ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

私は私として 後編

 アルドとメグナをどう良い雰囲気に持っていくか。ナイツの間では大陸侵攻さながらの勢いで会議され、結果としてはファーカと似たような状況を作り上げればいいという結果に落ち着いた。
 あの時はこちらから頼み込んだとはいえ、ファーカから見ればアルドから持ち掛けてきたデート。今でもファーカには黙っているが、本当にアルドには感謝している。御蔭で少しだけ生意気な口調にはなってきたが……ファーカは自信を持つようになった。礼節が失われる事を良い事と言うつもりは更々無いが、彼女が元気になったのであればそれでいい。
 だがメグナは別だ。ルセルドラグとの口論もある以上、決して表面上すら御淑やかとは言えないし、その内面もまた然り……フェリーテのようにしろとは言っても出来ないので言わないが、少なくともファーカみたいに表面上は敬語を使ってもらいたいモノである。そうすれば内面はともかくとして、取り敢えず外見は淑女になる筈だ。アルドの好感度もきっと上がる事だろう。
 まあそれは永遠の課題として。
 メグナはその表面こそ気が強いなんてレベルじゃない女だが、その内面は恋愛下手な乙女である。一体全体どこの魔王だと言いたくなるが、彼女のその刺々しさが生み出した副産物だ、自業自得である。そこに問題はない。
 では何が問題かって、彼女の過去を知っていればあんな性格になった事に納得がいくことが問題なのだ。より正確に言えば、むしろこの程度で収まった事が僥倖。本来はもっと暴走していてもおかしくなかった。そこを言及するにあたって外せないのが、我らが魔王、アルドである。
 彼女との出会いは、まさしく偶然のようなモノだった。あの時メグナが助けを求めていなければ……それが人間であると知りながらも、恥を捨てて助けを求めていなければ。彼女はここに居ないし、アルドもまた助けなかった。まるで知っているかのように話しているが、これは飽くまでルセルドラグの受け売り。個人としては何も知らない。
 ではどうしてこんな昔話を引っ張り出したか……それはメグナとアルドの出会いが、偶然だった、という事。チロチンはここを重要なポイントと見ている。ここを上手く活用できれば好感度はぐっと上がるだろうし、現状間違いなく好感度が高いフェリーテにも追いつけるかもしれない。
 頭を悩ませながらも、ついに思いつくことが出来たと言うのに……
『決行は二週間後』
 アルドが二週間後にレギに旅立つなんて、考慮している訳があるまい。確実ながらもゆっくりとした方法は、優に二か月はかかる。同じ『二』ではあるが、この間に生じた乖離が如何に絶望的か。少なからず教養のある人物ならば容易に理解できる事だろう。
 ともすれば計画の練り直しは必要だ。どうにかして迅速かつ確実性の高い―――猶予二週間以内に実行できる作戦を考えなければ。






