ワルフラーン ~廃れし神話
いざ最奥へ
おそらくはフィージェントが足止めをしてくれているその間に、なんとしてもこの洞窟の最奥まで行かなければならない。たった数分で突破されたアルドの無事が気になるが、まあ彼の事だし、心配する必要は何処にも無いだろう。
今はそんな事より、こちらの心配をするべきだ。
洞窟の中に足を踏み入れて早五分。二人は未だ最奥に辿り着けてはいなかった。フィージェント後何分、否、何秒持つかも分からないのに、ここまで長い洞窟となると、エヌメラに容易く追いつかれる可能性が高い。
彼の実力を信じてはいないわけではないが、最悪の展開を創造してしまうのはエリの悪い癖だ。どうしても……そういう未来が見える。
洞窟越しに感じる揺れは、二人の衝突の余波だろう。微震、ならばもっと早く洞窟も進めるだろうが……如何せん揺れが大きい。ここまで揺れが大きいといよいよ地殻変動を疑う。
むしろそのせいだろう。エリもキリーヤも慎重に歩かざるを得ない理由は。これでは手助けと言うより妨害の域に近いのだが……そもそも彼が居なければここまで行くことも出来なかった。
圧倒的に不利な状況の中、力の差が明白な相手を前に、それでも彼は背を向けなかった。一人の人間としての誇りを燃やし尽くす覚悟で、あの魔王を足止めしてくれた。彼は何気なく言っていたが、あの状況で平然と足止めを引き受けるなど正気の沙汰ではない。それは猛獣の足止めを赤子が引き受けるようなもので、はっきり言って引き受けてもいい事は無い。
それでも彼はこちらを信じてくれた。それがキリーヤを介しての仲間だったとしても、それでも彼はこちらに全幅の信頼を置いてくれた。
確かに彼の敗北する未来しか見えない、死ぬ未来しか見えない。足止めがいつまで出来るかは分からない。だがそれでも彼を信じなくてはならない。それが彼の信頼に対するエリの答え。そして彼を信じる以上は、たとえどんな災厄が降りかかってもキリーヤを守らなくてはならない。
難しい事だが、仲間とはそもそもそういうものだ。頼る頼られの対等関係。それが仲間。
エリはキリーヤの表情を横目で窺う。決して明るい表情をしているとは言えず、その心境はネガティブなものであろうことは簡単に予測できる。
……フィージェントの身を案じているのだろうか。
以前の彼女ならばいざ知らず、今のキリーヤは相当心を傷つけられている。フィージェントへの信頼とは反対に、彼女はきっとこう考えているのだろう。
自分のせいでフィージェントが犠牲になってしまった、と。
事実だけを見るならば確かに間違っていない。彼女が立ち直らないせいで皆を巻き込んだ。それは事実。
だが真実は違う。
誰も犠牲になるつもりはない。皆キリーヤに立ち直ってほしい一心で巻き込まれている。協力している。彼女は―――孤独ではないのだから。
繋いだ手に力を込める。この揺れがどれ程に大きくなろうと―――この手は絶対に。
「ぐっ!」
分かり切ってはいたが、闘いでもないのにエヌメラを足止めできる訳がなかった。
自分はエヌメラとの相性を覆した唯一の人物である。つまりは天敵。だが裏を返せば、自分の天敵もまたエヌメラなのだ。
それにしても随分と用心深い奴だ。エインの協力、皇狂の薬に加えて、更にエヌメラに対して有効的武器である『神尽』を使用した上でやっと勝利出来る程に自分とエヌメラの力の差はあるというのに、腕、足、銅、腰、首に束縛魔術を六重に掛けてくるとは……気持ちは分からなくもない。性格を鑑みればすぐに分かる事だ。アイツは魔力を持つ者に対して絶対的優位を常に得ているからこそ、万が一にも負ける可能性を潰しておきたいのだ。
何より、自分には二度負けている。追ってきてほしくは無いのだろう。
「……解けないな」
―――仕方ない。
アルドは歯を器用に使って、虚空から笛を取り出した。転信石の別種である、転送笛だ。思考内に浮かんだ人物を転送。さらに簡単であれば言葉も伝える事が出来るという優れもので、チロチンの製作品である。
欠点は、謠には使えないという事と、失敗する場合があるという事だが、それでも転送する人物は決まっている。
―――ワドフ。
羨ましいとさえ思えた彼女の生き方。自分を偽ることなく、恋して愛して楽しみ生きる。最高にして最難の生き方をする人物。対極でありながらも彼女は恋をする。対極の存在である自分に恋をする。それが契約という無機質なモノから起きたモノだったとしても、彼女はそれでもその感情を真として貫き通す。本心は本心。切っ掛けが出来ただけなのだと。
彼女が今回、ついてきたのは、フェリーテに言われてきたからだ。そこは事実。
ではなぜ、フェリーテはワドフに頼んだのか。隠密行動という点においてチロチンに勝る者は居ない。アイツのマントを使えば謠であろうとも感知は不可能になる。ただついてくるだけなら彼に一任しておけばいいのだ。そうすれば感知は……アイツを除けば不可能になる。
ではなぜ、頼んだのか。およそ彼女の深すぎる考えを理解する事は出来ないが……やはり『命刻』と見た。フェリーテの能力を使えばワドフがどんな経緯であの契約を交わす事になったか等、数秒の後に理解できる。そう考えるならば、詰まる所、彼女は―――いや。気づいても意味の無い事だ、これ以上考えるのはやめよう
