ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

恋慕生む憎悪

「こっちの手段はあまり使いたくなかったんだがな」
 エヌメラによる拘束を逃れた後、彼女達の後を追う事はせず、アルドは近くの切株に腰を掛けて魔力を辿る。
 今のアルドは影人を使って性質を反転してる故、この程度の拘束魔術は何でもない。抜ける事自体は何でもなかった。
 では何が問題かって、エヌメラとの相性が消えてしまった事が問題だ。魔力と接続された以上彼に勝てる道理はない。下手に向かって殺されでもしたらそれこそナイツに顔向けできない。
 情けない話だが、今のアルドは足手まといだ。魔力を見る限りではフィージェントが相手をしてくれてるようだし、キリーヤ達の所にはワドフと多分アイツが居るだろうし、自分の介入する幕は無いとみて良い。
 というか、謠は何を言ったのだろうか。アイツはエヌメラの相手をしてくれるのではなかったのか? その辺りは高次元の視点を持つアイツの事だ、何か考えがあるのかもしれないが……それにしてもひどい話だ。エヌメラとフィージェントなど、どちらが勝つか明白な勝負に、あえて何の横やりも入れないとは。
 だが明白だからこそ、奴は何もしないのかもしれない。
 フィージェントは強い。全力を出されれば、ナイツに第三切り札開帳を許可しなければいけない程に強い。謠とは致命的に相性が悪いにしろ、その強さは明らかに人の域を外れており。自分が言うのもおかしな話とは思うが、人外である。
 彼の体質は世界に誇れる程に希少な体質。仮にあの体質が遺伝性を持つとしたら、彼の子供は色々な国々から好待遇を受ける事だろう。
 彼の結婚云々は置いといて……妹? 誰があげるものか。自分の所有物でもないが、両想いでない限りは結婚は控えてほしいものである。
 まあそんな話は置いといて……
 現在。『影人』を使って性質を反転させたアルドは、その恐ろしい事実に戦慄を隠しきれなかった。
 フィージェントは、良くわからない世界の中で、エヌメラと対等以上に戦っているのだ。分かり切った話ではあったが、自分に使用した権能『喰殱』は彼からすれば数あるうちの一つに過ぎなかった。本気で殺しに来ていた事は知っているので、あの権能はフィージェントの持ちうる権能の中でも上位に入るとは思うのだが……それでもこの世界に比べればそれは遊びみたいなものである。
 それにしても、この世界。世界を構成するあらゆる要素が機械のように精密で、あらゆる要素が予定調和に動く。この世界に不確定要素は許されず、綻びを生もうとする異端が存在しようものなら、それは忽ちの内に浄化されるだろう。
 結界魔術にしては精密すぎるし、消費魔力量があまりに異常すぎる。並みの魔術師ならば仮に発動できても一秒持てばいい方で、一流の魔術師や、稀有な魔力量を持つ人間でも恐らく数分が限界。アルドでも十分が限界だろうか。エヌメラでもそう大差はあるまい。
 だが何より異常なのが、この結界。一度作り上げられた後は、一種の永久機関のように、自分自身で魔力を供給し続けているのだ。理論なんてモノは考えもつかないが、おそらく理論なんてモノは無い。複数の権能を持つだろうフィージェントだからこそできる、複合権能マルチクロスという奴だ。だからこそフィージェントはあの世界の中で行使する権能のみの魔力消費で済んでいるのだろう。
 ―――まさかとは思うが。
 自分以来の偉業を、彼は成し遂げてしまうのではないのだろうか。魔力を持った彼が、魔力の根源に勝つ。それは何よりも……偉大な事だ。
 さて……戦いの結果は明白だと言ったが、それは全く逆の意味に捉える事も出来る。然らば自分がする事はただ一つ。
 懐かしい顔ぶれもいるようだし、少しばかり気が引けるが、再会と相成ろう。








 駆ける。
 建物などという高低は両者にはまるで関係のない事だった。人の群れを飛び越え、壁を飛び越え。尚も二人の差は縮まらない。
 駆ける。
 一体どれ程の思いを以て行おうとしているのか。こちらも周りに被害が出ない程度には本気で走ってるのだが、サヤカには一向に追いつけない。妨害も牽制もしてきてはいないのに、一体どういう訳なのか。
 それは身体能力の問題ではないのだろう。冷静に彼女の動きを見ていればそれは理解できる。
 まるで無駄のない動き。足の掛ける場所、人ごみの飛び方、抜け方、壁を飛び越えるにあたっての距離、歩数、その他諸々。
 いつもならば大して気にはしないが、彼女には『零れた奇跡』がある。きっと自分に追いつかれないようにするには、という条件のもと答えを獲得したのだろう。
 であるならば、彼女に追いつける道理はないが諦める訳にはいかない。そこで諦めればそれこそ彼女を失ってしまう。
 駆ける。
 こちらにも切り札というものはあるが、そんな事をすればこの世界そのものに迷惑を被ってしまう。使う訳にはいかないのだ。
 駆ける。
 一体いくつもの町や村を抜けたのだろうか。このままではそろそろ山脈に差し掛かってしまう。
―――ん? ちょっと待て。この魔力は。
 クリヌスは転移の魔術を発動。サヤカの遥か前方に転移。それはあちらから見れば、不意打ち気味に現れた様に見えるだろう。
 加えて言っておくが、サヤカには決して追いついていない。追い越しただけだ。能力何て言葉の取りよう次第では幾らでも突破できる。
「さて。元々は貴方を探すためとはいえ、まさかこんな形で、それも一発で遭遇するとは。……それで。一体どうして貴方がいるんですか?」
 クリヌスは男の方へ視線を向ける。以前とは少し違った雰囲気を纏っているが、アルド本人には変わりあるまい。
 何か事情でもあるのか、アルドは剣を抜こうとはしない。仮にも自分は敵であるというのにその対応はどうかと思うが助かった。
 こちらにも今は戦う気が毛頭ないのだから。
「少しばかり事情があって―――と言いたいが、ふーむ。成程。……無礼講で聞かせてもらいたいが、なあクリヌス。私は何か悪い事でもしたか?」
 アルドの視線は自分の背後を見ている。何を見ての発言かは自明の理だった。
 その問いに対しては、こちらは複雑な表情で返す事しかできない。
「……いえ。むしろ私に責任があります。そういう訳なので、クウィンツさん。どこに逃げれば彼女を撒くことが出来るでしょうか」
「―――は? 何の事だか理解が出来ないが……まあいい。レギ大陸北西部に向かえば魔境が存在するから、そこを抜ければ―――」
「いいんですね。では案内を。おかしな話だとは思いますが、私は貴方を逃がさなくてはならない」
 ―――今、接近戦は出来ないでしょう? とクリヌス。……何という奴だ。この数分で『影人』を看破するとは。
 魔境。死剣の真名を解放するためにもいずれ行かなくてはならない場所だが―――まさかそれとはまるで関係ない用事で行くことになるとは思いもよらなかった。
「……何を言っているか分からないが」
 それは愚かな判断でしかないのかもしれないが、弟子を信じぬ師匠が何処にいるだろうか。弟子が身の危険を知らせるならば、弟子の気づかいに報いるためにもそれには応えなければならない。
「では案内しよう。逃げなければならない私が案内するのはおかしな話だが、逃げなければならないからな」









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