ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄問答 Ⅱ

 ワドフは何だかんだで無邪気である。
 唐突だとは思うが、事実である。それ故レギ大陸において最も危険な目に遭う人物は、アルドの主観でこそあるが、それはワドフである。彼女はとにかくちょろい。相手を疑うような事なんて事はせず、楽しそうな話を持ってきた相手は無条件で信じる……
 確かに彼女は強くなった。それは認めよう。だがこんな奴が戦神クラスに昇格できたというのは、正直な話世界三大謎に加えてもいいレベルで信じられない。こんなモノは奇跡だ、悪魔の気まぐれだ。
 『勝利』だった自分が言うのもおかしな話だが。戦神になるという事自体、一種の偉業である。そのクラスの強さと言えばクリヌス、フィネア、フィージェント。その段階にまで強さが及ぶという事は勿論相応の知性も持っている訳で……
 ……アルドは横目でワドフを見つめる。一応心配しているのだが、そんな事とはつゆ知らず。ワドフは目を輝かせてレギ大陸を歩いていた。今は街道を歩いているだけの為、何に目を輝かせているかは理解できない。方向から察すると、村や街を見て感動しているようだが……
 断じて認めない。こんな子供みたいな反応をするワドフが戦神なんて。強さはともかくアルドは絶対に認めない。自分の判断はできる限りは信じていく方針だが、今回はあまり自信が持てそうにない。
 本当に同行を許して良かったのだろうか。
「ねえアルド」
「……何だ」
 謠はいつもと変わらない調子でこちらに微笑みかけてくる。謠が居るお陰で魔物は近寄ってこない訳だが、だからといってワドフの行動が許される訳ではない。謠が居ても安全ではないのだ、一体何だってそんなに無警戒にここを歩いているのか。
「ワドフがどうして無警戒に歩けているか分かる?」
「何だ謠。まさかとは思うが『私達を信頼してるんだよ』なんて甘っちょろい言葉を出すわけじゃないよな」
 頭を振る謠。
「『命刻』だよ。契約内容は確か『想人と満足するまでやりたい事をやる』だったよね。だったらこの行動もそれに基づいているんじゃないのかな」
「……どういう事だ?」
 如何せん恋愛方面の話には疎い。そんな後は察せよとばかりの情報量では首を傾げざるを得ないのだ。呑気に尋ねてくるアルドに、謠は若干複雑な表情を浮かべた。
「鈍いねえアルド。鈍々にぶにぶ君だよ。戦神の強さを持つワドフが、どうしてここまで無警戒かなんて言うまでもない―――それが本心って事なのさ」
「……何を馬鹿な。アイツはフェリーテに頼まれてきたから来ただけの事。それだけだ」
「うん。彼女の意識もきっとそうだろうけどね。でもあれはワドフの心理の現れ。彼女は本当は―――君と二人きりでデートがしたい。そしてその気持ちを『命刻』が表に出しているから、ワドフはあそこまで無警戒なんだよ」
 街や村を見ているのはそういう訳だよと謠。お前に何が分かるとは言わない。それは愚問だから。謠に関しては本当に愚問だからこそ、アルドは何も言えなかった。
 彼女の自分に対する思い。認めないとは言わないが、アルドはまだ完全に認めた訳ではない。幾ら彼女と遊んでいても、いくら彼女と同じベッドで寝ていても。それらは全てあの契約が起こした事象。どれ程交流が深まっても、その一線だけは超えなかった。その一線を踏みにじる事は、アルドにはどうしてもできなかった。
「ふーん。そういう風に考えるんだ。でもさ、アルド。命刻が起こした事象とは言うけど、それは飽くまでワドフの意志を尊重しているだけとも言えるよね。彼女もナイツの一員になったんだからさ、いい加減認めてあげたら? 幾ら『命刻』のせいとはいえ、彼女はアルドに認められるためだけに、今の今まで心を偽った事は無いんだから」
 二人がこんな会話をしているとも知らずに、ワドフは一人で楽しんでいる。心の底から笑っている。自分からはもう消え失せた感情が、その全身に表れている。
「ワドフ」
 何となしに呼んでみた。自分を好いてくれた一人の少女が、こちらに顔を向けた。
「―――楽しいか?」
「―――ハイ!」
 ワドフは靨笑ようしょうを浮かべてそう言った。
 答えは分かり切っていたのに。尋ねずには居られなかった。何故かは分からない。この気持ちを的確に表現するためには、如何せん経験が足りない。
 ああ分かった。自分は羨ましいのだ。偽り続ける事でしか生きていけなかったアルド・クウィンツは、ワドフ・グリィーダを羨んでいる。自分のままに誰かを愛し楽しみ生きていける彼女に、ちょっとだけ嫉妬しているのだ。






