ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

そして二人は

 決行日は夜。宵闇が辺りを覆い隠す頃が最適だ。無論そこに予定が絡まないとは限らない―――故、我が主アルドの予定が空いていたのは僥倖と言えるだろう。
 何せチロチンの考えた作戦は夜にこそ最大限の効力を発揮する、というか心理的な問題で夜にしか効力は無い―――
 分かっている。これはある意味賭けだった。もしも決行日に、自分達の干渉できない重要な仕事が入ったならば、それだけで計画は頓挫する。ハッキリ言って、成功しない確率の方が圧倒的に高かった……もしもの時はディナントが何とかするらしいが、大方切り札でも使うのだろう。その切り札が如何なる物か、気になるところだが、しかし。事は順調に進んでいるのだ。彼の切り札を拝む日は在ったにしても、きっと今では無いだろう。
「……ここまで手を尽くしたんだ。頑張ってくれよ」
 魔王城の屋根に腰を下ろした後、チロチンは誰に語る訳でもなく呟いた。
 如何に自分達が手を尽くしたとしても、失敗など欠片も無いほどに完璧に準備をしたとしても、結局の所、作戦の成否はメグナ本人の行動による。作戦通りだったとしても、或いは失敗するかもしれないし、逆も然りだ。先程もメグナに言った通り、自分達は舞台をセットする裏方。そしてメグナは主役だ。如何に舞台が完璧であろうと、主役が大根芝居であればそれは間違いなく駄作となるだろう。それと同じだ。
裏方は只舞台を彩るのみ。成功の是非なんぞ知った事では無い。だが……
「メグナ。本当に、頑張ってくれよ……」
 チロチンはどうしようもないくらい彼女を心配していた。好意を持っている訳では無い。持ち合わせているのは友愛のみだ……いや、純粋な友愛しか持ち合わせていないからこそ、チロチンはまるで自分の事の様に、メグナを心配しているのかもしれない。






 ここ最近ナイツの様子がおかしいのは気のせいだろうか。いや、、ルセルドラグだけはいつもと変わりないが、その他のナイツの動きがどうも怪しいと言うか……奇妙だ。チロチン、フェリーテ、ディナントはいつも何処かに出かけているし、その他のナイツに関しては自分との接触を避けている始末だ。
 指摘してくれれば直すのだが、こう無視され続けてはこちらも対応の仕様がない。嫌われている訳では無さそうなのだが……
 そういう訳でアルドの話し相手は実質クローエル一人だけだった。彼女だけはいつの時も元気に、感情豊かに自分と接してくれる。こういう言い方をするのは何だが……彼女と話している時間は癒しだ。至福の時と言い換えても差し支えないだろう。
 戦闘能力皆無の侍女だが、だからこそアルドの心の休息場となっているのかもしれない。その裏表のない性格は……誰に……。






「ア、ア、アルド様……」
 今宵もクローエルと共に一日を過ごそうとしたが、そんな時だ。メグナが顔を真っ赤に赤面させながら自分を呼んだのは。
 彼女の下半身―――尻尾? も明らかに物理法則を超越した動きをしているし、彼女が何かを伝えようとしている事は自明の理である……違和感しか感じないが。
「何だ、メグナ」
「いいいいいい嫌、あのですね……その―――」
 メグナはそれきり黙り込む。何を言いたいのか分からないが、そこは魔王アルド。臣下の言を粘り強く待つ。
「その―――その―――その――――――――」
 そのまま五分。無言でメグナを見据える魔王と、『そのーそのーと繰り返す機械』の何とも奇妙な膠着状態が続いた。その光景に見合う表現はこれと言って見当たらない。只、奇妙としか言いようがない。
「私とデートしませんか?」
 詰まりに詰まって、ようやく出た言葉はこの上ない直球だった。アルドは思わず目を見開く。
「……ふむ。別に構わないが、何処に行くんだ?」
 アルドは腰を上げて、メグナを見る。
「―――はい! あのですね、あた……私、行きたいところがありまして」
 メグナが自分から要望を出すとは珍しい事もあるモノだ。従わない道理はあるまい。
「案内してくれ」
 アルドはメグナの手を引き、城を出る。いつもの狂気もどこへやら、あの軽口はどこへやら。今のメグナは必死に自分を偽っているような……無理をしている気がした。そしてどうしてそんな事をしているのか、アルドは良く分かっていた。
 今のメグナはとても魅力的だが、無理をしてまでする事では無い。今のメグナは確かに魅力的だが、自分は自然体の彼女が好きなのだ―――
 アルドは繋がれた手に力を入れた。ああ、恋愛下手から一歩進んだと思っていたが……言い出せない。自然体のお前が好きとは言い出せない。もどかしい。もどかしい。
 だからアルドは手を固く握りしめる他無かった。せめてこのデートが終わるまでは、この手を離さない―――






