ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

あの時の言葉を

 それから始まったのは過酷な毎日。剣を振っては、走るだけの、単調な毎日。当然ながら皆は嘲笑した。
『できる訳も無いのに』
『空しい努力だ』
 その言葉にいつも折れかけた。でも、それでも。『悪夢』がそいつらに言い返してくれたから。


「出て来いよ、誰だ言った奴は? アルドを馬鹿にする奴はすべからく殺すぞ。お前達はこいつの何を知ってるんだ? 何を理解してるんだ? 一か月後、アルドは必ず試験に合格するだろう。その時、お前達は馬鹿に出来るか? 魔力がない癖に、才能が無いくせに入団できた奴を馬鹿に出来るか? 魔力がある癖に、才能がある癖に落ちて、それでも無い奴への罵倒ばっかしてる奴の方がよっぽど阿呆としか思わないのか? なあ、出て来いよ。正体を悟られたくもない癖に言葉ばかり投げるチキン野郎が。今おかしなことを宣った奴等三十と二人。全員の顔を記憶させてもらった。いいか? 罵倒はアルドが試験を落ちてから言え。それまでに罵倒をほざいてみろ、無関係のお前らの家族を皆殺しにして家の屋根に磔にしておくからな?」


 多少過保護で無茶苦茶かもしれないが、以降、罵倒はぱったりと無くなった……脅しだとは思わないらしい。あの凄い剣幕でそう言われてはそれも無理はないが。妹もその言動には驚いていたが、『そんな事をするような人じゃない』らしいので、多分厄介事にはなるまい。
 妹が居て、『悪夢』がいて、自分が居て。もう誰も自分の心を折る事は無くなった。後は、頑張るのみだ。
 一日二日では変化はない。三日四日でも。五日六日でも。
 一週間が経った。三歩ほど『悪夢』を動かす事に成功した。それでも普通にぼろ負けだったのが悔しいが、この調子なら一か月後には『悪夢』とまともに戦えそうだ。
 二週間が経った。『悪夢』に初めて防御をさせた。それでも普通にぼろ負けだったのが悔しいが、この調子ならもう少しには『悪夢』を超えられそうだ。
 三週間が経った。『悪夢』の武器を初めて折った。それでも普通にぼろ負けだったのが悔しいが、この調子なら後一歩で『悪夢』を赤子扱いできそうだ。




 痛い。
 体の節々が色々痛い。なんかもう痛みを超越した痛みだ。傷は全然回復されている為に残っていないのに、一体何が痛いのだろうか。存在箇所が多すぎて逆にどこが痛いのか分からない。
「後、一週間……」
 正直、長い。もうこの一週間はずっと休みに充てていたいが、不思議とそんな気分にはなれなかった。むしろこの疲れは何故だかとても懐かしいモノに感じるし、戦っている時が一番充実している。この懐かしい気持ち……何だろうか。思い出せとは、こういう事なのだろうか。
 そう考えると、確かに試験に挑めば、何かが分かる……何故だかそう思える。試験に挑めば、忘れていた全てを思い出せる。確証は無いが、それでも。
「お兄ちゃん……」
 イティスの言葉は寝言に過ぎない。たとえ自分の身を案じるかのような言葉だったとしても。
 ……この妹が居てくれたから、自分はここまで、生きてこれた。嘘ではない。妹など居ないのであればアルドは何処かでとっくに自害していた。それをこの妹は……その存在を以て、アルドを止めてくれたのだ。
 目線を移動させ、声を掛ける。返事はなくても良かった。
「イティス。俺だってお前の事大好きだよ、愛してる。お前が良い男を見つけて幸せになるまで、俺は死んでもお前を守るから……今の俺にはきっとそれくらいの力はあるから。……だから、イティス。変な話だけど、幸せになってくれよ。俺もお前の心配なんていらないくらい、強くなるから」
 返ってくる寝息。その意識は未だ夢の中にあり、アルドの本心など聞いてもいない。
「……強く、ならないと」
 残り一週間。全力で、挑もう。自分の為ではなく、他の誰かの為に。
















 一週間が経ち、城門には幾つもの若き騎士志望の少年少女が集っていた。何やら重い鎧を付けている者から、麻布のボロい服を着ているものまで様々。魔術書を読んでる奴においては今更遅い気もするが、突っ込まないのが優しさかもしれない。
 無論そこにアルドの姿はあった。集団から外れてはいるが、アルドもまたこの試験を受けるのだ。周りの嘲りなどもう耳に入らない。そんな余裕など持っていられない。
―――『悪夢』からの言葉を、アルドはきっと忘れない。その言葉を胸に刻んでさえいれば、きっと強くなれる。きっと最強になれる。
「今だけは俺が……地上最強」
 自分の口ではっきりと言って/自分の言葉を口にして、闘志を湧きたてる/僅かな微笑みを浮かべる。もう迷わない……絶対に。
 頃合いを見ていた騎士が、どこか探りを入れるような感じで、大きく叫ぶ。
「あーあー。それじゃあ、これ以降の募集は無し! ここに居る全ての人間を以て、締め切るモノとする。それでは騎士の卵たる諸君! 諸君らを城の演習場に案内する! ついてきたまえ!」
 これからの戦いに胸を高鳴らせながら、アルドは初めて/久しく騎士志望として、城の石畳を踏みしめた。


 









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