ワルフラーン ~廃れし神話
罪の記憶に彼は忘却を選ぶ
森には様々な草がある。毒草から薬草に終わり、もしかすれば霊草なんてある場合も……大抵は害にも毒にもならぬ雑草ばかりだが、しかし。もうここに何回も訪れているアルドだ、どれが喰っていいモノかくらいの判別はついている。慣れた手つきで草を摘んでいくその様は、幾度となくこの森を訪れた証でもある。
吹き抜ける風は緑を運び。人々に癒しと活気を与える。アルドもこの森と妹という支えが無ければ、即座に何処かで自害を選んでいただろう。
妹という存在を覗けば、アルドの味方はこの森だけ。この森こそが、アルドにとって唯一の親友。
……もう、慣れたけどな。
こんな寂しい人間を相手してくれるのは森だけ、なんて。一層寂しい気分になったのも今では遠い昔の事だ。今はもう慣れたというか考えるのを辞めたというか、そうしなければ虚しさのあまり自害してしまいそうというか。
一通り集めた薬草を脇に置くと、アルドは緊張の糸が解れたかのようにその場に倒れこんだ。
「ああ、疲れた……」
こんなアニキを持った妹の方が苦労しているのは分かっているのだが、それでも言わせてほしい。
何もかも疲れた。人間関係に疲れた。生きる事に疲れた。騎士になる事を諦めて、それだけで全てが終わるのならまだ良かった。一切の人間関係が消去されるならそれで良かった。しかし騎士になる事を諦めても、恐らくアルドが国を出たとしても、きっと周囲からの非難は終わらない。アルドが魔力を持たない限り、アルドがイティス・クウィンツの妹である限り。永遠に。
「……はあ」
何時間居ようと最後は家に戻らなければならず、そうなればまた疲れる事になる。ああ、疲れたくない。もう限界だ。願う事なら自分の記憶を皆から消し去り、この森で全てを終わらせたい。そんな願いが叶う事が無いと分かっていても、それでも……
アルドはいつものように跳ね起き、脇に置いた薬草を持ち上げる。今回もかなり採集できた。暫くの食事には困る事も無いだろう。そんな事を考えながら、アルドが森を出ようとした、直前。
「誰か……助けて……………がい」
――――――――――――――――――――――――――――――。
消えかけた灯のような微かな声。紛れもなく誰かの助けを求めている、命の声。しっかりと聞いていたためか、その声の主が何処にいるか、アルドには直ぐに分かった。向かって東の茂みの奥だ。
そこに倒れていたのは、一人の少女。自分と同じくらいの年齢の、随分とゆとりのある衣服を着た、傷だらけの少女。
片足の切断面からは骨が見え、その背中には何本もの剣が刺さっている。どれも的確に急所を貫いている所を見ると、助かるようにはとても思えないが、放っても置けない。
「大丈夫かッ?」
アルドは薬草をその場に落として、駆け寄る。治癒魔術などできるはずがないので、アルドにはつきそう事しか……いや、待て。
この娘を薬屋に運べば、何とかなるのではないか。急所を貫いているとは言ったが、この少女には未だ息がある。
その矮躯を背負えるかと聞かれれば自信をもって頷ける。間に合うかどうかは知らないが、やってみる価値は在る筈だ。
「おい、何をしている」
背後からは隠す気のない殺気。鋭い声は、まるで罪人の罪を咎めるかのよう。
「……何を、しているか、だって?」
「今すぐに答えろ。時間稼ぎは無駄でしかないぞ」
身を翻せば首が飛ぶ。足を動かせば胴が飛ぶ。素人の自分にその要求をはねつける勇気はなかった。
「何をしている」
「けが人を助けようとしているだけだ」嘘は吐いていない。彼女の存在が何であれ、今はいつ死ぬかもわからぬ重傷者。怪我人という言葉は嘘ではないが、正直控えめに言いすぎている。
男が一歩踏み出した。音から推測するに、自分との距離はおよそ五歩。質問の内に一歩踏み出すのならば、猶予は質問たったの五つ。その間にどうにかしてこの場を凌がなくてならない。
「どうしてお前はここにいる」
さあ、どうする? 戦えば敗北は必至。逃げれば瀕死は確実。策も無しに何かを出来る程こいつは間抜けではない。
「フルシュガイド大帝国にいるなら分かるだろ」
「いいから答えろと言っている!」
飽くまで威圧的な態度を崩さない男に、アルドの心には憤りが募っていた。彼女に何かあるのは分かる。だがここまで高圧的な奴を許せるほど、アルドは寛容ではない。
