ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

その名は

 執行者には様々な能力が与えられる。例えば剣の執行者であれば、『剣聖』―――武器を持つ者に対しての絶対的優位が約束される。詰まる所、剣の執行者相手に武器を用いた時点で勝利への道は閉ざされるという訳だ。
 その漠然とした能力は全然目に視えるようなモノではないし、対処できるようなモノではない。武器を用いなかったとしても、執行者自身の身体能力との戦いになるだけなのでどの道勝つのは至難の業。『剣の』と言う事は他にも執行者が居るという事だが、アルドは彼を除けば他にその存在は確認できていない……








「……我が誰だと」
「―――クリヌスさん?」
 クリヌスも、件の執行者も、質問の意図が良く分かっていないようなそんな声音だった。確かに分かりにくい事は認めるし、死剣の真名は直ぐそこにあるのも分かるが……これだけははっきりさせておきたかった。
「お前が剣の執行者という事は勿論分かっている。私の代償を請け負うなんて事、お前以外に出来る筈がないからな」
 以前アルドは邂逅の森にて様々なモノを捨て、そこに代替品を突っ込んだと言ったが、それが……剣の執行者の身体だったりする。キリーヤにはあの場で言っても事態をややこしくするだけだと思ったので言わなかったが、アルドの性質を反転させるこれこそが、執行者の体。
 執行者とアルドの体はこのように融合されている為、アルドの代償を請け負う事も出来る。彼の体が女性のそれになっているのはそういう訳なのだが……アルドが言っているのはそういう能力的な問題ではなく。
「私が言っているのはお前の名前についてだ。お前は以前自らの正体を、『アルド・クウィンツ』と言った。まああの時の私ならば『成長したらこんな顔になるのか』ぐらいにしか考えていなかっただろう。だが今はどうだ? 私とお前の顔は全くもって似ていない。如何に居た世界が違おうとも、顔が違ってしまえば別人だろう」
 単純に信用できないのだ。別世界のアルド、という事ならば一応自分という事で無条件に信用も出来るが、これが別人ともなると話は変わってくる。
 死剣の真名解放は確かに大事だが、仲間の信用如何についての問題程ではない。時間が無い今だろうと、少なくともこれだけは解明しなければならない。
「……成程。お前の疑問は尤もだ。確かに我はアルド・クウィンツではない、これは認めよう。だが案ずるな。我はお前の味方だ。それ以上でも以下でもない」
「味方かどうかは私が決める事だ。お前は自分が何者だったのかを言えばいい」
 剣の執行者は特に敵意を放っては来ないが、対するアルドからは抑えきれぬ殺意がにじみ出ていた。静寂に包まれる空間。漂う殺意。動じていない様に見えるクリヌスだが、実際はその本能は『これ以上ここに居てはいけない』という危険信号を発しており、その体は汗を滲ませながら震えていた。
 そんな殺意など意にも介さない執行者は、大きく息を吐いた後に一言。
「お前は既に出会っているさ。尤も、我の過去にはお前など居なかった故な、アイツが我になる事などありえないがな」
 敢えてしたであろう遠まわし。それが剣の執行者の答えだった……『自分で探せ』という事である。アルドはそれだけ聞くと、執行者に怒りを見せる処か……殺意を引っ込め、
「―――そうか。分かった」
 それだけ言って、アルドは身を翻した。先程の一問答に答えが在ったとは思えないが、すれ違った瞬間のアルドの顔はまるで……
―――ああ、そういう事ですか。
 たとえ敵対していたとしても。それでもこの人は変わっていないんだなと苦笑しつつ、クリヌスはアルドの背中を負うように最奥へと歩みを進める。その背中を見て、微笑みながら。








「そういえばクリヌス、お前は一体どうやってあの更生世界を抜けだしたんだ?」
「え?」
 剣の執行者という協力者が居たからこそ、アルドはこの世界に戻る事が出来た。もしも彼が居なければ自分は……多分戻れていない。あそこで目を覚まさない偽りの『皇』に寄り添って、一生を終えていただろう。今思えばあれこそがアルドが罪を犯さない様にするための更生措置だった気もするが、それはさておき。
 クリヌスは特に思い悩むことも無く、言う。
「別に、自害しただけですよ」
「は? 自害?」
 クリヌスには肯定してくれる存在が自分しか居なかったというだけならば話は分かるが、彼は『忘却』の罪の事を知らない筈だ。
「別に大したモノじゃありません。成り行きですよ。『忘却』の罪が云々は後で聞かされましたからね。只……」
 虐められて生きているのが嫌になったから死んだってだけの事です、と。言われてみれば確かに何ともない話だった。別に不思議はない。アルドとクリヌスを同じ世界に放り込めばそうなるのは目に視えている。
 アルドがクリヌスを見つけたから、クリヌスは今こうなっている。アルドがそうならない世界というモノに放り込まれたのなら、当然クリヌスが生きている道理はなく、であるならば自害の一つもしてしまうだろう。
「そんな事よりさっさと真名とやらを回収してくださいよ。私にだって気がかりな事があるんですから」
「気になる事だと? ……言ってみろ」
「いえ別にクウィンツさんが関わるような事では―――あり、ます……ね」
 クリヌスが気になっていたのはアルドを追っていたサヤカの事だ。魔境の内部からでは外の気配は感じ取れないが、こんな所に入り込むことがどれだけ無謀かはさっきの二人の通り。『零れた奇跡』を持つサヤカであればここに入る事を得策とは思わないだろう。


