ワルフラーン ~廃れし神話
剣の執行者
「ここが……魔境ですか」
濃密な死の気配に、冷や汗をかくクリヌス。原因不明の殺気ほど怖いモノは無いが、クリヌスもまたそれを恐れていると見える。
しかしその言葉は幾分遅すぎるような気もする。アルド達はもうこの魔境に足を踏み入れているのだから。この気配に怯える事こそあれ、今更のようには驚けない。
しかしサヤカに追われているという状況もあってか、立ち止まってはいられなかった。この洞窟が鑑賞に値する程の風景とは思わないが、深部では地獄が待っている。今のうちに呑気になる事も悪い事ではないだろう。
「これから深部に行くわけだが、大丈夫か?」
「はい。命知らずな発言だとは思いますが、少し楽しみであったりもしますね。私は魂の掃溜め等という場所に言った事は無いので」
「それこそ命知らずな発言だ。あれは所謂モノの例えであり、ここの特性はお前に説明しただろう?」
魔境の特性は至極単純。『罪の浄化』である……言い換えるならば、罪ありしモノの存在の上書き、とでも言おうか。
詰まる所、罪のある生物の罪を消し去ってしまうという訳だ。罪の内容は主に『隠匿』『殺戮』『悪心』『暴虐』『背徳』。これらを消し去ってしまうというのは、一見すれば聖人になれるかもしれないと期待してしまうかもしれないが、特性持ちの場所に、碌な特性なし。魔境もまた酔狂な者しか行かぬ特異な場所という訳だ。
そもそも罪というのは人が生きる上で少なからず持つ者であり、完全に無垢なる者など存在しない。
親に隠れて魔術の勉強。『隠匿』の罪だ。
むかつく相手をぶん殴ろうとするその意志。『悪心』の罪だ。
何かに至る為に、非人道的な行為に手を染める。『背徳』または『殺戮』と『暴虐』の罪だ。
このように罪というものは、人間の幼少時代を語るうえで外せないモノであり、一生ついて回るモノだ。後ろに上げていったモノはさておき、親に隠れて何かをした―――という行為は、大抵の人間に経験がある事だろう。
罪とは過去であり、過去とは罪。過去は反省はするべきだが、非難されるべきではないとは言ったものだが、この魔境はツミを無くす……そう『過去』を無くす。
この魔境は肉体と魂を乖離させる特性を持っており、長時間ここに留まろうものなら魂は完全に肉体から離れ、その罪を浄化する事となってしまう。どのように浄化されるかは……生憎と分からない。一度魂が離れれば分かるのだろうが、そんなものは死んだ後私達は何処へ行くのかと生者に問うようなもので、試す気にはなれない。
このような特性もあって、アルドは死剣の真名を解放する以外の用事で来たくはなかった。しかし事態が事態。行かざるを得ない結果となってしまった。
「罪など私には存在しませんので、大丈夫だと思われますが」
「『隠匿』の罪に問われそうな発言だな。魔境は現在進行形で私達の罪を見ているから、言葉には気を付けろよ。下手すれば一気に乖離が始まるぞ」
クリヌスが笑い飛ばさないのは、アルドの顔の真剣さを見てのモノか。その言葉はおどけつつも、表情からは警戒が抜けてはいない。
「ではサヤカが来ない内に降りるとしよう。出来れば最も特性の濃密な、最深部にな」
行かざるを得なくなってしまった以上、死剣の真名の開放もこなしておくべきと判断したまでの事だ。人類には不利な用事である事は説明も要らぬほどにはっきりしているので、一応黙っておく。
しかしこちらも隠す気は『一応ある』程度なので、クリヌスも何となく最深部に行く目的は理解しているのだろう。
それでも止めない理由は分かっている。クリヌスは魔王アルドの本気に、打ち勝ちたいのだ。
この世界に異端は赦されない。知らぬ事等許されない。作り上げられた予定調和。機械仕掛けの神様のみが持ちうる絶対権利。