「……お前、誰だよ」
「貴様に質問の権利はない! 答えろ!」
「お前に俺をねじ伏せる権利はない! ふざけるな!」
身を翻すと同時に、アルドは片腕を払い、必殺の剣閃を僅かに逸らす。空中で回転しながら落下する左腕は自分のモノだが、命と引き換えであったのであれば安いモノだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――がう。
「…………俺は酷く失望したぞ、騎士様」
アルドの目の前に立っているのはフルシュガイドの甲冑を着込んだ一人の男。顔は分からないまでも、纏う魔力量から強者だと理解できる。
騎士は付着した血を軽く払って、首を軽く鳴らす。
「そいつを渡せ」
「断る」
「死ぬぞ」
「そうか」
そんな事、最初から分かっている。戦闘能力を所持している時点で、アルドはこの男に傷一つ付ける事は出来ない。
アルドには最初から会話する気はないし、騎士も自分を生かす気はあるまい。どうせここで要求を受け入れようが、死んでしまうのは目に見えている。だからこそ、この少女だけは助けたい。命の鎖を、この少女に繋げたい。
要求の否定から数瞬、男は大きく一歩を踏み出し、アルドの首を刈り取らんと剣を大きく横に引いた。疾風の踏み込みから繰り出される一撃を躱せる道理はない。残った右腕でどうにか防ごうと動かすも―――多分間に合わない。
後一撃。後一撃だけ生き延びる事が出来れば。
重厚な刃が首へと迫る。
少女の意識は未だ朦朧としている。
自分は何をすればいい? 何をどうすれば後一手を凌げる? 考えている時間はない。もう考えるな!
簡単な事じゃないか。俺が、私が今までやってきたことをすればいい。
迫る刃から逃れる術はない。逃れられないのであれば―――立ち向かえばいい。アルドの首は刎ねられるその直前、アルドはゆっくりと一歩踏み出した。刃は当然、アルドの首に命中し、そのまま……アルドを横に吹き飛ばした。
―――剣身の根元は、切れにくい。多少首に刃が食い込んでしまったが、何。
「死ぬのは……」
アルドは全身の力を振り絞って騎士の腕を掴み、体勢を崩すと、同時にアルドは自らの体を引っ張り上げて空中で身を捻る。
「てめえだ!」
アルドの背中が視界を覆うと同時に、騎士の意識はそこで途切れた。
吹き抜ける風は緑を運び。人々に癒しと活気を与える。アルドもこの森と妹という支えが無ければ、即座に何処かで自害を選んでいただろう。
妹という存在を覗けば、アルドの味方はこの森だけ。この森こそが、アルドにとって唯一の親友。
……もう、慣れたけどな。
こんな寂しい人間を相手してくれるのは森だけ、なんて。一層寂しい気分になったのも今では遠い昔の事だ。今はもう慣れたというか考えるのを辞めたというか、そうしなければ虚しさのあまり自害してしまいそうというか。
一通り集めた薬草を脇に置くと、アルドは緊張の糸が解れたかのようにその場に倒れこんだ。
「ああ、疲れた……」
こんなアニキを持った妹の方が苦労しているのは分かっているのだが、それでも言わせてほしい。
何もかも疲れた。人間関係に疲れた。生きる事に疲れた。騎士になる事を諦めて、それだけで全てが終わるのならまだ良かった。一切の人間関係が消去されるならそれで良かった。しかし騎士になる事を諦めても、恐らくアルドが国を出たとしても、きっと周囲からの非難は終わらない。アルドが魔力を持たない限り、アルドがイティス・クウィンツの妹である限り。永遠に。
「……はあ」
何時間居ようと最後は家に戻らなければならず、そうなればまた疲れる事になる。ああ、疲れたくない。もう限界だ。願う事なら自分の記憶を皆から消し去り、この森で全てを終わらせたい。そんな願いが叶う事が無いと分かっていても、それでも……
アルドはいつものように跳ね起き、脇に置いた薬草を持ち上げる。今回もかなり採集できた。暫くの食事には困る事も無いだろう。そんな事を考えながら、アルドが森を出ようとした、直前。
「誰か……助けて……………がい」
――――――――――――――――――――――――――――――。
