ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

一生の縁

 『透身』との併用で背後に飛ぶと同時に剣を逆手に。背後へと突き刺すが、手ごたえを感じない。
「貴様の能力、完璧に見破らせてもらった」
 背後に飛んだそのつもりが、ロンツの姿は目の前にあった。能力を見破った……とあったが、この動きを見る限りどうやら本当に見破っているようだ。
 繰り出される刺突を左手で弾き、順手に持ち替えようとするが―――弾かれた槍によって体を横殴り。数メートル以上も吹き飛ばされてしまう。
 ……体重が軽い、とは思っていないが。『暗殺者』の割には無理やりツェートを吹き飛ばせるくらいには筋力があるようだ。
「へえ、そうかよ。ならわざわざ隠す必要もないかな」
 バレているモノを隠す必要はない。『透身』に回していた魔力も身体強化に回してしまった方がいいだろう。
 それにしても武器は槍か。リーチの長さとその出の速さが特徴の武器だ。扱いには少々練習が必要で、剣よりかはかなり難しかったりするが……使いこなせたときの恐ろしさと言ったら、武器で一番だろう。槍の種類としてはパルチザンに近い為に、突撃槍ランスのように刺突のみを警戒する訳にも行かない。
 弱点としては刃が短く柄が長い為に、懐に潜り込まれると弱いくらいか。それも柄で無理やり殴ってくる場合がある為に、容易には突破できなそうだが。
 ツェートは疾風のように駆け出し―――刹那、その姿を眼前から消した。ロンツは当然ながら背後からの出現を予知し、ツェートが姿を現すより先に後退。先程のように背中を取ろうとしたのだが。
「能力を見破らせてもらった……だってえ?」
 そこにツェートの背中は無かった。次に姿を現した時には、ツェートはさらに懐へと潜り込んでいたのだ。当然この間合いでは槍は使えない。
「応用を利かせるのが能力ってもんだろ!」
 居合のような動きで振りぬかれた剣は、いとも容易くその黒い鎧を切り裂いた……え?
「な……!」
 ロンツも流石に動揺を隠しきれていない。当然だ。まるで衣類を切り裂くが如く斬れてしまうなんて、ツェートすらも予想出来ていなかった。相手からすれば幸運か、切り裂き自体は浅い。だがそれでも、斬ってしまった。
 それが動揺を生み出したのか、ロンツは再び柄で横っ腹を殴ってきた。再びツェートを吹き飛ばして仕切り直そうという魂胆だろうが……そう何度も簡単に喰らうもんじゃない。
 先程吹き飛ばされたのは武器を持ち替えようとしていたからだ。加えて二度も同じ攻撃をしてくるとなれば、簡単に読めてしまう。
 ツェートは柄を横っ腹で敢えて受けると、体の重心を落とすと同時に槍を掴んでロンツごと持ち上げ、
「くッ―――」
 その槍をも叩き壊す勢いで、ロンツを反対側へと叩きつけた。何故離さなかったかは単純明快。ツェートの能力を部分的に行使すれば、隙だらけの体勢をリセットする事など容易く、そして完璧にそれを見破っている相手は武器を離せなかったのだ。
「……暗殺者の癖に武器に固執しすぎなんだよ馬鹿。お前如きが監視者何て笑わせるなよ」
「…………フッ」
―――何?
 その笑みの意図を探る間もなく、ロンツは武器を離して、身体を回転させつつ体勢を立て直した。やはり腐っても暗殺者。身のこなしでは流石にこちらが劣勢か。
 槍を蹴っ飛ばして、場を整えると同時に、ロンツは体を低くして、疾走。たった一歩で徒手の圏内まで肉薄し―――そこで気づいた。
 隻腕になってしまっているツェートは、その身のこなし上接近戦には異常に弱いという事に。回転の加わった正拳突きを能力で回避。ロンツの背後へと飛び去るが、
「ガッフッ……!」
 後頭部に痛烈な一撃。おそらく肘打ちだ。朦朧とする意識を支えつつ前方へ退避しようとするも、今度は前方に居たロンツに首を掴まれてしまった。
―――何故ッ。
 最初の一撃は、能力の詳細さえ分かっていれば大したことは無い。だが今のは何だ。まるで自分から突っ込んだかのようにロンツが前方に……!
 首元に加えられる剛力を感じ能力で上空に退避。
「ハッ!」
 奇襲を掛けたつもりなのだが、ロンツはそれを紙一重で回避。すかさず刃を返して、縦横無尽の連撃。その一閃一閃が正確で、一度でも喰らえば即死はせずとも戦闘不能になる事は間違いない。しかしロンツは的確に剣の鎬部分を見切っては弾いてを繰り返し、当たりそうもない。
―――今だ!
 右斜めから振り下ろした一撃は、やはりロンツによって刃の進行方向に弾かれてしまう……と同時に、ツェートは武器から手を離し、紅き魔力を放出。
 刹那。明後日の方向へ吹き飛ばされた筈の剣が、ロンツに直撃。無論弾かれたが、その弾いた事が運の尽きだった。
 ツェートの片腕には、先程蹴っ飛ばした槍が握られている。
「終わりだ……!」
 その拳よりも僅かに早く、槍は心臓を直撃。丁度あの剣で切り裂いた部分を貫いたために、鎧も意味を成していない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 走れ。疾く走れ。ロンツを壁へと叩きつけ、この刃をもう少しだけ届かせろ。この刃を……あと少しだけ。


