ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

ワタシの答え

 人の心は複雑怪奇。どんな聖人にも裏があるように、どんな悪人にも良心があるように。英雄を目指すキリーヤの心にも、その道を迷う心がある。
 この白紙のような空間で、いつの間にかキリーヤだけはそれを正確に捉えていた。膝を抱えて座り込み、陰鬱な表情を浮かべる自分を。
「―――逆に聞いていいかな。貴方はどうして、英雄になれないなんて思うの?」
 決まっている。それは自分が弱いからだ。今まで保護されて生きてきた自分が、人の上に立つ英雄だなんて……誰にも守ってもらえない英雄だなんて、そんなの荷が重すぎる。
「だから、一人で背負わなくていいんだって。私にはエリ、クウェイ、パランナ。支えてくれる仲間がいる。アルド様みたいに一人で背負う必要はないんだよ」
 それでも自分が人の上に立つなんて無理だ。誰かに守ってもらうくらいが丁度いい。誰かと一緒にやればいいだって、自分が足を引っ張ってしまった時、それはきっと一緒とは言えない。
「エリからの言葉で、謡さんの行動で分かったんだ。私は何も強い英雄になる必要はないんだよ。今まで強い英雄ばかりだったから、この世界は分かれたままだった。でも私みたいな弱い英雄が生まれれば―――」
 弱い英雄に力なんかない。そんな奴が生まれたところで意味はない。
「……誰も寄せ付けない力じゃない。誰も追いつけない強さじゃない。誰かと触れ合える強さ……罵られても蔑まれても、仲間が励ましてくれるなら。私は何度折れても立ち直れる。私みたいな弱い人間は、言葉にすら確約を持たせることが出来ないけど……信じる事だけは出来る。私は出来ると信じてる。私はやらなければならないって、思える」
―――キリーヤは手を伸ばして、にっこりと微笑んだ。


「信じられないなら一緒に行こうよ。私/貴方の考えを変わらせる為には、行動した方が信じられるでしょ?」
 白い空間が視界を塗りつぶし、存在すらも真っ白に染めていく―――


















