ワルフラーン ~廃れし神話
英雄に敬意を表して
やはりおかしい。適当な壁に背を預けながら、キリーヤはそんな事を考えていた。というのも、先程躓いてから数十分。似たような抜け落ちに遭遇しないのだ。今まで完璧に敷かれていた石畳に、突然抜け落ちがあっただけならまだ分かる。経年劣化とか今までの挑戦者による破壊だとか、少なくとも別に不審ではないし、キリーヤもこんな事は考えない。
だが。あの抜け落ち以降、全く遭遇しないというのであれば話は変わってくる。あの部分だけ経年劣化するというのもおかしな話だし、あそこだけ破壊されたというのも不自然だし、何より―――
あそこに触れていたあの瞬間。声が出せた。派手にずっ転んだせいですっかり忘れていたけれど、あの時だけは確かに、声が出せないという制約が消えていた。
どうしてこんな簡単な事に気づけなかったのか。意識を保つのに必死で他の事に意識が向かなくなったのは分かるが、全くもって愚かというか……後悔先に立たず。ジバルの諺で、アルドから聞いただけに過ぎないが、今が使い処なのかもしれない……いや、もう過ぎたか。
壁に背中を擦り当てながらどうにか立ち上がるが、何分意識が朦朧としていたモノだから、自分が今どういう道を辿って来たのかまるで覚えていない。行き止まりにも当たっていないので目印すらない。
―――でも、もう体が……
高所からの落下がここまでのダメージを与えるとは予想だにしなかった。ナイツやアルドは普段からあれ程の衝撃を受けてるのだろうか。そう思うと彼らの強大さがより実感できてしまうが。
―――エリ。
エリもきっと何処かで自分を探して彷徨っているに違いない。案外近くに居るのかもしれないが、声も出せないようでは何処にいるかすらも把握できない。例えば、こんな感じの紅い線がエリにでも続いていない限りは……線ッ?
閉ざされかけた意識が一気に覚醒し、瞬間。その自分に広がる紅い線を知覚する。全身に生命を送り込む紅き線は、刹那。キリーヤが背負っていた痛みを全て修復させた。
手も動く。足も動く。溜まりにたまった疲労も回復している。これは間違いなく玉聖槍の能力だ! キリーヤの傷の修復が済むと、紅い線は何処かに戻るように収縮していく。これを追えば間違いなくエリの所に辿り着けるはずだ。気が付けばキリーヤは我を忘れて走り出していた。
線の収縮する速度はそれなりに早い。少しでも気を抜けば見失ってしまうだろう。しかしこの線はそれこそ間違いなくキリーヤの生命線。エリの魔力の関係上使用は一回きりだ。そしてこれは間違いなく全力の能力解放。自分が辿り着かなければエリの命が……またあの時のように。
―――待って!
誰かの能力を模倣してしか戦えず、誰かの力を借りなくてはまともに攻略すらできない。
―――待って!
だが自分のせいで誰かを無駄死にさせる事だけは……それだけは。
―――待ってよ、エリ!
目の前に開いていた穴から線は続いていた。躊躇などないままにキリーヤは飛び込む。不思議と恐れは無い。その線の先にエリは居ると、キリーヤは信じているから。
「ヤァ……」
撫でるような優しい声が聞こえた気がした。
「ん―――ぅん……?」
「キリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤアアアアアアアアアアアアア?」
金属をひっかいたような耳障りな音が聞こえる。
「ん……うん………」
「キリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ―――」
聞いているだけで心臓の辺りがむかむかしてくるような不快な音。まるで心地よい音とは言えなかったが、意識は確かに引き上げられた。
「……うう。う」
頭が痛い。それは顔を覗き込ませる謡のせいか、はたまた高所から落下したせいか。外傷は見られないので、恐らく前者だ。
「お、起きたかあキリーヤ。外傷も無いようだし、うんうん。俺の受け止め術は完璧だな」
「起きたかあ、じゃあありませんよ! 何ですかその声は。貴方本当に人間ですかッ!」
エリが謡の喉元に獅辿の穂先を突き付けるが、謡はまるで恐れた様子もなく、ふざけた笑みを浮かべている。
「七色の喉と言われたこの俺に出来ないことは無い。まあ欠点は……金属を引っ搔いたような音に似ているあまり、五分聞くだけで精神が崩壊する事なんだが」
「そんなものを十分間も聞いた人間が約二人いるんですが」
