ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄問答 Ⅰ-Ⅱ 

 所詮は結果論。どう言い繕っても申し訳が立たないが、しかしながら何故にワドフは起きている。樽の中に隠れるなんて、偶然そうなったとはとても思えないし、実際偶然ではないのだろう。
 だがどうやって気づいた? フェリーテにすら気付かれていないというのに、ワドフだけが気づくなんてそんなバカげた事は無い筈……
「……」
 彼女は気付かれていないと思っているのか、返答をしない。いやいや、確かに『見つけたふりをして煽る事で相手に出てきてもらう』という戦法はあるが、まず意味もなくこんな所でそれをすれば阿呆である。それもまるで関係ないワドフの名前何て出る筈もないのだ。その辺りから少なくともばれてる事くらいは察してくれないだろうか。
「……ワドフ」
 アルドは立ち上がって、樽に接近。死剣を逆手に持ち替えて、樽へと向ける。
「三秒以内に出てこないと刺すぞ。3―――」
「あー分かりました分かりました! お願いですから刺さないでください!」
 樽の蓋から華奢な左手が見えるが、アルドはカウントをやめない。
「待ったは無しだ。2―――」
「わーッ、わーッ。ちょっと待ってちょっと待って変な体制で隠れちゃっ痛い痛い!」
「1―――」
 アルドは死剣を持ち替え、軽く二、三回空間を払う。直後、ワドフの隠れ―――否、詰まっていた樽は綺麗に三分割され、後にはワドフという侵入者だけが残っていた。樽が斬られた事も知らないでワドフは喚いているが、ぶっちゃけ滑稽でしかない。
「お前は何にもがいているんだ……」
「うーん、馬鹿っぽいね」
 紅茶を口につけながら謠は呟くが、その辺りは少し訂正してもらいたい。彼女は馬鹿っぽいのではなくバカなのだ。そう、馬鹿なのだ。
 そう。樽から解放されて数分経ってもワドフは―――
「っていつまでもがいているのだッ!」








「いやあ、お騒がせしました」
 アルドの隣に腰を下ろして、ワドフは呑気にそういった。なるほど、飽くまで白を切るつもりか。助けてやったのに何という仇討ち。
「で、何故にお前は私の出航を知っていたのだ?」
「いや―――実は」
 フェリーテさんに頼まれたんです、とワドフは言う。自分は被害者とばかりの面を浮かべてはいるが、生憎加担した時点で被害者でも何でもない。
 しかしながらフェリーテがそんな事を……道理で最近のフェリーテの警戒が緩かった訳だ。自分はてっきり、遂に自分の完璧な隠蔽が実を結んだのかと思ったのだが。
「お嫁さんには弱いね、アルド」
 心を読むな、心を。
「呼称に悪意を感じるのは私だけか? 確かにいずれはそういう関係になるが―――謠」
 謠は紅茶を口に運んだ。
「面白い反応をしてくれるからね、アルドは」
「あまりふざけると斬り捨てるぞ」
「出来もしない事を言うもんじゃありません」
 謠へと接近して死剣を振り下ろすが、その瞬間謠はカップの中身をこちらへと吹っ掛け、カップを翻して鎬を弾く。
「……ま、そうだな」
 ワドフはその光景に呆然としている。話の焦点が自分から逸れたか、或いは謠と自分の関係に困惑をしているからか。
 死剣を虚空に収め、アルドは再び席に着いた。……アレはするなよ? こっちは構わないが、ワドフに対する説明が非常に面倒だ。
「あの」
「どうした?」
 謠を視線で制しつつ、ワドフの方へと向き直る。彼女は怪訝な表情を浮かべているが、それが謠との関係を見ての事であれば説明の仕様がない。取り敢えず、もう一人居ないと話にならない。
 その事かなとは予想していたのだが、ワドフの言う事は普通に違っていた。
「武器、何処にしまってるんですか?」
 この状況とはまるで関係ないが、その疑問は尤もなモノだ。当たり前のように出し入れしているが、ナイツは事情を知っているので聞いてこないし、答える機会もあまりなかった。ワドフは新米故に事情を知らない。聞いてくるのはある意味当然か。……状況については置いといて。
「これは初代ナイツ一人一人の魔力から構成される武器庫みたいなもので、一人の魔力が無くなるたびに貯蔵が一割程減る物だ。お前には権限が無いから干渉できないが、その内オールワークからお前に宝物庫への干渉権限が渡される筈だから、その辺りは準備しといてくれ。ちなみに日用品を入れてくれても問題ない」
 女性勢は衣服や香水なんかが放り込まれていたような。男性勢は良く分からない。ディナントは砥石を異常な程詰め込んでいるが、それ以外に目立ったようなモノを入れている奴は……多分いない。
「そんな事は置いといて―――何の話だったっけな」
「フェリーテがお嫁さんだって話だよ」
「やめろ謠。俺にその呼称は効く」
 確かに事実ではあるのだが、他人から何の飾りもなく言われると恥ずかしくなってしまう。二人きりとかなら問題は……謠なら大ありだが。
「もういい。話を蒸し返しても謠に精神を削られる気がしてきた。改めて話を切り出そう―――ワドフに関しては、もう同行させる他あるまい。まあよく考えてみればエリやキリーヤは知り合いだしな。同行するという発想が浮かばなかった私にも若干の責任はある。そういう訳で同行については私は一向に構わないのだが」
 謠に目配りをするが、彼女は沈黙を貫いている。沈黙は肯定也や。構わないと受け取ってもらっていいのだろう。
「そういう訳で、ワドフ。同行を許す。エリやキリーヤも喜ぶだろうしな。あまり好き勝手に移動しない事さえ守ってくれれば何してくれても構わないぞ」
「……あの、アルドさん。顔中紅茶塗れですけど―――」
「ああ、うん。……そうだな―――」