「スバラッッッッッッッッッッスィ!」
「―――え、え?」
 次に視界が開けたとき、キリーヤはこれといって特徴も無い石室の壁に背中を預けていた。眼前では湯煙の立った飲み物を持った謡が、目を見開いて笑っている。一切の含みも陰も無い、素直な笑みだった。
「俺とした事が、予想を外しちゃったかなあ。―――キリーヤ。今までの不信を謝るとともに、お前の吃驚な精神力に賞賛しよう」
 もっていた飲み物はどうやら自分の為に作られたモノらしい。口を付けてみると……甘い。まろやかな甘みとマッチした熱さが全身に染み渡り、ボロボロの体を癒してくれる。まさに苦労が報われたような味だ。
「クリアしたお前にだけは詳細を教えよう。この試練は名前の通り鏡と向き合う試練。自身の負の面に打ち勝つ自問自答の試練だ。だから元々負の面によった考えで突っ込めば永久に突破できないし、合理主義且つ現実主義なら正論言われて終わりなんだが……お前は合理主義でも現実主義でもないんだなあ。だから早く終わったんだな」
「はあ、そうなんですか……でも危ないと言えばそうでしたよ? 実際私が立ち直れたのはエリの言葉を思い返したり、記憶していたお陰なんですから。それに謡さんも……偽悪的な振舞いでしたけど、でも結局それは私の立ち直りの要因になりましたし、こちらからもお礼を言わせてください」
 純真な笑みを向けられた謡は恥ずかしそうに顔を背けて頬を掻く。あんまり慣れていないのか、謡の事が少しだけ分かって、嬉しくもある。
 謡のふざけた雰囲気が真のモノではないなんて最初から気づいていた。似たような性質を持っている男性が、直ぐ近くに居たから。
 でもこの時だけは。この笑顔だけは真実だって、キリーヤは思っている。謡はようやく、自分達を信じてくれたのだ。
「……そうだ、な。キリーヤ。俺は自由に変身できる魔術が使えるんだが、誰かに何かしてもらいたいとかあれば、要望に応えてやってもいいぞ?」
「え、謡さんがお礼をするなんて……不吉ですね」
「むぅ―――別に要らないっていうならいいんだがッ?」
「いえいえ。貰えるなら頂きたいですけど……その。私は変身とかいらなくてですね」
 言葉を探り探りに紡ぐキリーヤの顔は何処か赤かった。しかし気持ちは分からなくも無い。男性への要望を口にするなんて、それは中々に恥ずかしい事だろうから。
「謡さんがしたい事を、してもらいたいなあ……って」
「…………………………え」
 キリーヤは顔を赤らめながらも嬉々とした笑みを浮かべているが、言われたこちらはそうもいかない。あまりに唐突過ぎるトンデモ発言に、謡は何故か冷や汗を浮かべてしまう。
「そりゃあちょっと……不味い発言だなあ。相手が相手なら凌辱に持ち込まれてもおかしくないぜ?」
「謡さんの事は、アルド様と同じくらい信用してますから!」
 曇りなき眼こそ謡に効く最強の武器と言えよう。そこまで疑いのない視線と、信頼に満ちた言葉を向けられては、こちらも悪戯のしようがないというか……
「……ああ、そう。じゃあ―――えーと、何でそんな事言い出したんだ?」
「私も謡さんにお礼したいですし、謡さんも私にお礼をしたい。こういう結果になる事は分かり切っていました!」
「いや『分かり切っていました!』じゃなくてだな……もういいや。取りあえずこの試練が終わってから言う事にするよ。まだエリが……突破できていないしな」
 無理やりに話題を切り替えたが、そこはキリーヤ。友達が戻ってこないという事については直ぐに食いついてくれた。心内で安堵。ため息の一つも出てしまう。
「そういえばそもそもここって何処なんですか?」
「ん、ああ。ここは試練が無かった場合の洞窟の最奥。突破できた者のみが行ける場所だったりする。この石室から出れば管理人が居た所に戻れるのは今は置いといて―――やはり問題はエリだな」
 キリーヤの方を一瞥。心配で心配で仕方がない様で、その顔には焦燥のような表情が浮かんでいた。
 正直な所を言えば、真っ先に出てくるのはエリだと謡は読んでいた。そしてキリーヤが暫くして突破。二人の絆はより深まり、全てが解決……そういう算段だったのだが。
 道中、いろんなことがあったのもあり、キリーヤは立ち直ってしまい、こうしてあっさりと突破。反対に何かがあったエリは苦戦してしまっている。
―――そろそろ更生世界も突破される頃だろうな。
 アルドとクリヌスとアイツが居るのなら、あちら側に問題はない。そうなれば問題はこちらだけか。
「どうしてエリは試練突破に苦戦しているんですか? 私よりも強い筈なのに、絶対におかしいですよ」
「いや、そういう訳じゃない。むしろお前も道中で立ち直らなきゃこうなっていたと断言しよう。いいか? お前は理想主義だったから突破できた。だがエリは亡国の騎士とはいえ、やはり騎士だ。幾らか合理的な所はあるだろうし、何よりも現実主義ではある筈だ」
 騎士である以上、出来る事と出来ない事の分別はつけなくてはならない。だからアルドも諜報等はチロチンに任せている訳だ。
 自分が何でもできるとは思わない事。騎士として、人との協和を考えたうえでの最低限の規則だ。リスドは滅んだが、その規則はエリを未だ支えている。突破できないのは考えてみれば自明の理である。
「謡さん……エリを助けられないんですかッ? まさかここにきて、『実はあれ嘘だったんだよーん』とか言いませんよね」
「言うかよ! ああ、確かに俺なら助けられるとも。助けられる、が……エリだけもう一度挑むことになって、結局解決にはならないぜ」
 助けるつもりが無かったのも、実はそれを考慮しての事だったりする。
「じゃ、じゃあどうにかして突破を補助するとか!」
「そりゃ無理だろ」
「え」
 謡はキリーヤの額に指を置き、少しだけ語勢を強くした。
「負の面を乗り越えるって事は、それを受け入れるって事だ。エリにそれが出来るとはとても思えないし、何より自分との問答だ、俺達が補助できるような問題ではない」
「エリに出来ないってどうして言えるんですかッ?」
 キリーヤはどうやら気づいて居なかったか。後でエリに色々言われるかもしれないが、




「……ああ、それはな」


―――もし試練突破できたなら、無罪放免でお願いするぜ、エリ?

















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