ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

今のお前は

 別に顔を聞いたからと言ってレンリーに繋がるとは思っていなかった。特定の顔だけを探知する魔術何て無いし、そもそもそんな魔術が使えるならレンリーの顔を探知している。
 だが、その情報は思ったより貴重なものだった。レンリーを連れて行った男は、ヴィルシュキルナフト教の幹部―――黒い鎧に赤いマントを羽織ったような姿らしい―――で、その名前はロンツ・ウィーン。教祖の右腕であり、最大の実力者。その実力はフルシュガイド大帝国教会騎士団団長にも通じるらしい。多くのモノが彼の存在に気づいたとしても、抵抗すら出来ず死んだことから、ついた通り名が『見える暗殺者』。
『いやいや、どうしてそいつの事をアンタが知ってるんだよ』
『……私の友達がね。アイツに殺されちゃったのよ。私の友達はあの宗教を良く思ってなくて、それで何かをしようとしたのかしら、そこまでは知らないけど。でも―――』


―――助けるなら早くした方がいいかもね。その子、きっと死んじゃうわよ。


 流石にどうしてレンリーが連れられてしまったのか、それは分からないが、しかし不味い人間の情報を得てしまった。これではますますレンリーの安否が気になってしまうではないか。ついでに友達を殺された店主の事も。
 一番簡単な対処は、そのロンツとやらを殺す事だが、場所が分からない以上、殺しに行くことは出来ない……
―――ん?
 場所は……簡単に特定できそうだ。




