ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

もう一つの

 『零れた奇跡』。それは一見して、欠点の見当たらない万能能力である。
 だが考えてみると、この世の中には答えを一つに絞れないような事案が、星の数ほど存在する。或いはそもそも答えのない問題も、少なからず存在する。
 もう一度言おう。『零れた奇跡』は、答えを提示する能力である。何をどうすればいいか。そこに答えがあるのならば、確実にそれを示してくれる能力である。
 ……だが。
 答えが不変などという道理はない。そんな道理を証明できる答えはそれこそ存在しない。答えなどこちらの動き次第で幾らでも変えられるのだ。
 クリヌスは『影人』をどういう訳か数秒とかからずに見破って見せたが、その潜在能力などは把握できていないだろう。
 というのも。これの使い手であるアルドが、今まで魔術が一切使えなかった事と、突然全ての魔術が使えるようになった、というありえない二つを混ぜた結果、使えるけど使い切れないという何とも不思議な事態に至ってしまったのだ。
 つまりはアルド自身、この影人の時の潜在能力は把握しきれていないという事で、自身さえも理解しえぬ能力を、他人が理解できる筈がない。
 だが……何。難しい事は何もない。
 把握しきれていないから。
 今までの自分と違うから。
 何時だってそうだが―――それは負けていい理由にはならない、断じてならない。
 『勝利』として、そして魔王アルドとして。自分はどんな状況でも勝たなければいけないのだ。
 全てを把握する戦いの何処に胸が躍る? 新しい自分を扱えない癖に、どうして最強と言える?
 今の自分を信じるしかない。それが……クリヌスの為でもある。 
 距離を詰められてはいけないので、アルドはクリヌスを引き連れ、レギ北西近くへ一気に転移。三千キロもの距離が一気に三キロまで縮まったのだ。如何に『零れた奇跡』と言えど、物理的に追跡が困難な場合はどうしようもない筈だ。
 恐らく彼女は勘違いをしている。『答えを出す能力』とは、『何でもできる能力』ではない。大岩を一撃で砕く事が不可能である場合、『零れた奇跡』はきっと、出来るだけ早く大岩を壊す方法を提示する。二撃、三撃。それも無理なら削るか溶かすか。
 『答えを出す能力』とはそういう事だ。
「サヤカはどれくらいで追いついてくるんでしょうか」
 クリヌスは少々不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。それが質問だというのならば、こちらも『答えを提示しなくてはいけないだろう』。
「そうだな……最善を進むと決まっているならば、三十分程度だな。魔境に入れば確実に逃げられるだろうから、その辺りはこちら次第だ」
 まるで答えを見たかのように。きっと全てを読んでいるように。アルドは冷静に呟いた。クリヌスは驚いた様にアルドを見つめるが、やがて何かを理解したのか、直ぐに視線を外した。
 クリヌス・トナティウ。剣術も魔術も超一流。天才と呼ばれる類人間であり、間違っても自分とは相いれない対極の存在。
 そんな彼だからこそ。『影人』の本領、その一端に気づくことが出来たのだろう。何、特に異端じみた事はしていない。只、特異体質を持つ弟子を何人か抱えるにあたって―――何の対策も無いようじゃ、簡単に超えられてしまう。それを危惧しただけの事だ。能力の複製程度で対策になるかは―――フィージェントに関してはかなり疑問だが、サヤカのような能力を過信する愚か者には効果覿面の戦法だ。
 自分とクリヌスの疾走速度は同等。どう厳しく考えても十分もあれば魔境に辿り着ける。こちらが負ける道理はなかった。
 所詮は人、魔境の中に入れる訳がないのだ。一度魔境を踏破した者ならばいざ知らず、サヤカは異世界人であり、只の人間だ。入って早々に精神を圧潰される結末が、アルドにはまるで現在の出来事のように良く見えている。
「ああ。そういえば、クリヌス。お前には魔境がどんなところか説明してなかったな」
「ん、そういえばそうですね。一応話だけなら聞いたことがありますが―――」
「その中途半端な認識は直ちに直せ。百聞は一見に如かずだからな。なんとなく知ってることと、理解してる事は別の事柄だ」
 魔力の網を大陸全体に広げ、サヤカの位置を確認。やがてアルドは何かと向き合うように、語りだす。
「魔境。死者の魂の掃溜めであり、極悪極まる煉獄とも言える場所。あそこの非常識ぶりには、かのエヌメラすらも迂闊には近寄らない程だ―――ああ」
 それは遥か遠くのいつかの記憶。思い出すには幾星霜。最早何をしていたのかさえ定かではないが―――只。
「あそこは地獄だった」








