ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

強さの為に善を為し

 ツェート・ロッタは、アルドにすら予想もつかないような決断を下していた。それはネセシドを殺した怨敵であり、かつて惚れていた女性レンリー・エンモルトを連れて旅立つことだった。
 決して惚れ直した訳ではない。自分はもう―――新たな恋をしているのだ。彼女のような悪女に惚れ直す事なんて億万に一つも在り得ない。
 ではどうして彼女を連れてきたのか。答えは簡単。
 勝ってしまったせいで狂気的に自分に惚れてしまったレンリーの目を覚まさせる為、そして彼女の新しい恋を見つける為だ。そんな道理はないし、意味も無い事なんて分かってる。でも、それでも。
 一度惚れられてしまった者として、一度は彼女を追い求めた者として、きっちりと後処理はしておきたい。そういう訳でツェートはレンリーを連れてきた。彼女を追い求める誰かを求めて。
 ……だが。
「何よ、まだあの男の事を引きずってる訳? あんな死んだ雑魚の事は忘れなさいよ」
 レンリーが一途だという言葉は半分嘘で半分本当だ。適当な基準で男を決める癖に、どれだけ旅をしてもその男から離れようとしない。
 そんな彼女に愛らしさなんて微塵も感じないし、むしろレンリーの顔を見るたびにあの日の己の無力さを思い出してしまう。
「―――俺はお前のそういう所が大嫌いなんだよ。死んだから忘れろなんて死者への冒涜だって思わないのか?」
「死者への冒涜? 何それ。私達は生者よ? 死者を冒涜して何が悪いのよ」
 ……はあ。
 いつもこんな調子だ。何度諭そうと試しても、結局レンリーの本質がこれでは話にならない。早い所引き取り手を見つけたい気分である。
「……もういいや。じゃあほら、行くぞ?」
 次の言葉を何となく察したツェートは、言葉の脈絡何て気にせず「リシケンだよ」と伝えて、手を差し伸べる。彼女は多少ムッとした顔を浮かべたが、直ぐにその小さな手が自分の手に重ねられた。








