ワルフラーン ~廃れし神話
正体解明の為に
一日が過ぎて、時刻は昼。教会内で調べ物をするイティスと違って、アルドは唯一出入りの可能な城の書庫へ行くことにした。本は借りられないが、閲覧の権利くらいはある。罵倒を受けながらの読書はもう慣れたし、躊躇など存在しない。
久しく行ってなかったのもあって少し緊張したが、いつもの空気を感じ取り、ほっと一息。いつもの殺気の混じった視線も健在で、嬉しい限りだ。
―――さて、魔術の本はと。
この膨大な書物から必要なモノを探り当てるには魔力探知を使うのだが、そんなモノが使えないアルドはもう記憶力だけで探すしかない。
「確か六十四番目の棚の……」
そう漏らすアルドを誰もが見ていた。驚いているのかはたまた馬鹿にしているのか……どうでもいいか。
『上位魔術の性能と指導法』
『極位へ至るモノへ』
『終位を唱えるモノ』
適当に書物を捲ってみるが、そんな詳細が書かれている魔術はない。ここまで調べて収穫なしと来ると、いよいよもって、魔力消費のない魔術を調べている自分が馬鹿らしくなってくる。幻想だったのではと自らを疑いたくなる。
せめて本人が登場してくれれば少しはこの疑いも晴れるのだが……
「なんだ、まーた落ちこぼれが本読んでやがるぜ。意味のねえ本を読みやがって。落ちこぼれは落ちこぼれらしく、英雄譚でも読んでその気分にでも浸ってな」
……イティスは魔術だと言ったが、果たして本当に魔術か? 特異体質とかその手の類ではないのか? 仮にそうだとしたら調べる手段はない。特異体質の人間は歴史上誰一人として捕まえられていないのだ、そのあまりの強さ故に。
だから解剖も、研究も出来ない。ある意味ではアルドも特異体質と言えるが、そのあまりの弱さゆえに調べられていない。そんな価値も無い。
「おいおーい。長年の付き合いだろ? おいおい。無視とか幼馴染みにする事じゃねえだろ?」
……ひょっとして、神造魔術か?
可能性は無いとは言えない。そんなふざけた魔術など最早それくらいしか考えられない。使い手などいないと思われたが……
「おーいなあふざけんなよ。この俺がゴミに話しかけてんだぞ? 反応くらい返してくれてもいいじゃないか?」
……書庫にはなさそうだ。もう調査が出来る所もないし、家に帰るか……
「おい、アルド!」
落ち込んだ気分を引きずったままに振り返るが、そこには何の事はない幼馴染が立っていた。非常にご立腹の様子だが、騎士団内で何か嫌な事でもあったのだろうか。
「何だよ、リーリタ。お前の相手なんてしてられる程元気ないんだ。もう罵倒は分かったから、頼むから今日は構わないでくれ」
「むっ。た、確かに今のお前は疲れているな。今のお前を罵っても面白くなさそうだ……どうかしたのか?」
「ああいいよ別に。騎士は忙しいだろ? 俺なんかに時間を費やす暇があったらもっと精進しろ、じゃあな」
他の騎士の嘲笑を背中に受けながら、アルドは書庫を去る。
騎士達が元気そうで何よりだ。
ただいま。
疲れ気味にそう言おうと、返ってくる言葉はない。ベッドに横たわる少女は、未だ目を覚まさない。アルドはベッドの端に腰を掛けて、布団の下にある手を優しく握る。
「……お前、どうして騎士なんかに狙われてたんだ?」
アルドには守る力が無い。それでも、それだけは知りたい。自分に価値があるのは認めよう。イティスにそう言われた、自分には確かに兄の価値がある。
しかし、この命に価値はない。生きる目標を失った自分の命に価値はない。だからこの少女を守る為なら、大切な妹を守る為なら、アルドは喜んでこの命を盾としよう。
「お前を守れるくらい、妹を守れるくらい強ければ……俺は」
それは叶わない。自分には何の才能も無い。そんなモノは理想でしかない。今の自分が出来る事等、こうやって手を握って祈る事だけ。
――――――――――――――――――――――――――様。
……感じる違和感。もう何度も感じたかも分からない程の、気にも留める価値のない些細な違和感。おかしい。何かがおかしい。それを知る筈がないのに、何故だかそれがとても大切なモノのように思えてしまう。
…………分からない/分かりたくない。思い出せない/思い出したくない。俺が/私は、何を忘れている……何もかも忘れている/思い出せない。一体何を―――
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
玄関では、イティスが心配そうな表情を浮かべて立っている。都合でもつけて早く帰ってきたのだろうか。」
「……いや、お前が会った奴の正体が掴めなくてな、何だかもどかしいというか不気味というか……なあ?」
「むー、またお兄ちゃん嘘ついてる。今回は事情が違いそうだから見逃すけど、いつかちゃんと話してね……?」
「―――すまん」
一瞬でバレた。流石に妹には何も通じない。
「それで、どうだったんだ? 俺は書庫に行ったが収穫なし、そんな魔術は存在しなかったよ」
記憶を掘り返し、再び全ての書物を読み上げる。……無い。イティスも首を振るだけで特に何かを見つけたという訳ではないらしい。調査は進むことなく振り出しに戻りそうだ。
「……情報が足りなさ過ぎる。本当に何者なんだ」
「もう一度会えたら、色々聞けるんだけどね……」
「何か用か? イティス・クウィンツ。そしてアルド」
入ってくる気配はなかった。魔力の乱れも無かった。それなのにそいつは、そこにいた。
今度は仮面を外して。
「手の打ちようが無かったものでな、こうしてお邪魔させてもらった。我の名はアルプ・ドラウム。とは言ったが、実際名前など無くてな。好きに呼ぶといい」
