ワルフラーン ~廃れし神話
最後に嗤うは我なりや
「くはックははッ。クはははははははは! そうでなくては、そうでなくっちゃな! ……いやいやあ、正直な話。先生以外にそれが防がれるとは思ってなかったぞ」
『天壊』を受けても、エヌメラはかすり傷一つ負っていなかった。驚くべきことか? いや。機械仕掛けの世界の中では、それら全ては既に予見されていた出来事であり、当然ながら驚きは沸いてこない。
「ふん。アルドすら防げるような温い攻撃を掛けてくるではない。それにしても貴様、中々見どころがあるな。只の児戯と勝手に冷めていたことを詫びよう。このような血の滾り、アルド以来のモノだ。まさか私を本当に本気にさせるとはな」
純白のコートに、口元を覆うマスク。その片手には純白と純黒が螺旋する長剣が握られている。以前の禍々しさは微塵も感じられない。これでは魔王というより天王だ。数々の天使を従い、下界を見下ろす傍観者。
魔力に満ち満ちたその体に、最早隙は無い。
「まさかとは思うが。先生ともその姿で戦ったのか?」
「然り。奴の諦めなさは異常でな。さしもの私も、負けてしまう結果となった訳だが……今では感謝している。この体に掛かっていた制限を、奴は自ら持っていてくれたのだからな」
フィージェントが眉を顰めると、エヌメラは愉快そうに饒舌に。声の調子を上げて語りだした。
「私は世界の根源。未来現在過去全ての記憶を背負うもの。万能には見えるが しかしな。全力は滅多に……出せんのだよ。何せ私は本来……世界の記憶を担うモノだからな」
自身の背負う情報量が過負荷となり、知能が悲鳴を上げている。要約すればそういう事だろう。やはり個人の所有できる記憶には限度があるのだ。だからこそ全力は出せないし、出したその時は激しく消耗する事になる。
気持ちは分からないでもない。八百万の権能を扱うフィージェントにも似たものはある。
―――頭痛が、止まらないのだ。
八百万の権能を扱うリスクとしては少々温いが、無いわけではない。
「だが奴は私の呪いの一部と共に、それら全てを持って行ってくれた。お陰でこうして私は全力を出す事が出来るし、奴は大幅な弱体化をした。皮肉なモノよ。私を倒して得たものが、まさか負債だけとはな」
……それは失言だった。それは禁忌すら遥かに通り越した、最早清々しい程の発言。
フィージェントの瞳が怒気を孕むと同時に、その手は『鞘』から長弓を取り出した。最高級品である事は言わずもがな、何より目を引くのは、神喰らいの焔―――『喰殱」。弓矢としてつがえられたそれは、『天壊』程派手でもなければ、『自動迎撃剣』程厄介という訳でもない。かといって手を抜いている訳ではない。フィージェントはいつだって本気である。
ただ一つ。違う点を挙げるとするならば―――怒気。世界を焼尽する焔も、命を喰らう焔も。彼の怒りの前では火とされる事すら烏滸がましい。
「やめだやめだ。余力を残そうと思って動いていたが、気が変わった。余力何ざ考えない。俺以外の奴が先生に妨害を働くなんざ数百万年早い。身の程を知りやがれエヌメラ」
フィージェントはエヌメラへと照準を合わせ、その長弓を引き絞った。単調な権能攻撃。当たる訳などな―――
「……グフォッァ……!」
一言発する時間すらない。エヌメラの左半身が喰われると同時に、『喰殱』は即座に反転。再びエヌメラを捕食した。
その全身は忽ちの内に食い荒らされ、一秒と経たずに消滅。刹那の瞬間、フィージェントの背後でエヌメラが剣を振りかぶったが、この世界で知り得ない情報の無いフィージェントは見もせずに回避。同時に背後に体を逸らして弓を引き、エヌメラの上半身を喰らった。再び消滅。
「……もう二回死んだみたいだが、どうするんだ?」
虚空に視線を合わせて一言。静かに燃え盛る焔のような殺意は、的確に今のエヌメラを捉えている。
「……これは驚いた。貴様、その弓は何だ?」
「何だも何も弓は俺の本領だ。この弓は俺が先生から貰った弓から発想を得た武器、幻想王弓。言っておくが、この弓から逃げようなんて馬鹿げた事は考えないほうが良い。何故なら―――」
フィージェントが再び弓を引いた所を、エヌメラが見逃す筈がなかった。自分へと照準が合うと同時に肉迫。その喉へ刃を突き立てんと、素早く刺突を放つ。
『喰殱』が同時に放たれる。エヌメラは勝利を確信したように刃を突き出し、『喰殱』は敗北を認めるように彼方へと去っていく。
