ワルフラーン ~廃れし神話
理想 過去 未来
「……っちゃん」
懐かしいような、或いはそうでもなかったような、そんな声が聞こえる。
「……っ兄ちゃん」
意識を闇の底から引き上げる、その声。いつも聞いていたような、久しく聞いていたような、そんな声。
「お兄ちゃんッ!」
体が揺らされている。それの影響を受けたかのように瞼の重みは徐々に解け、体はどんどん軽くなってくる。
「いつまで寝てるのお兄ちゃん! 朝のごはん出来たよッ!」
「……んッ? ………………………何だ、イティスか」
体を起こして横を見遣ると、そこには見慣れた顔、特にこれと言って緊張感もない、腑抜けた顔をしていたイティスがそこにいた。
彼女の朝ご飯ははっきり言って不味い。意識が目覚めたのも、きっとそのまずさを本能が覚えていたからに違いない。
……永遠の眠りには、着きたくないし。
「何だって酷い言いぐさ……今日こそ成功したから大丈夫だって! ほら早く着替えて着替えて」
眠りの邪魔をされ、起こしてくれたのが妹かと思ったら、待っていたのは地獄だけという隙のない三段構え。アルドには避けようもない、避けられる筈もない。
……騎士になれば、どうにか仕事を言い訳に逃げられただろうが。
いや、後悔している訳じゃない。分かり切っている事だから良いのだ。自分が……騎士になれないなんてことは。
「じゃあお兄ちゃん、行ってきます!」
「ああ、気を付けろよ。お前は仮にも聖女だ。貞操の守りと不審人物には気を付けろ」
笑顔で家を出る妹の背中を見届けた後、アルドは何の気なしに家を飛び出した。散歩、と言ってもいいだろう。目的は特にない。あるとしても精々、天気が良かったからくらいなものだ。
明るい街、明るい人々。余程天気の悪くない限りは、この喧騒は絶対に収まらない。賑やかで、明るくて、優しい国。それがフルシュガイド大帝国に対するアルドの評価だったりする。
主観は何も入っていない、と思われる。アルドが歩けばそこには隙間が出来、人々は口々にこう言うのだ。
『落ちこぼれがうつる』と。
木を見て森を評価するなど到底不可能。だからこそ主観は入っていないと、そう言える。
……
城の内部は城壁に囲まれて見えないが、アルドには透けているかのように理解できる。肩で息をする兵士の顔から、練度の低い兵士に呆れたようなため息を吐く騎士団長の顔まで容易に想像できる。
唯一取柄と言ってもいいアルドの五感が、そうさせる。騎士を夢見ながらも諦めた者だからこそ、得られた能力。
きっとイティスは教会にいるし、自分の隣人はきっと騎士団にいる。一番近しいモノがその壁の向こう側に居ながら、自分だけは外側に取り残されてる。
……悲しい気分には、ならない。もう慣れたというか何というか……残った感情は妹への申し訳なさだけなのだ。
その信心深さから聖女にまで上り詰めたが、そんな彼女の瑕がまさに自分。『魔力を持ち合わせずに生まれた異端者の妹』という肩書が、イティスの人生に傷をつけている。
どうして魔力を持っていないのか。そんなモノは知らないし、知りたくもない。そこには只、魔力のない異端者という事実があるだけだ。
騎士になれば全て変わると思った。でも無理だった。
『魔術も使えないお前には無理だ』
『お前が騎士になって、誰の役に立つというんだ』
『お前は誰一人も救えない』
正論だった。疑いようもない、議論の余地もない正論だった。魔力も無い自分が救える命など無い。虫一匹たりとも救えない。
言い返せる筈など当然ない。入団試験を前に、アルドは一人背を向けた。
全てから逃げた。全てを受け入れたその果てが、今のアルド。もう全てを諦めた以上、自分に選ぶべき道はない。妹の成長を見守りながら、自分は生涯、一般人以下の待遇で過ごすのだろう。
……もう何かは言うまい。妹の成長を見届けるのも、それはそれで兄の役目だから。
「何だよ、お前! 魔術も全部使えるとか嘘ついてんじゃねえ!」
「嘘つき、嘘つき! クリヌス嘘つき!」
近くから声がするが、アルドはきっと助けられない。自分にはその力が無い。
―――すまない。俺に力が無いばかりに。
それはアルドのせいではなく、二物処か一物もくれなかった天のせいでしかない。しかしどうしてだろうか、アルドは彼に謝らずには居られなかった。
助けられる筈なのに、お前は見捨てた。心がそう語っているかのように、揺れている。そんな馬鹿な。自分にその力はない。助けられる筈はない。
声を無視してアルドは歩く。人々はそんな声など聞こえていないかのように騒ぎ立てる。真実はいつも藪の中。その藪を払う刃は、未だ存在しえない。
当てもなくさまよっていると、その内昼になった。一文無しという訳ではないが、アルドに対する態度は総じて酷い。店に関しては八割増しで料金を取られる始末だ。
詰まる所喰うモノはない。底辺は底辺らしく、泥水すすって草でも食ってろという訳だ。妹の名誉の為に勿論しないが、極論にするとそういう事になる。
手持ちは今のところ銀貨一枚。これでは藁の一束すら買えない。
……はあ。今日も、か。
幸い外に出る自由は赦されている。適当に森にでも行って。植物でも食ってくるか、或いはのたれ死ぬか。
妹が何かしらの事情で居ない時、少なくともアルドは、この二つのどちらかしか選べない。いつもの事。いつもの事だ。何もおかしく感じるような点はない
少しばかり気を沈ませながら、アルドは森の方角へと歩いていく。何度も行っているからか、叢はすっかり自分によって踏み潰されていた。
…………ない…………………では………………………
