ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

知られぬ前兆

 これはアルドの黒歴史だが、しかしここで使わない手段はなかった。アルドが影人を使わない理由としては戦いにくい事が挙げられるが、この体ならそれはない。……一応、女性になっている為に体重が軽く、動きやすすぎるという欠点はあるが。
 女性としての再構成か、はたまた美への欠損を認められていないのか、顔の火傷痕は消えている。魔境だからこそクリヌスも多少気づくのに遅れたわけだが、それこそ地上ならば『お前は誰だ』と言われても仕方ない。
 何せアルドとこいつではまるで違うのだ。存在反転のプロセスの通り、同一存在というよりは同一の軸に居る別の存在だ。反則ギリギリの応用だ。
 魔術も剣術も超一流。アルド・クウィンツが望んだ、本来の強さ。万人の理想の強さを体現した、まさに完璧な女性。


「……えっと、クウィンツさん。どうして貴方が―――女性に?」


 当然の突っ込みである事は自明の理だが。説明をしている内に特性にやられてしまっては困るので、アルドは手短に伝える事にした。
 といっても、
「歩きながら、話すとしよう」
 魂の乖離が始まれば二人とも無事では済まない。ゆっくり話している暇などないのだ。




 この状態になってからの進み方は異様だった。怪物は大抵魔術と併用した剣術でどうにかなる上、仮に防げないモノでもクリヌスが対応してくれる。
 自分と合わせて強化の魔術を掛けていれば、ここの怪物にも後れを取る事はない。この暗闇を照らす魔術に関しては以前と同様、使っている間は完全なる足手まといとなるので使わない。
 というかもう、使わなくても見えている。
「クリヌス。お前からして、この魔境の怪物どう思う?」
「うーん……そうですね。ここの特性のお陰なのもありますが、全体的に厄介な事この上ないのは間違いないですね」
 手加減をしていないアルドに一撃を与えられる魔物など、それこそ世界に数多ある迷宮の主くらいなもの。幾ら影人だったとはいえ、対応次第でアルドは殺されていたのだ。まだ最深部に近いとすらいえない所で。
 故にこその魔境。幾多もの英雄も、ここでは一人の生物だ。魔物だからと高をくくっていれば、或いは慢心しきっていたならば。この場所は容赦なくその命を刈り取ってしまう。迷宮でありながら迷宮でないここは、アルドにとって最悪の場所だ。
 幸いにしてここの魔物は外に溢れる事はないので、行く価値は……死剣を持っているのならばある。行かない方が得策だろう。
「所でずっと気になっていたんですけど……これ、罪にならないんですか?」
「特性に引っかからないのか、という事なら心配はない。ここには人道も何もないしな。問題は……ない事は無いが、元々だな」
 自分が魔王だという事を今まで忘れていた。アルドにはクリヌス以上に罪がある。背徳、殺戮、悪心、隠匿。暴虐もありえるか。
 完全包囲網と言っても相違ない程に隙が無い。魂の乖離が始まらない内に、とは言ったが、先に始まるのはまず自分になりそうだ。死ぬ気は勿論無い。自分が死ぬときはそれこそ全力で戦っても尚及ばなかった時のみだ。そいつに『勝利』の冠を渡すまではアルドは死ねない。絶対に死ねない。
 こんな有象無象の雑魚共に渡す命はない。そんなモノは全てエヌメラに渡してしまったから。






















 千切れた両腕。
 ギリギリ繋がっている首。
 全身に突き刺さった剣。
 その体の前方には、暗黒の衣と仮面を被った男。見る限り傷は一つもなく、疲労に息を切らしている様子もない。その足元には幾つもの武具。剣から只の棒まで幅広くあるそれは、いずれも異名持ちの武具であり、そうやすやすとは壊れない代物。
 それが四百以上も壊れているのだから、流石のフィージェントも驚きを隠せない。
「…………一体」
機械仕掛けの世界などとうの昔に壊れてしまった。この男の一振り一振りが全ての仕掛けを台無しにしたのだ。
 対象を切断する絶対の剣は、如何なる権能も断ち切ってしまう。フィージェント自身に掛けている、『相手が生きている限りは死なない』権能もまるで役に立っていない。どうにかこうにか生きているのが精いっぱいである。
 発声器官を優先して再生。剣の執行者は妨害しようという行動を見せないので、直ぐに回復する事が出来た。
「お前、何なんだよ! 神の権能ルールを無視しやがって!」
 それは世界に反する異端者。権能を取り込んだ影響か、フィージェントは血走った眼で剣の執行者を見ていた。
 権能を取り込むという事は、その権能ルールに身を預けるという事。それを何でもないかのように無視する男を、権能ルールが無視するわけには行かないのだ。
「執行者は公平であり、それは神の何れも変えられぬ理。貴様の権能が通じぬ理由はそういう訳だ」
 こちらが攻撃しない限り、執行者は攻撃してこない。だからこそ今はこうして話し合いに応じてくれるわけだが……そうでなかった場合、自分は果たして生きていただろうか。
 十秒と掛からず滅多切りにされる未来は見えている。文字通り手も足も出ないままに、フィージェントは死ぬだろう。
 それにしても不可解な事がある。
「お前……この世界に居る奴じゃないだろ、一体何の目的があってこの世界に来やがった」
 フィージェントは大陸ごとの神には当然詳しい。自分に会ってくれるような酔狂な神様は少なかったが、それでも居たし、そしてその中にこの男のような神は居ない訳で。
 異世界から勇者の召喚が平然と行われる世界だ。別世界から来ていてもおかしくないと、そう思ったのだ。
「何の目的……か。ふむ。そうだな……」









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