ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

はたまたそれは運命か

 手早く荷物整えた後、気持ち早めにクリヌス達は出発した。国の招集には応じないが、民の助けには応じる為、大した問題にはなるまい。あるとしても、それは後方から感じる彼女の気配と、今頃は手紙を読んでいるだろうサヤカの反応以外にはありえない。前者はともかく、後者に関してはイティスを殺しかねないので注意が必要だ。行先は伝えていない為大丈夫だとは思うが……女の勘とやらで来られたら結構面倒である。
「必要なモノはまとめましたか、イティスさん」
「はい、大丈夫ですッ」
 二人は今、フルシュガイドの城壁の上に佇んでいる。普通に門を通っていたら、他の人物から行先を特定される、そう思ったからだ。
 調査能力に長けている二人ではあるが、このフルシュガイドにおいてはクリヌスの方が何枚も上手。彼女達の何れかに劣る事など有り得なかった。後はイティスをしっかり見ていれば、きづかれる事はあるまい。自分が持ってきたのは、剣一本だけなのだし。後はやはり―――彼女を見張っていればそれでいい。
 イティスが持ってきたのは短剣と、何かのペンダントと……指輪だった。その指輪に嵌められた緑色の宝石から察するに、あれは長寿の願いが込められた指輪だ。死んだと思っていた兄に、もっと長く生きていて欲しいのだろう。会いたくても会えない、しかし彼を気遣っているその様は健気ですらある。余りにも悲しいその在り方に、クリヌスでさえ茶々を控えたほど。
 彼女は心の底から……兄が戻ってくることを願っているのだ。もう一度会いたいと願っているのだ。また一緒に暮らしたいと思うほどに兄を愛しているのだ。たとえそれが絶望的な程に叶わない願いだったとしても、それでも願う以上、叶う可能性はある。彼女はそれに賭けているのだ。
 兄弟以上の感情を持っている様に見えるが、真面目に言ってしまえば、あれこそがイティスにとっての家族愛。
 尤も、同情の余地はある。母も父も居ない状態で、只一人の肉親である兄だけが自分を気にしてくれたのだ。唯一無二の肉親なのだ。傍から見れば過剰な愛でも、それは家族に飢えたイティスにとっては反動のような愛。だからあれ程までに過剰に。一見して恋人を想う乙女にすら見えるという訳だ。今までの雰囲気ならば確かに茶々の一つもいれたが、今はそういう時では無い。彼女の純粋な思いは、せめてこういう場でだけは評価してやるべきだ。それが兄を想う彼女の為でもある。
「何か落とされたら非常に困るんですが、その辺りは問題ありませんよね?」
 ペンダントは首から提げているし、短剣は鞘に収まっている。指輪も彼女の指に収まっているので大丈夫―――
「いやいやイティスさん。幾ら何でも、貴方がピッタリ入る指輪を、クウィンツさんが嵌められる訳ないでしょうが」
「え、あ―――」
 目を見開いて露骨に動揺している事から、本当に気づいていなかったらしい。変な所で抜けているのも、やはり兄弟を感じずにはいられないが、まあいいか。
 クリヌスはイティスから指輪を取り上げ、ポーチに放り込んだ。
「後で私が修正しておきますから、安心してください」
 適当に骨子再構成でもかけておけば、この問題は解決だ。落としそうなモノ、手掛かりになりそうなモノは……無い。大丈夫だ。
「では少しばかりお体を借ります。出来れば力を抜いて楽に―――」
「待ってくださいッ!」
「クリヌス……さんッ!」
 投げられた声は予想とは違っていた。驚いて振り返ると、肩で息をしながらも疲れた様子は隠せない、リーリタ・フィラハルト。アルドの幼馴染であり、アルドの頑張りを嗤わなかった只一人の男。愚かにも、アルドの処刑中止を王に訴え出た者であり、左目付近の傷はその時に出来たモノ。愚かな人物その一である。一応、年齢的には先輩だ。
 リーリタはクリヌスの肩を掴み、瞳から大粒の涙をこぼしながら、言った。
「お願いです、クリヌスさんッ。私達も、アルド救出に同行させてください! オレ……アイツが生きているって知らなくて……魔人に無理矢理使われているなら、俺が連れ戻してやりたいんです!」
 誰が流したかは知らないが、随分といい加減な情報だ。アルドが無理やり魔人に従っている? 笑わせる発言は控えて欲しい。従っているか否かなんてのはこの際置いといて、少なくとも彼は無理やり動いてはいないのだ。
 真実は共有してはおきたいが……
「―――ではファイレッド・ネファー。貴方は如何な理由でここまで? 回答如何によっては―――即刻この場で切り伏せます」
 リーリタの隣にいる少女、ファイレッド。ネファ―。一応はクリヌスの同期だが、彼女と直接の面識はない。
 せいぜい、アルドが騎士になるずっと前からアルドを好いていた数少ない、というか家族以外で唯一の少女だ。
「私は……アルドさんにまだ思いを伝えてないの……死んだから、もう会えないと思ってたから……すんッ、くすんッ えうッ、ひえやッ……もう一度、会いたいんですゥ……」
 恋する乙女の心は複雑怪奇。ファイレッドの心は、読めなかった。
 だがその言葉の端々からアルドへの愛が感じ取れる為、全く信用出来ないという訳ではなかった。涙もろい辺りは中々どうして面倒そうではあるが、その辺りはリーリタに任せれば大した問題にはなるまい。
「…………………分かりました。只、貴方達も最低限の荷物で―――」
「そう言うだろうと思って、予め準備をしておきました!」
 ……
「では何か足がつきそうなモノは―――」
「特にありません!」
 ……まさかとは思うが、この二人。自分が同行を許す事前提で、ここまで来たのではあるまいか。二人がそれほどまでに狡猾とは思えないが、懐疑的な念を抱かずにはいられない。邪魔をしてくれないのは助かるが、何からが何まで準備が良すぎるのだ。
「…………よろしい。未来から来たのかと疑うほどに、随分と準備が完璧ですが、まあそれはこの際気にしないでおきましょう。まあ? 貴方達の事ですから、絶対同行するなんて思いで準備をしてきたのかもしれませんが―――私が畜生でなくて良かったですね」
「クリヌスさんが畜生なら、その女の子だってそんな懐きませんし」
「クリヌスさん……やさしヴェっしッ!」
 ファイレッドはまだ泣いている。その姿はまるで……幼少期の自分の様で、同族嫌悪とでも言うのだろうか、自分を見ているようで多少いらつく。
 だがここまで入念に、絶対の想いで来た二人だ。その想いに応えてやらないのは、騎士として、人間として、『勝利』として、何より自分として間違っている。
 クリヌスは、少しだけ頭を抱えつつも、その微笑みを隠そうとはしなかった。
「―――クウィンツさんは、本当に人気者ですね。まあ彼自身恋愛は苦手なようでしたから、異性の想いなんかには気づこうとしなかったんでしょうが―――それにしても、この『勝利』になる以前の人望。……『勝利』になるまでは、誰も目を掛けてくれなかった『僕』とは大違いです」
 クリヌスは地面に手を付き、魔法陣を組み上げた。術式二十、転移だけで組まれた移動魔術。
「では最後に確認致します。本当に、同行しますか?」
 二人の意思が揺らぐことは、やはり無かった。
「よろしい。では僅か数秒の間ではありますが―――転移の旅をお楽しみください」













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