ワルフラーン ~廃れし神話
奇遇、必然
大陸から大陸への転移は、人類には不可能である。それはクリヌス以前に、全人類の共通認識だ。きっと何かしらの方法で実行しようとは考えても、机上の空論に収まった人物は多い。クリヌスもその内の一人である。
だが今回行う転移はレギ大陸への移動である。前述の発言と矛盾しているとはだれしもが思う事だろうが、少し頭を捻ればこんな事はすぐにでも思いつく。
詰まる所、一度の転移で長距離を移動するから、無理なのだ。中継地点を設けてそこから断続的に転移していけば……いつかは目的地へとたどり着く。本当に少し考えれば良いことで奇策とも言えないのだが、頭の固い魔術学者達はどうしても一回で済ませたいらしく、思いつかない、或いは思いついてもそれは偉大ではないとして切り捨てているらしい。
偉大かどうかより、実用性があるかかどうかが問題な気もするが、その辺りには気づかないのだろうか。少なくとも、騎士のクリヌスには高尚すぎて理解できない考え方だ。
―――まあ、断続的な転移にも出来る出来ないはありますがね。
自分を天才等とは思わないが、それでもこの方法には莫大な魔力が必要不可欠だ。『勝利』と呼ばれている自分でさえ、目的地に辿り着くころには六割以上もの魔力が失われているのが何よりの証拠。学者と同類にはされたくないが、それでもやっている事自体は似ている。どっちみち実用性など無いのだから。
「……クリヌスさん」
「……………………よく舌を嚙まないモノですね」
転移によって移動した位置は、僅かながら空間そのものが振動する。断続的な転移とは即ち、空間への振動そのものの頻発に他ならない。
にも関わらずこのリーリタは度胸があるのかないのか。レギ大陸に到着する頃には舌が切り飛ばされてても不思議ではないだろう。
「アルドの奴と会ったら、やっぱり斬りかかるんですか……?」
「私は斬殺狂ですか。というか、後輩からそんな風に思われてるんですか」
「アルドの事に関しては、なぜか皆の記憶から消えてるのでその辺りは何ともですが、でもクリヌスさん。国の許しなくして上流貴族を切り伏せた事あったじゃないですか」
如何せんアルドに執着していたので、それ以外の事は朧げな記憶としてしか保有されていないが、確かにそんな事もあった。特に不正も何もしていない、消費しかしない上流貴族だったが、たったそれだけで切り伏せる程短期では無かった筈だが一体何故―――
「……ありましたっけ?」
「誤魔化しますか」
リーリタが知っているという事はかなり有名な事件として取り扱われているのだろう。今現在まで知るよしのない事だったのは、きっと事の真意を尋ねてはいけないという暗黙の了解があったからなのだろう。
忘れ去られていた方がいい事もある。その方がきっと―――
―――そうだとも。あれはイティスの命に関わる事だ。アルドとの約束がある以上、真相を知ったものは誰であれ消さなければならない。どんな経緯で暗黙の了解となったかは定かではないが、いずれにしてもその判断は正しい。場合によっては今ここでリーリタを排除する事だってあり得たのだから。
クリヌスの無言の圧が功を制したようで、リーリタはそれ以上追及する事をやめた。心の中の靄が晴れない、むしろ深まるばかりだ、とでも言わんばかりの表情だが、残念ながらその靄が遮っているのは真相ではなく死だ。
言い換えれば、その邪魔な靄は、その実リーリタを守っているのである。無論、アルドとの約束を知らないリーリタが、そんな事を知る筈もないのだが。
「さてさて。大変に奇怪で奇妙で珍妙な転移の旅でございましたが、そろそろ終点でござッ……!」
慣れない芝居はするモノではない。予定はなかったが、転移中に喋る事がどれ程危険か、この身を以て後輩達に示す事となってしまった。
「…………! 失礼。とにかく、次の転移が最後です。スリー、トゥー、ヒョイッ!」
正義なき大陸、レギ。恐らくキリーヤさえ現れなければ大陸の特性は永久に失われる事は無かっただろう。