「―――やっぱりさ。アルドは笑っていた方がかっこいいよ。うん、かっこいい」










「……すまない聞き逃した。俺に対して何か言ったか?」
 アルドはいつもの調子で言っているのだろうが、不思議だ。謠自身、アルドとは長い付き合いだがそれでも―――偽りの一切を捨てたアルドの笑顔を見たのは初めてだった。
「ううん、何でもないよ」
 謠はいつもの調子でアルドに言う。アルドは特に気にした様子もなく、歩みを続ける。気づいていないだろうが、ワドフと同じ歩幅で。
 デューク・ファドク。その真意こそ知れないが、推し量る事は出来る。
 ……自分は彼の代わりに見届ける必要がありそうだ。ワドフとアルド。二人の結末を……『終末導きし者エンドサポーター』として。はじまりの執行者として。






 街道を歩いていてもおそらくエリ達の居る隠れ里には辿り着けない。アルド達は木々が鬱蒼と生い茂った森を二つほど抜け、洞窟を超え、エリ達のいるだろう場所に着く頃には既に夜になっていた。
 ―――そういえば、ファーカやチロチンと会った時も夜だったか。魔境が無いのが残念だ。
 生憎と魔境があるのはレギ大陸北西部。いつか行かねばならない場所とはいえ、今は通る必要はないので、その辺りの配慮は感謝するべきかもしれない。正直、この三人で魔境に行くのは気が引けていたのだ。
 闇夜を照らす明かりは無し。だがワドフや自分は夜目が利くし、謠の視覚にはそもそも明暗の概念が無いので、昼夜による影響は無さそうだ。
 ある程度歩みを進め、いよいよ山脈に差し掛かろうとしたところで、謠は歩みを止めた。
「どうした?」
「ちょっと待ってね。この里、どうやら魔術で隠遁してるみたいでさ。このパーティーにはかなり無意味だけど、ここから先に足を踏み入れると感知されて、村の人と戦闘する事になっちゃうんだよね」
 成程、確かにそれは厄介だ。こちらには殺される気はないが、戦う気もない。だというのに勝手に反撃されてはたまったものではない。だからと言ってこちらが反撃をすると、その実力差を鑑みるに村人が一方的に蹂躙されるだけで終わってしまう。
……意図せずしてのつまずき方だろうが、中々に厄介な魔術を結界代わりにしている。
「解除できそうか?」
 謠は空気を撫でるように手を動かす。一見して何も触っていないが、おそらく魔力に触れているのだろう。
「土地の脈を利用した結界魔術か……こっちの力はあまり使いたくないんだけどなあ―――ま、いいや。十秒ほど掛かるけど、いいかな」
「構わん」
 というかその程度なら許可を取らなくてもいいと思うのだが……まあ、アイツと一緒にいると時間間隔が狂っていく。仕方のない事だ―――
「はい、終了」
―――早ッ。十秒も経っていないぞ。
「お前、何したんだ?」
「どうって事は無いよ。この魔術は大陸に流れる魔力の脈を利用して作られている魔術だから、神造魔術か終位でもなきゃ物理的に破壊不可能だし、破壊したら気づかれる。だったら脈を書き換えて結界そのものを成立させなきゃいいだけでしょ」
 そういう事を聞いているのではないのだが……というか脈を書き換えるとか、大陸崩壊待ったなしの事を些事のように流すんじゃない。仕事が早いとはいえ、大問題だ。
「まあ、これで何事もなく入れるね。後でこの里の人達に色々言われるかもしれないけど、その時はアルドに任せるよ」
 謠は鼻歌を歌いながら、スキップで里へと入っていく。明るく行こうとは心がけているが、こちらはそこまで明るい気分にはなれない。脈を書き換えましたなんて馬鹿げた事、誰が信じるんだよ……








「アルドさん、お待ちしていました。最早自己紹介は不要と思いますが、エリ・フランカです」
「ウルグナ・クウィンツもとい、アルド・クウィンツだ。知っての通り大罪人だから、いつでも殺しに来てくれて構わないぞ」
 アルド、とエリが呼んでいる時点で以前の嘘はバレている。隠す必要なく、むしろ堂々としていた方が印象的にはいいだろう。下手な隠し方で何かを勘ぐられても困るし、敬称が付けられているのが気になるが、無視を決め込もう。
「貴方は確かに大罪人かもしれませんが、キリーヤはそれ以上に大切です。彼女の元気を取り戻せるのであれば、私は大罪人の手すらも借りる……騎士をやめた私ですが、それでもキリーヤだけは……守りたいから」
 エリは己の怒りを完全に抑制している。そんなどうでもいい感情は捨て置けと、今はキリーヤの方が何倍も大事なのだと。己の本能に刃を突き付けて、エリは己を抑えている。
 彼女にとってリスドはとても大事だった筈だ。愛していたはずだ。そんな彼女を生き永らえさせて、キリーヤの護衛にしたのは紛れもなくアルドの仕業。
 彼女のどこまでも綺麗な思い。敵にも助けを乞うその度胸。何度見てもそれは美しい。
「―――キリーヤの所に案内してくれ。今回ばかりは私も味方となろう」

























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