ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

素直な思い 後編

 最後に訪れた部屋は儀式の間。普段は三重に鍵が掛かっていて入れないが、それはツェートに言わせてみればむしろ好都合。何故ならそれは、視界が存在しないという事でもあるから。通路に飛べば誰かにその能力を目撃されるが、この厳重にロックの掛かった扉の先には絶対に視界が無い。
 故に、ツェートの存在、及びその能力が露呈する事は無いという訳だ。密室であればある程ツェートにとっては好都合で、是非も無い状態で。ならばこの部屋程調べやすいモノもないだろう。
 しかし失念していた。扉が締め切られているという事は、明かりすらも完全に存在しないという事である。人の視界は明かりによって成立する為、こうも明かりがないと視界は成立しない。能力的にはともかくとして、こちらの視界すらも成立しないのでは話にならない。
 生憎ランタンは既に返してしまった。明かりを灯す魔術など修めていないし、近くに明かりをつけられるようなモノがあったとしても見えないのではどうしようもない。
「……どうするかな」
 対策は思い浮かばない。勘で探すわけにもいかないし、かといって何か手段がある訳でもない……となれば。
 ツェートは手ごろな壁を見つけた後、素早く肩を引いて正拳。敢えて壁をかろうじて崩すまでに加減したが、それにしても大きな音が響いてしまった。扉の方からは何事かと騒ぐ声がする。あのロックが易々と解除できるとは思えないが、時間の問題だ。
 差し込む光を頼りに部屋全体の構造を把握。何かがありそうな場所をピックアップし、そこだけを入念に調べる事にしよう。


 残された時間は……少なく見積もって三十分くらいといった所か。
 扉を開錠する音を聞きつつ、ツェートは怪しそうな祭壇やら箱を調べていくが、何も見つからない。まあ確かに祭壇なんかに大事な物を置くなんて馬鹿のしそうな事を、この教団がするとは思えない。見つからなくても特に不思議はない。
 扉の鍵が一つ外れる。次に怪しい場所と言えば……この像だ。
―――本当の事を言うと妖しくもなんともないが、この儀式の間に存在する物体の絶対数が少ないので、仕方がない。
 切れ味を試す目的も兼ねて、ツェートは剣を一振り。思ったよりあっさりと像の半身が切断され、その内部が明らかになる。……何もない。
 扉の鍵が、また一つ外れる。残りの物は……小さかったり、そもそもそんなスペースがなさそうだったり、何かがある可能性は限りなく低そうだ。この部屋は外れ、そう見ていい。
 ……だったらやる事は一つだな。








「な、何だ……これは」
 信者達はそれを見て、呆然としていた。開錠した扉の先に見えた光景に、ただただ恐怖するしかないのだ。
 半身を分断されている事に加えて、四肢は八つに切断。頭部だけは短剣が額に突き刺さっているだけで済んでいるが、それにしても不気味だ。
 何故切断面から血が噴き出している? 
 一体この部屋で何が起きたというのだ。誰も入れないこの部屋で、一体何が……








 記された場所は全て行った。これ以上踏み込んでいるのは、単にツェートの意志である。信者達の動きは止まっている。工作は成功だ。わざわざ自傷行為をした甲斐があった。突然あんなものが出てきて事態を理解できよう筈も無いので、暫くの間はあそこにくぎ付けになっているだろう。
 その間に調べるべきはこの部屋。ロンツ・ウィーンの私室である。やはり実験レポートがありそうだと言えばこの部屋だろう。教祖の右腕である彼……だか彼女だかは知らないが……ならば、重要な書類の管理を任されていても不思議ではない。今まで不明だった行動意図も、明らかになる事だろう。
 引き出しには幾つも積み重なった書類が入っており、その内容はやはり不老不死に関するもの。只一つ違う点と言えば、それは実験の結果が書かれている事だろうか。
―――ビンゴだ。
 やはり霊安室の女性は実験動物にされていたようだ。魔力の安定しない魔術……恐らくは自作の魔術を掛けられ続け、その果てにああなってしまったと書いてある。何故女性なのかは簡単で、女性の体内にある魔術回路の方が繊細で、効果の程が表れやすいからだそうだ。
 しかし見てれば見ている程破りたくなるような実験内容で、こんなものにレンリーが巻き込まれるのだと思うと……いよいよ殺意が湧いてくる。
 しかしまだだ。今勢いのままに暴れてしまえばレンリーを何処かに移される可能性がある。次に飛び込むべきはロンツの言葉の通り、二日後。それまでは真相の調査に従事する。
 それは個人的な興味……女性だからという理由だけでは弱いレンリー連れ去りの理由だったり、こちらに協力するロンツの目的等……もあれば、この教団を潰すための材料を揃える為の、所謂後詰めの意味もある。
 真相を晒せば教団は解体される。解体されれば宿屋が使えるようになる。野宿をする必要性が無くなるのだから、意味が無い事はないのだ。
「……ん?」
 書類を漁っていると、その底に一冊の本を見つけた。題名は『監視者』という一言だけ。真黒い装丁の本は、埃一つ被っていない。手に取ってパラパラとめくってみるが、やはり埃は飛ばない。未だ使われ続けている証拠だ。
 その内容は、この街で起きたらしい犯罪の詳細な記述。中には断罪と書かれたモノがあり―――まるでそれは、文字通り監視者の記した書物のようだ。書物の最後には、『我の姿知られし時、この街に我の場所は無し』と書かれている。
「……もしかしてこれって」
 やはりだ。最新のページにはこの教団の罪の全てが書かれている。だが断罪の文字は書かれていない。いや、断罪出来ないのだろう。
 しようと思えば簡単である。単純にこの書物を白日の下に晒せばそれでいい。これは今までこの街の全てを監視してきた書物なのだから、捏造でないと証明する事も難しい事じゃない。それでもこの教団が断罪できないその理由。きっとこの最後の文字に集約されている。
 この監視者という役目は……恐らくその存在を知られてはいけないのだ。大義のある罪人。影の世界の住人。だからこの書物を晒すという事は、教団の断罪であると同時に、監視者自身の断罪となってしまう。だから断罪できない。
―――この書物があるという事は、監視者の正体は間違いなくロンツだ。しかしそうだとするならば、一つだけ疑問がある。
 『見える暗殺者』とは何だったのか、という事である。監視者はその存在を知られてはいけないのに、一体どうして、『見える暗殺者』等と言われているのか……薬屋の店主が姿を知ってるほどに知れ渡っているというのに、どうして未だ監視者を続けているのか。


「……ひょっとしてそういう事なのか? だったらお前が俺に協力するのって……」








 二日後だったか。一日でかなりの収穫を得たために、残りの一日は完全に余ってしまった。もう調べる事も無いというか、調べたところで無意味というか。全ての真相は二日後に明らかになる。
 やれる事はやった。調べられる事は調べ切った。後はもう、只レンリーが死なない事を祈るのみだ。炭鉱の奥で出会ったロンツの、あの言葉を信じるだけだ。


―――ロンツ・ウィーン。アンタはもしかして。


 目を閉じて、明日の良き日を願いつつ、ツェートの意識は闇の底へと閉ざされた。





















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