ワルフラーン ~廃れし神話
試練の道
最初から一本道であったなら光明は見えていたはずだが、最早そんな事はどうでも良くなるほど、その先の光景は幻想的だった。
洞窟全体を覆っているのはクリスタルだろうか。紫のクリスタルが洞窟全体をまるで氷みたいに張り付いていて、何というか足を踏み出す事すら躊躇させるほどの綺麗さが、そこにはあった。
「ここは……」
しかし妙だ。視えた光明は間違いなく太陽が放つ光だった。だというのに、見えた光景は閉じ込められた幻想世界。
―――もしかしてここは、特性持ちの―――
「すっごーい! ねえねえ見てエリ! クリスタルだよクリスタル!」
この光景に見とれるよりも先に、キリーヤは足を踏み出してあちこちを見遣る―――処か触ったりもしている。クリスタルが割れる気配はない。
それを見てかエリも一歩を踏み出してみる。割れる気配はない。もう一歩踏み出してみるが、やはり割れる気配はない。
「…………」
その割れない事が、エリの何かに火をつけたのかもしれない。目を輝かせて洞窟内を見回るキリーヤを尻目に、エリは獅辿を地面に突き立て、クリスタルを突き破らんと試みる。
だがそれでもクリスタルは割れなかった。何度も突き立ててみるが、結果は変わらない。罅どころか傷一つも入らない。
「―――!」
段々力任せに突き立てている気がするが、それでもクリスタルは割れなかったか。
―――それから五分くらい経って。
「……割れないわね」
そう悟ると同時に、何やら虚無感のようなモノがエリの内側から込み上げてきた。自分はなぜ五分間をこれに費やしてしまったのだろうかという今更な後悔が……いや、手遅れだから後悔な訳だが。
「このクリスタル何で出来てるんだろう……凄い綺麗……」
「―――って貴方はいつまで眺めてるのよッ!」
エリの意識は無情に満たされているが、キリーヤの瞳には未だ光り輝いており、その好奇心は未だ留まるところを知らない。
「……はあ全く。いい、キリーヤ? ここはあのアルドさんが出した場所、そしてフィージェントが足止めを引き受けてまで私達を行かせたかった場所よ? 確かに綺麗で幻想的だけど、ここはきっと碌でもない場所に違いないわ」
「酷い言い様だな。だが間違ってない」
声のする方向に二人の視線が注がれる。
ボロボロの白衣に今にも折れそうな錫杖。だが何より目を引くのは、水晶に浸食された全身だろう。紫の水晶は皮膚、骨、或いは眼球すらも突き破って自己を主張している。当人は特に気にしていないようだが、見ているこっちは気分が悪い。
「えっっと……? 貴方は」
「ああ、こいつは失礼。私の名前は―――まあ管理人とでも呼ぶがいい。ここは心鏡世界。ここに来たって事はお前ら、試練を受けに来たんだろう?」
反応の悪い二人に、管理人は重そうな(比喩ではない)腰を上げて、首を鳴らした。身体が動くたびに水晶の擦れる音がする。
「あーさてはお前ら、誰かに勧められるままにここに来たな? 思い当たる節なんて正直幾らでもあるが……”アルド”か?」
「えっあっはい。わ、私はキリーヤで、こっちはエリ。……で管理人さん。どうして貴方はアルド様の事を?」
「そりゃあ、お前らの前の挑戦者がアルドだからだよ」
『お前が管理人か?』
『……おお。こいつはまた年食った兄ちゃんだな。もしかして兄ちゃんも試練を挑みに来たのか?』
『ああ。私はワルフラーンとして、この試練に挑みに来た―――』
「基本的にここに来るのは阿呆か、前挑戦者にここを勧められたか奴かどっちか。そこの好奇心旺盛な嬢ちゃんだけだったら前者を考慮したが、アンタが居るなら話は別って訳だな」
と管理人は不気味に笑う。口内まで水晶に浸食されているからか、笑うたびにやはり鉱石が擦れる音がする。
……フィージェントは一度何かを言いかけていたが、ひょっとしてこの管理人と関係あるのか?
