ワルフラーン ~廃れし神話
悪夢
もう一度会えればとは言ったが、少なくとも本当に出会えるとは思っていなかった。只一度だけ現れた、奇跡のような男だと、そう思っていた。
だが何の事はない。男は立っている。自らを『悪夢』と名乗り、そこに立っている。一切気づかれず、一切認識されず、そこに居た。
「お、お前がイティスにあれを教えた……」
「『廻棄』は別に大した魔術じゃない。あれは只の契約に過ぎない」
「契約?」
『悪夢』は何も語らない。詳細は何であれ語りたくないのだろう。あんな魔術知れ渡れば、使うモノが増えてしまう。
いや、この際あの魔術の事はどうでもいい。アルドには色々知りたい事がある。
「どうしてお前は俺の事情を知っていた」
「時間を遡れるのであれば、そのくらいの事理解できるとも。今回の事は……少しばかり事情が違うが」
事情が違う……どういう事だろうか。アルドの感じている違和感に関係ありそうだが、今はいいか。イティスが何かを言おうとしているようだし。
「アルプさん、有難うございました。貴方のお陰でお兄ちゃんも、この子も助かって―――」
『悪夢』は少しだけ複雑そうな表情を浮かべると、イティスの頭をそっと撫でた。「気持ちが、分かった」等と呟いて。
イティスは彼を悪い人間ではない、と評していたが、アルドからも改めてその評を下そう。イティスの手を撫でるその手はとても優しい。まるでそういう誰かを知っているかのようにぎこちないが、それでもその優しさはまがい物ではない。
何よりアルドを見ても何も驚かない。嫌悪しない。その強さに執着しない精神性は、こちらとしても好感が持てる。敵意を持つ気分にはなれそうもない。
「アルド、少しだけ表へ出ろ」
『悪夢』の姿が掻き消えるとともに、外の窓に現れる。普通に扉を開けて出るってことを知らないのだろうか、この男は。良い人ではあるが、とてつもない変人である。
後を追うようにアルドも家の外へ出る。ちゃんと玄関を通って。
「で、何の話なんだ?」
「違和感を感じなかったか?」
「は?」
前振りもなく切り出されても、咄嗟には答えられない。少し口の中で言葉を転がしつつアルドは答える。
「三回とか四回とか……でもそれがどうかしたか」
「……悪心、隠匿、暴虐、殺戮、背徳。この五つの法を意識しておけ。そしてその上で言わせてもらおう、思い出せ、アルド。そうしなきゃお前は、永久に後悔する事になる。そして思い出したその時、お前のするべき罪を犯すんだ―――」
「ちょ、ちょっと待て!」
一度に押し寄せる情報量が多すぎる。アルドは両手で制止を掛けて、必死にその情報を理解する。
「……思い出すって何の事だ、それにどうやって思い出せばいい?」
「……一か月後。騎士団の入団試験がある筈だ。お前はそれに行き、そして勝て」
アルドが目を背けてきたそれを、『悪夢』は特に動揺することも無くはっきりと告げた。
騎士になれないと言われてきた。
お前に誰が救えるんだと言われてきた。
皆から期待されていなかった。
皆から望まれていなかった。
だからアルドは騎士を諦めた。なった所で害しか生み出さないというのなら諦めて正解だと、アルド自身もそういった。
しかしこの男は、
「……ちょ、ちょっと待てよ。俺の事情を知ってるんだろ、どうしてそんな事を言うんだよ! 俺には魔力が無いし、剣の才能何て―――!」
当たり前のように言ってきたその言葉。勝てという、信じるような、試すような言葉。
「才能がどうした? 俺の知るアルドはそんな軟弱者じゃないぞ」
「てめえに俺の何が分かるんだよ!」
「では、お前に我の何が分かる?」
知らない。会ったばかりの人間の事なんて、何一つ分かる事なんてない。それはこの男も同じ筈だ……いや、そうでなくてはいけない。
「我はお前を知っている。誰よりも弱いが、それを言い訳にせず、必死に見栄を張って最強で在ろうとしている事を知っている。周りの天才に追い越されないよう、必死に努力している事を知っている……お前はまだ、始まっていない。だからまだ終わらない。諦めるな、アルド。アルド・クウィンツ」
「……だが俺はどうやって勝てば」
そう。結局のところ、そこに落ち着く。どんな綺麗事を語ったって、どんな励ましをしたって、結局の所、才能のある人間には勝てない。どうやっても勝てない。努力だけでは勝てない。他の奴らの才能、この男は知らないのだ。自分より何倍も鋭い斬撃、強すぎる魔術。きっときっと、どうやっても勝てない。
『悪夢』/ は、飽くまで冷静に、
「一か月、私が師匠になってやる。お前に、お前の剣技を教えてやる。我が知る剣技。我が覚えた全ての剣を……最後に問おう。お前は、何に掛けても誰かに勝ちたいと思えるか? 自分自身の諦めを、否定できるか?」
頷くことは簡単。しかし決意はそう簡単にできるモノじゃない。何に掛けてもというのは、それ程までに重い言葉だ。