直後、エヌメラの背中に、刃渡り三十メートルはあるだろう大剣が突き刺さった。信じられんと驚愕する顔は、程なくして地面に卸される。
フィージェントは素早く背中の大剣に触れると、魔力を込めて爆破。エヌメラの肉体は爆発に巻き込まれ消滅した。
「三回目だ」
呟いた後、フィージェントは天空に弓を放つ。蒼穹を焔が包み、焔の雨を地上に降らす。それは何かに燃え移ることも無く、燃やすことも無く、只周囲に降り注いでいた。
フィージェントは冷淡に、そして正確に告げる。
「三つほど良いことを教えてやる。一つ。この世界で不死を維持する事は叶わない。お前は過去未来全ての自分を現在に投影する事で事なきを得ているだけだよな。二つ、うちの猛犬は貪食でな。三食の飯を朝に食っちまうタイプなんだ。三つ―――俺にこれを使わせた時点で、お前の負けは決定事項だ」
『鞘』から長剣を取り出し、虚空に刺突。二つの金属音が響きあがり、前方にエヌメラが現れる。
「貴様……! 私をこうも容易く殺すとは……!」
「俺は権能使いだ。人から遠ざかれば遠ざかる程、俺からすればそいつは御しやすいモノになる。残念だったなあエヌメラ。俺とお前は……このうえなく最高の相性なんだよッ!」
剣が弾かれると同時に、再び高速で舞う剣戟が軋み歪みぶつかり合う。『喰殱』の影響か、その体はどこか故障しているかのようにぎこちなかった。
エヌメラの攻撃を最低限の動きで流し、最低の動きで急所を狙う。この戦いはフィージェントにとって致命傷を狙ったものではない。少しでもどこかにあたればそれでいい。
「っぬんッ!」
大上段より振り下ろされた大振りを全身で流すと同時にエヌメラの左身へ肉迫。払われた刃はあと少しというところで魔術に阻害され―――
「……ないんだな、これが」
そう。この世界は機械仕掛けであり、主人公はフィージェントだ。主人公の思い通りにならずして何が機械仕掛けの世界か。
左斜め下より振るわれた刃は、エヌメラの胴体を深く切り裂き、その右腕を肩から両断した。
フィージェントの笑みが歪む。
「―――『餓燼』
ニーズヘッグ。それは根源を破壊せんとする者から名づけられた、絶対吼喰の権能である。
『天壊』を受けても、エヌメラはかすり傷一つ負っていなかった。驚くべきことか? いや。機械仕掛けの世界の中では、それら全ては既に予見されていた出来事であり、当然ながら驚きは沸いてこない。
「ふん。アルドすら防げるような温い攻撃を掛けてくるではない。それにしても貴様、中々見どころがあるな。只の児戯と勝手に冷めていたことを詫びよう。このような血の滾り、アルド以来のモノだ。まさか私を本当に本気にさせるとはな」
純白のコートに、口元を覆うマスク。その片手には純白と純黒が螺旋する長剣が握られている。以前の禍々しさは微塵も感じられない。これでは魔王というより天王だ。数々の天使を従い、下界を見下ろす傍観者。
魔力に満ち満ちたその体に、最早隙は無い。
「まさかとは思うが。先生ともその姿で戦ったのか?」
「然り。奴の諦めなさは異常でな。さしもの私も、負けてしまう結果となった訳だが……今では感謝している。この体に掛かっていた制限を、奴は自ら持っていてくれたのだからな」
フィージェントが眉を顰めると、エヌメラは愉快そうに饒舌に。声の調子を上げて語りだした。
「私は世界の根源。未来現在過去全ての記憶を背負うもの。万能には見えるが しかしな。全力は滅多に……出せんのだよ。何せ私は本来……世界の記憶を担うモノだからな」
自身の背負う情報量が過負荷となり、知能が悲鳴を上げている。要約すればそういう事だろう。やはり個人の所有できる記憶には限度があるのだ。だからこそ全力は出せないし、出したその時は激しく消耗する事になる。
気持ちは分からないでもない。八百万の権能を扱うフィージェントにも似たものはある。
―――頭痛が、止まらないのだ。
八百万の権能を扱うリスクとしては少々温いが、無いわけではない。
「だが奴は私の呪いの一部と共に、それら全てを持って行ってくれた。お陰でこうして私は全力を出す事が出来るし、奴は大幅な弱体化をした。皮肉なモノよ。私を倒して得たものが、まさか負債だけとはな」
……それは失言だった。それは禁忌すら遥かに通り越した、最早清々しい程の発言。