―――転送、ワドフ・グリィーダ。『エリとキリーヤを守れ』。
今はそんな事より、こちらの心配をするべきだ。
洞窟の中に足を踏み入れて早五分。二人は未だ最奥に辿り着けてはいなかった。フィージェント後何分、否、何秒持つかも分からないのに、ここまで長い洞窟となると、エヌメラに容易く追いつかれる可能性が高い。
彼の実力を信じてはいないわけではないが、最悪の展開を創造してしまうのはエリの悪い癖だ。どうしても……そういう未来が見える。
洞窟越しに感じる揺れは、二人の衝突の余波だろう。微震、ならばもっと早く洞窟も進めるだろうが……如何せん揺れが大きい。ここまで揺れが大きいといよいよ地殻変動を疑う。
むしろそのせいだろう。エリもキリーヤも慎重に歩かざるを得ない理由は。これでは手助けと言うより妨害の域に近いのだが……そもそも彼が居なければここまで行くことも出来なかった。
圧倒的に不利な状況の中、力の差が明白な相手を前に、それでも彼は背を向けなかった。一人の人間としての誇りを燃やし尽くす覚悟で、あの魔王を足止めしてくれた。彼は何気なく言っていたが、あの状況で平然と足止めを引き受けるなど正気の沙汰ではない。それは猛獣の足止めを赤子が引き受けるようなもので、はっきり言って引き受けてもいい事は無い。
それでも彼はこちらを信じてくれた。それがキリーヤを介しての仲間だったとしても、それでも彼はこちらに全幅の信頼を置いてくれた。
確かに彼の敗北する未来しか見えない、死ぬ未来しか見えない。足止めがいつまで出来るかは分からない。だがそれでも彼を信じなくてはならない。それが彼の信頼に対するエリの答え。そして彼を信じる以上は、たとえどんな災厄が降りかかってもキリーヤを守らなくてはならない。
難しい事だが、仲間とはそもそもそういうものだ。頼る頼られの対等関係。それが仲間。
エリはキリーヤの表情を横目で窺う。決して明るい表情をしているとは言えず、その心境はネガティブなものであろうことは簡単に予測できる。
……フィージェントの身を案じているのだろうか。
以前の彼女ならばいざ知らず、今のキリーヤは相当心を傷つけられている。フィージェントへの信頼とは反対に、彼女はきっとこう考えているのだろう。
自分のせいでフィージェントが犠牲になってしまった、と。
事実だけを見るならば確かに間違っていない。彼女が立ち直らないせいで皆を巻き込んだ。それは事実。
だが真実は違う。
誰も犠牲になるつもりはない。皆キリーヤに立ち直ってほしい一心で巻き込まれている。協力している。彼女は―――孤独ではないのだから。
繋いだ手に力を込める。この揺れがどれ程に大きくなろうと―――この手は絶対に。
「ぐっ!」
分かり切ってはいたが、闘いでもないのにエヌメラを足止めできる訳がなかった。
自分はエヌメラとの相性を覆した唯一の人物である。つまりは天敵。だが裏を返せば、自分の天敵もまたエヌメラなのだ。
それにしても随分と用心深い奴だ。エインの協力、皇狂の薬に加えて、更にエヌメラに対して有効的武器である『神尽』を使用した上でやっと勝利出来る程に自分とエヌメラの力の差はあるというのに、腕、足、銅、腰、首に束縛魔術を六重に掛けてくるとは……気持ちは分からなくもない。性格を鑑みればすぐに分かる事だ。アイツは魔力を持つ者に対して絶対的優位を常に得ているからこそ、万が一にも負ける可能性を潰しておきたいのだ。
何より、自分には二度負けている。追ってきてほしくは無いのだろう。
「……解けないな」
―――仕方ない。
アルドは歯を器用に使って、虚空から笛を取り出した。転信石の別種である、転送笛だ。思考内に浮かんだ人物を転送。さらに簡単であれば言葉も伝える事が出来るという優れもので、チロチンの製作品である。
欠点は、謠には使えないという事と、失敗する場合があるという事だが、それでも転送する人物は決まっている。
―――ワドフ。
羨ましいとさえ思えた彼女の生き方。自分を偽ることなく、恋して愛して楽しみ生きる。最高にして最難の生き方をする人物。対極でありながらも彼女は恋をする。対極の存在である自分に恋をする。それが契約という無機質なモノから起きたモノだったとしても、彼女はそれでもその感情を真として貫き通す。本心は本心。切っ掛けが出来ただけなのだと。
彼女が今回、ついてきたのは、フェリーテに言われてきたからだ。そこは事実。
ではなぜ、フェリーテはワドフに頼んだのか。隠密行動という点においてチロチンに勝る者は居ない。アイツのマントを使えば謠であろうとも感知は不可能になる。ただついてくるだけなら彼に一任しておけばいいのだ。そうすれば感知は……アイツを除けば不可能になる。
ではなぜ、頼んだのか。およそ彼女の深すぎる考えを理解する事は出来ないが……やはり『命刻』と見た。フェリーテの能力を使えばワドフがどんな経緯であの契約を交わす事になったか等、数秒の後に理解できる。そう考えるならば、詰まる所、彼女は―――いや。気づいても意味の無い事だ、これ以上考えるのはやめよう
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