だがキリーヤが現れた事で、大陸の特性は姿を消しつつある。というか、キリーヤの働き次第ではリスド大陸と同じ特性を持つ事になるだろう。リスドと違う点を挙げれば、真の共存体制を築けるかもしれない、という事だが、それを可能としてしまう故に、キリーヤは英雄扱いされ、同時に煙たがられる。
キリーヤに渡した転信石からは、連絡がひっきりなしに続いた事があった。自分という正義を歓迎するモノも居れば、拒絶するモノも居る。どうして正義は拒絶されるのだろう……だったか。如何せん相談の回数が多すぎて、詳細は忘れた。
わかっている事といえば、相談の度にキリーヤの元気が無くなっている事だった。仕事に追われているクリヌスにはどうする事も出来なかったが……もしキリーヤがまだレギに居るのであれば―――ほかの大陸での噂は聴かないから、十中八九いるとは思うが―――出会う事があるならば、元気づけてあげるのもいいかもしれない。
優しすぎると疑問を抱かれることもあるが、アルドを介してとは言え、キリーヤは友人だ。可能な限りは助けてあげたい。魔人と人間の共存を示す希望を潰したくはない。もしアルドがこの大陸に居ないのであれば……目的をすり替えて彼女と会うのもいいかもしれない。
クリヌスは転移酔いを起こして嘔吐しているイティスを見、再び思考を巡らす。
イティスに会わせるのもいいかもしれない。片やアルドを尊敬し続ける少女、片やアルドの妹。話は合うかはわからないが、気は合うだろう。
「貴方は酔わなかったんですね」
「俺はこういう事に強いですから」
自慢げに胸を張るリーリタだが、それは先程の会話からわかる事であるため、正直心配していない。リーリタに対してだけは社交辞令程度の心配である。
「ファイレッドは―――少し休憩しましょう」
「…………………たすかり、ます」
多少の具合の悪さであれば無視したが、流石に嘔吐なんて生ぬるい程に体調を崩されては移動する訳にもいかない。取り敢えずは休憩としよう。
「……さて、と」
地図を見る限りでは、ここは闘技街から少し離れた何の変哲もない茂み。ファイレッドの容態も心配だし、ここはひとつ……
「私は少し闘技街へと赴きます。はぐれてしまったら厄介な事この上ないので、絶対にここから離れないで下さいよ。いいですか、絶対ですよ。野盗なんかに襲われても貴方達なら撃退できるでしょうから、くれぐれも……私の言いつけを守るように」
念入りに言っておいたが、どうなるかは分かったモノではない。店主に薬を見繕ってもらって、迅速に戻らなければ。
闘技街はやはりというべきか、殺意が滞留していて居心地が悪い。正義なき町なんて言われるのも仕方ないだろう。この大陸にしてこの街あり、だ。
だが驚くことなかれ。これでも大分改善された方なのだ。昔はその辺りに瓶やら死体やら散々玩具にされた女性が転がっていたが、今はそんな事はなく、女性はともかくごみは確実に無くなっている。キリーヤの二年の努力は無駄ではなかったといえるだろう。厳しい事を言えば、二年もかかってそれだけなのだが、その『それだけ』すら変化しなかったと考えれば、彼女の偉大さも多少は理解できる。良くも悪くも理想に向かって真っすぐに突き進む彼女は凄い人間なのだ。それこそ英雄と呼んでも差し支えないほどに。
―――言いすぎでしょうかね。
等とのんびり考えてはいるが、薬屋は一向に見つからない。ここの薬屋は利用した事がないので当たり前だが、それにしてはあまりにも見つからなさすぎる。
もしかすれば裏路地の方にあるのかもしれない。そう思ってクリヌスが裏路地へと向かうと―――
「キャッ!」
突如自分の腰ほどの背丈の少女がこちらにぶつかってきた。少女は驚いたように視線を上げる。
「―――大丈夫ですか?」
クリヌスは手を差し伸べるが、少女は一人で立ち上がり、何かから逃げるように大通りの方へと駆けていった。
「……私の死は回避可能だったんでしょう、ええそうでしょう。先程ぶつかってきたダルノアをフルシュガイドへ連れて帰れば死は回避できたんでしょう。ねえ―――」