 フルシュガイド大陸、炭鉱街リシケン。フルシュガイドに出回る多くの金属類はここから始まっていると言っても過言ではない。食事に使う皿に始まり、ナイフやフォーク。果ては剣から鎚まで様々な製品がここから始まっている。周辺の環境の問題と、先住民の頭の固さから首都にはなっていないが、フルシュガイド大帝国に存在するほぼ全ての金属類はこの街から運ばれているらしい。
「何だかむさくるしい街ね……ツェートより美人な奴が全然いないじゃない」
「……俺より美人がいいなら俺も気が楽ってもんだが。でも己の魂を掛けて毎日全身全霊で仕事をする職人は、俺なんかより百倍くらいかっこいいと思うがね」
「私はそんな炭の匂いしかしないおっさんなんかを好きになる気は無いわ」
「ひでえ言い草だなあ」
 地面に作られた大きなくぼみの中に存在している街だけはあって、死角への移動は容易だった。紅い魔力を収めてツェートは街の中心へと降りていく。
 人ごみを見る限りでは屈強そうな冒険者や魔術師、鍛冶屋の女性なんかが見える。まだ数年程度の旅とはいえ、ツェートの経験から言わせてもらえば、そういう冒険者たちは総じて見掛け倒しな事が多い。いわば、その筋肉は見せ筋であり実用的ではないのだ。
 しかしここは主要産業が主要産業。その筋肉は仕事によって鍛えられた場合が多く、大抵そういった筋肉の方が実用的。冒険者の腕前としてもきっと申し分ないのだろう。
 絡まれたら厄介そうだ。
「ねえツェートぉ疲れたー。おんぶしてー?」
 まだ歩いて五分も経っていないのにいつもの事ながらレンリーが駄々をこね始めた。おんぶという年でもないだろうに、一体何を言っているのか。
「……今度こそ本気で置いて行くぞ」
 一瞬立ち止まって、相手を刺し貫くような冷たい視線を向けてやると、レンリーはようやく歩き出してくれた。
 そんな感じで十分ほど歩き続けて、二人はようやく街の中心街へ。ツェート達異邦人は目立つのか、周囲からは無数の視線を感じる。
「ねえ……皆が私達を見てるわよ、困っちゃうわね」
「ああ、本当に困る」
「もしかしてお似合いのカップルだと思われてるのかしら……! やだーもうッ。ツェートったら」
 俺は何も言っていないんですがどうしましょうかね。そしてツェートの困ったというのはぶらりぶらりと街を観光できないという意味だ。
 頭の狂った勘違いをしているのはレンリーだけであり、やだーという言葉はこちらのセリフだ。
「取りあえず宿でも探すとするか。という訳でレンリー、ここからは別行動だ。宿を見つけたら魔力放って連絡してくれ」
 別名、最高の時間ひとりのじかん。何処かの馬鹿のせいで現在進行形で精神を削られているツェートにとっては、そう表現するに申し分ない至福の時間である。
「えーでも私みたいな美人が一人で歩いていたら、路地裏で汚い男達に集団で―――」
「お前は間違いなく性格で損をしているよな……まあ、そんな事が起きたとしても面倒くさがらずに助けに行ってやるから安心しろ」
 そういう心配はいいからさっさと行け、という意味を込めているが、当然彼女が気づく筈もなく。
「でもぉ、私みたいな超絶可愛い女の子に嫉妬しちゃった顔も心も錆より汚くて醜い女たちにリンチを―――」
「だーもう! うるさいな! 男でも女でも神でも悪魔でも英雄でも怪物でも助けに行ってやるから! さ・っ・さ・と・い・け!」
 レンリーが新たな恋を見つける日まで、その身はツェートが守る。一度は惚れた男として最低限の義務を果たしているだけなのに、全くおかしな解釈をしてくれる。
「わ、私の事をそこまで想ってくれるなんて……ツェートって、なんだかんだ言って私の事愛してるじゃない! そうよ、そういう態度でいいのよッ」
 愛していない。この感情はあまのじゃくでも何でもない。レンリーには欠片たりとも好意を持ってはいないのは事実だ。ネセシドが死んだのもそうだが、彼女さえいなければ片腕を失う事も無かった……いや、失くし続けているのはこちらの責任だが。


―――面倒くさいなあ、こいつ。


 いっその事、あえて助けに行かないで他の誰かに助けさせる手もありっちゃありか。そんな事を考えながらツェートも宿屋を探しに行くのだった。










 宿屋を探し続けて三十分。ある一つの事実が分かった。どうやらヴィルシュキルナフト教というものに入信しなければ泊まれないという事だった。そしてその……何とか教の入信について調べたところ、更に恐ろしい事が分かってしまった。
 この謎の宗教は一年前に流行りだしたものであり、信じ続けていれば不老不死が得られる……らしい。
怪しい宗教だがその効力はどうやら本物であり、現にこの街には不老不死の人間が何人も居るとか。それだけならば凄い宗教で済んだが、どうやら不老不死を得るにはこの街に永住しなければいけないらしく、一日以上街から離れてはいけないのだそうだ。
―――何が言いたいかと言うと、この街で生きる事を決めない限り宿屋には泊まれないという事だ。
 ツェートは誰にも見えて居ない所で紅き魔力を解放。街の入口まで飛び、街の全景を見据える。
「寝る事が出来れば何処でもいいんだが」
 如何せん人が多すぎてそれは難しい。炭鉱の方は人が溢れているだろうし、他の場所も―――


 刹那、感じる。レンリーから放たれた魔力を。


 まさかアイツを襲う人間が本当に居るとは。いや、見てくれは美人だから必至であったといえばそうなのだが。
 全く予想外で、全く驚きだが。
 ……まあ助けに行くか。






「ねえ聞いてよツェート! 誰も私を襲ってくれないのよッ? 筋骨隆々の男がそろいも揃って私に触れる事すらしないのよ、おかしいと思わない?」


 …………


「用も無いのに呼びつけんじゃねえッ!!」















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