ワルフラーン ~廃れし神話
勝利戴冠
リューゼイ・クラット。フルシュガイド大帝国騎士団団長。『勝利』『竜殺し』に並ぶこの国の実力者。彼自身がより強い者を団長に、という思想を掲げているだけあって、彼さえ倒せばすぐにでも団長に格上げされるのだが、騎士団の誰も彼を傷つける事は出来ていないし、騎士団の誰も彼を超えられていない。その為かリューゼイは退団したくとも抜けられず、未だに騎士団長の地位に就いている。思想はどうあっても絶対に帰る気は無いらしい。
寄る年波は不可避の事象。年月が経つにつれてリューゼイは実力を衰えさせるものと誰もが思っていたが、この男は違った。むしろ年寄れば年寄る程、その実力を上げていったのだ。
而立を超え不惑となれば、その強さは鬼をも凌駕する。
不惑を超え知命となれば、その強さは修羅をも凌駕する。
知命を超え耳順となれば、その強さは神をも凌駕する。
踏み出した一歩は余すところなく力に変換され、放てる限り最高の威力が刃に乗せられる。今までの年月を一切無駄にする事のない、最高の一撃。『悪夢』の知る、アルド・クウィンツという男の一撃。
しかし。
リューゼイは軽く武器を横に、その一撃を軽く弾いた。軽く触れただけの筈が、その勢いにアルドは剣ごと壁まで吹き飛ばされる。
―――何ッ?
踏み込みを加えた最大の一撃が、一瞬で弾かれた……?
「その程度ではないよな?」
背中の痛みを記憶の片隅に封印し、アルドは再び駆ける。直線的な攻撃はリューゼイには通用しない。そもそも、アルドとリューゼイでは地力が違っていたのだ。ならば最大威力等放ってもそれは意味を成さない。リューゼイに勝つには、正攻法以外のものでなくてはならない。
リューゼイが動こうとしないのは逆にチャンスととらえるべきだ。動こうとしないという事は、先手を必ずアルドが取れるという事。
……やる事は、決まっている。
リューゼイの剣閃の範囲に入るその直前、アルドは勢いそのままに跳躍。一切の防御を捨て、リューゼイの頭部へと、大振りで振り下ろした。
「らあああああああッ!」
当然ながら大振りである以上直前に生まれる隙は埋めようがなく、リューゼイは一切の容赦もないままに真一文字に武器を薙ぎ払った―――直後。アルドの片手が柄から離れると同時に、まるで最初から分かっていたかのように剣の鎬へと正確に拳を当て、その軌道を完全に逸らした。
如何に力が強大と言えど。その方向に力が掛かっていないのであれば逸らすのは簡単だ。全方向に力を乗せる事など剣という武器の構造上不可能。成功するかは賭けだったが、意外にその軌跡は見えた。
片手での大振りにリューゼイは軽く身を捻って回避。それを見届けた後、アルドは着地でしっかりと受け身を取りつつ急いで後退。先程まで自分が居た場所に死の斬撃が通り過ぎる。
―――背中に少し喰らったか。
魔術は使えないので放置。幸い致命傷ではないようだが、一歩遅ければ半身を断ち切られていただろう。
アルドは高ぶる気持ちを無理やり抑えつけ、目の前の強敵を見据える。あの鋭すぎる瞳は片時もアルドから目を離さない。本当に物体が切れそうな程に鋭いが、成程。確かに視られれば斬られる。あの目を欺かない限りは勝機は無いのかもしれない。
演習場に目を向けるが、これと言った物体は存在しない。木偶人形や鎧なんかは、演習場の端っこに追いやられてしまっている。リューゼイの配慮か戦術か……は、議論の余地ありだ。
「どうした? 来ないのか?」
もたもたしていると先手を譲る事をやめそうだ。それだけは避けなければならないだろう。先手を取る事は、この戦いにおいてアルドが勝利を掴む為に必要な要素の内の一つだから。
「……行くぞッ」
姿勢を低くして一気に肉迫。動きを予測されない為にわざと呼吸は乱している。
「ほう」
武器の間合いに入るその瞬間に、アルドはすかさず二連。リューゼイの体がこわばり少しだけ崩れる。
しかしアルドに当てる気など毛頭ない。狙うべくは、たった今生まれたこの一点―――
「回連葬―――」
横に薙いだ一撃の勢いを殺す事無く身体を一回転。それと同時に剣を脇に構え、地面とほぼ平行になるように伏せる。
