ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

その名の下に、剣は下ろされる

 一歩。変化はない。
 二歩。魔物の気配は感じられない。
 三歩。暗闇はより一層深くなっていく。
 四歩。ついに魔力すらも通らなくなり、お互いが見えなくなった。
 五歩。五感が遮断され、遂に周囲の認識すらも出来なくなった。
 六歩。
 七歩。
「いつまで歩けばいいんでしょうね……」
 既に最深部の入口は乗り越えたのだが、アルドからの返答はない。いや、返答できないのかもしれない。事実クリヌスには自分の存在すら知覚出来ていないし、そもそも立っているのか座っているのか、生きているのか死んでいるのかそれすらも分からない。こんな訳の分からない空間に後何分かも居たら、クリヌスは己の存在証明を見失って、程なくしてその意識をこの暗闇の中に混ざらせてしまうだろう。
「しかし……一体何処が最奥なのでしょうね」
 そう言っていると思われる。聴覚が封じられてしまった以上は、何を言っているか理解できない。魔力も通らないのであれば認識も何も出来ない。ここまで厄介な特性もそう無いだろう。どんな超人を以てしてもここでは何も見えない。
 絶対的な不可視。罪の浄化こそ魔境の特性とアルドは言ったが、クリヌスからすればこの不便さこそが特性と言わざるを得ない。
 全て思考上の仮定で動かなければいけないというのは、どんな超越者にも辛い事……分かりやすく言い換えれば、つまりこの空間は、確定出来るべき要素の無い世界。そうであろうと信じる事しか出来ない世界なのだ。
 アルドの気配は既に隣にはなく、あらゆる所から感じる。アルドが飛び回りでもしなければありえない気配の動き。彼と敵対でもしなければそんな動き方は在り得ないし、そんな事は今は在り得ない。
 ……という事は。


 襲い来ただろう何かを弾き、反対方向へと受け流す。


 それは無事に成功した……筈だ。確定的ではないが、信じておく。
―――これが最奥の怪物ですか。
 居るかどうかすらも分からないし、そもそもそれが生物なのか非生物なのか。何も分からない奴との戦い何てやりにくい事この上ない。長年の戦いの中でもこんな相手とは戦った事が無い。いや、こんな相手と一度でも戦った事がある奴なんてそうそう居ないとは思うのだが。
 後ろに流れた何かに肉迫し、腰の剣を抜刀。それを切り払うと同時に、素早く方向転換。いくつもの気配を瞬時に消し去っていく。
 一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ九つ十つ十一つ。消し去るよりも早く気配は生まれていく。
 そこは壁なのか床なのか。或いはもうどこでもない何かなのか。気配のような何かだけが感じられる今、そしてその気配が減っていく中、自分は確実にこの気配を消し去っている。間違っても死んではいない。
―――分からない。
 強いのかも弱いのかも分からない。一撃で死んでいる事は確かなのだが、こちらが傷を負っているのかは分からない。多すぎる気配を潰していたら死んでいた……なんて事があったら困るが、それすらも分からないのがこの世界。
 全くもう、限りなく不便である。
 様々な不安を抱えつつ、クリヌスはひたすらその気配を潰して回っていた。時に切り裂き時に貫き、時に武器を投擲してその気配を消し去っていく。
 五分以上経って……正確には体感時間五分以上経って、それは突然訪れた。気配がある一点に収束し、その存在を明確に、クリヌスに伝えたのだ。
 その違和感に一旦足を止めるも、これは好機と思い直し、クリヌスは一気に間合いを詰めて、刺突を放った……だろう。
 気配は止まったまま動かない。このまま行けばいつもの通り、気配はクリヌスに貫かれて消え去るだろう―――その直前。


―――特性が、発現した。
 身体の自由は効かない。魂と体が乖離した今、身体を操作する権利はクリヌスにはない。止まる事も踏み込むことも許されないまま、クリヌスはその気配に突っ込んでいく。その正体が何であるかも理解せぬままに。




………成、程…………………










 隠匿を暴いては地上に晒し。
 殺戮を嘆いてはその心を殺生し。
 悪心を覗いてはその始まりを輪廻させ。
 暴虐に抗っては終焉を迎え。
 背徳を断ちては正道を歩む。
 嗚呼、無垢なる者を求める魔境よ。許されざる魂に慈悲を与える者よ。二つの新たな魂は、今ここに。
 迎え入れよ。迎え入れよ。迎え入れよ。其れは楽園への入口。苦しみに触れることも無い理想郷。
 真理の剣の名の下に、罪はすべからく消え去る。完成されし魂の原典よ。黒く染まったその穢れを、祓い給え。
















 

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