 エリ。キリーヤ。ワドフ。アルド。リスドで出会った四人の運命は、再び絡むわけなのだが……気のせいだろうか。いやもう一人揃ってしまいそうで仕方がない。彼女とはリスド以来会えてはいないし、おそらく自分の嘘についてはバレているとみて間違いはないが、さて。彼女はどういう行動を取るのだろうか。






 港に辿り着いた頃にはすでに夜は明けていた。謠はともかくとして、ワドフはレギ大陸に来るのは初めてらしく、物珍しそうに辺りを見ている。脆弱であればその行為は自殺行為に他ならないが、彼女に勝てる人間などそれこそ限られているし、間違ってもただの筋骨隆々の若者が勝てるような存在ではない。自分でさえそれなりに苦戦したのだから、絶対安心とは言えないまでも気を使う必要はなさそうだ。
 むしろ一番の自殺行為は、彼女自身が善人である事だ。キリーヤが来てその特性は変わりつつあるとはいえ、レギ大陸は元々偏った正義だけで構成された穢れた大陸。大衆的な正義など悪でしかなく、そういう者は悪の洗礼をこの大陸で受ける事となる。
 ……内容については言うのは控えたい。少なくとも、心がぶっ壊れるまで皆にいじくり回される……正義なんて持てなくなると言えば、内容については察せるだろう。察してほしい。
 キリーヤが悪の洗礼を受けずに済んだのは、おそらくエリと他の仲間とフィリアスフィージェントのお陰だ。彼らは揃いも揃って実力者だろうし、フィージェントに関しては自分のお墨付き。
特にフィージェントが居れば大抵の大陸は安心して回れるだろう。頼んだ形とはいえ、アルドの判断は正しかったと言える。
「……何だかんだ、二年か」
 記憶を失っていた無色の時間、キリーヤはどんな成長を遂げただろうか。美人になってる事については当たり前としても、その意志は―――
 彼女と出会える事に喜びを感じながら、アルドは言った。




「さあ、行くぞ」

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