―――アルドの頭上を刃が通り抜ける。見上げた先にあったのは、リューゼイの虚を突かれたような表情。
「落闢戟!」
刃が通り過ぎるのをその身で感じ取ると同時に、アルドは片手をついて素早く起き上がり、リューゼイの胴体へと斬撃を放った。
逃れようのない斬撃が、リューゼイの胴体を切り裂く、直前。
「…………ぁ」
刃が、動かない。リューゼイの体まではあと一歩。あともう少しで刃が触れるその筈なのに……押そうが引こうが、一向にこの手は動かない。
「アルド。良い事を教えてやろう。―――この戦いに複雑なルールは何もない。只お互いに勝てばいい。それだけなのだ」
――――――つまり、それは。
「私は魔術を使わない等とは一言も言っていないぞ」
そうだ。アルドが魔術を使えないというだけで、どうしてあちらにもその道理が適用されようか。あちらは魔術を使えるのだ。今までのは単に、向かってくる子供をあしらうかのように遊んでただけなのだ―――
「……さらばだ」
リューゼイが武器を逆手に持ち替え、その切っ先をアルド目掛けて振り下ろした。
「待て」
それよりも早く、両者の間を斬撃が隔て、同時に魔術から解放される。アルドは直ぐに後退。斬撃の主を、リューゼイと共に睨み付けた。「何のつもりだ?」
声が重なったのは気にしない。
「すまないな。リューゼイが中々酷い手段を使ってきたもので思わず。まあ手出しは今度だけだ。もし次も手出しするようなら我の扱う魔術全てをここに置いていこう」
「……きっとだな?」
「騎士団長に嘘を吐けるとでも? 国を相手取るなんて面倒、そうそうするものではない」
その言葉に懐疑的な視線を向けていたリューゼイだが、納得したのか妥協したのか、視線は既にこちらに戻されていた……邪魔されたとはいえ、感謝せねばなるまい。『悪夢』の助けが無ければ防御すらままならずにやられていた。
だが問題は未だ解決できていない。あの魔術の詳細が何であれ、こちらに魔術が無い以上突破する手段は……
本当に無いのか? 自分にしか出来ない突破法が、在るのではないのか……?
考えろ。
思考を巡らせ。
記憶を整理し。
視界の全てを目に焼き付け。
自分の全てを思い出せ―――!
はっきりと言ってしまえば。リューゼイはアルドという男に微塵も期待してはいなかった。魔術の才能が無い以上魔術は防げず、であるならば勝てる道理はないと。そう思っていた。
『悪夢』の強さは別次元だが、アルドの強さはそう大したことはない。柔軟だが攻めが弱い。こちらの力を恐れているのならば生涯勝てまい。
……?
アルドがゆっくりと歩み寄ってきた。一歩、一歩確実に。何も恐れず、何も考えず。無防備な歩みには戦略を欠片も感じられない。諦めたのだろうか。
ここまでかと底を決め、リューゼイは全方位に岩石を生成。中心のアルドへ、岩石は同時に飛び込んでいく……
だったのだが、それよりも早くアルドの剣が全ての岩石をたたき割ってしまったので、リューゼイの魔力から岩は離れてしまった。
「貴方と戦うのは久しぶりだが……今度はもっと過激で問題ない。貴方が騎士団最強だというのならば、私は勝利を冠る者として、その悉くを凌駕してみせよう」
そう一蹴するアルドの瞳は、何かに憑かれたかのように血に飢えていた。
寄る年波は不可避の事象。年月が経つにつれてリューゼイは実力を衰えさせるものと誰もが思っていたが、この男は違った。むしろ年寄れば年寄る程、その実力を上げていったのだ。
而立を超え不惑となれば、その強さは鬼をも凌駕する。
不惑を超え知命となれば、その強さは修羅をも凌駕する。
知命を超え耳順となれば、その強さは神をも凌駕する。
踏み出した一歩は余すところなく力に変換され、放てる限り最高の威力が刃に乗せられる。今までの年月を一切無駄にする事のない、最高の一撃。『悪夢』の知る、アルド・クウィンツという男の一撃。
しかし。
リューゼイは軽く武器を横に、その一撃を軽く弾いた。軽く触れただけの筈が、その勢いにアルドは剣ごと壁まで吹き飛ばされる。
―――何ッ?
踏み込みを加えた最大の一撃が、一瞬で弾かれた……?
