ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

そして二人は歩き出す

 ……矛盾。
 騎士として生きてきた私の抱えていたモノ。アルドと似ていると言われるのも納得だ。今でこそ魔王とはいえ、彼もまた元騎士。そして元々は忠義心の塊のような存在だったとも言われている。然らば無理も無い。騎士の世界には色々なモノがあり、それは名誉欲だとか闘争欲だとかいろいろあるが、自己を主張するようなモノが溢れていたのだ。
 その中で培われるのは当然、自己に関連したものばかり。そしてそこには必ず、力というモノが付いてくる。強くなければ何も出来ない、何も得られない。国こそ違えど、アルドと自分はそれを長い騎士生活の中で感じた。そしていつしか自分を表現できるものは、強さしかなくなっていた。
 その強さこそがアイデンティティ。それ以外に自分はないし、自分を持つ必要はない。騎士とは滅私奉公の精神で王を守らなければならないのであり、そこに自己の証明など必要ないからだ。
 騎士など所詮は王の犬。犬は犬らしく主人に従っていればいい。そう思っていたし、だからこそエリは悩んでいた。主人……今でいえばキリーヤだが、その足手まといになっている事に。
 玉聖槍という一撃必殺の力こそ得たが、流石にメンバーがメンバー。パランナには一度勝っているとはいえ優れているとは言い難いし、フィージェントの人間離れした強さに至っては劣る劣らないの話ではない。当然ながら、自分の実力には劣等感を抱いていた。
 自分こそは彼女の仲間であると、胸を張って言いたかったのに。言えずにいた。いう事なんてできなかった。自分には強さしかなかったから。
 アルドに付いていくべきだと言われた時、とても嬉しかった。行くべきと言われたのが自分一人だけだから、或いは優越感も得ていたのかもしれない。決意していた。今度こそキリーヤの役に立とうと。今度こそこの槍を役立てようとはりきっていた。
 だが試練においても自分は役に立てなかった。第二の試練はようやく、と言った感じだが、そもそも第一の試練を突破できたのはどこからともなく現れた謡のお陰であり、彼が居なければきっと自分達は……少なくとも自分は槍の能力によって瀕死の状態になっていたはずだ。
 そう、自分は結局役には立てなかった。キリーヤを助けているのはいつも自分以上の強者で、いつも自分だけは役に立てなくて。それが何よりも悔しくて。
 …………だから自分は足手まといだって、そう思っていた。思っていたのに。






――――――私、は。
「行きたくないに決まってるでしょ」
――――――違う。
「私は足手まといだから」
――――――そうだとしても。
「キリーヤに迷惑だけは掛けたくないから」
――――――それでも私は。それが傲慢なものだったとしても。








……………………










「ええ……もちろん。貴方がそれを望むのなら、私はそれに従うまで」
 消えかかった意識カラダを持ち上げて、起き上がる。目の前にはいつも見ていた少女の顔。もう一人の自分は信じられないような瞳でこちらを見ている。
―――本気で言ってるの?
「気づいたの。私はあまりにも他人に合わせすぎていたって。他人がどう思うから私は、他人に迷惑を掛けたくないから私は、なんて。自分の為に強くなったアルドさんと何も変わらない。私は今まで自分を主張したことが無かった」
―――それが騎士の精神よ。滅私奉公貫くべし。貴方は今までそれを守ってきた。何も間違ってないわ。
「いえ、それは間違ってないわ。私の心あなたは確かにその精神に守られてきた。だから精神を維持しなければならなかった。でも……私さ、よく考えたらアルドさんに国を滅ぼされてるんだよね。今の私は何でもない只のエリ・フランカ。騎士道精神を守る必要なんて何処にも無かった」
 アルドのした事を赦した訳ではない。自らが生まれ育った国をたった一日で潰した彼の事を、エリは生涯赦す事は出来ないだろう。
 だが。彼には感謝している。フォーミュルゼンから解放してくれたこと、本来は敵である自分を生かしてくれたこと。アルドは仇人だが、同時に恩人である。
「私は私。もう私の育った国はないし、私の家族も、同僚も皆死んでしまった。もしかすると、それを忘れたくなくて、私もこの心を捨てなかったのかもね」
――――――騎士を辞める気なの?
「辞めるも何もさ。私はもう騎士じゃない。騎士であろうとしてただけの、一人の人間だよ。貴方はそれを認める気は無いかもしれないけど、でも認めるしかない。認めなきゃ前に進めない」
 私はワタシに手を差し伸べて、こう言った。
「一緒に付いてきてくれるわよね? エリ・フランカ」