消えかけた灯のような微かな声。紛れもなく誰かの助けを求めている、命の声。しっかりと聞いていたためか、その声の主が何処にいるか、アルドには直ぐに分かった。向かって東の茂みの奥だ。
そこに倒れていたのは、一人の少女。自分と同じくらいの年齢の、随分とゆとりのある衣服を着た、傷だらけの少女。
片足の切断面からは骨が見え、その背中には何本もの剣が刺さっている。どれも的確に急所を貫いている所を見ると、助かるようにはとても思えないが、放っても置けない。
「大丈夫かッ?」
アルドは薬草をその場に落として、駆け寄る。治癒魔術などできるはずがないので、アルドにはつきそう事しか……いや、待て。
この娘を薬屋に運べば、何とかなるのではないか。急所を貫いているとは言ったが、この少女には未だ息がある。
その矮躯を背負えるかと聞かれれば自信をもって頷ける。間に合うかどうかは知らないが、やってみる価値は在る筈だ。
「おい、何をしている」
背後からは隠す気のない殺気。鋭い声は、まるで罪人の罪を咎めるかのよう。
「……何を、しているか、だって?」
「今すぐに答えろ。時間稼ぎは無駄でしかないぞ」
身を翻せば首が飛ぶ。足を動かせば胴が飛ぶ。素人の自分にその要求をはねつける勇気はなかった。
「何をしている」
「けが人を助けようとしているだけだ」嘘は吐いていない。彼女の存在が何であれ、今はいつ死ぬかもわからぬ重傷者。怪我人という言葉は嘘ではないが、正直控えめに言いすぎている。
男が一歩踏み出した。音から推測するに、自分との距離はおよそ五歩。質問の内に一歩踏み出すのならば、猶予は質問たったの五つ。その間にどうにかしてこの場を凌がなくてならない。
「どうしてお前はここにいる」
さあ、どうする? 戦えば敗北は必至。逃げれば瀕死は確実。策も無しに何かを出来る程こいつは間抜けではない。
「フルシュガイド大帝国にいるなら分かるだろ」
「いいから答えろと言っている!」
飽くまで威圧的な態度を崩さない男に、アルドの心には憤りが募っていた。彼女に何かあるのは分かる。だがここまで高圧的な奴を許せるほど、アルドは寛容ではない。
「……お前、誰だよ」
「貴様に質問の権利はない! 答えろ!」
「お前に俺をねじ伏せる権利はない! ふざけるな!」
身を翻すと同時に、アルドは片腕を払い、必殺の剣閃を僅かに逸らす。空中で回転しながら落下する左腕は自分のモノだが、命と引き換えであったのであれば安いモノだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――がう。
「…………俺は酷く失望したぞ、騎士様」
アルドの目の前に立っているのはフルシュガイドの甲冑を着込んだ一人の男。顔は分からないまでも、纏う魔力量から強者だと理解できる。
騎士は付着した血を軽く払って、首を軽く鳴らす。
「そいつを渡せ」
「断る」
「死ぬぞ」
「そうか」
そんな事、最初から分かっている。戦闘能力を所持している時点で、アルドはこの男に傷一つ付ける事は出来ない。
アルドには最初から会話する気はないし、騎士も自分を生かす気はあるまい。どうせここで要求を受け入れようが、死んでしまうのは目に見えている。だからこそ、この少女だけは助けたい。命の鎖を、この少女に繋げたい。
要求の否定から数瞬、男は大きく一歩を踏み出し、アルドの首を刈り取らんと剣を大きく横に引いた。疾風の踏み込みから繰り出される一撃を躱せる道理はない。残った右腕でどうにか防ごうと動かすも―――多分間に合わない。
後一撃。後一撃だけ生き延びる事が出来れば。
重厚な刃が首へと迫る。
少女の意識は未だ朦朧としている。
自分は何をすればいい? 何をどうすれば後一手を凌げる? 考えている時間はない。もう考えるな!
簡単な事じゃないか。俺が、私が今までやってきたことをすればいい。
迫る刃から逃れる術はない。逃れられないのであれば―――立ち向かえばいい。アルドの首は刎ねられるその直前、アルドはゆっくりと一歩踏み出した。刃は当然、アルドの首に命中し、そのまま……アルドを横に吹き飛ばした。
―――剣身の根元は、切れにくい。多少首に刃が食い込んでしまったが、何。
「死ぬのは……」
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