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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

私が守る

 そろそろ夜が訪れる頃だから休め等という言葉があったとしても、無視せざるを得ない。そもそもツェートは寝床を探していて、見つからなかったから外で寝て、それでこの事件が起きたわけで。だから夕方だからそろそろ休もうとか、夜だから休もうとかそういう概念は無い。動けなくなったら休む、これに限る。
 薬屋の様子を軽く見た後にツェートが来たのは、教団の本部。信者でなければ入れないが、ツェートに言わせれば死角の存在する建物に侵入する事等造作も無い。
 ここは外だから自分の特異体質を見られるのではないか? いやいや、その為にツェートはある魔術を修めた。きっと自分以外には使いこなせない魔術、『透身カラーレスメイル』を。
『透身』。それは無属性下位魔術でありながら、殆ど全ての人間が修めていない魔術。そうなってしまった理由はこの魔術の効力であり、ツェートを除けば誰が聞いてもこの魔術は役立たずであると理解するだろう。
 その効果は、刹那の時のみ、自分の存在を消し去る―――だけ。もう一度言おう。それだけである。


 それだけ、である


 ……こんな使えない魔術が一体何処にあろうか。透明人間になれる魔術結構。だがそこに持続時間が無ければそれは魔力の無駄遣いであり、そんな事をするくらいなら水属性の魔術でも使って霧を生み出した方が効果的である。
 だがこれは一般的な話であり、ツェートに限れば、これ程有用な魔術が果たしてあろうか、といった具合だ。
 ツェートの能力は、視界の外に飛ぶこと。発動自体は見られても構わない。だが見られればそれだけ対策を取られやすい為、見られたくはない。つまりツェートを常に視界に捉えている事こそが、皮肉にもこの能力への最高の対策なのだ。ツェートのあの紅い魔力は身体強化を除けば只視界の外に飛ぶだけの能力だから、それさえ分かってしまえば師匠のように、容易に対策をたてられてしまう。
 だからこその、この魔術。この魔術によって存在が消えたその刹那の時に能力を使えば、誰にも見られずに飛ぶことが出来る。
「―――っと。まあ、こんなもんだな」」
 飛び先は本部の資料室。何故か視界が全く存在しない場所で、大変移動しやすかった。それに資料室ならこの教団がどうしてレンリーを浚ったのかが分かるかもしれない。
 ツェートは重要そうな紙切れを手に取り、片っ端から目を通していく。そこには『不老不死の定義』という真面目なモノから、『不老不死の男女から生まれた子供にその特性は宿るのか』という何やらヤバい匂いのするものまで様々だ。どうやら建前ではなく、この教団は本当に不老不死を研究しているらしい。バカバカしい。不老不死などある訳ないだろうに。この街に居るらしいという話はあるが、ツェートは信じていない。
 しかしながらどれもこれも不老不死関連のものばかりで、レンリーが関わりそうな話は見つからない―――そう思った矢先。


『不老不死を得られるという話を私は信じない』


 一枚の紙切れが紛れていた。紙質が明らかに違うため、誰かが紛れ込ませたと考えるのが自然だが、一体誰が?
 取りあえず、呼んでみるとしよう。




『信じ続けなければ不老不死が得られるなんて、私は微塵も信じてはいない。信じるだけで死ねなくなるなんて、そんなのおかしい。何か異常な事が起きるなら、そこには必ず理由がある。私はその立場上仕事が多く、怪しまれる訳にも行かない為に調べられなかった。もしも私の存在を知っていて、尚且つこの教団の追及する不老不死に疑問を持った人間が居るなら、私の代わりに調べてほしい。幾つか怪しそうな場所をここに載せる』


 記された通り、そこには本部内の地図と怪しそうな場所がピックアップされていた。
「……まあ、信じてみてもいいか」
 信じないで漠然と何かを探すよりも、当てがあったほうが良いだろう。早速調べに行こうとツェートが扉に手を掛けた時。


『にしても不老不死っていつ得られるのかねえ』


 足音を考慮するに、信者二人の会話なようだ。


『ああ、それは俺も思うよ。不老不死って、本当に信じてるだけで得られるのかって話だよなー』
『個人的にはこう思ってるよ。ほら、不老不死になるときって儀式があってさ。敬虔な信者は別室に通されるじゃん? 個人的にはあの時に何かが渡されて、それを使ってるんじゃないかな……て』
『でもロンツ様は儀式を受けていないそうじゃないか』
『儀式の時に姿をみられるからじゃないか? 俺達は未だにロンツ様が男か女かも分かってないし』






 ……二人は歩き去ったようだ。それでは改めて、行くとしよう。










 最初に訪れたのは霊安室。ここには敬虔な信者の遺体が安置されており、その死後は聖霊となって自分達を見守ってくれているとか何とか……都合の良い事言って闇をひた隠しにしているような気がしなくも無い。
 こういう部屋は大抵鍵がかかっている筈だが、案の定掛かっていない。誘導されている気がしなくも無いが、先に進もう。
 幾つもの棺が乱雑に置かれた霊安室は、とてもではないが安心して眠れるような場所とは思えない。敬虔な信者の遺体がここに安置されようものなら、その死後は悪霊になる事間違いなしだろう。
 極めつけに酷いのが棺の扉に鍵が掛かっていない事だ。
 遺体管理の杜撰さ、ここに極まれり。もう安置という言葉すら使わない方がいい気がする。安置というより放置だ。
 ここの管理に悪態をついても仕方ないので、肉体から離れた魂に、出来る限りの安寧を祈りつつ、ツェートは死体を漁っていく。
「魔物の死体は慣れてるんだけどな……」
 どうも人の死体は彼を思い出してしまって苦手だ。いや、触れない訳じゃないのだが。
「これにおいては腐ってるな……」
 燃やしていない、という点については無視するものとする。今更なのだ、そういう指摘は。
「―――ん? こいつ、は」
 そこにあったのは、穢されに穢された女性の遺体だった。


 






 

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