「報いを受けろ、断罪者ァ!」






 そういえば、私って誰かに本気で愛されたことがなかったのね。ツェートやネセシドと会う前の話になるけれど。
 私はいつも周りの男にちやほやされていた。危ない目に遭いそうな時は守ってくれた。だから私はこうして自信を手に入れられたし、王の次には美人或いはそれ以上だって、心の底から思っていた。
 でも私が本当に危ない時、誰も助けてはくれなかった。誰かが来るのはいつも全てが終わった後。
『次は必ず助けに来る』
『もう絶対に危険な目に遭わせない』
『君には僕がついてる』
 そんな言葉を何回も言われて、何回も裏切られて、また何回も言われて。それから私は、男の言う事なんて信じられなくなった。そして思った。男なんて逆に良い様に扱ってやろうって。今度は私が裏切る番だって。
 だからツェートとネセシドを殺し合わせた。私を愛してくれる者同士が殺し合う様は最高だった。勝者は私への究極の従順を誓う。エニーア・フランシアの様に、私も王になってやろうと……そう思っていたのに。
 結局それは失敗して。今じゃこの様。ツェートは新しい花婿を見つけるとか何とか言ってたけど、結局アイツも男。きっと見捨てるに決まってるわ。
―――でも、ツェートならって信じる自分が居て。でもツェートは男だからと思う自分も居る。
 私はどうすればいいの? 信じればいいの? 諦めればいいの?
 目の前にある光は……その答えを教えてくれるかしら。




「起きろ、おい起きろ」
「……っ…………」
「起きろつってんだ、おい!」
「ん……」
 体が動く。誰かが私の存在に気づいてくれる。開ける視界。聞こえる音。
 目に映った彼は、とても心配そうな表情を浮かべていた。
「ツェート………?」
 私の反応に、彼はまるで全身の力が抜けた様に座り込んだ。そして「間に合ったか……」と呟いた。周囲には死体の山があるけれど、そんな事はどうでも良いの。
「私を助けてくれたの……?」
「当たり前だろ……お前が新たな恋を見つけるまでは俺が命に懸けても守ってやるって、そう言ったじゃないか。信じてなかったのか?」
 少しだけ厭味ったらしく言っても、それでも彼の言葉には、どこまでも心配と安堵が混じっていた。私を……散々彼ともう一人を弄んだ私を、本気で心配してくれていた……?
「怪我はないよな。精神状態は少し不安定に見えるが……うわッ!」
 気がついたら、体は動いていた。私は彼に抱き着いてしまったのだ。不細工にも涙なんか流して、威厳何て感じられないくらい情けない声を出して。
「あぃりぅ……がヵ…………とぅぇう……………!」
 彼は私の背中を優しく擦ってくれる。いつの間にか男らしく、大きくなっていたその手で。
「何だお前らしくもない―――まあ、もっと早くお前をみつけてやれれば、良かったよな。ごめんな……でも。お前が生きててくれて良かったよ」
 彼の胸の中で、私は初めて本気で泣いてしまった。










 体感とはいえ、何百時間も体を動かしていなかった影響で、レンリーはまともに歩く事すらままならなかった。暫く日常を送っていれば治るとは思うので、今はこうやって背負ってやっている。因みに教団の悪事についてはあの監視者の日記を薬屋の方に送り届けたので、教団が崩壊するのは時間の問題。これで事件の全てが解決したわけだが。
「ねえ、ツェート」
「何だ」
「その…………迷惑かけて、ごめんなさい」
 何故かは知らないが、やたらレンリーの態度が柔らかい。ちょっと心がぐらついてしまうくらいには態度が軟化している。怖い。
「私、お淑やかな女性になれるように頑張るから……その、これからは宿屋とかで隣に、寝ても……いい?」
「―――今回はお前と離れてしまった俺が悪い。断る道理何て無いよ」
 最早以前の原型は何処にも無い。『誰だお前』と言ってしまいたいくらい、今のレンリーは態度がおかしい。今までの高圧さは一体何処へ行ったのだ。別に戻ってほしいわけではない。どっちかと言われれば、このくらい控えめで居てくれた方が好みだし、面倒も起きないし。
 でも今まで全く正反対の性格をしていた奴がこうなってしまうと、やっぱり怖い。
「……ふん」
 しかしそういう事情を抜きにしても、今のレンリーには妙な色気がある。何と言えばいいか、何とも言えないというか……少なくともアジェンダ大陸に居た時よりは、ずっと良い。
「お前の事は大嫌いだ。だけど、それ以上に大切だ。どんな危険からも守ってやる。どんな敵でも退かせて見せる。だからお前……絶対幸せになれよ。それまで俺はお前の……騎士だからさ」