クリヌスは裏路地を見やり、ぽつりと呟いた。
「―――サヤカ」
だが今回行う転移はレギ大陸への移動である。前述の発言と矛盾しているとはだれしもが思う事だろうが、少し頭を捻ればこんな事はすぐにでも思いつく。
詰まる所、一度の転移で長距離を移動するから、無理なのだ。中継地点を設けてそこから断続的に転移していけば……いつかは目的地へとたどり着く。本当に少し考えれば良いことで奇策とも言えないのだが、頭の固い魔術学者達はどうしても一回で済ませたいらしく、思いつかない、或いは思いついてもそれは偉大ではないとして切り捨てているらしい。
偉大かどうかより、実用性があるかかどうかが問題な気もするが、その辺りには気づかないのだろうか。少なくとも、騎士のクリヌスには高尚すぎて理解できない考え方だ。
―――まあ、断続的な転移にも出来る出来ないはありますがね。
自分を天才等とは思わないが、それでもこの方法には莫大な魔力が必要不可欠だ。『勝利』と呼ばれている自分でさえ、目的地に辿り着くころには六割以上もの魔力が失われているのが何よりの証拠。学者と同類にはされたくないが、それでもやっている事自体は似ている。どっちみち実用性など無いのだから。
「……クリヌスさん」
「……………………よく舌を嚙まないモノですね」
転移によって移動した位置は、僅かながら空間そのものが振動する。断続的な転移とは即ち、空間への振動そのものの頻発に他ならない。
にも関わらずこのリーリタは度胸があるのかないのか。レギ大陸に到着する頃には舌が切り飛ばされてても不思議ではないだろう。
「アルドの奴と会ったら、やっぱり斬りかかるんですか……?」
「私は斬殺狂ですか。というか、後輩からそんな風に思われてるんですか」
「アルドの事に関しては、なぜか皆の記憶から消えてるのでその辺りは何ともですが、でもクリヌスさん。国の許しなくして上流貴族を切り伏せた事あったじゃないですか」
如何せんアルドに執着していたので、それ以外の事は朧げな記憶としてしか保有されていないが、確かにそんな事もあった。特に不正も何もしていない、消費しかしない上流貴族だったが、たったそれだけで切り伏せる程短期では無かった筈だが一体何故―――
「……ありましたっけ?」
「誤魔化しますか」
リーリタが知っているという事はかなり有名な事件として取り扱われているのだろう。今現在まで知るよしのない事だったのは、きっと事の真意を尋ねてはいけないという暗黙の了解があったからなのだろう。
忘れ去られていた方がいい事もある。その方がきっと―――
―――そうだとも。あれはイティスの命に関わる事だ。アルドとの約束がある以上、真相を知ったものは誰であれ消さなければならない。どんな経緯で暗黙の了解となったかは定かではないが、いずれにしてもその判断は正しい。場合によっては今ここでリーリタを排除する事だってあり得たのだから。
クリヌスの無言の圧が功を制したようで、リーリタはそれ以上追及する事をやめた。心の中の靄が晴れない、むしろ深まるばかりだ、とでも言わんばかりの表情だが、残念ながらその靄が遮っているのは真相ではなく死だ。
言い換えれば、その邪魔な靄は、その実リーリタを守っているのである。無論、アルドとの約束を知らないリーリタが、そんな事を知る筈もないのだが。
「さてさて。大変に奇怪で奇妙で珍妙な転移の旅でございましたが、そろそろ終点でござッ……!」
慣れない芝居はするモノではない。予定はなかったが、転移中に喋る事がどれ程危険か、この身を以て後輩達に示す事となってしまった。
「…………! 失礼。とにかく、次の転移が最後です。スリー、トゥー、ヒョイッ!」
正義なき大陸、レギ。恐らくキリーヤさえ現れなければ大陸の特性は永久に失われる事は無かっただろう。
だがキリーヤが現れた事で、大陸の特性は姿を消しつつある。というか、キリーヤの働き次第ではリスド大陸と同じ特性を持つ事になるだろう。リスドと違う点を挙げれば、真の共存体制を築けるかもしれない、という事だが、それを可能としてしまう故に、キリーヤは英雄扱いされ、同時に煙たがられる。