 メグナに案内されて来たのは、家だ―――明らかに突貫工事だが、それはこの際置いておくとしよう。自分の足元に黒羽も落ちているが、それもこの際気にしないでおこう。
 アルドはメグナを引き連れつつ、家の中へと入っていく。中は存外に綺麗で、何処にも怪しいモノは―――
『ワクワクドキドキハウス。二人で障害を乗り越えてね❤』
 虚空から死剣を引き抜き、刹那にしてそれを叩き切る。不快だったとかでは無く、読み終えたからだ。決して、その文章に生理的に嫌悪感を覚えたとかそういう事では無い。
「何だこのふざけた文章は……」
 怒り、というより呆れ、である。メグナがここに案内した辺り、彼女も何か関わってそうだが、今回はデートだ。細かい所は気にしない事にする。
「……えっと、アルド様。今のは大変奇妙な文章でしたけど、でも私が以前来たときはこんな看板は……! と、とにかく。私が行きたい所は、この家の奥にありますので……先程の看板の件は忘れて、どうか私と共に進んではくれないでしょうか」
 ……誰がどう見ても芝居であり、これがデートでなければ即刻指摘である。幾ら何でも大根すぎるのではないか、この蛇。
 ちなみに、デートでなければと言ったが、それはどういう事か。気づいた限りでは、彼女はおそらくデートの過程などどうでも良い。只この家の奥にある何かを見せたくて、それ故にこんな下手な芝居を打っているのだ。ならばそれに付き合うは主の道理。
 要は舞台と同じである。主役のミスはアドリブを利かせて乗り越える。変な言い回しであるが、今この状況における主役はメグナと自分。メグナのミスはこちらで補う。それが主役同士の掛け合いである。
「お前が何を見せたいのか。気になるところではある故……了解した。進むぞ、メグナ」
 ああ、やっぱりどうしてこんな言い方をしてしまうのか。お前の為ならば、とどうしていう事が出来ないのか。
 ああ、もどかしい。




 第一の試練 一本綱




 最初に出会った障害は、暴風が吹き荒れる中での綱渡り。崖に掛けられた一本の綱を渡れ、という事らしいが……明らかな隠蔽ミスだ。こんな脈絡も無い風景を作れるナイツなど一人しか居ない。もしかするとだが、この家を作ったのは―――
「綱渡り、ですね」
 いう事が無いのか、メグナはそのままの光景を口にした。
「そのようだな」
「……先に私が渡ります。アルド様はそこで待っていてください」
 蛇の魔人である彼女。如何に暴風吹き荒ぼうと、綱に巻き付いていれば問題は無いだろう。
 メグナはいつものように綱に絡みつき、そのままにゅるにゅると進んでいく。
 彼女の豊満な胸でつっかえて動けなくなる、という展開を予想していたが、それはあっさり裏切られた。まあ対策を取っていない筈が無いので、ある意味当然だが。
 崖縁から崖縁への距離は実に三百メートル程。暴風をモノともしないまま、メグナは向う側へ―――
「……! メグナ、危ない!」
 彼女が蛇だという事で、すっかり警戒を緩めていた。この綱。性質の悪い事に、向こう岸まであと数メートルの所が、千切れかかっているのだ。それも丁度、その部分だけが分離するように。
 暴風だけならば問題ないのだろう。だがメグナが巻き付いているという事は、この綱には全方向からの圧力が掛かるという事。そんな事をすれば当然―――
「……え」
 アルドの忠告は如何せん遅すぎた。最初から彼女を信用していなければ―――
 いや、それは有り得ない。臣下信じられずして何が王か。『彼女を信用していなければ』なんて、只の言い訳に過ぎない。
 気づけばアルドは駆け出していた。この崖の底は果てしない虚無の世界。如何にナイツと言えど、落ちれば待っているのは死だけだ。
 彼女を―――死なせる訳には行かない!
「メグナッ!」
 メグナを片手で抱き留めた後、体を捻って一回転。壁に足を掛け、三角跳びの要領で入口へと舞い戻る。メグナは……無事の様だ。
「お遊びだと警戒を緩めた事は失策だったな。本当に申し訳ない、メグナ。綱は―――もう使い物にならないようだ」
 アルドが見据える先にもう綱は無い。先程の部分が分離した事で、橋としての機能を失ったのだ。メグナも僅かに遅れて、崖を見―――絶句していた。
  無理も無い。自分に何かを見せたかったのに、そこへの道のりが失われたのだから。これでメグナの望みは潰えて、この家にいる意味も無くなるわけだが、
「だが安心してくれ。最奥へは必ず行こう」
「―――え?」
 ここで引き下がってしまっては『勝利』の名折れだ。それにメグナの悲しい顔は見たくない。
「私に見せたいモノがあるのだろう?」
 アルドは元気づけるように微笑み、メグナを改めて抱きしめた。
「何だか恥ずかしいがな。お前が私に見せたいモノ、私はお前と共に見てみたい。お前がここまで連れてきてくれたのだ。こんな所で簡単に引き下がる程どうでもいいモノを、わざわざ私を誘ってまで見せるお前ではあるまい―――だから」
 アルドは少しばかり後ろに下がると、助走をつけて跳躍。
「どんな無理をしようと私は押しとおる」
 最初からこうすれば良かったのではと思うほどに、あっさりと辿り着いてしまった。二人で障害を乗り越えるというルールな訳だが、アルドは早くもそれを破ってしまった。
 明らかなルール違反だが、どうでも良いだろう。
「さて、次に行くぞ」
 アルドはメグナを降ろして―――
「……メグナ?」
「    ないです」
「え?」
「離れたく……ないです。離さないでください」
 それは余りにも彼女とはかけ離れた言葉。だがそこに偽りは無かった。それは彼女の真髄―――本心の様に聞こえた。
 気が強く、誰に対しても強気で話す彼女。だがその本心は……
「……仕方あるまい。ならば私の体を離すなよ?」
「……はい」
 メグナを抱えたまま、アルドは再び最奥へと歩き出す。自分を誘うほどに見せたいモノ。こんな経験は初めてだが、さて……。

























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