 その話を聞いて、フェリーテは難しい顔を浮かべた。余りにも突然で、余りにも内密なその動き。アルドはこちらの動きを知らない故、こちらの都合など知った事では無いのだろうが、それはこちらも同じ事。アルドの急な用事など知った事では無いのである。
「謠とは誰じゃ?」
 どうやらフェリーテが気にしている事柄は少しずれていた。らしいと言えばらしいので、別に面白くも無いが。
「チロチン、お主の視た光景をもう一度話してくれんか?」
「―――何か捉え場所が違くないか?」
「……後生じゃ」
 そこまでか、という言葉が口から出かかるが、これ以上は面倒だ。チロチンは一度がっくりと項垂れた後、さもどうでも良い事のように言い始める。
「言葉は聞こえなかったけど、その謠って奴に膝枕されながら、アルド様は何か会話をしていらした。内容は何故か聞こえないし、あの二人もこっちには気づいてなかったが―――アルド様の顏は……輝いていた。はい、お終い。それで、『思考辿り』だか何だか知らないが、何か分かったか?」
「……誠に信じがたい事じゃが、主様の思考から謠なる人物の情報は一切出てこなかった……いや、語弊があるの。謠という人物自体は出てきている。只その記憶には、一切の情報が無い」
 フェリーテはある人物の思考から出てきた人物の名前を辿って、その人物の思考すらも探る事が出来る力を持っている。それは万物に宿る情報に干渉する能力で在り、フェリーテに調べられない情報は存在しない筈……なのだが。彼女曰く、その名前には情報が無いと言う。情報が無いのでは干渉のしようが無い。故に分からない。フェリーテはそう言いたいのだろう。言い方から察するに、前例も無いらしい。
「……尾行してみるか?」
「いや、それは愚策じゃ。妾は弱体化しているとは言うても、元は始祖じゃ。ある程度の干渉権限だって持ち合わせておる。そんな妾が欠片程も干渉できぬという事は―――」
「……事は?」
「謠なる人物は妾を凌駕する権限を持っているという事じゃ。こんな事は言いたくないが、主様よりも―――」
 それ以上の言葉は紡ぎようが無かった。それはチロチンすらも薄々勘付いていたのだから。だが信じたくなかった。地上最強はアルドであるとそう信じ、謳っていたかった。
 世界は―――予想以上に広いらしい。
「ともかく、この話は一旦中止じゃ。二週間後に行くという事は、二週間は滞在しているという事じゃ。その間に何とか考えるとしよう」
 フェリーテが話を切った理由は……玄関口より響くアルドの足音を察知したのだろう。一応チロチンの私室で声を抑えながら会話していたが、五感の鋭いアルドには気づかれる恐れがあると、そう思ったのだろう。
 逆らう道理はない。チロチンはマントを翻し、再び姿を消し―――
「待つのじゃ」
「……何だ?」
―――この事はくれぐれも他の者に伝えるでないぞ?
―――尽力しよう。
 思考の中でそう言った後、チロチンは今度こそ姿を消した。








 二週間。一見して長いようにも見えるが、それは実に、実に短い。
 というのも、アルドは常に何かしらの予定に沿って動いているのだ。例えば、アジェンタに派遣した魔人の状況やら、人間への対処やら。政務に限らず、アルドは人知れず国民の為に動いているのだ。最低でも一週間はこれで潰える。
 残りは一週間。
 では残りの一週間は暇なのかと言えば、そうでは無い。残りの一週間は大体ナイツの誰かしらとデートしている(ファーカとデートして以降、アルドから誘う事が多くなった)。三つ目の切り札を使用して集めた限り、一日目はフェリーテと。二日目はオールワーク及び侍女一人。三日目は、午前中にヴァジュラ、ユーヴァンと共に子供の魔人達と遊び、午後はワドフと……この辺りの詳細は知らぬが仏。四日目はディナントと丸一日立ち合い―――
 残り二日。酷い隙間だ。というか、ナイツ総意で協力すると言っておきながらこれはあんまりではないだろうか。
 だが強くは言えない。実際の話、何か思いついたのは昨日だったか今日だったか。余りにも丁度良すぎたそのタイミング。狙っているとしか言えないが、狙えるモノでもあるまい。
 さて、では決行する前に打ち合わせと行こうか。