その世界の中に、男は立っていた。刃のような繊維で編み込まれた、形すらはっきりしない暗黒の衣。顔一面を覆い隠すは黒い骨で組まれた無骨な仮面。この世界の誰よりも異様な出で立ちで、その雰囲気は誰よりも恐ろしい。
暗黒の剣士と言っても相違ないその剣士は、誰の侵入も許さぬ世界に当たり前のように立っている。
フィージェントにとってこの世界の最強はアルドだ。それは今も揺るがない。揺るがなかった筈だった。
「……誰だ、お前」
「我は剣の執行者。禁忌に至るモノを罰する者」
エヌメラの体を突き飛ばし、動くこともせぬ男を見据える。この男に比べれば、エヌメラなど石ころに過ぎない。この男はエヌメラよりもずっと格上の存在だ。本来それはフィージェントにとっては御しやすいモノで在る筈なのに。
この男と相対していると不思議な気分になる。この男には勝てない。この男は強さとか格とかの温い話ではなく、何かがあまりにも違いすぎる。何かがあまりにも乖離している。
「良き。根源を殺する罪、自覚できたという事か」
「んな訳ないだろ阿呆が。お前の方がよっぽどヤバそうに見えただけだ」
『鞘』から長剣を製作し、抜刀。数本を宙に浮かべて射出するも―――刃が軌道を曲げた。男の足元に全ての剣が突き刺さる。
この男と相対する事を拒んでいるかのように、武器が曲がったのだ。意図した動きではない。そもそもこの予定調和の世界において、意図しないという事態が起きる事そのものがおかしい。
「お前……何者だ?」
「剣の執行者であろう。それ以外の何者でもない。しかし我に武器を使うという事は、執行者の存在を知らぬという事でよかろうか」
隙が見当たらない。隙を生み出す権能は存在するが、果たしてそれがこの男に通用するかどうか。悔しいがフィージェントは動けそうも無い。圧倒的格上との戦いにおいて、初めての事だ。
「言の葉で語るよりは、刃を交えた方が理解できよう。八百万の権能を持つモノよ。貴様が全力を上げて掛かるのであれば……或いはその刃、この体に届くやもしれぬぞ」
濃密な死の気配に、冷や汗をかくクリヌス。原因不明の殺気ほど怖いモノは無いが、クリヌスもまたそれを恐れていると見える。
しかしその言葉は幾分遅すぎるような気もする。アルド達はもうこの魔境に足を踏み入れているのだから。この気配に怯える事こそあれ、今更のようには驚けない。
しかしサヤカに追われているという状況もあってか、立ち止まってはいられなかった。この洞窟が鑑賞に値する程の風景とは思わないが、深部では地獄が待っている。今のうちに呑気になる事も悪い事ではないだろう。
「これから深部に行くわけだが、大丈夫か?」
「はい。命知らずな発言だとは思いますが、少し楽しみであったりもしますね。私は魂の掃溜め等という場所に言った事は無いので」
「それこそ命知らずな発言だ。あれは所謂モノの例えであり、ここの特性はお前に説明しただろう?」
魔境の特性は至極単純。『罪の浄化』である……言い換えるならば、罪ありしモノの存在の上書き、とでも言おうか。
詰まる所、罪のある生物の罪を消し去ってしまうという訳だ。罪の内容は主に『隠匿』『殺戮』『悪心』『暴虐』『背徳』。これらを消し去ってしまうというのは、一見すれば聖人になれるかもしれないと期待してしまうかもしれないが、特性持ちの場所に、碌な特性なし。魔境もまた酔狂な者しか行かぬ特異な場所という訳だ。
そもそも罪というのは人が生きる上で少なからず持つ者であり、完全に無垢なる者など存在しない。
親に隠れて魔術の勉強。『隠匿』の罪だ。
むかつく相手をぶん殴ろうとするその意志。『悪心』の罪だ。
何かに至る為に、非人道的な行為に手を染める。『背徳』または『殺戮』と『暴虐』の罪だ。
このように罪というものは、人間の幼少時代を語るうえで外せないモノであり、一生ついて回るモノだ。後ろに上げていったモノはさておき、親に隠れて何かをした―――という行為は、大抵の人間に経験がある事だろう。
