ワルフラーン ~廃れし神話
剣の向く先は
剣の執行者は顎に手を当てて俯く。
今ならばフィージェントは警戒されていない。全ての権能を動員して攻撃すれば……或いは。
いや。何を馬鹿な事を考えている。或いは等と、何度考えれば気が済むのだ。そうやって攻撃して、そして瞬く間に返り討ちにあったではないか。フィージェントの全身がそれを物語っている。抵抗すべきではないと告げている。
「我は勝利を冠る最後の者に伝えるべき事が出来た故、馳せ参じた」
勝利を冠る最後の者……クリヌス、ではないような気がする。確かに歴史上、現在はクリヌスが『勝利』を冠っているが、それはアルドが死んでいるという話から成り立っているのであって、真実を混ぜれば、現在勝利を冠っているモノはアルドという事になる。
根源を殺そうとする自分の為だけに出張ってきた訳ではないのは分かっていたが、どうも最後の者という発言が引っかかる。
「なあ……それは一体どっちのほうはんだ?」
剣の執行者は何も言わない。説明するまでもない、という事だろうか。
「……先生はここには居ないし、何処に行ったかなんて俺は知らんぞ。他を当たれよ」
力なく倒れているエヌメラを一瞥した後、フィージェントは警戒する事もなくその場に座り込んだ。
何だか白けちまった、と見栄を張っておいたが、実際問題この男がいる限り、エヌメラには指一本触れられない。強引に突破出来るような奴でないのは明らかだし、無理をすれば死ぬことなど目に見えている。
エヌメラからは魔力も感じないし、緊張していただけ無駄だったのだ。
「命を損なわずに済んだようだな」
「誰のせいで死にかけてると思ってやがる。分かったらさっさとどっか行けよ」
もう殺す気なんて起きないからさ、と。
何処か諭すような言葉を紡ぐフィージェントに、剣の執行者はその身を翻して。
「変わってないな」
懐かしむような、喜んでいるようなそんな声音。気付けば剣の執行者の姿は消えていた。権能を使っても補足出来ない為、本当にこの世界から消えたのだろう。
冥界の法を織り込んだ鎖でエヌメラを拘束。剣の執行者が出現しない事を確認すると、フィージェントは一人、静かに笑う。
「ハハ。ハハハハ。ハッハッハッ」
その時のフィージェントの顔の輝きといったら、アルドと初めて出会ったときのそれに、とても良く似ていた。
「着いたぞ。ここが最深部の入り口だ」
暗闇を平然と進む二人は、声に合わせてぴたりと止まる。彼らの背後には暗闇に塗られた怪物の死骸。
幸いか災いか、両者の何れかにも特性は発現しなかった。しかし、一歩でも踏み出せばそこは最深部。その瞬間には特性が発言して、魂の乖離が始まってしまうかもしれない。
「……進むぞ」
クリヌスは頷くことも躊躇する事もせず、その声に応じた。二人の足が踏み出され、最深部の地面が踏みしめられる……変化はない。
二歩。魔物の気配は感じられない。
三歩。暗闇はより一層深くなっていく。
四歩。ついに魔力すらも通らなくなり、お互いが見えなくなった。
五歩。五感が遮断され、遂に周囲の認識すらも出来なくなった。
六歩。
七歩。
「……もうすぐだ」
死剣の真名を得るには最奥の怪物を倒さなくてはならない。魂の乖離が始まらないのは奇跡的だが、戦闘中に起きてしまっても困る為、いっそ起きてほしいモノだが、そう都合よく特性は発言しない。魂の乖離によって体が思うように動けなくなる事等、この魔境からすれば知った事ではないのだから。
「後、少しだ」
そう言っていると……思う。聴覚が封じられている以上、実際には何と言っているか分からないが、誰も聞いてはいないし聞くことは出来ない。
クリヌスの気配は、既に隣にはなく、あらゆる方向から感じる。クリヌスが周囲を飛び回りでもしない限り、絶対に在り得ない気配の動き方だ。アルドは彼をそんなやんちゃな人間にした覚えはないので在り得ないとして。
それではこの、この特性は……
腰にあるだろう剣を抜刀して一閃。
何も感じないが、恐らく何かを切った……そう信じておく。吹き飛んで壁にぶち当たった、なんて事は無い筈だ。
―――それにしても、この特性は一体。
何もかもを認識できない中、居るかもしれない怪物との殺し合い程やりにくいモノはない。霞を殺そうとするようなものだ、やってられるような勝負ではない。
揺れ動く気配。アルドは極力それに近づかぬよう身を捻り、動きを最小限にして躱す。気配でしか動きを読めないのは辛い。これではこちらの反撃も大雑把なものになってしまう。相手はこちらが見えているだろうし、そんな大雑把な攻撃が当たる程敵は弱くはない。
こんな特性の魔物が、居ただろうか。
ここまで強烈な能力を持っている以上、忘れる事は在り得ない。では会った事もないかと言われると、魔境にいる怪物である以上それはない。
妙な違和感を抱えながら、アルドはその気配から大きく離れて、武器を構えた。気配もまた様子を見るようにその場に止まり、瞬間の内に肉迫。躱せない速度ではない。
アルドが足を踏み出し、突き出されるだろう何かを弾こうとした、その直前。
―――特性が、発現した。
痛みはない。意識は徐々に不明瞭に、その魂は徐々に乖離して。
……こんな、時に…………………………!