 円形の机越しに八人が向かい合う。ここでは立場など無意味。あらゆる者が平等に発言権を持つ神聖な場所。円卓。
 脇に侍女が一人いるが、そこは気にしないでもらいたい。
「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない。実は数日前、ある事実が判明して、急遽猶予が二週間になった。お前達も知ってるだろう? 二週間後は―――『皇』の命日だ」
 皆の顔が僅かに暗くなる。あの事実を伝えないようにと考え抜いた結果、この事実を使用させてもらった訳だが……これは本当だ。偶然にもアルドが旅立つ日は皇の命日。納得とかそれ以前に、こんな事実を利用する自分に嫌気が差してくるが、こればかりは仕方が無い。後で彼女の墓に謝りに行こう。
「一……いイ?」
 ディナントがそう言って立ち上がるが、すかさずフェリーテがそれを制する。
「あー暫し待てディナント」
 フェリーテは円卓に手を付き、静かに一言。「『死考写しこううつし』」
 特に魔力の流れは感じられないので、妖術だろう。「ディナントの思考を、お主らの魂と直結させた。これで会話は円滑になる筈じゃ」
―――その日が皇の命日だと言うならば、その後にすれば良いのでは?
「いい質問だディナント。だがそれも無理だ。何故ならそれ以降、アルド様はアジェンタ大陸に行きっきりになってしまう。以前フェリーテが付いて行こうとして断られた事から鑑みるに、あっちに行っている間はこちらからの干渉は出来ないと思われる。仮に出来たとしても、それは良い雰囲気とは言い難いだろう? それ故の二週間だ」
―――成程。
 勿論嘘だが、嘘と見抜けぬ程度に真実を混ぜている。他大陸に行きっきりとか、こちらからの干渉は出来なくなる、とか。
「ではこれから私の案を話したいとは思うが、その前に聞きたい。いい案はあるか?」
「俺に話させろん」
 立ち上がったのはルセルドラグ……だが、姿は確認できない。
「アルド様の食される料理に媚薬を混ぜ、その時にメグナを突っ込む―――」
「却下です」
 真意の視えぬその発言に反応したのはファーカ。気づけばファーカは死鎌を取り出し、姿の視えぬルセルドラグに刃を突きつけていた。
「何のつもりだ」
「そのセリフ、そっくりそのまま返しましょうルセルドラグ。そのような不埒な行為、私が許しません」
「貴様が不満だと言うならば、二人で突っ込めば良かろう」
 女性は突っ込む側ではなく突っ込まれ―――何を言っているのだ。危うくルセルドラグに感化されるところだった。
 無意味に咳ばらいをした後、チロチンは二人の間に割って入る。
「ルセルドラグ。悪いがそりゃ無理だ」
「ほう?」
 恐らくその言葉に怪訝な顔を浮かべているのだが、どうにも気が進まない。ナイツが持つ最強手段、第三切り札はアルドとその本人以外の全てに隠匿されている。いざ裏切られた時の為に戦う為だ。
 こんな所で開示するのは困るのだが……
「私の第三切り札によると、二人が例え襲った所でアルド様は理性で暴走を抑える可能性がある。仮に抑えなかったとしても、初心の二人程度じゃ、アルド様に逆にやられる可能性しかない」
「……? アルド様は初心でないと?」
『初心ではあるが……察せよ。これ以上切り札の詳細開示はしたくないから何も言わないが、ともかく駄目だ。無理だ」
「……そうか」
 意外とあっさり引き下がった所を見ると、ルセルドラグは単にメグナをからかいたかっただけなのだろう。だが予想外にもファーカの逆鱗に触れてしまい、引き際が無くなって困っていた……そんな所か。狙っていたメグナにおいてはずっと沈黙しているのも相まって、ルセルドラグが空気を読んでいないように見えるが、それはきっと気のせいではあるまい。実際空気を読まないし。
「……さて、阿呆っぽい案を一蹴した所で、私から案を語らせてもらう。メグナ、これは全てお前の為に考えた作戦だ……」
 チロチンはマントを翻し、姿を消した。……直後、彼が現われたのはメグナの背後だった。
 ……チロチンはメグナの肩に手を置いて、可能な限り優しく語る。
 「失敗するな、とは言わない。俺達の苦労を水の泡にする気か、とも言わない。私達は舞台裏。主役はお前とアルド様だ―――これから作戦を語るが……頑張れよ」
 メグナにだけ聞こえるように言った後、チロチンは円卓をゆっくりと外周しつつ、皆に聞こえるようにはっきりと言った。
「ではまずッ。第一段階についてだが―――」





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