 気が付けば、見たことも無いような場所にエリは居た。
「ここ……は」
 これと言って特徴も無い石室。眼前には目を閉じるキリーヤと、それを揺り起こす男が一人。謡だ。
「謡、さん?」
「……おう、エリ。起きたか。一人で起きるとは中々にやるな」
 謡の手は恐ろしい程の速度でキリーヤを揺らしているが、一向に起きる気配はない。呼吸も止まっているようで、その体は生きていた事など無かったかのように微動だにしない。
「キリーヤは、どうして起きないんですか?」
「行きはよいよい、帰りは恐い。送り出すことは出来ても戻らせる事は出来なくてな……」
 謡はお手上げだとばかりに乾いた笑みを浮かべる。
「そ、そんな! どうにかして戻らせることは出来ないんですかッ?」
 思わず足が動いてしまった。彼女の頬に触れてみるが、その体は既に冷たく、体温の残滓すら残っていない。謡曰く、時間が経過しないとの事だったが、それではまるでキリーヤが最初からこの状態だったかのようではないか。
「いやあ不可能だな。アルド処かエヌメラにもそれは出来ない。そもそもこの洞窟の本来の名前は『皆面の洞窟』。この洞窟の入口は自分の心への入口。キリーヤの強い要望があって俺は半分ほど禁忌を破ったが、本来は誰の干渉も許さない、正真正銘自分との対決だ」
「え? でも最初と二番目の試練が……まるで関係ないんじゃ?」
「またもや俺が介入しているが、第一の試練で肉体を、第二の試練で精神を限界まで疲弊させる目的がある。そして第三の試練で必ず自分の負の側面に負けるようにっていう調整が施されてる訳だな」
 キリーヤは全然折れなかったみたいだけどなと謡。何だか妙な特性を持つ場所に行けば行くほど謡の存在が分からなくなってくる。見た目は間違いなく人間だが……本当に人間なのだろうか、彼は。
「っとまあそんな話をしてる場合じゃなかったな。さーてさて。キリーヤをどうにかして戻ってこさせないとな」












―――ねえ、キリーヤ。
「ん? 何?」
 そろそろ戻ろうかと思ったその時、エリが声をかけてきた。無論、ここに居るのは負の側面である。
―――やっぱり貴方に迷惑は掛けたくない。今からでも遅くないから、私を見捨ててよ。
「……そんな事、出来る訳ないじゃん。エリは私の友達だよ? 友達を見捨てるなんて真似はしないし、どんな事があっても私はエリと一緒に居たいよ?」
―――ッ。
「それにね? 他人に迷惑かけたくないなんて言うけど、それって無理じゃないかな。だって生きてるもん。誰にも迷惑を掛けない生き方なんて無理だよ。迷惑を掛け合っての人間で、迷惑を掛け合っての親友でしょ? ……本当に、気にしちゃだめだよエリ」
 幾人もの人間に迷惑を掛けて、その果てに自分は、この試練を突破した。誰にも迷惑を掛けないなんて不可能な事。ならばせめて、迷惑を上回る功績で埋めるしかない。
 ここに第三の試練は突破された。今の今まで気が付かなかったが、ようやくキリーヤ『達』は、スタートラインに立ったのだ。



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