俺は/私は………………決まっている。自分を心配してくれる、信頼してくれる妹/大切な者達の為にも、やり遂げる/やらなければならない。絶対に。
だが何の事はない。男は立っている。自らを『悪夢』と名乗り、そこに立っている。一切気づかれず、一切認識されず、そこに居た。
「お、お前がイティスにあれを教えた……」
「『廻棄』は別に大した魔術じゃない。あれは只の契約に過ぎない」
「契約?」
『悪夢』は何も語らない。詳細は何であれ語りたくないのだろう。あんな魔術知れ渡れば、使うモノが増えてしまう。
いや、この際あの魔術の事はどうでもいい。アルドには色々知りたい事がある。
「どうしてお前は俺の事情を知っていた」
「時間を遡れるのであれば、そのくらいの事理解できるとも。今回の事は……少しばかり事情が違うが」
事情が違う……どういう事だろうか。アルドの感じている違和感に関係ありそうだが、今はいいか。イティスが何かを言おうとしているようだし。
「アルプさん、有難うございました。貴方のお陰でお兄ちゃんも、この子も助かって―――」
『悪夢』は少しだけ複雑そうな表情を浮かべると、イティスの頭をそっと撫でた。「気持ちが、分かった」等と呟いて。
イティスは彼を悪い人間ではない、と評していたが、アルドからも改めてその評を下そう。イティスの手を撫でるその手はとても優しい。まるでそういう誰かを知っているかのようにぎこちないが、それでもその優しさはまがい物ではない。
何よりアルドを見ても何も驚かない。嫌悪しない。その強さに執着しない精神性は、こちらとしても好感が持てる。敵意を持つ気分にはなれそうもない。
「アルド、少しだけ表へ出ろ」
『悪夢』の姿が掻き消えるとともに、外の窓に現れる。普通に扉を開けて出るってことを知らないのだろうか、この男は。良い人ではあるが、とてつもない変人である。
後を追うようにアルドも家の外へ出る。ちゃんと玄関を通って。
「で、何の話なんだ?」
「違和感を感じなかったか?」
「は?」
前振りもなく切り出されても、咄嗟には答えられない。少し口の中で言葉を転がしつつアルドは答える。
「三回とか四回とか……でもそれがどうかしたか」
「……悪心、隠匿、暴虐、殺戮、背徳。この五つの法を意識しておけ。そしてその上で言わせてもらおう、思い出せ、アルド。そうしなきゃお前は、永久に後悔する事になる。そして思い出したその時、お前のするべき罪を犯すんだ―――」
「ちょ、ちょっと待て!」
一度に押し寄せる情報量が多すぎる。アルドは両手で制止を掛けて、必死にその情報を理解する。
「……思い出すって何の事だ、それにどうやって思い出せばいい?」
「……一か月後。騎士団の入団試験がある筈だ。お前はそれに行き、そして勝て」
アルドが目を背けてきたそれを、『悪夢』は特に動揺することも無くはっきりと告げた。
騎士になれないと言われてきた。
お前に誰が救えるんだと言われてきた。
皆から期待されていなかった。
皆から望まれていなかった。
だからアルドは騎士を諦めた。なった所で害しか生み出さないというのなら諦めて正解だと、アルド自身もそういった。
しかしこの男は、
「……ちょ、ちょっと待てよ。俺の事情を知ってるんだろ、どうしてそんな事を言うんだよ! 俺には魔力が無いし、剣の才能何て―――!」
当たり前のように言ってきたその言葉。勝てという、信じるような、試すような言葉。
「才能がどうした? 俺の知るアルドはそんな軟弱者じゃないぞ」
「てめえに俺の何が分かるんだよ!」
「では、お前に我の何が分かる?」
知らない。会ったばかりの人間の事なんて、何一つ分かる事なんてない。それはこの男も同じ筈だ……いや、そうでなくてはいけない。
「我はお前を知っている。誰よりも弱いが、それを言い訳にせず、必死に見栄を張って最強で在ろうとしている事を知っている。周りの天才に追い越されないよう、必死に努力している事を知っている……お前はまだ、始まっていない。だからまだ終わらない。諦めるな、アルド。アルド・クウィンツ」
「……だが俺はどうやって勝てば」
そう。結局のところ、そこに落ち着く。どんな綺麗事を語ったって、どんな励ましをしたって、結局の所、才能のある人間には勝てない。どうやっても勝てない。努力だけでは勝てない。他の奴らの才能、この男は知らないのだ。自分より何倍も鋭い斬撃、強すぎる魔術。きっときっと、どうやっても勝てない。
『悪夢』/ は、飽くまで冷静に、
「一か月、私が師匠になってやる。お前に、お前の剣技を教えてやる。我が知る剣技。我が覚えた全ての剣を……最後に問おう。お前は、何に掛けても誰かに勝ちたいと思えるか? 自分自身の諦めを、否定できるか?」
頷くことは簡単。しかし決意はそう簡単にできるモノじゃない。何に掛けてもというのは、それ程までに重い言葉だ。
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