ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

ずっと一緒に

 ……どうやらここにも馬鹿がいたようだ。謡の話を聞いた後でもキリーヤの意志は変わることは無かった。というより、むしろ自主的なものになってしまった。
『謡さんが助けられないなら、私が助けます!』
 なんて発言を聞かされては、こちらも苦笑いせざるを得ない。他人が助けられないなら自分が助ける。なんという己への過信。なんというエリへの献身。きっと助ける理由を聞いても、友達だから、とか。仲間だからとか。うすら寒いと言っては言い方が悪いが、ありきたりな言葉を言うのだろう。
 ……いや、別に責めている訳じゃない。ありきたりというのはつまり一般にまで広まっているという事であり、多くの大衆もキリーヤと同じ答えを、魔人に対してどうかはともかく、人間に対してはまず間違いなくキリーヤと同じ事を言うという事だから。
  しかしこれは、綺麗事だけで片付くような案件ではないはずだ。エリの問題はエリにしか解決できない筈であり、キリーヤの出る幕も、勿論自分の出る幕も無い。『鏡』とは文字通り自分との対面。己という名前の敵との対峙だから。
 そもそも自分の心の闇など誰かには理解できないのだ。如何に親しくても、それは『自分』でない限り完全には理解できない。理解しようと思う事は別の話としても、やはり理解など出来はしない。
 例えばカテドラル・ナイツの皆が、アルドの事を完全には理解できない様に。例えばキリーヤの事を、謡が完全に理解できない様に。他人が誰かを理解する事等絶対に出来はしないのだ……が。
『私は、それでもエリを助けます!』
 なんて言って聞かなかったので、それならとエリの居る場所に送りつけてしまった。謡は今でも不可能だと考えているし、キリーヤも巻き添えを食うようなら助けるつもりだが……
 ……もしもお前が本当にアイツを救えたなら。
 その時自分は、キリーヤに対する認識を改めなければならないだろう。






「ちょっと、待ってよエリ!」
 体より先に口が出ていた。理屈より先に感情が出てしまった。謡の言っている事はどうしようもなく正しい。そして謡に何もかも劣っている自分には、彼を否定する力も、その道理も無い。英雄を真に目指すならば、その正しさに殉じなければならない事も、キリーヤは良く分かっている。
 助けられないモノは助けられない。そんな当たり前すぎる道理は創世記の頃から存在している。そして誰かを完全に理解する事が出来ないという事も、よくわかっている。己の力でエリが自分を乗り越えなければ、その先に未来などない事なんて説明されなくても分かっている。
 分かっていても……それでも手を出さずには居られない。苦しんでいる友達に手を差し伸べずして何が友達か。助けたいと思える者を、それが正しいというだけで切り捨てるのが、果たして正義と言えるのだろうか。
 今まで自分が切り捨ててきた者こそ本当に守りたかった者であると、そんな後悔はしたくない。だからせめて……
「私は、エリの事を足手まといなんて思ってないよ!」
「―――そんなの、関係ないわよ。貴方がどう思ってるかじゃなくて、これは私が思ってることだもの」
 それこそ他人の心何て完全には理解できない。他人がどう思っていようとそれが真だと証明できるモノはない。所詮は口先、という訳だ。
「……エリは私を信じてないの?」
「……ええ、そうね。アルドさんと違って、貴方には実力が無い。私は仮にも騎士よ。実力の無い者を評価するなんて出来ない」
 負の側面と向き合う試練、か。然らばこのエリの言っている言葉はどれも真実なのだろう。真実だからこそ、キリーヤの良く知る理性がひた隠しにする。人付き合いを知る理性が隠してしまう。
 故にこそ、このエリは人付き合いなどの柵に囚われない。エリが最も隠したかった側面こそ、この『誰彼構わずありのままの本音をぶつけてしまう』状態だから。
「―――でも、私の事は認めてくれてるんだよね」
「……え」
 エリは一見してキリーヤを否定しているような発言を言ったが、違う。それは否定ではなく、理解なのだ。
「自分の事を足手まといって思ってるんでしょ? それって裏を返したら……私の事を、信じているって事なんじゃないの?」
 実力が無いから信じていないなんて嘘でしかない。エリは心の底から自分を信じてくれている。さっきそれを確信した。
 そして本音の部分であるエリがこんな嘘を吐いたという事は。
「……ひょっとしてエリって、自分の矛盾に気づいてないの?」


 ――――!