「玉聖槍の能力が働いてるなら安心安心。魔力は俺が代替してやってるんだし、多少は……ね?」
刹那。謡の喉元を槍の穂先が掻っ切った。血が少しも見えないのは、それが謡にとっては予測できた攻撃であり、躱そうと思えば躱せたのだろうという事が窺える。
「あんまりふざけてると本当に突き刺しますよ」
『切ってから言うんじゃねえよエリ』
思考内に言葉を響かせる謡には喉があろうが関係はない。思った通りだが、やはり謡は一刺し二刺し程度では到底死にそうにない。消耗すらしていない。
「………………えーと。二人とも。取りあえず、喧嘩辞めない?」
何だろう、この微妙な気持ちは。自分の為にやってくれたことには変わりないが、何故か凄い置いてけぼりを喰らっている。片手を出して制止に入ってみるが、二人の言い争いはまだ終わらない。
『俺を本当に止めたいなら玉聖槍でも使ってみな。どうせお前じゃ一回きりで終わりだよ』
「……貴方に言われると物凄く腹が立ちますね。ええものすごく腹が立ちます。無駄に実力があるから尚腹が立ちます」
『ふっひっひ。俺を殺したいなら俺より強くなるんだな。前提条件でアルドに本気出させるくらいの実力が無きゃ無理な事だけどな』
喉を切り裂かれてるのに謡はどうしてあんなに気楽そうなのか。というかキリーヤを会話から弾いている割にはこちらにも思考内言語を適用してくるのは何でだろうか。
喧嘩する程仲がいいとは言うが、仲良し二人の口論は見てて微笑ましいとも言うが、この二人だけは見てるだけでハラハラしてくる。謡があんな性格なせいで、本気の殺し合いがいつ起こってもおかしくない。実際そんな事が起きたらエリが秒殺される未来しか見えないが。
「あの……ねえ……えっと―――」
「……あの。一回だけ刺していいですか」
『あはは。そんな事していいのかなー?』
謡は鷹揚に手を広げて、二人から距離を取った。声が出ないというのにその顔は恐ろしいまでに余裕綽々、と言った感じだ。
『次の試練でお前らはこの洞窟がなんなのかを知る事になる。俺が回復したのも次の試練を壊さないためにやったまで。何せ次の試練。突破できなきゃ―――俺以外は助けられないからな』
「―――え?」
『俺みたいな奴が居なきゃ、普通は取り返しがつかないって事だよ―――もっと分かりやすく言えば、死ぬ』
だが。あの抜け落ち以降、全く遭遇しないというのであれば話は変わってくる。あの部分だけ経年劣化するというのもおかしな話だし、あそこだけ破壊されたというのも不自然だし、何より―――
あそこに触れていたあの瞬間。声が出せた。派手にずっ転んだせいですっかり忘れていたけれど、あの時だけは確かに、声が出せないという制約が消えていた。
どうしてこんな簡単な事に気づけなかったのか。意識を保つのに必死で他の事に意識が向かなくなったのは分かるが、全くもって愚かというか……後悔先に立たず。ジバルの諺で、アルドから聞いただけに過ぎないが、今が使い処なのかもしれない……いや、もう過ぎたか。
壁に背中を擦り当てながらどうにか立ち上がるが、何分意識が朦朧としていたモノだから、自分が今どういう道を辿って来たのかまるで覚えていない。行き止まりにも当たっていないので目印すらない。
―――でも、もう体が……
高所からの落下がここまでのダメージを与えるとは予想だにしなかった。ナイツやアルドは普段からあれ程の衝撃を受けてるのだろうか。そう思うと彼らの強大さがより実感できてしまうが。
―――エリ。
エリもきっと何処かで自分を探して彷徨っているに違いない。案外近くに居るのかもしれないが、声も出せないようでは何処にいるかすらも把握できない。例えば、こんな感じの紅い線がエリにでも続いていない限りは……線ッ?
閉ざされかけた意識が一気に覚醒し、瞬間。その自分に広がる紅い線を知覚する。全身に生命を送り込む紅き線は、刹那。キリーヤが背負っていた痛みを全て修復させた。
手も動く。足も動く。溜まりにたまった疲労も回復している。これは間違いなく玉聖槍の能力だ! キリーヤの傷の修復が済むと、紅い線は何処かに戻るように収縮していく。これを追えば間違いなくエリの所に辿り着けるはずだ。気が付けばキリーヤは我を忘れて走り出していた。
線の収縮する速度はそれなりに早い。少しでも気を抜けば見失ってしまうだろう。しかしこの線はそれこそ間違いなくキリーヤの生命線。エリの魔力の関係上使用は一回きりだ。そしてこれは間違いなく全力の能力解放。自分が辿り着かなければエリの命が……またあの時のように。
―――待って!