キリーヤに渡した転信石からは、連絡がひっきりなしに続いた事があった。自分という正義を歓迎するモノも居れば、拒絶するモノも居る。どうして正義は拒絶されるのだろう……だったか。如何せん相談の回数が多すぎて、詳細は忘れた。
わかっている事といえば、相談の度にキリーヤの元気が無くなっている事だった。仕事に追われているクリヌスにはどうする事も出来なかったが……もしキリーヤがまだレギに居るのであれば―――ほかの大陸での噂は聴かないから、十中八九いるとは思うが―――出会う事があるならば、元気づけてあげるのもいいかもしれない。
優しすぎると疑問を抱かれることもあるが、アルドを介してとは言え、キリーヤは友人だ。可能な限りは助けてあげたい。魔人と人間の共存を示す希望を潰したくはない。もしアルドがこの大陸に居ないのであれば……目的をすり替えて彼女と会うのもいいかもしれない。
クリヌスは転移酔いを起こして嘔吐しているイティスを見、再び思考を巡らす。
イティスに会わせるのもいいかもしれない。片やアルドを尊敬し続ける少女、片やアルドの妹。話は合うかはわからないが、気は合うだろう。
「貴方は酔わなかったんですね」
「俺はこういう事に強いですから」
自慢げに胸を張るリーリタだが、それは先程の会話からわかる事であるため、正直心配していない。リーリタに対してだけは社交辞令程度の心配である。
「ファイレッドは―――少し休憩しましょう」
「…………………たすかり、ます」
多少の具合の悪さであれば無視したが、流石に嘔吐なんて生ぬるい程に体調を崩されては移動する訳にもいかない。取り敢えずは休憩としよう。
「……さて、と」
地図を見る限りでは、ここは闘技街から少し離れた何の変哲もない茂み。ファイレッドの容態も心配だし、ここはひとつ……
「私は少し闘技街へと赴きます。はぐれてしまったら厄介な事この上ないので、絶対にここから離れないで下さいよ。いいですか、絶対ですよ。野盗なんかに襲われても貴方達なら撃退できるでしょうから、くれぐれも……私の言いつけを守るように」
念入りに言っておいたが、どうなるかは分かったモノではない。店主に薬を見繕ってもらって、迅速に戻らなければ。
闘技街はやはりというべきか、殺意が滞留していて居心地が悪い。正義なき町なんて言われるのも仕方ないだろう。この大陸にしてこの街あり、だ。
だが驚くことなかれ。これでも大分改善された方なのだ。昔はその辺りに瓶やら死体やら散々玩具にされた女性が転がっていたが、今はそんな事はなく、女性はともかくごみは確実に無くなっている。キリーヤの二年の努力は無駄ではなかったといえるだろう。厳しい事を言えば、二年もかかってそれだけなのだが、その『それだけ』すら変化しなかったと考えれば、彼女の偉大さも多少は理解できる。良くも悪くも理想に向かって真っすぐに突き進む彼女は凄い人間なのだ。それこそ英雄と呼んでも差し支えないほどに。
―――言いすぎでしょうかね。
等とのんびり考えてはいるが、薬屋は一向に見つからない。ここの薬屋は利用した事がないので当たり前だが、それにしてはあまりにも見つからなさすぎる。
もしかすれば裏路地の方にあるのかもしれない。そう思ってクリヌスが裏路地へと向かうと―――
「キャッ!」
突如自分の腰ほどの背丈の少女がこちらにぶつかってきた。少女は驚いたように視線を上げる。
「―――大丈夫ですか?」
クリヌスは手を差し伸べるが、少女は一人で立ち上がり、何かから逃げるように大通りの方へと駆けていった。
「……私の死は回避可能だったんでしょう、ええそうでしょう。先程ぶつかってきたダルノアをフルシュガイドへ連れて帰れば死は回避できたんでしょう。ねえ―――」
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