「……やっぱり。裏でも表でもエリは変わらないね。結局エリはお人よしで、ちょっとばかり言葉が強くても、それは変わらない。突き放してるつもりでも、否定してるつもりでも、それでも本意なものじゃないから矛盾する」
「―――私は足手まといだし、これから先も変わらない、それは矛盾でも何でもない事実なのだけれど?」
「……私は絶対にエリをそうは思わない」
「……っ強情ですね」
 エリの苛立ちと共に空間が歪み始める。
 分かっている。これは自分を想っての苛立ちだ。自分自身を拒絶するが故の苛立ちだ。ならばここで引くわけには絶対に行かない。
「今のエリは、アルド様を見ているみたいで……何か放っておけないんだよ」
 血まみれの歴史と、幾千もの死を背負った腐り切ったその背中を知っている。寂しさと虚しさしか残らないその背中を自分は知っている。
「アルドさん、ですか」
「……自分の為に強くなっておきながら、その力を他人の為にしか使えない。本当は戦いたくないのに、それでも誰かの為に戦って、罪を背負って。それでもアルド様はそれを良しとして戦ってるけど……そんな生き方辛すぎる」
 そこまで言った所でエリが語勢を強めて反論。
「―――本当は戦いたくないのに? そんな筈無いわ。そんな気持ちじゃ、アルドさんはきっと英雄には―――」
「アルド様は戦いたいから戦ったんじゃない。戦いたくなかったから戦ったの。いつか平和な世界が来ると信じて、武器を下ろせる日がきっと来ると信じていたから戦った。私達からすればアルド様の強さは悪夢の様で辛かったけど、でもアルド様も辛かったんだろうって、今なら……思える」
 そして今もそうだ。アルドは魔人の望みを叶えるために、敵である人間を滅ぼそうとしている。敵が居なくなれば戦う必要はなくなるから。その為にアルドは非情になっている。
「ふーん。それで? そんなアルド様と私が似ていると」
「似てるよ! エリは自分を足手まといって思ってることは、それってつまり私の考えに賛同してくれてるって事でしょッ? 私の力になりたいっていう思いがあるから、自分を足手まといだと思う気持ちが生まれるんじゃないの?」
 自分で言うような事でない事は承知の上だ。だが今はエリに自分を取り戻してほしい。それだけを考える。
 その他諸々全ての事情は後回しだ。
「私がどう思うか関係ないじゃないよ。むしろ私の力になりたいって思ってるなら、私がどう思うかじゃないの? 力ってのは何も物理的な事ばかりじゃない筈だよ。エリは私と同じ女性だし……後、魔術の訓練とかにもつき合ってくれたりするし―――一何より」
「―――何より?」
「エリと一緒にいると、楽しい……から」


――――――!


「だから……守る事だけが守護じゃない様に、力になれるってのも、単純に強さだけじゃない。私は少なくともそう思ってる」
「……私は面白い話の一つも、大した人生経験も語れないわよ」
「良いんだよそれで。一緒にいるだけで楽しいって事もある。エリが、たとえ実力的には不足してても、私には何も関係ない。関係があっていいはずがないよ! そもそも私だって実力は何にもない。精々が私の周りの人の実力を再現して、どうにか状況を切り抜けられる力を持てるだけ。私自身には何の力も無い。でもエリは私に賛同してくれた。夢路の果てまで付いてきてくれるって言ってくれた。強さを持たない私を肯定してくれた! ……だったら強さにこだわる必要なんて、ないよ。強さの英雄なんて、とっくに私は諦めたからさ」






―――ねえ、エリ。私はこれからもエリに付いてきてほしいんだけど、エリは……どう?

















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