罪とは過去であり、過去とは罪。過去は反省はするべきだが、非難されるべきではないとは言ったものだが、この魔境はツミを無くす……そう『過去』を無くす。
この魔境は肉体と魂を乖離させる特性を持っており、長時間ここに留まろうものなら魂は完全に肉体から離れ、その罪を浄化する事となってしまう。どのように浄化されるかは……生憎と分からない。一度魂が離れれば分かるのだろうが、そんなものは死んだ後私達は何処へ行くのかと生者に問うようなもので、試す気にはなれない。
このような特性もあって、アルドは死剣の真名を解放する以外の用事で来たくはなかった。しかし事態が事態。行かざるを得ない結果となってしまった。
「罪など私には存在しませんので、大丈夫だと思われますが」
「『隠匿』の罪に問われそうな発言だな。魔境は現在進行形で私達の罪を見ているから、言葉には気を付けろよ。下手すれば一気に乖離が始まるぞ」
クリヌスが笑い飛ばさないのは、アルドの顔の真剣さを見てのモノか。その言葉はおどけつつも、表情からは警戒が抜けてはいない。
「ではサヤカが来ない内に降りるとしよう。出来れば最も特性の濃密な、最深部にな」
行かざるを得なくなってしまった以上、死剣の真名の開放もこなしておくべきと判断したまでの事だ。人類には不利な用事である事は説明も要らぬほどにはっきりしているので、一応黙っておく。
しかしこちらも隠す気は『一応ある』程度なので、クリヌスも何となく最深部に行く目的は理解しているのだろう。
それでも止めない理由は分かっている。クリヌスは魔王アルドの本気に、打ち勝ちたいのだ。
この世界に異端は赦されない。知らぬ事等許されない。作り上げられた予定調和。機械仕掛けの神様のみが持ちうる絶対権利。
その世界の中に、男は立っていた。刃のような繊維で編み込まれた、形すらはっきりしない暗黒の衣。顔一面を覆い隠すは黒い骨で組まれた無骨な仮面。この世界の誰よりも異様な出で立ちで、その雰囲気は誰よりも恐ろしい。
暗黒の剣士と言っても相違ないその剣士は、誰の侵入も許さぬ世界に当たり前のように立っている。
フィージェントにとってこの世界の最強はアルドだ。それは今も揺るがない。揺るがなかった筈だった。
「……誰だ、お前」
「我は剣の執行者。禁忌に至るモノを罰する者」
エヌメラの体を突き飛ばし、動くこともせぬ男を見据える。この男に比べれば、エヌメラなど石ころに過ぎない。この男はエヌメラよりもずっと格上の存在だ。本来それはフィージェントにとっては御しやすいモノで在る筈なのに。
この男と相対していると不思議な気分になる。この男には勝てない。この男は強さとか格とかの温い話ではなく、何かがあまりにも違いすぎる。何かがあまりにも乖離している。
「良き。根源を殺する罪、自覚できたという事か」
「んな訳ないだろ阿呆が。お前の方がよっぽどヤバそうに見えただけだ」
『鞘』から長剣を製作し、抜刀。数本を宙に浮かべて射出するも―――刃が軌道を曲げた。男の足元に全ての剣が突き刺さる。
この男と相対する事を拒んでいるかのように、武器が曲がったのだ。意図した動きではない。そもそもこの予定調和の世界において、意図しないという事態が起きる事そのものがおかしい。
「お前……何者だ?」
「剣の執行者であろう。それ以外の何者でもない。しかし我に武器を使うという事は、執行者の存在を知らぬという事でよかろうか」
隙が見当たらない。隙を生み出す権能は存在するが、果たしてそれがこの男に通用するかどうか。悔しいがフィージェントは動けそうも無い。圧倒的格上との戦いにおいて、初めての事だ。
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