「さて……この辺りで会えるとは思うが」
 薬屋の所にレンリーを預けた後、訪れたのはこの街の宿屋前。私室の机に書かれていた事を示すならば、ここでロンツ・ウィーンと会える筈である。
「我が剣、貴公の務めに貢献できたようだ」
 声が聞こえる。炭鉱で出会ったあの声と一致する。間違いない。こいつこそが本物のロンツ・ウィーン。『見える暗殺者』でない、正真正銘の監視者である。
「務め? レンリーを救う事か?」
「然り」
「はーん、良く言うな、俺を利用して教団を潰したお前が。務めとはそっちの方じゃないのか?」
「……」
 肝心な事はだんまりとは、全く面倒な事だ。
「理由は知らんが、アンタの存在は教団に知られちまったんだろ? 噂レベルでも何でもさ。だからこそあの偽物がいて、その偽物が『見える暗殺者』なんて持て囃されて。だからアンタは断罪したかった……自分の命を犠牲にしてでも」
 戦った時にはもう確信していた。炭鉱の時とは明らかに一撃の重さが違っていたのだ。だからこそツェートは彼を偽物として、何の躊躇もなく殺せた。
「あの本が埃を被っていなかったのも、俺があそこに行くよりも前にアンタが仕掛けたんだろ。俺の行動を誘導するためにさ」
「然り。貴公の実力を評価している。故、その方向を絞らせてもらった」
「武器も壊れてほしくなかったから譲ってくれたんだろ?」
「然り」
 やはりこいつは本物の監視者だ。会話をしている時ですらその姿を見せない。傍から見れば独り言を喋ってるだけと、中々危ない状況である。
「でもあの本を俺が持ってきたことで、アンタの存在は晒されてしまった訳だ。もう監視者の仕事は出来ないんだろ、どうするんだ?」
「―――監視者が居なくなった、等と騒がれれば、わざわざあれを提出した意味が消える。私は見えぬのみが取り得の監視者。誰に気づかれることもなく、街を去ってしまおう」
 最初から見えない監視者の存在を知った所で、結局見えないなら去ったとしても気づかれることは無い、か。確かにその通りだし、あの本の言葉に従うならツェートでもそうするだろう。
 だがそれはあまりに惜しい。
「なあ……俺の旅に付いてきてくれないか?」
「―――貴公の旅に?」
「街を去るならどっちだって同じだろ? それに俺はこれでも感謝してるんだぜ? ……告解部屋で、俺の話を聞いてくれたろ。凄い、助かったんだよ。個人的に」
 屈託のない笑顔を浮かべてツェートはそう言った。裏はない。これは純粋に感謝の気持ちだ。本当に、軽くなったのだ。
「――――――」
 突如、空間が歪み始めた。その歪みは徐々に人の形を成していき、最終的には―――
「……我が新たなる主よ。貴方に全てを捧げましょう。この体も、心も」
 監視者の肉体を見て、ツェートは数秒の間、見惚れていた。こんな容姿を持ちながらも隠すのは、実にもったいないと思えるが、この姿を見られるのが自分だけだと思うと、得だと言える。
「いやあ……お前、何で姿を消してるんだ? 色々な意味でもったいないと思うが」
 案の定だんまりである。まあいいか。そういう事は本人の勝手だろう。
「ああ、そうそう。ロンツ・ウィーンってのも偽名だろう? 出来れば本名を教えてくれよ」
「……フォクナ・メルーサ。それが私の名。ふつつかな者であるが、どうか宜しく頼む」
「俺はツェート・ロッタ。ツェータと呼んでくれ。俺の片腕として、そして出来れば一生の仲間として……この縁が末永く続くことを願うぜ、フォーナ」


 レンリーすらも知らない、これからも知る事のないもう一人の仲間が、加わった。













 フォクナと一旦別れた後、ツェートは薬屋の方へと歩いていた。無論レンリーが心配になったのである。店主が居るので大丈夫だと思うが、もう一度攫われたなんて事態は回避しておきたい。
「探せ!」
「何処に行った?」
「あっちから声がしたぞ!」
 街はどうしてだか賑やかだ。悪事を摘発したから沸き立ったとは考えにくい。というのも、この賑やかさからは、殺意や憎悪の片鱗が感じ取れるのだ。教団は多くの罪を犯したとはいえ、被害に遭っていない人間がその悪行を聞こうとも、ともすれば他人事として捉えてしまう。憎悪はともかく殺意は湧いてこないだろう。
 薬屋の方では、まるで誰かを探すかのように店主が視線を巡らせていた。
「どうしたんだ?」
「……あっ、貴方! 大変なのよ、ちょっと中に来て!」
 少し駆け足気味に店主に近寄る。
「魔人が、魔人が!」
「魔人? ああ、魔人ね。それで、魔人がどうかした―――の……か………………?」








 そこには片翼をもがれた上に、全身に刀傷が刻まれているユーヴァンの姿があった。



































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