ワルフラーン ~廃れし神話
魔境攻略戦
『影人』を使用したアルド・クウィンツが、天才的素養を持つクリヌス・トナティウの動きについてこれるのは、偏にその魔力量のお陰だと言わざるを得ない。エヌメラと同等程度の魔力量―――正確にはエヌメラが通常時に持ち合わせている最低限の魔力量―――にモノを言わせた身体強化の効果は予想以上のモノだった。
―――創造再華。
魔力の半分を全身に巡らせるそれは、自らの体にゼロから血管を通すようなモノ。一歩間違えれば、魔力は行き処を失って暴発。それも今のアルドの魔力量だと、クリヌスをも巻き込んだ大爆発になってしまうだろう。
だがそこは性質反転の『影人』。極限まで剣技を極めたが故に、今は魔術を極めた事となっている。失敗などする筈もない。してはいけない。
―――効率改善。
効率を最大まで改善。自身の遥か先まで魔力を広げ、眼前に居る怪物へと肉迫。魔力の網によれば、クリヌスは自分の少し後方に位置していた。
「侵障」
怪物の拳が自身の前方に迫ってくる事を察知。無属性の魔術を以てして拳を受ける。瞬間的なエネルギーの消失であるがゆえに、拳を引き戻す事は叶わない。
「助かりますッ!」
固定された拳は一刀のもとに切断。悲鳴を上げる怪物に応じて聴覚保護の魔術を発動。クリヌスに掛ける事も忘れない。
「巌鉄」
その隙を突くように、巨大な腕は砲弾のように吹き飛んだ。回避されぬように、両足に『侵障』を掛ける事も忘れない。
「―――これで終わりですッ!」
その肉の砲弾が怪物の頭部にぶち当たった直後。クリヌスの放った刃は寸分違わず首を薙いだ。
遅れて伝わる斬撃は、その首を綺麗に切り落とした……
「後ろだッ」
「ッ!」
金属が引き裂けるような音と同時に、後方の壁から破砕音。何とか防いだようだが、無傷では済んでいないようだ。
危険を察知したアルドは転移魔術で即座に後退。一秒と経たず先程の場所を怪物の拳が通過。衝撃で何処かの壁が崩落する。
この体で受けられる威力ではない事は自明の理。四肢が爆散程度で済むかどうかは議論の余地ありだ。
―――それにしても。記憶が曖昧というのは存外に辛いモノだ。魔境の怪物がどんな特性を持っていたか。アルドは今の今まで、全て忘れていたのだから―――
怪物の動きを観察していた、その直後。何の予兆も見られぬままに、怪物はアルドの背後に転移していた。
しかし仮にもアルドは『勝利』。たとえ性質が反転しようとその程度の不意打ちなら……ば?
怪物が『侵障』を使用したと気づいた時、既に拳はアルドの胴体に打ち込まれていた。
「クウィンツさんッ!」
めり込んだ壁が崩れ、自身を覆う。怪物からすればそれは空気を殴ったような抵抗感。今のアルドの肉体は魔術師のそれに作り替えられているのだから、それも当然というものだが……生憎と。特大の拳を受けたこちら側はそうもいかない。
―――威力をこちらが操作しなければ、やられていた。
拳に触れた半身は既に使い物にならない。まともに動けと言われてもそれは不可能だ。
どうにか生きている半身を使い、クリヌスに掛かっていた『侵障』を解除。アルドを殺さんと放たれた怪物の追い打ちは、それよりも僅かに早い速度で投擲された剣に額を割られ、叶わない。
「死んでいなくてよかったですよ、本当」
こちらに視線を向けつつ、クリヌスは剣を回収。
傷の治癒もある事だし出来ればこの場はクリヌスに任せておきたいが、生憎そうも行かない。アルドの魔力回路には既に、怪物が百体以上捕捉されているからだ。
数分経てば一体。数十分で三体が。一時間もすれば二十三体が二人を覆いつくす事になる。勝てる道理は果たしてあるかどうか……
「クリヌス」
「何ですか?」
「十五分でいい。私を守れ」
こうやって話している間にも怪物は迫っている。決断を迷う余地はない。そこに選択など存在しない。 信じるように、試すように。アルドは自身の内側へと意識を傾け、その防御をゼロにした。
……ため息が、反響した。
代償は今までの比ではなく。戻る事は許されない。クリヌスは少しだけ戸惑うだろうが……本質そのものはアルドに変わりはない。直ぐに慣れてくれるだろう。
―――才能研鑽。
もう二度とやる事は無いと思っていた。というより、したくなかった。それでも今は……これを使うしか方法はない。
―――存在反転―――人格据置―――魔術追加―――体質改善。
―――剣を、取る。
それは表現するならば、純白。今までのどのアルドとも違う、不思議な魔力。