懐かしいような、或いはそうでもなかったような、そんな声が聞こえる。
「……っ兄ちゃん」
意識を闇の底から引き上げる、その声。いつも聞いていたような、久しく聞いていたような、そんな声。
「お兄ちゃんッ!」
体が揺らされている。それの影響を受けたかのように瞼の重みは徐々に解け、体はどんどん軽くなってくる。
「いつまで寝てるのお兄ちゃん! 朝のごはん出来たよッ!」
「……んッ? ………………………何だ、イティスか」
体を起こして横を見遣ると、そこには見慣れた顔、特にこれと言って緊張感もない、腑抜けた顔をしていたイティスがそこにいた。
彼女の朝ご飯ははっきり言って不味い。意識が目覚めたのも、きっとそのまずさを本能が覚えていたからに違いない。
……永遠の眠りには、着きたくないし。
「何だって酷い言いぐさ……今日こそ成功したから大丈夫だって! ほら早く着替えて着替えて」
眠りの邪魔をされ、起こしてくれたのが妹かと思ったら、待っていたのは地獄だけという隙のない三段構え。アルドには避けようもない、避けられる筈もない。
……騎士になれば、どうにか仕事を言い訳に逃げられただろうが。
いや、後悔している訳じゃない。分かり切っている事だから良いのだ。自分が……騎士になれないなんてことは。
「じゃあお兄ちゃん、行ってきます!」
「ああ、気を付けろよ。お前は仮にも聖女だ。貞操の守りと不審人物には気を付けろ」
笑顔で家を出る妹の背中を見届けた後、アルドは何の気なしに家を飛び出した。散歩、と言ってもいいだろう。目的は特にない。あるとしても精々、天気が良かったからくらいなものだ。
明るい街、明るい人々。余程天気の悪くない限りは、この喧騒は絶対に収まらない。賑やかで、明るくて、優しい国。それがフルシュガイド大帝国に対するアルドの評価だったりする。
主観は何も入っていない、と思われる。アルドが歩けばそこには隙間が出来、人々は口々にこう言うのだ。
『落ちこぼれがうつる』と。
木を見て森を評価するなど到底不可能。だからこそ主観は入っていないと、そう言える。
……
城の内部は城壁に囲まれて見えないが、アルドには透けているかのように理解できる。肩で息をする兵士の顔から、練度の低い兵士に呆れたようなため息を吐く騎士団長の顔まで容易に想像できる。
唯一取柄と言ってもいいアルドの五感が、そうさせる。騎士を夢見ながらも諦めた者だからこそ、得られた能力。
きっとイティスは教会にいるし、自分の隣人はきっと騎士団にいる。一番近しいモノがその壁の向こう側に居ながら、自分だけは外側に取り残されてる。
……悲しい気分には、ならない。もう慣れたというか何というか……残った感情は妹への申し訳なさだけなのだ。
その信心深さから聖女にまで上り詰めたが、そんな彼女の瑕がまさに自分。『魔力を持ち合わせずに生まれた異端者の妹』という肩書が、イティスの人生に傷をつけている。
どうして魔力を持っていないのか。そんなモノは知らないし、知りたくもない。そこには只、魔力のない異端者という事実があるだけだ。
騎士になれば全て変わると思った。でも無理だった。
『魔術も使えないお前には無理だ』
『お前が騎士になって、誰の役に立つというんだ』
『お前は誰一人も救えない』
正論だった。疑いようもない、議論の余地もない正論だった。魔力も無い自分が救える命など無い。虫一匹たりとも救えない。
言い返せる筈など当然ない。入団試験を前に、アルドは一人背を向けた。
全てから逃げた。全てを受け入れたその果てが、今のアルド。もう全てを諦めた以上、自分に選ぶべき道はない。妹の成長を見守りながら、自分は生涯、一般人以下の待遇で過ごすのだろう。
……もう何かは言うまい。妹の成長を見届けるのも、それはそれで兄の役目だから。
「何だよ、お前! 魔術も全部使えるとか嘘ついてんじゃねえ!」
「嘘つき、嘘つき! クリヌス嘘つき!」
近くから声がするが、アルドはきっと助けられない。自分にはその力が無い。
―――すまない。俺に力が無いばかりに。
それはアルドのせいではなく、二物処か一物もくれなかった天のせいでしかない。しかしどうしてだろうか、アルドは彼に謝らずには居られなかった。
助けられる筈なのに、お前は見捨てた。心がそう語っているかのように、揺れている。そんな馬鹿な。自分にその力はない。助けられる筈はない。
声を無視してアルドは歩く。人々はそんな声など聞こえていないかのように騒ぎ立てる。真実はいつも藪の中。その藪を払う刃は、未だ存在しえない。
当てもなくさまよっていると、その内昼になった。一文無しという訳ではないが、アルドに対する態度は総じて酷い。店に関しては八割増しで料金を取られる始末だ。
詰まる所喰うモノはない。底辺は底辺らしく、泥水すすって草でも食ってろという訳だ。妹の名誉の為に勿論しないが、極論にするとそういう事になる。
手持ちは今のところ銀貨一枚。これでは藁の一束すら買えない。
……はあ。今日も、か。
幸い外に出る自由は赦されている。適当に森にでも行って。植物でも食ってくるか、或いはのたれ死ぬか。
妹が何かしらの事情で居ない時、少なくともアルドは、この二つのどちらかしか選べない。いつもの事。いつもの事だ。何もおかしく感じるような点はない
少しばかり気を沈ませながら、アルドは森の方角へと歩いていく。何度も行っているからか、叢はすっかり自分によって踏み潰されていた。
…………ない…………………では………………………
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