重苦しい殺気を振りまく奴等よりも強く、他のどんな奴よりも余裕を持っているアルプ・ドラウムは、淡白にそう言った。
久しく行ってなかったのもあって少し緊張したが、いつもの空気を感じ取り、ほっと一息。いつもの殺気の混じった視線も健在で、嬉しい限りだ。
―――さて、魔術の本はと。
この膨大な書物から必要なモノを探り当てるには魔力探知を使うのだが、そんなモノが使えないアルドはもう記憶力だけで探すしかない。
「確か六十四番目の棚の……」
そう漏らすアルドを誰もが見ていた。驚いているのかはたまた馬鹿にしているのか……どうでもいいか。
『上位魔術の性能と指導法』
『極位へ至るモノへ』
『終位を唱えるモノ』
適当に書物を捲ってみるが、そんな詳細が書かれている魔術はない。ここまで調べて収穫なしと来ると、いよいよもって、魔力消費のない魔術を調べている自分が馬鹿らしくなってくる。幻想だったのではと自らを疑いたくなる。
せめて本人が登場してくれれば少しはこの疑いも晴れるのだが……
「なんだ、まーた落ちこぼれが本読んでやがるぜ。意味のねえ本を読みやがって。落ちこぼれは落ちこぼれらしく、英雄譚でも読んでその気分にでも浸ってな」
……イティスは魔術だと言ったが、果たして本当に魔術か? 特異体質とかその手の類ではないのか? 仮にそうだとしたら調べる手段はない。特異体質の人間は歴史上誰一人として捕まえられていないのだ、そのあまりの強さ故に。
だから解剖も、研究も出来ない。ある意味ではアルドも特異体質と言えるが、そのあまりの弱さゆえに調べられていない。そんな価値も無い。
「おいおーい。長年の付き合いだろ? おいおい。無視とか幼馴染みにする事じゃねえだろ?」
……ひょっとして、神造魔術か?
可能性は無いとは言えない。そんなふざけた魔術など最早それくらいしか考えられない。使い手などいないと思われたが……
「おーいなあふざけんなよ。この俺がゴミに話しかけてんだぞ? 反応くらい返してくれてもいいじゃないか?」
……書庫にはなさそうだ。もう調査が出来る所もないし、家に帰るか……
「おい、アルド!」
落ち込んだ気分を引きずったままに振り返るが、そこには何の事はない幼馴染が立っていた。非常にご立腹の様子だが、騎士団内で何か嫌な事でもあったのだろうか。
「何だよ、リーリタ。お前の相手なんてしてられる程元気ないんだ。もう罵倒は分かったから、頼むから今日は構わないでくれ」
「むっ。た、確かに今のお前は疲れているな。今のお前を罵っても面白くなさそうだ……どうかしたのか?」
「ああいいよ別に。騎士は忙しいだろ? 俺なんかに時間を費やす暇があったらもっと精進しろ、じゃあな」
他の騎士の嘲笑を背中に受けながら、アルドは書庫を去る。
騎士達が元気そうで何よりだ。
ただいま。
疲れ気味にそう言おうと、返ってくる言葉はない。ベッドに横たわる少女は、未だ目を覚まさない。アルドはベッドの端に腰を掛けて、布団の下にある手を優しく握る。
「……お前、どうして騎士なんかに狙われてたんだ?」
アルドには守る力が無い。それでも、それだけは知りたい。自分に価値があるのは認めよう。イティスにそう言われた、自分には確かに兄の価値がある。
しかし、この命に価値はない。生きる目標を失った自分の命に価値はない。だからこの少女を守る為なら、大切な妹を守る為なら、アルドは喜んでこの命を盾としよう。
「お前を守れるくらい、妹を守れるくらい強ければ……俺は」
それは叶わない。自分には何の才能も無い。そんなモノは理想でしかない。今の自分が出来る事等、こうやって手を握って祈る事だけ。
――――――――――――――――――――――――――様。
……感じる違和感。もう何度も感じたかも分からない程の、気にも留める価値のない些細な違和感。おかしい。何かがおかしい。それを知る筈がないのに、何故だかそれがとても大切なモノのように思えてしまう。
…………分からない/分かりたくない。思い出せない/思い出したくない。俺が/私は、何を忘れている……何もかも忘れている/思い出せない。一体何を―――
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
玄関では、イティスが心配そうな表情を浮かべて立っている。都合でもつけて早く帰ってきたのだろうか。」
「……いや、お前が会った奴の正体が掴めなくてな、何だかもどかしいというか不気味というか……なあ?」
「むー、またお兄ちゃん嘘ついてる。今回は事情が違いそうだから見逃すけど、いつかちゃんと話してね……?」
「―――すまん」
一瞬でバレた。流石に妹には何も通じない。
「それで、どうだったんだ? 俺は書庫に行ったが収穫なし、そんな魔術は存在しなかったよ」
記憶を掘り返し、再び全ての書物を読み上げる。……無い。イティスも首を振るだけで特に何かを見つけたという訳ではないらしい。調査は進むことなく振り出しに戻りそうだ。
「……情報が足りなさ過ぎる。本当に何者なんだ」
「もう一度会えたら、色々聞けるんだけどね……」
「何か用か? イティス・クウィンツ。そしてアルド」
入ってくる気配はなかった。魔力の乱れも無かった。それなのにそいつは、そこにいた。
今度は仮面を外して。
「手の打ちようが無かったものでな、こうしてお邪魔させてもらった。我の名はアルプ・ドラウム。とは言ったが、実際名前など無くてな。好きに呼ぶといい」
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