ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

貴方とワタシの

 謡はずっと見ていた。アルドがエリと出会ったあの時から、ずっと。そして、その奥に隠された弱さを見抜いていた。
 創の執行者に与えられる能力に、『未来逆行』がある。未来に起こるべき事態が情報として流れ込んでくる、只それだけの能力だが、故にこそ謡は、エリがキリーヤと一緒にこの洞窟を訪れる事を最初から知っていた。
 知ってはいたが……だが自分は観測者にはなり得ない。知っていたところで未来には影響を及ぼせない、そんな存在だ。本来の未来視は、見えた未来を手繰り寄せる能力だが、自分の能力はどちらかと言えばアカシックレコードに近いのかもしれない。情報を知り得るだけで、手繰り寄せることは出来ない。
 だから手繰り寄せる為に、謡は自らエリとキリーヤの監視を引き受けた。少なくともここを訪れさせる為に、不穏分子は可能な限り排除してきた。
 エリはその博愛の心を以て(リスドに居た頃は魔人差別は当然あったのだが)自らを支えている。彼女は自分の弱さを認められないが故に。その弱さをひた隠しにして強さだけを見てきた人間だ。彼女自身の本当の心は腐っている。その弱さに目を向けた瞬間に、エリは壊れてしまうだろう。
 だが、責められない。エリは他の男どもから女性だからと迫害され続けてきたのだ。そのせいで弱さを隠してしまったのも仕方がない事。実際、そうでもしなければ彼女は自害していた。だから弱さを隠した事、それは決して間違ってはいない。
 だがここはそんな弱さを認めて受け入れる場所、エリ自身が受け入れた騎士としての心ではなく、拒絶してきたエリ・フランカの心を許容する場所。
 認めよう、エリは強い。玉聖槍に認められたその腕前は、確かにアルドには遠く及ぼないにしろ、その能力を使えば誰に対しても一度の勝機は生まれる程。謡ですらもあの能力を使われては離れるしか方法が無い。だがエリには決定的に欠けているモノがある。それがある限り、エリはその先の強さへと至る事は出来ない。
 弱さを認める強さ。今のエリは見栄っ張りなだけであり、その強さを持たなければ、きっと彼女は……生きていく事は出来ない。








 最初の抵抗は何処へ行ったのか。エリの気力は殆ど失われ、今では身じろぎ一つしないまま、自分の声に押されている。
―――アンタは今まで何を守れてきたの? その槍は何の為にあったの? アンタみたいな役立たずが何をしたって言うの?
「私……わた、しは……キリーヤを」
―――キリーヤは優しい。アンタなんかよりよっぽど強いし、アンタより頼れる仲間も沢山いる。それでも足手まといのアンタを置いてくれてるんだって分からないの? 英雄を飾り立てるには役立たずが一人くらいいないといけないって分からないの?
「違う……わた、したち……ともだ、ち」
―――トモダチ? そんなの信じるアンタじゃないでしょ? 友達とか何とか言ったって、結局強いか弱いかの関係が成り立ってる。アンタは確かに、フィージェントが来るまでは強かったのかもね? 少なくとも玉聖槍があったならその筈だ。でもフィージェントが来てから、アンタは確実に無能になった。
「ち…………が」
―――何が違うの? アンタはその槍の能力を誰かの補助なしじゃ一回しか使えない。でもフィージェントはアンタ以上の力を何回も使える。


 ……………


「今だってそう。キリーヤが落ち込んだ時、アンタじゃどうしようもないからアルドさんを呼んだんだ。自分の首を賭けてでもアルドさんを呼ぶしか、アンタにはそれしか出来なかった。それはアンタが無能だから仕方ない。仲間であるにも関わらず、友達であるにも関わらず、それでも何も出来なかったのはアンタが無能という証拠。いや、そもそも仲間じゃないだろうね。アンタみたいな役立たずはお荷物だ」


 …………


「アルドさんも、キリーヤも、他の皆も、アンタには情けをかけてるだけ。アルドさんにおいては人選ミスだとでも思ったんだろうね。アンタみたいなゴミが、英雄になれるキリーヤの傍に居るなんておかしいから。だからフォローに来てくれた」


…………そんな、筈。


「じゃあアンタは役に立ったの? あの増える怪物に襲われた時は、結局アンタはキリーヤに助けられた。カオスとの戦いも結局はクリヌスとフィージェントと、そしてパランナが動いてた。今回はアルドと謡と……アンタは何も出来てないじゃん。生きてて恥ずかしいと思わないの? 博愛の心って何? 何事にも気高くあれだとか知らないけど、気高くある前に存在価値がないじゃない」




……




「私を認めたくないんでしょ? 分かってるよ、私はアンタだもの。だから今ここで、貴方は死になさい。死ねば貴方は私から解放される。ついでにキリーヤ達にも貢献できる。アンタという足手まといが居なくなって、さぞ清々するだろうね」
















……










「死になよ。私はアンタ、アンタは私。私はアンタの醜い姿をもう見たくない。死んでよ、願いだから。貴方も私何て受け入れたくないんでしょ?」










 もう何も分からなかった。自分にどんな価値があるかも分からなかった。思えば確かに、彼女のいう事は正論だ。自分は何の役にも立っていない。自分は何も助けられていない。正論で、正論故に邪論で。だからこそ受け入れることが出来ない。
 これを受け入れてしまえばエリの今までの心は……強さは、果たして何の為にあったのか分からなくなる。だから受け入れられない。でも拒絶する事も……出来ない。
 だってそれは正論だから。騎士であるが故に、正しい事は受け入れなければならない。自分は誰よりも弱く、誰よりも足手まとい。考えたくも無かった事だが、それは事実である。
 キリーヤの足を引っ張ってるという事。真実は分からないが、事実ではある。実際、本当にエリは誰かに助けられてばかりで、誰かを明確に助けたと言えるようなことは無い。
 受け入れるしかない正論を受け入れられないなんて、そんな心構えは間違ってる。騎士として間違ってるに違いない。ああ、反論するだけ無駄なのだ。彼女の言葉は自分の言葉。騎士道という鋼鉄の壁に覆われた隠れた言葉。認めたくなかったもう一人のエリ・フランカ。騎士ではない、一人の少女としてのエリ・フランカ。
 騎士道に救われた自分は、騎士道にトドメを刺される、か。足手まといの騎士ではあるが、その道に準ずるのであれば……キリーヤの為を思うのであれば……死ぬことも―――






「ちょっと、待ってよエリ!」






 

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