んできたが、反応するのは流石に不自然なので放っておく。誰も居ないのなら本当は今すぐにでも胸倉掴んで……ああいや、それは駄目か。
「ま、まあそんな事はどうでもいい! 脅威は去ったんだ。後は目覚めるのを待つだけだよな?」
「……でも、そうなってくるんだったら、この子を起こした方が良いんじゃないかしら?」
店主はレンリーの肩に手を置いて、そう尋ねてくる。が、
「そいつは今は……寝かせてやってくれ」
それは単純に起きていても足手まといになると思った、というのもあるが。やはり教団に捕まっていた事で、精神が不安定になっている事に配慮したというのが大きい。今は何やらとても楽しそうだし、それを邪魔するのは憚られる。
「……まあ、後は待つだけだな」
「ぅ…………ここ、は」
「ユーヴァンさん、起きたか!」
意識の回復を見るや、ツェートは思わず飛びついてしまった。硬質な鱗の感触、常に鍛えられている事が分かる全体の筋肉。
回復したのは分かっていたが、それでも無事を喜ばずには居られない。ユーヴァンは突然抱き着かれたことに驚いてはいたが、あちらもどうやら気づいてくれたようで、
「お前は……ツェートかッ?」
「うん、そうだよ……師匠の弟子の、ツェート・ロッタだよ!」
必ず会うつもりではあったけど、こんなに早く会えるなんて。本当に、嬉しくて、嬉しくて。空気を読んでくれているのか、フォクナも店主もこの会話に口を挟もうとはしなかった。無粋だとでも思ったのだろうか、実にありがたい。
「……強くなったじゃないか」
「まだまだ師匠には及ばないけどさ、それでも―――って、どうしたんだ?」
ユーヴァンの顔は複雑そうで、何と言ったらいいか。再会を喜んではいるが、今はもっと別の事を気にしているような……そんな表情。
「うん、ああ……ツェート。お前を一人の男として、頼みたい事がある」
最早その口調にいつものふざけた雰囲気はない。そのテンションの変わり方に多少驚いてはいるが、それでもユーヴァンの頼み。断れる筈がない。
「何でも言ってくれよユーヴァンさん。アンタの頼みなら、俺は何でも引き受ける気でいるから」
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