キリーヤは今にも折れそうな錫杖を不思議そうに触っている。管理人は特に気にした様子も無い。
「ああ―――そうそう。あんまり試練に時間かけると洞窟の物体と同化するから気を付けな……言いたい事はこっちにはもうない。質問があるなら受け付けよう」
管理人は杖をキリーヤに与えて人払いをした後、再び腰を下ろした。
「……では。まず試練について詳しい説明を求めます」
「おういいとも。試練は”満””協””鏡”の三つからなる。鏡に関しては言えないが……まず”満”は無限に敵が湧き出てくる試練だな。それをどうやって突破するかって試練な訳だ」
「……ちなみに数はどの程度でしょう」
「だから無限って言ってんだろ。試練中は距離なんて概念は無くなるからな。本当に無限に湧く」
玉聖槍を使えば容易く終わりそうだが、試練が二つも残っている以上、そんな事は出来ない。
「次に”協”だが、一口じゃ説明しづらいな。只連携が必要不可欠な一つ目とは違って、二つ目は絶対に協力できない訳だ。だから個人の実力ってのはどうしても必要になってくる」
個人の力か。自分は大丈夫だとは思うが、心配なのはキリーヤだ。簪があるとはいえ、彼女の地力などまだまだ新兵にも及ばない。二つ目が鬼門と視たが―――さて。
「三つめは前述のとおり話せないが、そうだな……この世界の真実を、お前達は知る事になるだろう。どうして地面が壊れないのかってのも―――それでわかるはずだぜ?」
意地の悪い笑みを浮かべて管理人は言った。あのエリの奇行をこの管理人は五分間ずっと見ていたのだ。それを思うと顔が熱い。今すぐにでも溶けて消えてなくなりたい。
「まあそういう奇行も人間らしさとは言うよな。ガッチガチに固い騎士様よりかはそういう騎士様の方が好感は持てるな」
「はあそれはまた有難うございま……って待ってくださいよ。どうして貴方が私の経歴を知ってるんですかッ?」
遅まきながら失言に気づいた管理人は、顔を俯かせ額に手を当てた。
「……まあ、これも”鏡”まで行けば理解できるはずだ。私からいう事は何もない。適当に休んだら試練に挑め」
そう言って管理人が徐に指を鳴らすと、奥の壁が引っ込み、直後。不思議な文様が刻まれた扉が出現した。
洞窟全体を覆っているのはクリスタルだろうか。紫のクリスタルが洞窟全体をまるで氷みたいに張り付いていて、何というか足を踏み出す事すら躊躇させるほどの綺麗さが、そこにはあった。
「ここは……」
しかし妙だ。視えた光明は間違いなく太陽が放つ光だった。だというのに、見えた光景は閉じ込められた幻想世界。
―――もしかしてここは、特性持ちの―――
「すっごーい! ねえねえ見てエリ! クリスタルだよクリスタル!」
この光景に見とれるよりも先に、キリーヤは足を踏み出してあちこちを見遣る―――処か触ったりもしている。クリスタルが割れる気配はない。
それを見てかエリも一歩を踏み出してみる。割れる気配はない。もう一歩踏み出してみるが、やはり割れる気配はない。
「…………」
その割れない事が、エリの何かに火をつけたのかもしれない。目を輝かせて洞窟内を見回るキリーヤを尻目に、エリは獅辿を地面に突き立て、クリスタルを突き破らんと試みる。
だがそれでもクリスタルは割れなかった。何度も突き立ててみるが、結果は変わらない。罅どころか傷一つも入らない。
「―――!」
段々力任せに突き立てている気がするが、それでもクリスタルは割れなかったか。
―――それから五分くらい経って。
「……割れないわね」
そう悟ると同時に、何やら虚無感のようなモノがエリの内側から込み上げてきた。自分はなぜ五分間をこれに費やしてしまったのだろうかという今更な後悔が……いや、手遅れだから後悔な訳だが。
「このクリスタル何で出来てるんだろう……凄い綺麗……」
「―――って貴方はいつまで眺めてるのよッ!」
エリの意識は無情に満たされているが、キリーヤの瞳には未だ光り輝いており、その好奇心は未だ留まるところを知らない。
