ワルフラーン ~廃れし神話
対するは
城の中心に展開する演習場は、城に居る兵士の全てが余裕で入れる程の広さを持っている。この城が四方偏りなく巨大になってしまっているのは、偏にこの演習場のせいとも言える。ここまで広くなるのなら、地下に作れという話だ。
この一か月、やるべき事をやった。修めるべき全てを修めた。『悪夢』の知る剣技を。アルドの剣技を。その全ては清廉で、強力で、無駄が無い。一撃一撃が常に最大威力を保たれており、騎士の修練に義務付けられている型よりか、幾分隙も無い。教えられたとおりの事を完璧に出す事が出来るのなら、アルドは難なくこの試験を通過できるだろう。問題は、それが出来るかどうかである。
「そう、大丈夫、大丈夫だ……俺は、出来る」
「ああそうだ。お前は出来る、自信を持て」
そう。俺なら出来―――
「『悪夢』ッ? お前どうやって城に入ったんだよ!」
「城壁を飛び越えた」
やってる事が人外すぎる。というか無許可なのに、ここに居て大丈夫なのか。
「問題ない、先程騎士団長から許しを物理的に得てきた。十二秒と想定外にてこずったが、まあ全然間に合ったようで良かったよ」
仮面を外した所でその表情は仮面でもつけてるのかと思う程に動かない。その言葉も自慢のようにしか聞こえないが、この男からすれば全然自慢でも何でもないのだろう。それで尚の事腹が立つのは仕方ない事なので諦めておく。
「何の用だよ、まさか観戦って訳でもないだろう」
『悪夢』なら許可何て取らなくても観戦なんて訳無い。騎士団長をぼこぼこにする必要性はどこにもない。『悪夢』は何故か自分に関わると短絡的な行動に出る事が多いが、少なくともそこまで馬鹿ではない。
「おい何だよアイツ」
「アイツがアルドの師匠らしいぜ?」
「なーんか弱そうだな」
散々な言われようだが、最後の声に関しては的外れもいい所だ。こいつで弱いのなら世界大抵の奴はとんでもない雑魚になる。『勝利』くらいしかまともな強さは得られまい。
「……ここで言ってしまっていいのか」
「言えよ。別に大したことでも無いだろう」
「そうか。じゃあ言ってやろう。アルド。お前の今回の試験の相手は、リューゼイ・クラット。騎士団長様だ」
は?
「ちょ、ちょっと待てや。お、俺の試験の相手、こいつらじゃないのかッ?」
「それに関してはリューゼイから聞け。ついてこい」
ちょっと何言ってるか分からない。『悪夢』の最初の雰囲気がアルドの心の中で崩れている。最初こそ『不気味の塊』だったが、今じゃあ『阿呆な事ばっかりする頭のおかしい男』だ。こんな常識知らずな奴が居るとはそれこそ『悪夢』だが、ここは現実。夢のように覚める事はない。
それにしても、実に迷惑な話だ。勝手に啖呵を切られた上に、戦う相手は騎士団最強の団長。
「―――分かったよ」
諦めた様にアルドは歩き出す。一歩踏み出すたびに体が重くなったような気がするが、きっと気のせいだろう。
納得の行く説明が得られたかと言えば、肯定しよう。確かに自分は魔力も無ければ剣術にもさしたる才能はない。故にこそ最強の騎士団長と戦い勝利すれば、自らを見下す者達も対等に接せざるを得なくなる。
筋は通っている。通っているとも。飽くまで一人の挑戦者として見下さない団長の心根も評価できるとも。だが、そもそもそこには問題がある。……最強の騎士団長たるリューゼイに、勝てるのかという事だ。
アルドは確かにこの一か月、やるべきことをやってきた。だがそれが強さにそのまま直結するとは限らないし、仮に直結したところでそもそも勝てるかどうか。先程までに培ってきた自信が一瞬で崩れ去ってしまった。
「我と戦った直後だ、団長も弱体化している。今のお前でも十分倒せる程だろう」