『……クリヌス。私はね、アンタの事が好きなの。愛しているの。あっちの世界の血がつながってる奴等より、アンタの方が私はよっぽど家族と認められるの。アンタだけが居てほしいの。アンタが居れば何もいらない。見捨てられたくないの、離れたくないの、死んでほしくないの、二人だけの世界が欲しいの。アンタが死ぬ運命を私は認めない。父も母も兄も姉も妹も弟も友達も要らない。私には……クリヌスしか必要ない。だから―――アンタが死ぬ要因、私が取り除く。私がアンタの先生を……殺す』


――――――まさか。
「クウィンツさん、一つお聞かせください。クウィンツさんが死にたくなるような要因とは何ですか?」
「死にたくなる要因? またおかしな事を聞いてくるな……そうだな、私の大切な者が全員死んだ時じゃないか? 少なくとも生きている意味は無くなるとも」
 あっけらかんとアルドは言っているが、その言葉にあるモノは本物だ。確かに誰も自分を大切に思ってくれないそんな世界なら生きている意味はない。
「……成程、少し読めてきました。クウィンツさん、今回だけのお情けです。真名を回収した後、直ちに貴方はナイツとやらの所に戻ったほうが良い。そうでないと……貴方はもうナイツの方々とは二度と会えなくなるかもしれない」
―――何ッ?
 クリヌスが冗談で生死を語るような奴でない事は分かっている。ましてその言い回しが、『二度と会えなくなる』となると……いよいよ冗談の要素は消えてくる。その表情も……まるで何か思い当たる節があるような顔つきだ。
「取りあえず歩いて話しましょうか」






「サヤカに私とクウィンツさんの事情を話したことがそもそもの間違いだったとも言えるかもしれませんね。結果として彼女は私の死を受け入れられず、貴方を殺そうとし始めたのですから」
「……異世界人だか何だか知らないが、クリヌスよりも弱い者相手に私が負ける道理はないが」
 少なくともクリヌスに勝てないようではアルドに傷をつける事は叶うまい。自分の実力を過大評価するつもりはないが、それでも過去の英雄としての強さだけは未だ持ち合わせている。
 異世界人なんかに負けるつもりはない。この世界に生きるモノとしての意地があるから。
「確かに貴方を殺す事は困難でしょう。最盛期の貴方はまず無理、現在の状態でも万全を期して挑めばどうにか……ぐらいですかね。いえ、勿論その時は勝つつもりですが」
 クリヌスはあんなことを言っているが、それは自分も同じことだ。今クリヌスと本気で殺し合えばどうにか勝つかどうか……だが裏を返せば、クリヌスに勝てないようではアルドにも勝てないという事。少なくともエヌメラほどの権限ちからが無ければ容易に自分を殺す事等不可能だ。
「ですが私の言葉……勿論覚えている筈ですね? 大切な者と二度と会えなくなる……そして貴方にとって死にたくなる要因とは、その大切な者が皆死んでしまう事。つまりですね―――」
 そこまで言いかけたところで、二人は足を止めた。前方から感じた不思議な魔力に、思わず話も切ってしまった。
 前方に突き立てられた剣には、僅かなりの装飾も無い。刀身こそ錆すら付いていないが、その刃は殆ど毀れており、とてもとても剣としてのそれには使えそうも無い事が分かる。
 だがそれは幾星霜の時によって創られた傷に過ぎない。この剣は未だ、その存在を輝かせている。
「……これが真名ですか?」
 徐に柄に手を掛け引き抜こうとするも抜けない。魔術的封印が掛かってるわけではないようだが。
「当たり前だな。その剣を引き抜けるのは現状私だけ。死剣の担い手に選ばれたアルド・クウィンツだけだ」
 これが死剣の真名……? この剣に名前が宿っているとかそういう事だろうか。どうもこの剣からは特異な能力を感じ取れないが。
 アルドは突き立てられた剣に手を掛けて―――
「創られし理。引き継がれた真理をいまここに。異名反転。真理剣『薙嶺』―――ここにその名を収めよう」
 その言葉を呟くと同時に、剣が消える。気づけばアルドの右手にはいつもの死剣―――よりも僅かに細身の剣。鍛え上げられた刀身には僅かばかりの傷も無し、悠久の時を経たような力強さを持つ反面、作り上げられたばかりのような輝きも持っていた。死剣のような暗さを微塵も感じさせないその不思議な力は、そう。まるで全てを内包する真理。
「真理剣とは……大仰な名前だとは思いましたが、あながちそういう訳でもないんですね」
「この剣の漠然とした力に気づけるなら大したものだが、それよりお前はどうやってここを出る? もう一度魔境を往復するか?」
 口元を綻ばせながらアルドが尋ねると、クリヌスは困ったように手を広げた。勘弁してくださいよ、とでも言っているようでどうにも面白い。
 しかし冗談はここまでだ。アルドは真理剣を納刀し、抜刀体制へ移行。
「まあここまで付いてきてくれたお礼だ。帰りくらいは私が責任を持とうじゃないか」
「素直じゃありませんね。どっちみちこうするつもりだったのでしょう?」
「好きに言え…………では―――」
 狙うは天井。切り裂くは生物支えし大地の表面。
 静寂が周囲を支配する。明鏡止水の境地に至れる騎士は、体の赴くままに刃を走らせた。


「居合―――『斬華』ッ!」















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