今ならばフィージェントは警戒されていない。全ての権能を動員して攻撃すれば……或いは。
いや。何を馬鹿な事を考えている。或いは等と、何度考えれば気が済むのだ。そうやって攻撃して、そして瞬く間に返り討ちにあったではないか。フィージェントの全身がそれを物語っている。抵抗すべきではないと告げている。
「我は勝利を冠る最後の者に伝えるべき事が出来た故、馳せ参じた」
勝利を冠る最後の者……クリヌス、ではないような気がする。確かに歴史上、現在はクリヌスが『勝利』を冠っているが、それはアルドが死んでいるという話から成り立っているのであって、真実を混ぜれば、現在勝利を冠っているモノはアルドという事になる。
根源を殺そうとする自分の為だけに出張ってきた訳ではないのは分かっていたが、どうも最後の者という発言が引っかかる。
「なあ……それは一体どっちのほうはんだ?」
剣の執行者は何も言わない。説明するまでもない、という事だろうか。
「……先生はここには居ないし、何処に行ったかなんて俺は知らんぞ。他を当たれよ」
力なく倒れているエヌメラを一瞥した後、フィージェントは警戒する事もなくその場に座り込んだ。
何だか白けちまった、と見栄を張っておいたが、実際問題この男がいる限り、エヌメラには指一本触れられない。強引に突破出来るような奴でないのは明らかだし、無理をすれば死ぬことなど目に見えている。
エヌメラからは魔力も感じないし、緊張していただけ無駄だったのだ。
「命を損なわずに済んだようだな」
「誰のせいで死にかけてると思ってやがる。分かったらさっさとどっか行けよ」
もう殺す気なんて起きないからさ、と。
何処か諭すような言葉を紡ぐフィージェントに、剣の執行者はその身を翻して。
「変わってないな」
懐かしむような、喜んでいるようなそんな声音。気付けば剣の執行者の姿は消えていた。権能を使っても補足出来ない為、本当にこの世界から消えたのだろう。
冥界の法を織り込んだ鎖でエヌメラを拘束。剣の執行者が出現しない事を確認すると、フィージェントは一人、静かに笑う。
「ハハ。ハハハハ。ハッハッハッ」
その時のフィージェントの顔の輝きといったら、アルドと初めて出会ったときのそれに、とても良く似ていた。
「着いたぞ。ここが最深部の入り口だ」
暗闇を平然と進む二人は、声に合わせてぴたりと止まる。彼らの背後には暗闇に塗られた怪物の死骸。
幸いか災いか、両者の何れかにも特性は発現しなかった。しかし、一歩でも踏み出せばそこは最深部。その瞬間には特性が発言して、魂の乖離が始まってしまうかもしれない。
「……進むぞ」
クリヌスは頷くことも躊躇する事もせず、その声に応じた。二人の足が踏み出され、最深部の地面が踏みしめられる……変化はない。
二歩。魔物の気配は感じられない。
三歩。暗闇はより一層深くなっていく。
四歩。ついに魔力すらも通らなくなり、お互いが見えなくなった。
五歩。五感が遮断され、遂に周囲の認識すらも出来なくなった。
六歩。
七歩。
「……もうすぐだ」
死剣の真名を得るには最奥の怪物を倒さなくてはならない。魂の乖離が始まらないのは奇跡的だが、戦闘中に起きてしまっても困る為、いっそ起きてほしいモノだが、そう都合よく特性は発言しない。魂の乖離によって体が思うように動けなくなる事等、この魔境からすれば知った事ではないのだから。
「後、少しだ」
そう言っていると……思う。聴覚が封じられている以上、実際には何と言っているか分からないが、誰も聞いてはいないし聞くことは出来ない。
クリヌスの気配は、既に隣にはなく、あらゆる方向から感じる。クリヌスが周囲を飛び回りでもしない限り、絶対に在り得ない気配の動き方だ。アルドは彼をそんなやんちゃな人間にした覚えはないので在り得ないとして。
それではこの、この特性は……
腰にあるだろう剣を抜刀して一閃。
何も感じないが、恐らく何かを切った……そう信じておく。吹き飛んで壁にぶち当たった、なんて事は無い筈だ。
―――それにしても、この特性は一体。
何もかもを認識できない中、居るかもしれない怪物との殺し合い程やりにくいモノはない。霞を殺そうとするようなものだ、やってられるような勝負ではない。
揺れ動く気配。アルドは極力それに近づかぬよう身を捻り、動きを最小限にして躱す。気配でしか動きを読めないのは辛い。これではこちらの反撃も大雑把なものになってしまう。相手はこちらが見えているだろうし、そんな大雑把な攻撃が当たる程敵は弱くはない。
こんな特性の魔物が、居ただろうか。
ここまで強烈な能力を持っている以上、忘れる事は在り得ない。では会った事もないかと言われると、魔境にいる怪物である以上それはない。
妙な違和感を抱えながら、アルドはその気配から大きく離れて、武器を構えた。気配もまた様子を見るようにその場に止まり、瞬間の内に肉迫。躱せない速度ではない。
アルドが足を踏み出し、突き出されるだろう何かを弾こうとした、その直前。
―――特性が、発現した。
痛みはない。意識は徐々に不明瞭に、その魂は徐々に乖離して。
……こんな、時に…………………………!
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