餓燼ニーズヘッグ』は非常に限定的かつ、非常に使いづらい権能だ。絶対吼喰の権能とは言うが、これを使うくらいならば喰殱を使っていたほうが燃費も良いし、はっきり言ってあちらの方が使い慣れている。
 それでもこの権能を使ったその訳―――『神に匹敵する存在』に対しての行使という条件を満たせば、この権能は絶対的に強力なモノになる。
 フィージェントの言葉と共に放たれた正体不明のそれは、既にエヌメラを飲み込んでいた。避ける間など在る筈も……いや、在ったのだろう。対抗する手段も在ったのだろう。だがそんなモノは可能性に過ぎない。
「避けられないだろう? そりゃそうだ。この技は対象に命中するまでの間は認識不可能……形而上の概念に近い何かとでも言えばいいのかな。放ったその後は俺ですらどうなっているか分からん」
 フィージェントは余裕ありげに喋っているが、気になる処はそこではない。この権能には……魔力が一切存在しないのだ。今までの攻撃には少なからず魔力が宿っていた。だからこそエヌメラも何とか対応できたわけだし、ここまで喰らいつけていた。
 だがこれは。
「貴様。魔力はどうした」
「無い。この権能はお前に対してだけは一切魔力を使わずに行使できる」
 人から遠ざかれば遠ざかる程、フィージェントにとっては狩りやすい獲物となる。存在の格が上がれば上がる程、フィージェントとは最悪の相性になる。
 フィージェントが言っていた言葉に偽りはない。フィージェントにとって格上の相手は獲物であり、その獲物が最上位だった時のみ、これは喰殱を上回る。
「さて。お前の敗北は確定事項だから、この権能の詳細でも教えてやろう。そうだな……落ちた右腕を再生すれば分かるさ」
 言われなくてもそうする。エヌメラは魔力で体を再分解し、右腕を再生。
―――!
 しない。何度再構成を始めても、何度魔力を掛けようと。両断された右腕は元に戻るどころか、フィージェントの右腕と融合していた。
「お前の右腕、確かに頂いた」
 歪んだ笑みは一層深く顔に刻まれるが、こちらにはさして変化もない。一体どうしてフィージェントはあそこまで勝ち誇る事が出来るのか。
 魔術で背後に転移。フィージェントの首を払わんと剣を薙ぐが。首を切断されたのがむしろ自分であることに気づいたのは、数秒後の事だった。
 思考が断ち切れる。理解など追いつくはずもない。即座に再構成を掛けるも、構成された体はフィージェントの目の前に出現した。
「ふんッ!」
 渾身の一撃が頬にめり込み、エヌメラの顔が破裂する。
 何故。どうして。どうして思い通りの動きが出来ない。即座に再構成を掛けるも、構成された体は離れ、その頭はフィージェントの手元に出現した。
「ほら、返してやるッよ!」
 投擲された頭部はエヌメラの心臓を突き破って向こう側へと飛んでいく。即座に再構成を掛けるも、構成された体は離れ、その片腕はフィージェントの手元に―――
―――何故だ!
 体が動かない。フィージェントはゆっくりとこちらに歩み寄り、その片腕を喉へ大きく振り下ろした。片腕を喉を容易く突き破り、気道をせき止める。
 再構成などしたくも無いのに、体は勝手に動いてしまう。
「ほら、どうした? 未来過去全てのお前を投影して事なきを得てるのなら、お前にはやがて未来も過去も無くなるだろう。やめるのはいつだ? 諦めるのはいつだ? 生きながら死に続けるか、それとも永久に死ぬか」
―――好きな方を選ぶといいさ。
 最後に聞こえたその声は。慈悲か嗤いか。それを理解している時間など……在っただろうか。


















「暴虐を控えよ、権能使い。汝の行為、己が命を捨てる事となる」














 

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