ワルフラーン ~廃れし神話
魔境の怪物
魔境があまりにも暗いからと、クリヌスは魔術で光源を用意してくれたわけだが、その光源の存在意義は少なくともここには存在しないと断言しよう。
何故ならば、この魔境に存在する暗闇は通常のモノではなく、魂の穢れによって生み出された……言わば存在そのものが暗黒だからだ。そんなモノに通常の光源程度が太刀打ちできる訳ではなく、結果としてこの光源になろうと試みた物体は、空間に存在する白い点となっている。
「……意味はあるのか?」
苦笑いで通そうとするクリヌス。……程なくして光源が消えた。
一寸先は闇という言葉があるが、魔境においては一寸前も闇と言わざるを得ない。如何なアルドと言えど、この暗闇を前にしては何も見えない。隣に居るだろうクリヌスすらも確認できない。
「そういえばクウィンツさんはここに来たことがあるんですよね?」
「まあ、一応な」
あの時はアイツが居たから安全に進めたというのは黙っておこう。会う事はもう無いだろうし、訳の分からない奴を会話に出しても困惑されるだけだ。
「その割にはすごい慎重に進みますね」
……自分が察しが良いと思ってるわけではないが、どうやら推察力はしっかりと受け継がれているようだった。本来喜ぶべきなのは理解しているが、こんな状況だと最悪な要素にしかならない。
どうもアイツが隣にいないと記憶が薄くなってしまうが……確かこの暗闇は。
「クリヌス。敢えて尋ねよう。お前、魂をこの世界に引き出せるか?」
この場所の暗闇は魂の穢れ。であるのならば、魂の清らかさのみがこの闇を照らす。
照らす……のだが。
「馬鹿を言わないでくださいよクウィンツさん。私は確かにフルシュガイドに存在する魔術を全て扱えますが、裏を返せばそれだけの騎士です」
煽りよりかは自虐だろう。確かに別次元に存在する魂を現実に引きずり出す魔術は存在しない。そんな事は分かり切っていたが、それでも一応聞いてみた。
「逆にお尋ねしますが、クウィンツさんは出来ないのですか?」
「……出来るとも。出来るが……その、何だ。お前を信用していない訳じゃないんだが、その……」
ただでさえはっきりしない視界にイラついているのに、そこにはっきりしない答えと来ればクリヌスだろうと例外なく苛つくだろう。
やがて覚悟する様に。はっきりと。
「ここでそれをしたら、私は一切の戦闘に参加できなくなる。つまりだな……私が居なければここを生きて出る事は不可能であり、お前一人ではここを生き抜くことは出来ないという訳だ」
自らの手で育てた弟子を役立たず呼ばわりする事は気が引けたが、事実なのならば仕方がない。そう割り切る事で何とか言葉に出来たが……何だろうか。
「……はあ。成程」
反応を見る限りでは、クリヌスよりアルドの方がダメージを負っている気がしてならない。まがりなりにも『勝利』を冠っているのだから、少しくらい反応してくれてもいいだろうに。
「怒らないのだな」
「怒っても仕方がないでしょう。私は初見ですが、クウィンツさんはここの踏破者。劣っているのは至極当然の事と思いますが」
至極当然のことを至極真っ当に返されては、こちらも至極当然の反応を返すより他はない。強さにおいては知らないが、言葉においてはクリヌスは自分の遥か上を行っているようだ。
「まあそれはいいとして……いつになったら最深部に辿り着くんですか?」
魔境の奥へ足を踏み入れ早三十分。未だにこの死の気配は消えないし、その正体も未だ明らかになっていない。クリヌスの声音は何処か苛ついていた。
しかしそんな事を言われても、魔境自体が深い事と視界が全くの黒で塗りつぶされているのだ、進行速度は絶対的に遅くなる。アルドの記憶ではもうすぐだったような気がしたが、実際の所、そのもうすぐは三度ほど通り過ぎている。
「もう少しだと思われるから耐えるんだ」
この誤魔化しもそう何度も使えるものではない。サヤカが追ってくる気配はないし、今すぐ引き上げてもいいのだが、やはり最深部には行っておきたい。死剣の真名を解放する為にも。
足音のみが耳朶を打つ。呼吸は自然と早くなり、全身は自ずと疲労する。そして魔境は、疲れ切ったその時を狙ってくる。
「クリヌス、止まれ」
足音が止み、当たり前の静寂が二人を包む。
クリヌスが淡白に尋ねた。
「何でしょう」
「そろそろ武器を取れ。怪物は既に……『俺』達を見ている」
自信は無いが、確信はある。先程まで漠然と二人を締め付けていた気配が、全身を這うような気配に変容したのだ。
クリヌスは無言で抜刀。鞘より引き抜かれた刃の音は反響し、それに抵抗の意志を伝えた。
「何か言い残す事は在るか?」
これが二人で最初で最後の共闘。これより先は只お互いを殺し合う関係に落ち着くことを、アルドは分かっていた。
クリヌスは少しだけ語勢を強めて、笑う。
「背中は任せましたよ」
放たれた言の刃は、アルドの心に深く突き立てられる。
