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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄殺し

 エヌメラは、フライダル・フィージェントという男の力を明らかに見誤っていた。見誤っては行けない所で見誤ってしまった。既に危機的なんて範疇を凌駕するその失敗は、皮肉にもフィージェントを本気にさせてしまった。
 空間に変化はない。だが確かにフィージェントは何かを使用した。魔力の残滓からもそれは確認できる。
 だというのに……その正体が確認できない。
「お前も既にこの世界の一部。一つ狂えば全てが狂う機械仕掛けの世界なんだからな。異端しんじつを知る機会は生涯訪れない」
 動揺は収まらない。こいつは……アルドよりも弱いと思っていたし。それに間違いはない。だというのに、この心臓を鷲掴みにされているような緊張感は一体。
「貴様……何者だ。私をも超える神の権能など、人間風情が使いこなせる訳がない!」
「そうやって人間を舐めてるからお前は先生に負けたんだ。神様の力が使いこなせないなんて誰が決めた理だ。怪物か? 仏か? 神か? だったらそいつら全員、俺が殺してやるよ」
 笑みを崩さぬフィージェント。如何なエヌメラと言えど、その命知らずな発言には呆れを通り越して怒りを覚えてしまう。
「……何を言っているか理解できているのか? 貴様のそれは、この世界に存在する八百万の神を敵に回す発言だぞ?」
「先生は俺が殺すんだ。先に殺そうとする奴は俺が殺す。いいぜ、この際だからお前以外の全てにも宣言してやる。八百万の権能を創造できる俺を殺せるもんなら―――」
 フィージェントが自身の発言に気を取られたその一瞬。エヌメラは素早く踏み込み、一歩で懐へ。そのまま魔力の二割を消費。自身の使える限り、最高峰の魔術を行使。
 それに位はつけようもない。それ程までに強力な魔術。それは言うなれば終位を―――人が扱える限界を超えた創位。エヌメラにのみ使える、世界という魔力庫との接続時のみ使える究極殲滅魔術。
影之焔カゲノホムラ
 それは本来世界焼却の一撃。個人、ましてや人間風情に放たれていい代物ではない。むしろ使わせたという事実があるだけ、フィージェントが如何に強大かが分かるだろう。
「―――申し訳ないが焚火は他所でやれ」
 発現しかけた現象は、フィージェントの言葉の後に霧散。
 消された……だと?
 直後にフィージェントの体から長槍が出現し、エヌメラの心臓を穿たんと稲妻のような軌道を描き迫ってくる。
 エヌメラは武器を生成し、槍を弾く―――が、その瞬間、エヌメラの片腕を剣もろとも何かが切断した。
「何ッ!」
 魔術で自身を分解し、距離を取って再構築。
 まさか、あの剣が?
「……この剣は無銘の剣。ねじ曲がった歴史にて生まれた無形の剣。異名は無いから、センスの無い名前で言ってしまえば、『自動迎撃剣』だな」
 フィージェントはエヌメラを舐めている訳ではない。むしろ確かな評価を下しているからこそ、余裕をもって勝てるほどに全力を出している。
 これこそが真髄。地上最強の男にふさわしい力。
「……」
―――世界接続ワールドエンド掌握セット
 こんな所で死んではいられない。自分は魔力の根源だ。世界の絶望だ。こんな所で負ける訳には……負ける訳にはいかないのだ。
「……貴様は誰を相手にしているか分かっているのか―――人間ッ!」
 エヌメラの魔力が上昇。世界全ての魔力は収束し、機械仕掛けの世界を狂わす。
 軋む。歪む。崩れて廻る。罅が入り、欠片が落ちる。
「ほう―――やっぱり、敵ってのはこうでなくっちゃな。前言撤回だエヌメラ。お前は確かに先生と死闘を繰り広げる事の出来る強さがある」
 フィージェントは『鞘』から一本の槍を取り出し、地面に突き立てる。
「故に俺も、その全力に応えよう。獣殺しから神仏殺しにとどまらず。神霊束縛、因果逆転、空間殲滅、心臓破り、血流操作。悪霊浄化から世界創造まで。対獣から対神までの対策は万全だ。掛かってきやがれ、魔力の根源エヌメラ
 その顔にもう―――笑みは無い。






 フィージェントを信じて走った。走って、走って、走り続けた。足がもつれても、息が乱れても、疲労なんか気にもしないで走り続けた。
 そうしてやがて、洞窟の前へと辿り着き。背後を見ると、二人の姿は消えていた。
「はあ……はあ……はあ……フィリアスは大丈夫なんでしょうか」
 忘れていた息切れが今になって重しとなり、二人にのしかかる。座り込むのは自明の理であった。
「ね……ねえエリ。本当に、この洞窟で大丈夫なの……?」
「大……丈夫だと思うけど……周辺にそれらしいものもないし、ここがフィリアスとアルドさんの言っていた洞窟……うん。きっとそうよ」
 エリは簡単な治癒魔術を施し、キリーヤの疲労を回復させた。
「さ、キリーヤ……一緒に行きましょう」
「―――エリ。私自信ないよ。アルド様が私に示してくれたモノ……無駄にしちゃうんじゃないかなって思って」
 キリーヤは顔を俯かせて、自身の心を沈ませる。先程のエヌメラの言葉が止めになったのだろうか。僅かばかり回復した気持ちでは到底耐えられなかったとでも言うのか。まあ、当然か。引き合いに出されたのは忘れられた英雄、アルド・クウィンツ。大衆に忘れられながらも、今までの世界を築くのに貢献した血まみれの英雄。
 そんな彼と比べれば、見る理想こそ引けを取らずとも、その苦しみは大きく劣る。キリーヤが耐えられないのは当然の話であり、エリであろうともそれは例外ではないだろう。
「……大丈夫よ、貴方はアルドさんも認めた英雄。世界の誰もが実現しようとすら考えなかった事、貴方は実現しようとしてるじゃない。貴方はまだ心の強さを持ち合わせていないだけ。誰に何と言われようと、その決心だけは本物って、私はそう思ってる。それに……貴方は一人じゃない。私が、クウェイが、パランナが、フィリアスが、アルドさんが居る。貴方の及ばない所は私たちが補う。手を取り合えば出来ない事は無いのよ。私は貴方と出会うまで気づけなかった事だけれど……だからこそ、貴方を信じたい」
 エリは立ち上がって、手を差し伸べた。
「……行こう?」
「………………うん!」
 彼女は―――ゆっくりとその手を取って立ち上がった。その表情にはもう迷いはない。















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