ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

契を交わす

 第二の試練 激流




 犯人の正体が分かってしまった故、こうもセンスの無いチョイスは怒りを通り越して呆れてくる。嘆息の一つもしたくなってくるというモノだ。殺す気があるのやら無いのやら。殺す気があるならば火山なり雪山なり、選択肢は幾らでもあると思うのだが……激流とはまた中途半端なモノを。
 とはいえ、侮ってはいけない。この川の水は身体能力の九割を殺ぐという恐ろしい特性を持つ。魔力を持っていれば身体強化を限界まで引き延ばして突破か或いは流れを遮断して道を作る―――等々、手段自体は豊富である為、そこまで苦労するようなモノではない。
 では何が問題かって……お忘れだろうか。アルドは魔力を引き出せぬ体質だという事を。それは魔力切れで死ぬ事はない事、根源エヌメラの天敵になれる(勝てる訳では無いのは最早言うまでもないだろう)というメリットの反面、こう言った場所を突破できないというデメリットがある。
 というか、どんなに狂った秤を使っても、明らかにデメリットの方が重い。こちらとしては何とも複雑な気持ちだ。
「……やってくれるな、本当」
 アルドが感心のようにも聞こえる呟きを漏らす。どうやらこの世界は作り続けられているらしく、先程のルール無視ちょうやく対策はしっかりと施されていた。対岸に見えるあの柵だ。どんな効果が施されているかは……言いたくないので置いといて、取り敢えずこちらも、ナイツにすら開示していない切り札を切らなければ突破できないようなモノだと明言しておこう。
 一応これはデートだ。どうでも良い状況とは言わないが、明らかにその類の切り札を開示する機とは言えまい。
 詰まる所、秩序ルール無視はするな、という事だ。残念ながら反論の余地はない。全面的に非が在るのはこちらなのだし、今回ばかりは正攻法で挑むとしよう。
「さて、メグナ。これはどう突破しようか」
「え……そうですね……」
 メグナは先程から、ずっとこちらを抱きしめたままである。ご丁寧に下半身を巻き付けてまで……そんなに離れたくないのかというのは今更として、一つ言わせてほしい。
 動き辛い。
 蛇故に起きる事だが、こうも巻き付かれると非常に動きづらいし、口には出さないが普通に痛い。胴体の骨が全て粉砕されそうだ。彼女に粉砕される分には全然構わないし、それはいいのだが……一番の問題はとにかく動きづらいという事だ。
「―――やっぱり離れてくれないか」
「……離しません」
「離してくれないと渡れそうにないのだが」
 自分で「離すな」と言った手前、あまり強く出る事は出来ない。メグナも離れろなんて通達を聞く気はないだろう。
 少しばかり思考を巡らせた後、アルドが言う。
「……なら折衷案だ。私の背中に回り込んでくれ。お前が前に居ては、文字通り手の出しようがない」
「うー……御意に」
 少々不服そうだが、分かって欲しい。この川を渡るにはこうするより他は無いのだ。アルドは虚空から、刃に霜の掛かった剣を取り出し、川底へと突き立てた。その直後、川底より発生した絶対零度の波が激流を氷結させ……数十秒の後、そこには氷の道が出来ていた。
「ルール違反ではないよな?」
 その言葉は誰に向けられていたのか。それは当人以外は知る由の無い事である。