人とか、魔王とか。そんなくだらない柵はどうでもいい。今だけは―――そう、今だけは、二人も―――
「行くぞ!」
二人の力は、殆ど同時に爆発した。
何故ならば、この魔境に存在する暗闇は通常のモノではなく、魂の穢れによって生み出された……言わば存在そのものが暗黒だからだ。そんなモノに通常の光源程度が太刀打ちできる訳ではなく、結果としてこの光源になろうと試みた物体は、空間に存在する白い点となっている。
「……意味はあるのか?」
苦笑いで通そうとするクリヌス。……程なくして光源が消えた。
一寸先は闇という言葉があるが、魔境においては一寸前も闇と言わざるを得ない。如何なアルドと言えど、この暗闇を前にしては何も見えない。隣に居るだろうクリヌスすらも確認できない。
「そういえばクウィンツさんはここに来たことがあるんですよね?」
「まあ、一応な」
あの時はアイツが居たから安全に進めたというのは黙っておこう。会う事はもう無いだろうし、訳の分からない奴を会話に出しても困惑されるだけだ。
「その割にはすごい慎重に進みますね」
……自分が察しが良いと思ってるわけではないが、どうやら推察力はしっかりと受け継がれているようだった。本来喜ぶべきなのは理解しているが、こんな状況だと最悪な要素にしかならない。
どうもアイツが隣にいないと記憶が薄くなってしまうが……確かこの暗闇は。
「クリヌス。敢えて尋ねよう。お前、魂をこの世界に引き出せるか?」
この場所の暗闇は魂の穢れ。であるのならば、魂の清らかさのみがこの闇を照らす。
照らす……のだが。
「馬鹿を言わないでくださいよクウィンツさん。私は確かにフルシュガイドに存在する魔術を全て扱えますが、裏を返せばそれだけの騎士です」
煽りよりかは自虐だろう。確かに別次元に存在する魂を現実に引きずり出す魔術は存在しない。そんな事は分かり切っていたが、それでも一応聞いてみた。
「逆にお尋ねしますが、クウィンツさんは出来ないのですか?」
「……出来るとも。出来るが……その、何だ。お前を信用していない訳じゃないんだが、その……」
ただでさえはっきりしない視界にイラついているのに、そこにはっきりしない答えと来ればクリヌスだろうと例外なく苛つくだろう。
やがて覚悟する様に。はっきりと。
「ここでそれをしたら、私は一切の戦闘に参加できなくなる。つまりだな……私が居なければここを生きて出る事は不可能であり、お前一人ではここを生き抜くことは出来ないという訳だ」
自らの手で育てた弟子を役立たず呼ばわりする事は気が引けたが、事実なのならば仕方がない。そう割り切る事で何とか言葉に出来たが……何だろうか。
「……はあ。成程」
反応を見る限りでは、クリヌスよりアルドの方がダメージを負っている気がしてならない。まがりなりにも『勝利』を冠っているのだから、少しくらい反応してくれてもいいだろうに。
「怒らないのだな」
「怒っても仕方がないでしょう。私は初見ですが、クウィンツさんはここの踏破者。劣っているのは至極当然の事と思いますが」
至極当然のことを至極真っ当に返されては、こちらも至極当然の反応を返すより他はない。強さにおいては知らないが、言葉においてはクリヌスは自分の遥か上を行っているようだ。
「まあそれはいいとして……いつになったら最深部に辿り着くんですか?」
魔境の奥へ足を踏み入れ早三十分。未だにこの死の気配は消えないし、その正体も未だ明らかになっていない。クリヌスの声音は何処か苛ついていた。
しかしそんな事を言われても、魔境自体が深い事と視界が全くの黒で塗りつぶされているのだ、進行速度は絶対的に遅くなる。アルドの記憶ではもうすぐだったような気がしたが、実際の所、そのもうすぐは三度ほど通り過ぎている。
「もう少しだと思われるから耐えるんだ」
この誤魔化しもそう何度も使えるものではない。サヤカが追ってくる気配はないし、今すぐ引き上げてもいいのだが、やはり最深部には行っておきたい。死剣の真名を解放する為にも。
足音のみが耳朶を打つ。呼吸は自然と早くなり、全身は自ずと疲労する。そして魔境は、疲れ切ったその時を狙ってくる。
「クリヌス、止まれ」
足音が止み、当たり前の静寂が二人を包む。
クリヌスが淡白に尋ねた。
「何でしょう」
「そろそろ武器を取れ。怪物は既に……『俺』達を見ている」
自信は無いが、確信はある。先程まで漠然と二人を締め付けていた気配が、全身を這うような気配に変容したのだ。
クリヌスは無言で抜刀。鞘より引き抜かれた刃の音は反響し、それに抵抗の意志を伝えた。
「何か言い残す事は在るか?」
これが二人で最初で最後の共闘。これより先は只お互いを殺し合う関係に落ち着くことを、アルドは分かっていた。
クリヌスは少しだけ語勢を強めて、笑う。
「背中は任せましたよ」
放たれた言の刃は、アルドの心に深く突き立てられる。
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