ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

第一の試練

 管理人の杖からキリーヤを引き離すと、引きずるようにエリは第一の試練へ足を踏み入れた。不思議な紋様からは魔力らしきモノは感じられないが、これにどんな目的があるかはよくわかっている。エリとキリーヤが完全に体を部屋へと入れた瞬間、紋様が扉の隅々にまで行き渡り、直後。扉が閉まる。
『……明光フラッシュ
 暗闇が押し退けられて、程なくして十分な視界が確保される。背後の扉を押してみるが、……やはり開かない。
「管理人……管理人! ――――――聞こえないみたいですね」
 音も完全に遮断する魔術以外の何か……か。古代技術としか思えないがそれはこの際問題ではない。
「キリーヤ、武器は持ってる?」
「え……短剣なら持ってるけど」
 どんな怪物が出てくるかは知らないが、エリ一人でキリーヤを守れるかどうかと言われれば、正直厳しい。後二つの試練をある以上玉聖槍を使おうとも思えないし……
 エリは聖槍をキリーヤに渡して、前に進み出た。「それは貴方が使ったほうが良い。私は槍ほどじゃなくても、剣だって使えるから」
 第一の試練 ”満”―――無限に怪物が湧き出る試練か。どんな相手が出てくるかは知らないが、こんなところで立ち止まって等居られないのだ。
 エリは手元に剣を作成し、正眼に構えた。




――――――カサ。




 何だ。心なしか体が震えているような気がする。気のせいだ、気のせいの筈だ。今更何を恐れる? エリ・フランカは散々酷い目に遭ってきた筈だ。それに比べれば何も恐れる事なんて。




――――カサカサ。




 本能的拒絶が全身を戦慄かせる。聞こえる音の破片一つ一つがエリの本能を刺激する。……この音に聞き覚えは無い筈なのに、何故。




―――カサカサカサカサカサカサ。




「ね、ねえエリ。これって―――」
 キリーヤの言葉はそれ以上続くことはなかった。その壁を突き破って出てくる怪物に、言葉を止めざるを得なかったから。
 最初に見えたのは発達した触覚。ついで上から押しつぶされたような体形だった。全身が黒い事に加えて油でも纏っているのか、その体色にはやけに艶がある。
―――このような生物を、エリはかつて見た事がある。かつて演習場所として山に入った時、エリの顔に飛び込んできたあの生物だ。……見た事がある、というのは語弊がある。こんなに大きな奴は見た事が無いというのが正しいだろう。
 あの時出会った蜚蠊カファールとは大きさが明らかに違う。ついでに見た目の凶暴さと、本能が発する拒絶も。
「……と、と、とりあえず大蜚蠊ビッグカファールとでも名付けておきましょうか。ええ―――っと」
 放棄されかける思考を必死に掴み、エリは記憶を整理する。
 蜚蠊。山などに住む雑食性の魔物で、廃墟などに住み着く場合もある小型の魔物。身の回りにあるモノ全てを―――例えばそれが仲間の死体だとしても、食べる為、基本的には人を襲わないし、大きさの問題もあって、仮に襲われる事があってもそれは睡眠中であり、また命に関わる程の傷は負わない。
 だがここまで大きいとなると話は別だ。周りに食えそうなものなど彼ら自身かエリ達か。それも一体だけならまだしも一二三四……まだまだ湧いてくる。地面や壁や天井を突き破って、黒い奴らは湧いてくる。
 ……さて、その見た目の気持ち悪さから、この魔物、危険度が低いにも関わらず、最優先討伐案件となっている場合が多い。これについては別に、『見た目が気持ち悪い』とか。『雑食故に文明を破壊するとか』。決してそういう理由だけでこうなっている訳ではない。
「……キリーヤ。私から離れないで。それとやっぱり槍を返して」
 背後に手をやると、慣れた感触が掌に伝わった。
「構転。我は全てをその身に委ね、そして解放へと赴く。然らば我の担い手、その力を現し、権能へといたれ―――顕現せよ、玉聖槍『獅子蹄辿』!」
 聖槍は禍々しい魔力を放ち、武骨で刺々しい巨大なモノへと変質する。今回は全力解放ではない為に使える能力には少し制限が掛けられているが、問題あるまい。
 本当は今使うべきではないのかもしれないが、それでも本能が叫んでいる。使え、と。
 この魔物の真の特性は、体内の卵にある。それは攻撃でもしようものならたちまち四散してあらゆる所に付着。勿論孵化するわけだが……この卵。仮に人体にでも付着しようものならどうなるか。
 エリが全身の神経を研ぎ澄まし、槍を構えた。
「キリーヤ。貴方も死ぬ気で戦った方がいいわよ。デュークさんの所業じゃないけど、魔物の産卵なんてしたくないでしょ?」