  最終試練     永久に廻る道ロストロード






 看板には随分と大袈裟な名前が書かれているが、アルドの視る限り、ここは何でもない只の道である。いい加減ネタ切れか。いや、そんな色々な場所には行っていないのだが―――只、犯人達の想像力の貧困さに頭を痛めているだけである。彼等は色々な場所に行っている筈だが、流石に何もない道に対してこんな仰々しい名前を付けるのは―――
 いや、むしろそれこそが目的か。何もない道と油断した相手を二度と出られぬ迷宮に誘う……やりそうな手口だ。むしろこちらの可能性の方が高い。
「メグナ、この道をどう思う?」
「あた……私としては、特に何も感じませんが、アルド様ももしかして……」
「ああ、何も感じない。私の五感が働かないなんて珍しい事もあるモノだ。危険かどうかすら判別できないなんてふざけた空間だよ。気を引き締めろよメグナ。ここは……危険すぎる」
 こちらを抱きしめる―――もとい絞めつける力が強くなった。アルドの言葉を信じてくれての行動だろう。動き辛いのはさておいて、自分の命令に素直に従ってくれると言うのは実にありがたかった。
 おそらく次に足を踏み出した時からが地獄の始まりだろう。アルドに一切の危険を悟らせない程の隠匿技術まで使っているのだ、先程までの生ぬるい殺意とは訳が違うのは確か。
―――果たしてメグナを守る事が出来るだろうか。
 脳内を過った思考を瞬時に否定する。守る事が出来るか、ではない。臣民を守れなくして何が王か、何が『勝利』か、何が……男だ。守りたいと思うモノを守る。そんな最低限の事すら出来ない自分にはなりたくない。そんな自分に―――生きている資格は無い。
 アルドは動揺する気持ちを無理やり押さえつけ……一歩を踏み出した。
 ………………………………………………
 成程。安心させる為に敢えてずらしているらしい。アルドは次に起こりうる現象を、己が思考の追いつく限り想定しつつ、再び一歩踏み出す―――
 …………………………………………………………
「あの……アルド様? もしかしなくても、これって―――」
「そんな訳が無いだろ。これは相手を安心させる罠に決まっている。きっとそうだ」
 それは決めつけ、というより必死に言い聞かせている様に聞こえた。これは罠だ、油断を誘っているのだ、何も無い筈が無い、と。
 アルドは徐々に歩みを速めるが、尚も特異現象は起きず。遂に出口の手前まで来てしまった。
「……アルド様?」
「ハ……ハ、ハハ、ハハハハハ!」
 メグナがこちらの表情を窺う為に身を乗り出しているが……信じられない事に、アルドは笑っていた。見方によっては『壊れた』とも取れる狂った笑い。何かの枷が外れたかのような声は、とてもアルドから発せられる声とは思えなかった。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! そうかそうか、確かにあの看板に偽りは無かった。視えない危険に恐れていては、確かにあそこを永久に廻る事になるだろうッ。道理で私が何も感じない訳だ。最初からッ、何もないんだからッ、何も分かる訳が無い!」
 その姿はさながら、未知を楽しむ少年そのものだった。あのアルドがここまで喜ぶ所を見ると、どうやらこのような手段は初めてのモノだったらしい。
 だが魔術も使わず、何らかの体質も使わず。相手の心理を逆手にとる事で、場合によっては絶対に進ませない道を作る。確かにこんな手段を使おうとする大馬鹿者は居ないだろう。掛けようとする相手がアルドならば尚更。
 アルドの嬉々とした表情に、メグナが口を挟む事は無かった。何故ならばそれは、……輝いていたから。ナイツにすら滅多に見せない表情を、アルドは自分の目の前で見せたのだ。
 自分は貰ったのだ。アルドの初めてを今。貰ったのだ。こんなに嬉しい事は他にあろうか、いや無い。あってはならない。アルドはフェリーテにすら見せた事のないほどの輝きを……見せてくれたのだ。
「流石としか言いようがない。いや真に素晴らしい。こんな手段には引っ掛かった事が……」
 興奮冷めやらぬ様子のアルドだが、こちらの表情を窺っているメグナを見たその刹那、いつもの表情に戻る。
「すまない」
「いいえ。いいんですよアルド様」
 メグナはいつもの様に、淫靡な表情で笑って見せる。……良かった。大して時間が経っている訳では無いが、いつもの彼女に戻ってきている。彼女の本心が垣間見えた事は素直に嬉しかったが、やはりいつもの調子の方がこちらも接しやすい。
「では行くか」
「はい!」








