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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

愛するは我が恋の標が為に

 動揺するな、という方が難しいだろう。何せ彼とは面識があり、尚且つ師匠の大切な部下だ。師匠であの強さな以上、その部下も相応の強さは持っている……筈だ。今思えば、師匠以外の―――例えば彼女すらも、その体勢には欠片の隙も無かった。今だからこそ分かるが、あれはそれなりの場数を踏んでいなければ自然とはならない。付け焼刃の強さしか持ち合わせていないようならば、かなり意識する必要があるし、そういう場合は大抵体が疲れてしまう。だから師匠以外の全員も、それなりの実力はあったと……それは疑う必要も無くそう思っていたのだが。
 ユーヴァンは傷だらけというより血だらけで、重傷というよりは重体で。もしも店主が応急手当をしていなければ、間もなくその息を引き取ってしまっただろう。
「アンタ、魔人に偏見が無いんだな」
 ここ数年の間に、ツェートはある事を痛感していた。それはこの世界の大半―――とは言わないにしろ、少なくともこの大陸の殆どの人間が魔人を憎んでいるという事であり、自分やレンリーが異端者であるという事だ。
 しかしそれも仕方ないのかもしれない。あの頃はレンリーを取ろうとする者は敵で、それ以外には興味が無かったし、レンリーはレンリーで自らの美しさしか目に入れていなかったのだから。
「昔、親切な魔人が助けてくれたのよ……ってそんな事はどうでもいいのよ! 今はとにかく治療しないと!」
「…………いや、俺も治療をしたいのは山々なんだが……」
「え? 貴方まさか治癒魔術を―――」
「覚えていない。誠に申し訳ない」
 傷はなんだかんだで放っておいてしまっている。今も時々古傷が痛んだりすることもあるが、ではなぜ治癒魔術を覚えていないか。単純にその方面への才能がからっきしだからである。好き好んで古傷を残す筈はない。治せるならこちらだって治したいのだ。
「じゃあ、この子は?」
「そいつはもう全てにおいて駄目だ。守られる事しか頭にないような奴だからな、覚えているとは思えない」
 辛辣な言葉だと思うが事実だ。レンリーは何の役にも立たない。本当に、全く。何の役にも立たない。強いて言うならば、やたらと面倒な厄介事を吸い寄せるということだが、それは全くメリットにはなっていなく、今回に関しても偽物とはいえ『見える暗殺者』との戦いは辛いものがあった。
「まあ応急手当しかされてないんだ。当然アンタも出来ないんだろ」
 かといってこのままユーヴァンを放置する訳にも行かない。応急手当をしたとは言っても、それは所謂姑息な手段。いずれは死んでしまう事は火を見るより明らか。何とかしなければ―――
「……出来るか?」
 振り向かずにそう尋ねると、刹那。ユーヴァンの片翼と共に、体中の傷が忽ちの内に再生してしまう。
「え?」ありえぬ光景に目を瞠る店主。それもその筈、ツェートが頼みごとをした人物はフォクナ。己の意志で実体化してもらわなければツェートすらも見えないのに、そのフォクナの姿が他の人に見えるなんていう道理はない。
「でも意識の戻りは本人次第だな―――ってああ。だから街の奴らが騒がしかったのか」
 今更のように頷くツェートに、「今更なのッ?」なんてそれこそ今更な反応を返す店主。生憎と勘が鈍いために、街の騒動とこれが繋がっているとは考えもしなかった。だからこそ先程の言葉は、店主に対する素直な驚きだった。
「それで、一体どんな経緯でユ―――彼が来たんだ?」
「分からないわよ! 外が騒がしいから様子を見に行って、それで戻ってきたらこの有様よ、きっと逃げてきたんでしょうけど……」
「あの勢いからすると、他の奴らは血眼になって彼を探しているだろうな。そうなるとここを尋ねられるのも時間の問題ではあるな」
 普段のユーヴァンであれば逆に返り討ちにしてしまうのだろうが、こうも瀕死の重傷を負っているとなると話は変わってくる。かといって自分達だけで彼を護れるのかと言うと、その自信はない。
 戦いは基本的に数が多い方が勝つ。余程の強さを持っていない限りは、多勢に無勢なのは世の道理。彼を運び出そうにもあの人数が町中を巡っているのだ、見つからずに安全な所へ……何て言うのも無理だろう。
 フォクナにもそれは無理だろうし、一体どうしたいいものやら。ツェートはこれまでの情報を思い出しつつ、整理する。
 ユーヴァンが街中に現れた事で街は大騒ぎ。店主がまさかの友好派だという事もあって、現在このような状況に置かれている訳だが……そもそもどうしてユーヴァンはこの街に来た? あの連れ回しようを見るに、彼らは基本的に単独行動をしない筈だ。だとするならばこの街に師匠が来たことになるが、師匠が瀕死の重傷である彼を放置する筈はなく、故に師匠は来ていないという事になる。
―――先程の傷。
 もう塞がってしまった以上、確信は出来ないが、ツェートの脳裏には焼き付いている。あの刀傷。あの切り口といい、あの傷の深さといい……まず言えるのは、ユーヴァンはフルシュガイド出身の誰かと戦ってこうなってしまった可能性が高いという事だ。あの切り口が生まれるのはフルシュガイドの武器……それも刀剣類のみ。無論フルシュガイドの武器を使っただけという可能性もある。だがあの切り口は……かつて師匠が古傷を見せてくれた時の、その時の一部の古傷に似ている。力の入り切っていない、半端な切り口。師匠の年齢を鑑みるに同じ人物と戦ったとは考えにくいので、ユーヴァンはフルシュガイド出身の雑兵やら何やらに襲われたと考える事が出来る。
 一方で、あの片翼の壊れ方はおかしかった。もげていたのは確かだが、あの付近にも刀傷があったのだ……他のモノとは比べ物にならないくらい深い切り傷が。
 店主の証言も織り交ぜて考えると、ユーヴァンは望んでここに来たわけではない事が分かる。
『望まぬ撤退』『複数の刀傷』『単独で動かないだろう人物が単独行動』―――つまり敗残? 師匠含んだ彼等は、誰かと戦争をしているのか? 
 いや、まさか。師匠が居るならどんな敵が来ようとも遅れを取る事は……取る事は……
 師匠が居ないから、こうなってしまったのか?
 かつてユーヴァンから聞いた話では、自分達以外に部下は後四人いるそうな。そして放っておけば単独で動いてしまう師匠を心配して、自分達が付いてきているとか何とか……つまり、何かしらの事情で師匠が遠くへ行ったと仮定する事は出来るのだ。
「―――これ以上はユーヴァンさんが起きないと駄目だな。よし、どうにかして隠すぞ!」
「隠すって、どうやってよ!」
「知るか! とにかく隠すんだ! いいから早く!」
「無茶言わないでよ!」
 どうすればやり過ごせる? 一度だけでいいのに、只一度だけ隠せればそれだけでいいのに。
 思考の加速と反比例して、考えれば考える程分からなくなる。終いには頭痛と吐き気を催すが、それでも尚作戦は思い浮かばない。


―――私に任されよ。


 ツェートの肩を掴んだその手は、確かな自信に満ちていた。







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