「その程度ではないよな?」
背中の痛みを記憶の片隅に封印し、アルドは再び駆ける。直線的な攻撃はリューゼイには通用しない。そもそも、アルドとリューゼイでは地力が違っていたのだ。ならば最大威力等放ってもそれは意味を成さない。リューゼイに勝つには、正攻法以外のものでなくてはならない。
リューゼイが動こうとしないのは逆にチャンスととらえるべきだ。動こうとしないという事は、先手を必ずアルドが取れるという事。
……やる事は、決まっている。
リューゼイの剣閃の範囲に入るその直前、アルドは勢いそのままに跳躍。一切の防御を捨て、リューゼイの頭部へと、大振りで振り下ろした。
「らあああああああッ!」
当然ながら大振りである以上直前に生まれる隙は埋めようがなく、リューゼイは一切の容赦もないままに真一文字に武器を薙ぎ払った―――直後。アルドの片手が柄から離れると同時に、まるで最初から分かっていたかのように剣の鎬へと正確に拳を当て、その軌道を完全に逸らした。
如何に力が強大と言えど。その方向に力が掛かっていないのであれば逸らすのは簡単だ。全方向に力を乗せる事など剣という武器の構造上不可能。成功するかは賭けだったが、意外にその軌跡は見えた。
片手での大振りにリューゼイは軽く身を捻って回避。それを見届けた後、アルドは着地でしっかりと受け身を取りつつ急いで後退。先程まで自分が居た場所に死の斬撃が通り過ぎる。
―――背中に少し喰らったか。
魔術は使えないので放置。幸い致命傷ではないようだが、一歩遅ければ半身を断ち切られていただろう。
アルドは高ぶる気持ちを無理やり抑えつけ、目の前の強敵を見据える。あの鋭すぎる瞳は片時もアルドから目を離さない。本当に物体が切れそうな程に鋭いが、成程。確かに視られれば斬られる。あの目を欺かない限りは勝機は無いのかもしれない。
演習場に目を向けるが、これと言った物体は存在しない。木偶人形や鎧なんかは、演習場の端っこに追いやられてしまっている。リューゼイの配慮か戦術か……は、議論の余地ありだ。
「どうした? 来ないのか?」
もたもたしていると先手を譲る事をやめそうだ。それだけは避けなければならないだろう。先手を取る事は、この戦いにおいてアルドが勝利を掴む為に必要な要素の内の一つだから。
「……行くぞッ」
姿勢を低くして一気に肉迫。動きを予測されない為にわざと呼吸は乱している。
「ほう」
武器の間合いに入るその瞬間に、アルドはすかさず二連。リューゼイの体がこわばり少しだけ崩れる。
しかしアルドに当てる気など毛頭ない。狙うべくは、たった今生まれたこの一点―――
「回連葬―――」
横に薙いだ一撃の勢いを殺す事無く身体を一回転。それと同時に剣を脇に構え、地面とほぼ平行になるように伏せる。
―――アルドの頭上を刃が通り抜ける。見上げた先にあったのは、リューゼイの虚を突かれたような表情。
「落闢戟!」
刃が通り過ぎるのをその身で感じ取ると同時に、アルドは片手をついて素早く起き上がり、リューゼイの胴体へと斬撃を放った。
逃れようのない斬撃が、リューゼイの胴体を切り裂く、直前。
「…………ぁ」
刃が、動かない。リューゼイの体まではあと一歩。あともう少しで刃が触れるその筈なのに……押そうが引こうが、一向にこの手は動かない。
「アルド。良い事を教えてやろう。―――この戦いに複雑なルールは何もない。只お互いに勝てばいい。それだけなのだ」
――――――つまり、それは。
「私は魔術を使わない等とは一言も言っていないぞ」
そうだ。アルドが魔術を使えないというだけで、どうしてあちらにもその道理が適用されようか。あちらは魔術を使えるのだ。今までのは単に、向かってくる子供をあしらうかのように遊んでただけなのだ―――
「……さらばだ」
リューゼイが武器を逆手に持ち替え、その切っ先をアルド目掛けて振り下ろした。
「待て」
それよりも早く、両者の間を斬撃が隔て、同時に魔術から解放される。アルドは直ぐに後退。斬撃の主を、リューゼイと共に睨み付けた。「何のつもりだ?」
声が重なったのは気にしない。
「すまないな。リューゼイが中々酷い手段を使ってきたもので思わず。まあ手出しは今度だけだ。もし次も手出しするようなら我の扱う魔術全てをここに置いていこう」
「……きっとだな?」
「騎士団長に嘘を吐けるとでも? 国を相手取るなんて面倒、そうそうするものではない」
その言葉に懐疑的な視線を向けていたリューゼイだが、納得したのか妥協したのか、視線は既にこちらに戻されていた……邪魔されたとはいえ、感謝せねばなるまい。『悪夢』の助けが無ければ防御すらままならずにやられていた。
だが問題は未だ解決できていない。あの魔術の詳細が何であれ、こちらに魔術が無い以上突破する手段は……
本当に無いのか? 自分にしか出来ない突破法が、在るのではないのか……?
考えろ。
思考を巡らせ。
記憶を整理し。
視界の全てを目に焼き付け。
自分の全てを思い出せ―――!
はっきりと言ってしまえば。リューゼイはアルドという男に微塵も期待してはいなかった。魔術の才能が無い以上魔術は防げず、であるならば勝てる道理はないと。そう思っていた。
『悪夢』の強さは別次元だが、アルドの強さはそう大したことはない。柔軟だが攻めが弱い。こちらの力を恐れているのならば生涯勝てまい。
……?
アルドがゆっくりと歩み寄ってきた。一歩、一歩確実に。何も恐れず、何も考えず。無防備な歩みには戦略を欠片も感じられない。諦めたのだろうか。
ここまでかと底を決め、リューゼイは全方位に岩石を生成。中心のアルドへ、岩石は同時に飛び込んでいく……
だったのだが、それよりも早くアルドの剣が全ての岩石をたたき割ってしまったので、リューゼイの魔力から岩は離れてしまった。
「貴方と戦うのは久しぶりだが……今度はもっと過激で問題ない。貴方が騎士団最強だというのならば、私は勝利を冠る者として、その悉くを凌駕してみせよう」
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