そんな訳が無い。瀕死だったところでその立ち回りには微塵も衰えはないだろう。『悪夢』の実力評は正直あてにならないのだ。圧倒的頂点から下される評を信じてはいけない。特にアルドのような圧倒的底辺は。
演習場からは既に離れてしまっており、二人の居る位置は恐らく城の片隅。演習場というよりかは詰め所がありそうだが、『悪夢』は歩みを止める処かむしろ早めていく。石畳に響く足取りは余計に歩みを早く感じさせる。
「じゃあまあ、ここを降りるぞ」
足元の階段は地下に続いているようで、どうやら団長との一騎打ちは地下の演習場で行われるようだ。
「もしかして、他の奴らが表の演習場で行われるのって……」
「そうかもしれないしそうじゃないのかもしれない。でも地下はお前の為だけに空けたそうだから、出来れば勝てよ。勝たなきゃ何のために空けたんだって事だからな」
「無理言うなってんだ。どうやって勝てってんだよ」
もう後には退けないだろうし、ここまで鍛えてもらって諦めるという選択肢はない。もう前に進む道しか残されていない。
退くな。恐れるな。聖女の兄として、『悪夢』の弟子として。騎士を目指す一人の青年として。目の前の全てを恐れるな。
心の中で反芻する言葉は、己の決意を表している。この言葉を胸に刻み、アルドは絶対に勝利を掴む。勝利を掴まなければいけない。
勝利を……『勝利』を。
地下演習場の広大さを見てしまうと、地上の演習場に広さを感じていた自分がいっそ馬鹿らしくなる。同時に、城以上に広大なこの演習場を自分との闘いの為だけに空けてくれた騎士団長には感謝しかない。ここは二人で使うにはあまりに広すぎる。敷地の無駄遣いだ。
「君がアルド・クウィンツか」
騎士団長、リューゼイ・クラットはそこに立っていた。アルドに対して何の偏見も持たぬまま、只一人の騎士を見据えるように。
鋭すぎる眼力は本当に物体を切れそうなものだが、ここで怖気づいては何も始まらない。アルドは地上最強なのだ。今だけは、少なくとも。
だから負けじと見つめ返す。ここで刃物が首を通り過ぎようと関係ない。それは全然、負ける事には関係ない。
「……ほう」
リューゼイの鎧は既に著しく欠損しており、最早使い物にはなっていない。『悪夢』との戦闘の結果だろうが、死んでいないリューゼイもリューゼイである。回復を行わない所を見ると、回復をしない取り決めなのか、或いは回復できないのか。
しかしそれでもその瞳は未だ刃物のようにぎらついている。油断は禁物だ。傷だらけになっていたところで団長は団長。その強さに一切の衰えはない。
「初めまして、騎士団長。最早有名となりつつあるとは思いますが、アルド・クウィンツです」
「ああ、知っているよ。初めましてアルド。私は君とは面識がないが、それでも君の噂は聞いているよ」
知っている。この国に居てアルドについて知らないモノは殆どいない。そして知っているからこそ街の皆は辛辣な態度を崩さない。
だからアルドは驚いた。騎士団長の偏見を持たない姿に。
「偏見を持たないのはおかしいかな? 騎士団長には俯瞰的な視点も必要だ、偏ったモノの見方をしていては馬鹿者ばかりの騎士団を統率する事等出来はしない。それとも、偏見を持っていたほうがやりやすかったか?」
「いえ、そういう考えでおられるのであれば、私としてはそのままの方がやりやすいですね」
『悪夢』の傍から離れて、アルドは迷いなく数歩を歩む。丁度リューゼイの真正面に来るように。
「いい心がけだ。騎士の戦いとはそうでなくてはならない」
リューゼイは口元を綻ばせて抜刀。その刃を演舞さながらに振り回し、
「さあ掛かってこいアルド・クウィンツ。貴様の実力、確かめさせてもらおう!」