「……はあ全く。いい、キリーヤ? ここはあのアルドさんが出した場所、そしてフィージェントが足止めを引き受けてまで私達を行かせたかった場所よ? 確かに綺麗で幻想的だけど、ここはきっと碌でもない場所に違いないわ」
「酷い言い様だな。だが間違ってない」
声のする方向に二人の視線が注がれる。
ボロボロの白衣に今にも折れそうな錫杖。だが何より目を引くのは、水晶に浸食された全身だろう。紫の水晶は皮膚、骨、或いは眼球すらも突き破って自己を主張している。当人は特に気にしていないようだが、見ているこっちは気分が悪い。
「えっっと……? 貴方は」
「ああ、こいつは失礼。私の名前は―――まあ管理人とでも呼ぶがいい。ここは心鏡世界。ここに来たって事はお前ら、試練を受けに来たんだろう?」
反応の悪い二人に、管理人は重そうな(比喩ではない)腰を上げて、首を鳴らした。身体が動くたびに水晶の擦れる音がする。
「あーさてはお前ら、誰かに勧められるままにここに来たな? 思い当たる節なんて正直幾らでもあるが……”アルド”か?」
「えっあっはい。わ、私はキリーヤで、こっちはエリ。……で管理人さん。どうして貴方はアルド様の事を?」
「そりゃあ、お前らの前の挑戦者がアルドだからだよ」
『お前が管理人か?』
『……おお。こいつはまた年食った兄ちゃんだな。もしかして兄ちゃんも試練を挑みに来たのか?』
『ああ。私はワルフラーンとして、この試練に挑みに来た―――』
「基本的にここに来るのは阿呆か、前挑戦者にここを勧められたか奴かどっちか。そこの好奇心旺盛な嬢ちゃんだけだったら前者を考慮したが、アンタが居るなら話は別って訳だな」
と管理人は不気味に笑う。口内まで水晶に浸食されているからか、笑うたびにやはり鉱石が擦れる音がする。
……フィージェントは一度何かを言いかけていたが、ひょっとしてこの管理人と関係あるのか?
キリーヤは今にも折れそうな錫杖を不思議そうに触っている。管理人は特に気にした様子も無い。
「ああ―――そうそう。あんまり試練に時間かけると洞窟の物体と同化するから気を付けな……言いたい事はこっちにはもうない。質問があるなら受け付けよう」
管理人は杖をキリーヤに与えて人払いをした後、再び腰を下ろした。
「……では。まず試練について詳しい説明を求めます」
「おういいとも。試練は”満””協””鏡”の三つからなる。鏡に関しては言えないが……まず”満”は無限に敵が湧き出てくる試練だな。それをどうやって突破するかって試練な訳だ」
「……ちなみに数はどの程度でしょう」
「だから無限って言ってんだろ。試練中は距離なんて概念は無くなるからな。本当に無限に湧く」
玉聖槍を使えば容易く終わりそうだが、試練が二つも残っている以上、そんな事は出来ない。
「次に”協”だが、一口じゃ説明しづらいな。只連携が必要不可欠な一つ目とは違って、二つ目は絶対に協力できない訳だ。だから個人の実力ってのはどうしても必要になってくる」
個人の力か。自分は大丈夫だとは思うが、心配なのはキリーヤだ。簪があるとはいえ、彼女の地力などまだまだ新兵にも及ばない。二つ目が鬼門と視たが―――さて。
「三つめは前述のとおり話せないが、そうだな……この世界の真実を、お前達は知る事になるだろう。どうして地面が壊れないのかってのも―――それでわかるはずだぜ?」
意地の悪い笑みを浮かべて管理人は言った。あのエリの奇行をこの管理人は五分間ずっと見ていたのだ。それを思うと顔が熱い。今すぐにでも溶けて消えてなくなりたい。
「まあそういう奇行も人間らしさとは言うよな。ガッチガチに固い騎士様よりかはそういう騎士様の方が好感は持てるな」
「はあそれはまた有難うございま……って待ってくださいよ。どうして貴方が私の経歴を知ってるんですかッ?」
遅まきながら失言に気づいた管理人は、顔を俯かせ額に手を当てた。
「……まあ、これも”鏡”まで行けば理解できるはずだ。私からいう事は何もない。適当に休んだら試練に挑め」
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