誰かの能力を模倣してしか戦えず、誰かの力を借りなくてはまともに攻略すらできない。
―――待って!
だが自分のせいで誰かを無駄死にさせる事だけは……それだけは。
―――待ってよ、エリ!
目の前に開いていた穴から線は続いていた。躊躇などないままにキリーヤは飛び込む。不思議と恐れは無い。その線の先にエリは居ると、キリーヤは信じているから。
「ヤァ……」
撫でるような優しい声が聞こえた気がした。
「ん―――ぅん……?」
「キリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤアアアアアアアアアアアアア?」
金属をひっかいたような耳障りな音が聞こえる。
「ん……うん………」
「キリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ―――」
聞いているだけで心臓の辺りがむかむかしてくるような不快な音。まるで心地よい音とは言えなかったが、意識は確かに引き上げられた。
「……うう。う」
頭が痛い。それは顔を覗き込ませる謡のせいか、はたまた高所から落下したせいか。外傷は見られないので、恐らく前者だ。
「お、起きたかあキリーヤ。外傷も無いようだし、うんうん。俺の受け止め術は完璧だな」
「起きたかあ、じゃあありませんよ! 何ですかその声は。貴方本当に人間ですかッ!」
エリが謡の喉元に獅辿の穂先を突き付けるが、謡はまるで恐れた様子もなく、ふざけた笑みを浮かべている。
「七色の喉と言われたこの俺に出来ないことは無い。まあ欠点は……金属を引っ搔いたような音に似ているあまり、五分聞くだけで精神が崩壊する事なんだが」
「そんなものを十分間も聞いた人間が約二人いるんですが」
「玉聖槍の能力が働いてるなら安心安心。魔力は俺が代替してやってるんだし、多少は……ね?」
刹那。謡の喉元を槍の穂先が掻っ切った。血が少しも見えないのは、それが謡にとっては予測できた攻撃であり、躱そうと思えば躱せたのだろうという事が窺える。
「あんまりふざけてると本当に突き刺しますよ」
『切ってから言うんじゃねえよエリ』
思考内に言葉を響かせる謡には喉があろうが関係はない。思った通りだが、やはり謡は一刺し二刺し程度では到底死にそうにない。消耗すらしていない。
「………………えーと。二人とも。取りあえず、喧嘩辞めない?」
何だろう、この微妙な気持ちは。自分の為にやってくれたことには変わりないが、何故か凄い置いてけぼりを喰らっている。片手を出して制止に入ってみるが、二人の言い争いはまだ終わらない。
『俺を本当に止めたいなら玉聖槍でも使ってみな。どうせお前じゃ一回きりで終わりだよ』
「……貴方に言われると物凄く腹が立ちますね。ええものすごく腹が立ちます。無駄に実力があるから尚腹が立ちます」
『ふっひっひ。俺を殺したいなら俺より強くなるんだな。前提条件でアルドに本気出させるくらいの実力が無きゃ無理な事だけどな』
喉を切り裂かれてるのに謡はどうしてあんなに気楽そうなのか。というかキリーヤを会話から弾いている割にはこちらにも思考内言語を適用してくるのは何でだろうか。
喧嘩する程仲がいいとは言うが、仲良し二人の口論は見てて微笑ましいとも言うが、この二人だけは見てるだけでハラハラしてくる。謡があんな性格なせいで、本気の殺し合いがいつ起こってもおかしくない。実際そんな事が起きたらエリが秒殺される未来しか見えないが。
「あの……ねえ……えっと―――」
「……あの。一回だけ刺していいですか」
『あはは。そんな事していいのかなー?』
謡は鷹揚に手を広げて、二人から距離を取った。声が出ないというのにその顔は恐ろしいまでに余裕綽々、と言った感じだ。
『次の試練でお前らはこの洞窟がなんなのかを知る事になる。俺が回復したのも次の試練を壊さないためにやったまで。何せ次の試練。突破できなきゃ―――俺以外は助けられないからな』
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