その切っ先がアルドに向けられたと同時に、アルドもまた力強い一歩を踏み出した。
この一か月、やるべき事をやった。修めるべき全てを修めた。『悪夢』の知る剣技を。アルドの剣技を。その全ては清廉で、強力で、無駄が無い。一撃一撃が常に最大威力を保たれており、騎士の修練に義務付けられている型よりか、幾分隙も無い。教えられたとおりの事を完璧に出す事が出来るのなら、アルドは難なくこの試験を通過できるだろう。問題は、それが出来るかどうかである。
「そう、大丈夫、大丈夫だ……俺は、出来る」
「ああそうだ。お前は出来る、自信を持て」
そう。俺なら出来―――
「『悪夢』ッ? お前どうやって城に入ったんだよ!」
「城壁を飛び越えた」
やってる事が人外すぎる。というか無許可なのに、ここに居て大丈夫なのか。
「問題ない、先程騎士団長から許しを物理的に得てきた。十二秒と想定外にてこずったが、まあ全然間に合ったようで良かったよ」
仮面を外した所でその表情は仮面でもつけてるのかと思う程に動かない。その言葉も自慢のようにしか聞こえないが、この男からすれば全然自慢でも何でもないのだろう。それで尚の事腹が立つのは仕方ない事なので諦めておく。
「何の用だよ、まさか観戦って訳でもないだろう」
『悪夢』なら許可何て取らなくても観戦なんて訳無い。騎士団長をぼこぼこにする必要性はどこにもない。『悪夢』は何故か自分に関わると短絡的な行動に出る事が多いが、少なくともそこまで馬鹿ではない。
「おい何だよアイツ」
「アイツがアルドの師匠らしいぜ?」
「なーんか弱そうだな」
散々な言われようだが、最後の声に関しては的外れもいい所だ。こいつで弱いのなら世界大抵の奴はとんでもない雑魚になる。『勝利』くらいしかまともな強さは得られまい。
「……ここで言ってしまっていいのか」
「言えよ。別に大したことでも無いだろう」
「そうか。じゃあ言ってやろう。アルド。お前の今回の試験の相手は、リューゼイ・クラット。騎士団長様だ」
は?
「ちょ、ちょっと待てや。お、俺の試験の相手、こいつらじゃないのかッ?」
「それに関してはリューゼイから聞け。ついてこい」
ちょっと何言ってるか分からない。『悪夢』の最初の雰囲気がアルドの心の中で崩れている。最初こそ『不気味の塊』だったが、今じゃあ『阿呆な事ばっかりする頭のおかしい男』だ。こんな常識知らずな奴が居るとはそれこそ『悪夢』だが、ここは現実。夢のように覚める事はない。
それにしても、実に迷惑な話だ。勝手に啖呵を切られた上に、戦う相手は騎士団最強の団長。
「―――分かったよ」
諦めた様にアルドは歩き出す。一歩踏み出すたびに体が重くなったような気がするが、きっと気のせいだろう。
納得の行く説明が得られたかと言えば、肯定しよう。確かに自分は魔力も無ければ剣術にもさしたる才能はない。故にこそ最強の騎士団長と戦い勝利すれば、自らを見下す者達も対等に接せざるを得なくなる。
筋は通っている。通っているとも。飽くまで一人の挑戦者として見下さない団長の心根も評価できるとも。だが、そもそもそこには問題がある。……最強の騎士団長たるリューゼイに、勝てるのかという事だ。
アルドは確かにこの一か月、やるべきことをやってきた。だがそれが強さにそのまま直結するとは限らないし、仮に直結したところでそもそも勝てるかどうか。先程までに培ってきた自信が一瞬で崩れ去ってしまった。
「我と戦った直後だ、団長も弱体化している。今のお前でも十分倒せる程だろう」
そんな訳が無い。瀕死だったところでその立ち回りには微塵も衰えはないだろう。『悪夢』の実力評は正直あてにならないのだ。圧倒的頂点から下される評を信じてはいけない。特にアルドのような圧倒的底辺は。