 師匠ならばきっと、手荒な真似事はせずにレンリーを取り返せるのだろうが、ツェート自身にそれが出来るとは限らない。時と場合によるが、強行突破についても考えている。
 しかし、強行突破に至るにはまだ早い。あらゆる事を調査した上で、それでも無理だと判断してようやく至るべきだ。
 そういう訳で、今回ツェートが来たのは炭鉱。本来炭鉱に入るには許可が必要だったりするが、その辺りの事情は、棲家に居る魔物の殲滅を条件に許可を貰った。街の人の雰囲気を見ていれば一帯の魔物の強さが分かる為、その上でそう言ったまでの事。決して安請け合いをしたわけではない。
 薬屋の店主から借り受けたランタンを片手に、ツェートは炭鉱へと足を踏み入れる。油の質が悪い事に文句は言うまい。ぼんやりとした明かりを足元に、躓かない様に歩いていく。時間帯が時間帯なので、何人かの炭鉱夫ともすれ違う。
 しばらく歩いていると、分かれ道を発見した。そちらに進んでみると、途端に人の気配が消えた。こちらが棲家のルートとみて、間違いないだろう。
 ……歩いていく。
 道は複雑に絡み合っていて、全体のマップを把握しないと迷ってしまいそうで。ここで魔物に襲撃を掛けられようものなら反応も難しそうだ。というかそもそも最奥が判明していない為、一日で往復できるかすら怪しい。
 だが何より怪しい事がある。
―――人の気配は確かにしない、が。
 魔物の気配もまたしない。生臭さや、血の匂い。或いは毒や体液の匂いも然り。本当に何も感じないし、本当に何もいない。街ぐるみで嘘を吐く訳が無いので騙されているという線はなさそうだが、どうにも違和感を拭えない。
 ……街が丸々騙されている?
 発想の飛躍が過ぎる話だとは自分でも思うが、馬鹿げた話ではない。まず魔物の棲家であるなら、どうして討伐隊を送らない? 今まで全て返り討ちにあって来たという話があるならまだしも、そういう話は一度たりとも耳に挟んでいない。
 何よりおかしいのは道の分かれ目。討伐隊を送らないにしても、魔物が居るのなら封鎖なりの方法は取るだろう。そうしなければ死者が出るし。だが実際はどうだ? ツェートは普通にここに入って来たし、死者処か負傷したという話すらない。飛躍した話でも、ありえない話ではないのだ。
 ……だったら何でそうするんだ?
 街の人の様子を見る限り、この棲家とやらは最近になって生まれたモノだ。そしてあの宗教は一年前に流行りだした……無関係だったら良いのだが―――
「……!」
 背後の殺気に、ツェートはランタンを宙に放ると即座に抜刀。洞窟に響くは鋭い金属音。
「何者だ!」
 姿はない。ランタンの取っ手に刃を通し、周囲を照らすが、足跡すら存在しない。……成程。この鋭い太刀筋。見える暗殺者は普通の暗殺も出来るようだ。
 だがあまりにも相手が悪すぎた。ランタンを脇に置いて、ツェートは……背後の空間を大振りで薙いだ。
 衣服の切り裂かれた音と、動揺から上昇した心拍。やはり幾らプロだとしても、敵に回したことのない相手には遅れをとってしまうらしい。
「ここは狭いからな。お前がどう隠れようと実際俺に不利はない。退けよ、暗殺者」
 ツェート・ロッタの特異体質は紅い魔力。そしてその魔力を行使して、視界の外に飛ぶことである。デメリットとしては大抵視界の外と言うのは背後である為に、接近戦では読まれやすい事と、視界の外が存在しない相手に対しては使用できないという事だが、今回はそのデメリットを利用して戦っている。
 というのも、この能力を行使した時点で、ツェートは何処が視界内で何処が視界外なのかを把握できる。だからこそ視界の外であればどこにでも飛べるという能力となり得るのだが……これは相手に視界さえあれば機能する為、これを利用すれば相手がどこからどう自分を見ているかが全て分かってしまう。
 つまり視界の範囲と方向から相手が何処にいるか探知できてしまうのだ。
 ツェートの騙りに暗殺者は音も無く息を呑んだ。
「―――どうしても、俺に進んでほしくないんだな、お前は。いいぜ、別に俺だって厄介事は勘弁だ、ただし、これを教えてくれたらな」
 答え次第ではここで殺し合う事も吝かではない。レンリー救出の邪魔になる障害を前もって排除できるに越したことはないからだ。
「レンリー……薬屋前に居た女性を解放しろよ」
 ……答えはない。交渉は決裂したよう―――
「二日後。満月の上る時、下級信者共が集会を行う」
「―――え?」
 それ以上の言葉はなく、視界も完全に消え去った。姿なき暗殺者はどうやら立ち去ったようだ。場所を教えてくれた、という事はそこにレンリーが居るという事か、或いはそこで決着をつけるという事か。
「―――ん?」
 再びランタンを取って腰元に。すると眼前に突き刺さるそれが照らされた。鎬部分のみ黒く塗られ、両刃部分は無色透明。デザインというより何処までも合理性を追求した武器である。突き刺さった箇所には紙切れが置いてある。
『貴公の武器、摩耗が過ぎるようだ』
 ……本当に真意が見えないが、くれるというなら感謝しよう。それを取って代わりに自らの剣を突き立てると、紅い魔力と共にツェートの姿は掻き消えた。








 気づけば夕方になっていた。あの洞窟に数時間以上入っていた事が驚きだが、それ以上に謎なのはあの暗殺者の行動だ。
 こちらの行動を全て先回りし、ツェートの敵が教団であると知りながらも、何故か力を貸す。姿は見ていないが、その行動の速さは間違いなく見える暗殺者。見ていないが。
 だが一つ確実に言える事は、レンリーはまだ生きているという事。でなければあの暗殺者が何故こちらに助力してくるのか。それが分からなくなる。だからレンリーは間違いなく生きている。これからどうなるかは分からないが、少なくともまだ生きている。
 であるなら次にツェートが取るべき行動は決まっている。
 どうしてレンリーが連れ去られたのか。そしてどうしてレンリーを連れ去った男が、力を貸してくれる『見える暗殺者』なのか。
 それは狙ったモノなのか、はたまた別の目的があり、それにレンリーが巻き込まれただけなのか。
 時間は二日。猶予はあるようで、無い。少しばかり急ぐとしよう。





















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