アルドの雰囲気が変わったのは、既に四対もの怪物を葬った後の事。いまだ押し寄せてくるその波に警戒を緩めてはいけないのに。クリヌスはその妙な雰囲気に、見惚れていた。
暗闇の特性上、魔力以外ではアルドを感知できぬというのに、一体……それは。
「……待たせたな」
何かを通したような、機械的な声。アルドはゆっくりと立ち上がり、虚空から剣を引き抜いた。
「後は私に任せたまえよ」
微妙な口調の変化。いつものアルドとは僅かに違うその口調、語勢。その立ち振る舞いはまるで『凪』。
アルドは足を早めることも無く、ゆっくりと怪物達に歩いていく。
「……クウィンツさん?」
怪物は恐れることも無く、アルドへと拳を振るった、その直後の事。
「弱い……ね」
怪物の体が両断される―――と、切り離された上半身が突如凍り付いて爆散。いくつもの破片が周囲に降り注ぎ、怪物の群れをズタズタに引き裂いていく。
しかしそれで終わらないのがこのアルド。裂傷を起こした面は徐々に赤熱。攻撃の暇すら与えることなく―――刹那。爆ぜる。
魔術と剣術の両立。
何でもない事なのだが、それがアルドならば話は別。一長一短だったそれまでとは、明らかに性能が違う。
「その程度で私を殺そうだなんて、お笑いじゃないか」
まるで魔境に適応しているかのようなその闘い方。放たれた魔術は見たことが無い。今までいろいろな国に行ってきたが、あのような魔術は只の一人も使った事が無かった。
フルシュガイドの魔導書にも、あのような魔術は記されていない。全てを習得した自分が保証できる。
「さあ、進むぞクリヌス。魂の乖離が始まらない内に、最深部へ」
「……ちょっと待ってください。『貴方』は誰ですか?」
振り返るアルド。機械的な声は未だ変わらない。クリヌスはそこに、ぬぐい切れぬ違和感を抱いていた。
言わんとしている事に気づいたのか、アルドはこちらに振り返り、言う。
「初対面かな? しかし私は紛れもなくアルド・クウィンツ。君の良く知る、お師匠様だ」
知らない方が良いこともある。声の補正は外れていたが、その真実はクリヌスを余計、混乱させた。
いや、困惑と言った方が正しいかもしれない。どれ程聡明な頭脳を持っていようと、これを理解する事等不可能だ。
「……えっと、クウィンツさん。どうして貴方が―――女性に?」
―――創造再華。
魔力の半分を全身に巡らせるそれは、自らの体にゼロから血管を通すようなモノ。一歩間違えれば、魔力は行き処を失って暴発。それも今のアルドの魔力量だと、クリヌスをも巻き込んだ大爆発になってしまうだろう。
だがそこは性質反転の『影人』。極限まで剣技を極めたが故に、今は魔術を極めた事となっている。失敗などする筈もない。してはいけない。
―――効率改善。
効率を最大まで改善。自身の遥か先まで魔力を広げ、眼前に居る怪物へと肉迫。魔力の網によれば、クリヌスは自分の少し後方に位置していた。
「侵障」
怪物の拳が自身の前方に迫ってくる事を察知。無属性の魔術を以てして拳を受ける。瞬間的なエネルギーの消失であるがゆえに、拳を引き戻す事は叶わない。
「助かりますッ!」
固定された拳は一刀のもとに切断。悲鳴を上げる怪物に応じて聴覚保護の魔術を発動。クリヌスに掛ける事も忘れない。
「巌鉄」
その隙を突くように、巨大な腕は砲弾のように吹き飛んだ。回避されぬように、両足に『侵障』を掛ける事も忘れない。
「―――これで終わりですッ!」
その肉の砲弾が怪物の頭部にぶち当たった直後。クリヌスの放った刃は寸分違わず首を薙いだ。
遅れて伝わる斬撃は、その首を綺麗に切り落とした……
「後ろだッ」
「ッ!」
金属が引き裂けるような音と同時に、後方の壁から破砕音。何とか防いだようだが、無傷では済んでいないようだ。
危険を察知したアルドは転移魔術で即座に後退。一秒と経たず先程の場所を怪物の拳が通過。衝撃で何処かの壁が崩落する。
この体で受けられる威力ではない事は自明の理。四肢が爆散程度で済むかどうかは議論の余地ありだ。
―――それにしても。記憶が曖昧というのは存外に辛いモノだ。魔境の怪物がどんな特性を持っていたか。アルドは今の今まで、全て忘れていたのだから―――
怪物の動きを観察していた、その直後。何の予兆も見られぬままに、怪物はアルドの背後に転移していた。
しかし仮にもアルドは『勝利』。たとえ性質が反転しようとその程度の不意打ちなら……ば?