演習場からは既に離れてしまっており、二人の居る位置は恐らく城の片隅。演習場というよりかは詰め所がありそうだが、『悪夢』は歩みを止める処かむしろ早めていく。石畳に響く足取りは余計に歩みを早く感じさせる。
「じゃあまあ、ここを降りるぞ」
足元の階段は地下に続いているようで、どうやら団長との一騎打ちは地下の演習場で行われるようだ。
「もしかして、他の奴らが表の演習場で行われるのって……」
「そうかもしれないしそうじゃないのかもしれない。でも地下はお前の為だけに空けたそうだから、出来れば勝てよ。勝たなきゃ何のために空けたんだって事だからな」
「無理言うなってんだ。どうやって勝てってんだよ」
もう後には退けないだろうし、ここまで鍛えてもらって諦めるという選択肢はない。もう前に進む道しか残されていない。
退くな。恐れるな。聖女の兄として、『悪夢』の弟子として。騎士を目指す一人の青年として。目の前の全てを恐れるな。
心の中で反芻する言葉は、己の決意を表している。この言葉を胸に刻み、アルドは絶対に勝利を掴む。勝利を掴まなければいけない。
勝利を……『勝利』を。
地下演習場の広大さを見てしまうと、地上の演習場に広さを感じていた自分がいっそ馬鹿らしくなる。同時に、城以上に広大なこの演習場を自分との闘いの為だけに空けてくれた騎士団長には感謝しかない。ここは二人で使うにはあまりに広すぎる。敷地の無駄遣いだ。
「君がアルド・クウィンツか」
騎士団長、リューゼイ・クラットはそこに立っていた。アルドに対して何の偏見も持たぬまま、只一人の騎士を見据えるように。
鋭すぎる眼力は本当に物体を切れそうなものだが、ここで怖気づいては何も始まらない。アルドは地上最強なのだ。今だけは、少なくとも。
だから負けじと見つめ返す。ここで刃物が首を通り過ぎようと関係ない。それは全然、負ける事には関係ない。
「……ほう」
リューゼイの鎧は既に著しく欠損しており、最早使い物にはなっていない。『悪夢』との戦闘の結果だろうが、死んでいないリューゼイもリューゼイである。回復を行わない所を見ると、回復をしない取り決めなのか、或いは回復できないのか。
しかしそれでもその瞳は未だ刃物のようにぎらついている。油断は禁物だ。傷だらけになっていたところで団長は団長。その強さに一切の衰えはない。
「初めまして、騎士団長。最早有名となりつつあるとは思いますが、アルド・クウィンツです」
「ああ、知っているよ。初めましてアルド。私は君とは面識がないが、それでも君の噂は聞いているよ」
知っている。この国に居てアルドについて知らないモノは殆どいない。そして知っているからこそ街の皆は辛辣な態度を崩さない。
だからアルドは驚いた。騎士団長の偏見を持たない姿に。
「偏見を持たないのはおかしいかな? 騎士団長には俯瞰的な視点も必要だ、偏ったモノの見方をしていては馬鹿者ばかりの騎士団を統率する事等出来はしない。それとも、偏見を持っていたほうがやりやすかったか?」
「いえ、そういう考えでおられるのであれば、私としてはそのままの方がやりやすいですね」
『悪夢』の傍から離れて、アルドは迷いなく数歩を歩む。丁度リューゼイの真正面に来るように。
「いい心がけだ。騎士の戦いとはそうでなくてはならない」
リューゼイは口元を綻ばせて抜刀。その刃を演舞さながらに振り回し、
「さあ掛かってこいアルド・クウィンツ。貴様の実力、確かめさせてもらおう!」
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