 本で読んだことがある。卵をあらゆる場所に産み付ける魔物を。たとえ人体であっても例外ではない事を。
 嘘だと思っていた。両親も笑っていたから冗談だと思っていた。いつだったかアルドに聞いたときも、
『ふむ? ああ、こいつか。……まあ、会う事はあるまい』
 と言っていた為に、架空の存在であると本気で信じていた。だが今なら理解できる。あれは子供心にトラウマを植えつけない為の、優しい嘘だったのだと。
 この魔物を見ればそれが良く分かる。平たい体に黒い体表。カチカチ鳴らされる強靭な顎と無駄に数の多い足。視覚的ダメージはこの時点で甚大であり、正直な気持ちを言えば、戦いたくはないが視界からは排除したい。
 エリの体も僅かに震えているが、その震えを見ても臆病者とは言えない。むしろ、この見ただけで戦意喪失させるような魔物に挑もうと思えるだけ勇敢である。
 たとえ戦わなきゃ、数百の魔物に卵を産み付けられる上に、孵化した子供に内部を食い荒らされて死ぬのだとしても。
「…………」
「…………」
 上下左右隙が無い。天井から顔を覗かせている奴も居れば自分達の足元から顔を出してる奴もいる。八方ふさがりとはこのことを言うのか。これを突破したアルドは一体……アルド?
 キリーヤは魔力を全身に流し、簪の能力を発動。アルドの力を模倣は出来ずとも、それに近しい実力を持った人物ならば……そうクリヌスならば。
 カオスとの戦いで一度はやった。あの時は模倣していた自身の力量不足も相まって相打ちとなったが、今度こそ。きっと。
「『空盾ヴァルフナ』」
 エリと自分の周りを大気の結界が包む。これで卵が付着する心配は無くなった。
「…………エリ」
「……何?」
「…………この試練の突破方法って何だろうね」
「え、それは―――」
 エリの言葉を聞き終わらない内に、キリーヤは風のように駆け出した。それに呼応するかのように動く魔物達。
 だが、
「はあああああああああああああああッ! らあああああああああ!」
 それよりも早く疾駆するキリーヤには付いていけず、魔物は忽ちの内に両断。切断面から卵があふれ出て、その場で孵化が開始される。
「エリッ!」
「―――分かってるッ」
 心よりも早く体は動いていた。エリは玉聖槍を卵の塊へと突き刺し、能力を発動。紅き生命の線が卵を覆い。直後、消滅。
 玉聖槍の能力は生命線への干渉。如何な怪物であれ、これによって命の供給を止められれば死に至らしめることが出来る。どんな環境でも孵化できる適応能力があろうと例外ではない。
 素早く槍を反転させて背後の魔物の心臓を一突き。卵が漏れ出るも孵化の様子は見られない。
「キリーヤ! できるだけ打撃でこっちに吹き飛ばしてきて、この槍があれば孵化は起きないッ!」
 エリは槍の穂先を引き抜く動作に連続させて槍を縦に回転。棒跳びの要領で飛び上がり、天井から様子を見ていた魔物の額に、一突き。
「干渉!」
 天井に居る魔物は紅き線に覆われて消滅。穂先を引き抜くと、刺突の勢いで崩れかけていた天井が一部崩落。一部の魔物を押しつぶした―――が。
「アッ……!」
着地したと同時に加えられた背中への強い衝撃。視界の端にはこちらに突進してきた様子の魔物が……
 無論、一度体勢が崩れたのだ。魔物が野放しにする筈もなく、倒せど倒せど生まれる魔物は、一秒も経たずにエリの全身を覆いつくした。
「え、ちょっとエリッ!」
 魔物の攻撃を躱し続けるキリーヤだが、その物量故か、躱すことは出来てもエリにまで割ける時間は無かった。こちらの方が上回っているとはいえ、魔術を使わせてくれるような隙は無い。かといって強行突破しようにも、この魔物に斬撃を加えようものなら卵があふれ出てしまう。あの塊の中にはエリが居るのだ。そんな事は出来ない。
―――どうすればいい?
 この魔物に玉聖槍は有用だが、担い手たるエリがあの様では到底使う事等出来ない。斬れば斬るほど増えて良き、殺せば殺すほど増えていく。こんな敵を、一体どうすれば…………どうすれば…………!








――――――ああそうか。ただ、それだけの事だったか―――






 


 

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