怪物が『侵障』を使用したと気づいた時、既に拳はアルドの胴体に打ち込まれていた。
「クウィンツさんッ!」
めり込んだ壁が崩れ、自身を覆う。怪物からすればそれは空気を殴ったような抵抗感。今のアルドの肉体は魔術師のそれに作り替えられているのだから、それも当然というものだが……生憎と。特大の拳を受けたこちら側はそうもいかない。
―――威力をこちらが操作しなければ、やられていた。
拳に触れた半身は既に使い物にならない。まともに動けと言われてもそれは不可能だ。
どうにか生きている半身を使い、クリヌスに掛かっていた『侵障』を解除。アルドを殺さんと放たれた怪物の追い打ちは、それよりも僅かに早い速度で投擲された剣に額を割られ、叶わない。
「死んでいなくてよかったですよ、本当」
こちらに視線を向けつつ、クリヌスは剣を回収。
傷の治癒もある事だし出来ればこの場はクリヌスに任せておきたいが、生憎そうも行かない。アルドの魔力回路には既に、怪物が百体以上捕捉されているからだ。
数分経てば一体。数十分で三体が。一時間もすれば二十三体が二人を覆いつくす事になる。勝てる道理は果たしてあるかどうか……
「クリヌス」
「何ですか?」
「十五分でいい。私を守れ」
こうやって話している間にも怪物は迫っている。決断を迷う余地はない。そこに選択など存在しない。 信じるように、試すように。アルドは自身の内側へと意識を傾け、その防御をゼロにした。
……ため息が、反響した。
代償は今までの比ではなく。戻る事は許されない。クリヌスは少しだけ戸惑うだろうが……本質そのものはアルドに変わりはない。直ぐに慣れてくれるだろう。
―――才能研鑽。
もう二度とやる事は無いと思っていた。というより、したくなかった。それでも今は……これを使うしか方法はない。
―――存在反転―――人格据置―――魔術追加―――体質改善。
―――剣を、取る。
それは表現するならば、純白。今までのどのアルドとも違う、不思議な魔力。
アルドの雰囲気が変わったのは、既に四対もの怪物を葬った後の事。いまだ押し寄せてくるその波に警戒を緩めてはいけないのに。クリヌスはその妙な雰囲気に、見惚れていた。
暗闇の特性上、魔力以外ではアルドを感知できぬというのに、一体……それは。
「……待たせたな」
何かを通したような、機械的な声。アルドはゆっくりと立ち上がり、虚空から剣を引き抜いた。
「後は私に任せたまえよ」
微妙な口調の変化。いつものアルドとは僅かに違うその口調、語勢。その立ち振る舞いはまるで『凪』。
アルドは足を早めることも無く、ゆっくりと怪物達に歩いていく。
「……クウィンツさん?」
怪物は恐れることも無く、アルドへと拳を振るった、その直後の事。
「弱い……ね」
怪物の体が両断される―――と、切り離された上半身が突如凍り付いて爆散。いくつもの破片が周囲に降り注ぎ、怪物の群れをズタズタに引き裂いていく。
しかしそれで終わらないのがこのアルド。裂傷を起こした面は徐々に赤熱。攻撃の暇すら与えることなく―――刹那。爆ぜる。
魔術と剣術の両立。
何でもない事なのだが、それがアルドならば話は別。一長一短だったそれまでとは、明らかに性能が違う。
「その程度で私を殺そうだなんて、お笑いじゃないか」
まるで魔境に適応しているかのようなその闘い方。放たれた魔術は見たことが無い。今までいろいろな国に行ってきたが、あのような魔術は只の一人も使った事が無かった。
フルシュガイドの魔導書にも、あのような魔術は記されていない。全てを習得した自分が保証できる。
「さあ、進むぞクリヌス。魂の乖離が始まらない内に、最深部へ」
「……ちょっと待ってください。『貴方』は誰ですか?」
振り返るアルド。機械的な声は未だ変わらない。クリヌスはそこに、ぬぐい切れぬ違和感を抱いていた。
言わんとしている事に気づいたのか、アルドはこちらに振り返り、言う。
「初対面かな? しかし私は紛れもなくアルド・クウィンツ。君の良く知る、お師匠様だ」
知らない方が良いこともある。声の補正は外れていたが、その真実はクリヌスを余計、混乱させた。
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