 最終試練という言葉もまた真実だったらしく、これ以上あの珍妙な試練が出る事は無かった。先程の試練はかなり奇妙だったとはいえ、それまでは殺意があるのやら無いのやら良く分からないモノだった。容易に渡る事ができたとはいえ、下手をすれば死にかねないなんて、本当に半端すぎる。これまでの試練にどんな意味が隠されているかは知らないが、失敗しているような気がする。気のせいであると良いが、こういった時のアルドの予感は大抵外さない。
 メグナは既にアルドの体から離れ、隣を歩いていた。絞めつけの状態になれてしまったせいか、微妙に動きづらい。
「ここがお前の行きたかった所か?」
 試練を抜けたその先は崖だった。綱も無いし、看板も無い。正真正銘の行き止まりだ。何時の間に上ったのか、下の地面までは二百メートル以上もの距離がある。
「ええ、まあ。其の筈ですけど」
 言い方が気になるが、その辺りは些事と流しておこう。
「それで、私に見せたいモノとは何なんだ?」
「ああそれは……ちょっと―――待ってください」
 メグナはこちらに背を向けて、小さく呟く。
「本当に言わなきゃダメなの?」
 こういう状況の時、聞こえていない方が良いとは思うのだが、如何せん鋭い五感のせいで、メグナの言葉は全て筒抜けだ。
 アルドが恋愛に対してかなりの苦手意識を持っているのも、この辺りの鈍感さが無いからだろうか。
「言わなきゃ……言わなきゃ……言わなきゃ」
 何も聞こえない何も聞こえない。メグナが何かを言おうとしているなんて全くこれっぽっちも察していない。
「―――アルド様」
「……何だ?」
 彼女が次にどんな発言をするのか、それはアルドにも分からない。只一つ言える事は―――それはきっと、紛れも無い本心だという事。
 自分はあらゆる仮面を被って、本心を誤魔化してきた訳だが、今回ばかりは仮面を外して……素直に答えるとしよう。
「アルド様、あたし、アルド様の事が大好きです。この世の何よりも愛しています。この手足だって、アルド様の為であれば喜んで差し出す事も出来ます」
「その気持ちは本当にありがたい。私だってお前の事が大好きだ。お前を喪うくらいならば、世界を失った方がマシだとも」
「……その言葉、信じてもよろしいでしょうか」
「只でさえ約束を交わしに交わして、最早手に負えない状況となっているが、それでも私は約束を守る。この手が、足が動く限りは、己が全てに懸けて―――それだけは誓おう」
 以前は誰かが殺してくれないモノかと思っていた。いや、今でもそう思っている。最強である自分はいつか超えられるべき存在。いつまでも地上最強を名乗るのは正直辛い。そろそろ世代交代をしたいと思っての事だ。
 だがそれは『勝利』の目線で言わせてもらった意見であり、本心はと言えばまた違う。
 この手が届く限り、自分の大切な人は守って見せる。仲間は絶対に死なせない。神が来ようと世界が来ようと、この刃を振るい続ける。それでも及ばなかったときは―――それこそ世代交代、という事なのだろう。
 だが裏を返せば、その時が訪れるまでアルドは負ける訳には行かない。その時が永遠に来ないのであれば永遠に守り続けるまで。恋愛下手な男の、唯一無二にして最大の愛情表現。死ぬまで―――いや。あんそくすら拒んでアルドは在り続ける。それが自分を好きになった人への、アルドが出来るまともな愛情返し。
 こんな生き方は歪だろうか。大より小を取る事はいけない事だろうか。いや、間違っていない。アルドの物差しの向きは一般のそれと比べると、真逆。真逆でなければいけない、魔王とはそういう存在だ。
「……こんな言葉だけじゃ信じられないよな。お前の過去からしてさ」
「―――いえッ、決してそんな訳じ―――ッ!」
 アルドはメグナを抱き寄せ、互いの鼻先が触れ合うほどに顔を近づけた。吐息すらはっきり聞こえるこの距離で、二人は感じていた。心臓の高鳴りを。
 その直後の事だった、闇夜が晴れたのは。不快でもなく、敵意もない。祝砲のような音も崖の方から聞こえるが―――
「…………そういう事か……」




 闇夜覆う天空に広がっていたのは、焔の花―――花火だった。何処からか放たれた花火が、闇夜を照らしていたのだ。




「成程。これが私に見せたかったモノ、という訳かメグナ?」
「え、え、え……あ、ハイッ、そうです!」
 その言葉と同時に、アルドは全てを理解した。あの試練にどんな意味があったのかを。そしてそれが正しければ、やはり失敗している事になるのだが、ある意味では成功していると言えるだろう―――それは彼女の心臓の高鳴りから分かる。
「これからも、私と共に居てくれるか?」
「―――――――――――――――――――――ハイ。この体朽ちるその時まで、あたしはアルド様と共に」
「……そうか、良く言ってくれた。有難う、メグナ。そう言ってもらえるだけで、私は救われるよ」
 アルドはメグナの後頭部を掴み、こちらへと引き寄せた。メグナは目を瞑りそれを受け入れる。
―――二人の影が重なった。
 花火はそんな二人を照らし、いつまでもそれを見守っていた。






 たとえ自分の在り方が一般のそれとは真逆であろうと、変わらないモノはある。自分の愛したそれを守っていたい。自分の愛する何かの為に、無慈悲にも他者から何かを略奪する。全ては自分と、愛する何かの為に、偏った正義を振るい続ける。
 或いはそれこそが、魔王の在り方なのかもしれない―――

























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