ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

素直な思い 前編

 穢された、というのは何も強姦なり死姦なりによってのモノではなく、言葉の通り穢れているのだ。身体の八割以上が黒ずんでいて、それは炭化とか痣とかそういうモノではなく、明らかに魔術的な何かが絡んでいる事が分かった。
 最近死んだ人間なのか、その体からは魔力の残滓を感じ取れる。しかしながら問題なのは、どうして女性なのかという事だ。
 遺体管理が杜撰とはいえ、原型が残ってるものも少なからずあり、それら全ては等しく男性。魔力の残滓は無論感じない。恐らくダミーだろう。結論を出すのは早計だが、まず間違いなく言える事は、女性が何かしらの実験材料になっている事、そしてこれを見るに、レンリーもまた何らかの実験のモルモットにされてしまうという事だ。
―――もう一度資料室に行ってみよう。
 さっきは見逃した資料があるかもしれない。視線は……大丈夫だ。






 不老不死の研究がフェイクという事は在り得ない。先程の紙だけが後から紛れ込んだだけで、間違いなくこの教団は不老不死の研究をしている。一枚一枚をじっくり読んでいる暇はないが、ざっと見するだけでもその熱意は十分伝わってくる。不老不死に関連しないモノが無いと言っていいくらいだ。その殆どが机上の空論でしかないモノばかりだが、今可能なのは、魔力に全身を浸して体が老化しない様にするという案だ。実現可能だとは思うが、それは死なないだけであって生きていないとすら言えるためにやはりくだらない。
―――実験レポートは無いのか?
 ここまで案が挙がっているなら何かしら実行されても良い筈だが。まさか予算が無いとは言わせない。こんな場所に本部を立てているのだ、実験の一つや二つ実行できなくて何が教団か。
 何のための資料室だよという話になるが、ここは一般信者にも公開されている部屋なのかもしれない。実験のレポートに関しては一部の幹部にだけ公開されているとか、そういう事かもしれない。まあまだリストの場所は巡り切っていない。次の場所へ向かうとしよう。




 続いて訪れたのは、懺悔室―――と一般的に言われているが、正確には告解部屋だ。行き交う信者達を搔い潜るのは中々に苦行だったが、ともあれ辿り着いた。ツェート自身告解の流れやらは良く知らない為、何を調べればいいのか分からないが、調べるとしよ―――
「―――今回はどうなされたのでしょうか?」
 え……?
 足音は完全に殺した筈なのに、壁の向こう側に居る者は一体どうやって察知したのだろうか。不意に声を掛けられたぎょっとしてしまったが、こうなった以上は仕方ない。信者として振る舞って見せよう。
「……実は、心配事がありまして、それで相談に」
 上手く振る舞えているのだろうか、心配で仕方がない。ツェートは固くなった動きで席に着く。
「実はお―――私には伴侶が居るのですが、ここ最近の内、彼女が居なくなってしまいまして……」
「心配ですか、彼女の事が」
「……ええ。正直。彼女の前ではそっけない態度を取りましたが、心配で心配で仕方がありません。彼女には酷い裏切りをされて、だから恋愛的な感情はないんですが。でも……一緒に居たので、心配で。彼女に何かあったらどうしよう、もしも死んだら何て……もしそうなったら、私はどんな顔をして彼女に謝ればいいのか分からなくて―――もっと、大事にしてやれば良かったな、なんて。後悔ではあるんですが」
 ツェート・ロッタは、彼女の事を愛している。自らの師匠に惚れる女性を愛している。勿論今は、彼女は自分の事を眼中にすら入れていない。子供の言った事だと、そう思っている事だろう。
 でもツェートは本気だ。師匠に打ち勝ち、絶対に彼女を振り向かせて見せると、そう思って毎日を生きている。
 だから皮肉な事に……レンリーをそう簡単に見捨てる事は出来ないのだ。彼女は勝者が好きなのであって自分を好きなのではない。それは良く分かっている。それでも、『誰かに惚れている誰かを振り向かせようとする』その気持ちは分かる。だからツェートは決めたのだ。レンリーの花婿探しをしようと。自分以外の誰かに恋をさせようと。
 絶対に見つけるつもりだ。何としてもレンリーには幸せになってもらいたい。そう思っていたのに……
「どうか、彼女に対して冷たく当たった事をお許しください」
 ……この宗教に神が居るのかは分からない為、発言はぼかした。ツェート自身、誰に対して赦しを乞うているのか分からない。でも強いて言うならば、それは……


「貴方の彼女への態度は反省されなければなりません。そのままにしておけば貴方もその彼女も、きっとまた同じ不幸に遭う事でしょう。口数が足りないのです。恥ずかしくても何でも、とにかく言葉に出す事が一番だというのに、貴方はそれを躊躇っている。そこに恋愛感情など必要ありません。心配なら心配と言えばいいのです。大事なら大事と言えばいいのです。彼女もきっと、貴方の事を分かってくれるでしょう……大丈夫。彼女はきっと見つかります。自分を、彼女を信じてあげてください」




 音も無く資料室に飛んだあと、ゆっくりと深呼吸。
「―――結局、告解部屋は何も調べられなかったな」
 しかし何故だろうか、不思議と心は軽かった。今まで背負っていた重荷が、少しだけ下りたような……
「……よしッ」
 もう少しだけ頑張るか。







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