フィージェントの瞳が怒気を孕むと同時に、その手は『鞘』から長弓を取り出した。最高級品である事は言わずもがな、何より目を引くのは、神喰らいの焔―――『喰殱」。弓矢としてつがえられたそれは、『天壊』程派手でもなければ、『自動迎撃剣』程厄介という訳でもない。かといって手を抜いている訳ではない。フィージェントはいつだって本気である。
ただ一つ。違う点を挙げるとするならば―――怒気。世界を焼尽する焔も、命を喰らう焔も。彼の怒りの前では火とされる事すら烏滸がましい。
「やめだやめだ。余力を残そうと思って動いていたが、気が変わった。余力何ざ考えない。俺以外の奴が先生に妨害を働くなんざ数百万年早い。身の程を知りやがれエヌメラ」
フィージェントはエヌメラへと照準を合わせ、その長弓を引き絞った。単調な権能攻撃。当たる訳などな―――
「……グフォッァ……!」
一言発する時間すらない。エヌメラの左半身が喰われると同時に、『喰殱』は即座に反転。再びエヌメラを捕食した。
その全身は忽ちの内に食い荒らされ、一秒と経たずに消滅。刹那の瞬間、フィージェントの背後でエヌメラが剣を振りかぶったが、この世界で知り得ない情報の無いフィージェントは見もせずに回避。同時に背後に体を逸らして弓を引き、エヌメラの上半身を喰らった。再び消滅。
「……もう二回死んだみたいだが、どうするんだ?」
虚空に視線を合わせて一言。静かに燃え盛る焔のような殺意は、的確に今のエヌメラを捉えている。
「……これは驚いた。貴様、その弓は何だ?」
「何だも何も弓は俺の本領だ。この弓は俺が先生から貰った弓から発想を得た武器、幻想王弓。言っておくが、この弓から逃げようなんて馬鹿げた事は考えないほうが良い。何故なら―――」
フィージェントが再び弓を引いた所を、エヌメラが見逃す筈がなかった。自分へと照準が合うと同時に肉迫。その喉へ刃を突き立てんと、素早く刺突を放つ。
『喰殱』が同時に放たれる。エヌメラは勝利を確信したように刃を突き出し、『喰殱』は敗北を認めるように彼方へと去っていく。
直後、エヌメラの背中に、刃渡り三十メートルはあるだろう大剣が突き刺さった。信じられんと驚愕する顔は、程なくして地面に卸される。
フィージェントは素早く背中の大剣に触れると、魔力を込めて爆破。エヌメラの肉体は爆発に巻き込まれ消滅した。
「三回目だ」
呟いた後、フィージェントは天空に弓を放つ。蒼穹を焔が包み、焔の雨を地上に降らす。それは何かに燃え移ることも無く、燃やすことも無く、只周囲に降り注いでいた。
フィージェントは冷淡に、そして正確に告げる。
「三つほど良いことを教えてやる。一つ。この世界で不死を維持する事は叶わない。お前は過去未来全ての自分を現在に投影する事で事なきを得ているだけだよな。二つ、うちの猛犬は貪食でな。三食の飯を朝に食っちまうタイプなんだ。三つ―――俺にこれを使わせた時点で、お前の負けは決定事項だ」
『鞘』から長剣を取り出し、虚空に刺突。二つの金属音が響きあがり、前方にエヌメラが現れる。
「貴様……! 私をこうも容易く殺すとは……!」
「俺は権能使いだ。人から遠ざかれば遠ざかる程、俺からすればそいつは御しやすいモノになる。残念だったなあエヌメラ。俺とお前は……このうえなく最高の相性なんだよッ!」
剣が弾かれると同時に、再び高速で舞う剣戟が軋み歪みぶつかり合う。『喰殱』の影響か、その体はどこか故障しているかのようにぎこちなかった。
エヌメラの攻撃を最低限の動きで流し、最低の動きで急所を狙う。この戦いはフィージェントにとって致命傷を狙ったものではない。少しでもどこかにあたればそれでいい。
「っぬんッ!」
大上段より振り下ろされた大振りを全身で流すと同時にエヌメラの左身へ肉迫。払われた刃はあと少しというところで魔術に阻害され―――
「……ないんだな、これが」
そう。この世界は機械仕掛けであり、主人公はフィージェントだ。主人公の思い通りにならずして何が機械仕掛けの世界か。
左斜め下より振るわれた刃は、エヌメラの胴体を深く切り裂き、その右腕を肩から両断した。
フィージェントの笑みが歪む。
「―――『餓燼』
ニーズヘッグ。それは根源を破壊せんとする者から名づけられた、絶対吼喰の権能である。
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