ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

ナイツの絆

「随分と遅かったな」
「抜け出す言い訳が思いつかなくて……」
 あははと笑うワドフだが、彼女の事だ、言い訳がものすごく下手糞だったのだろう。それにしてもたかだか説得ごときに、どれだけ時間を掛けたのか。只抜けるくらいどうという事はないだろうに。
「まあいい。今お前を呼びつけたのは他でもない、お前を城に招待する為だ」
 何だかんだ放置していた事も謝っておくべきだろう。状況が状況故に仕方なかったとはいえ、二度も放置された彼女の心境は察する事すら出来ない程に酷いモノがある。
「後は……その……済まない。散々お前を放置した事は……中々返せるようなモノじゃないのは分かっているつもりだが……その……うん」
 自覚はある。自分は謝るのがあまりにも下手糞すぎる。強がる事は一流故の弊害なのか、弱気になるような行為はあまりにも下手くそだ。直そうと頑張ってはいるが、これがどうにもならなくて……
 難しい顔で一人悩むアルドに、ワドフは太陽のような笑顔で返した。
「別に気にしてませんよ。アルドさんに放置された事で私は強くなれたんですから」
「放置……すまない」
「あッ……そういう意味じゃなくて、ですね……すみません」
「いやこちらが謝ってしまったのが済まないのだ。すまない」
「いえいえこちらが―――」
「いやいやこちらが―――って、終わらなそうだぞ」
 いつだったか、キリーヤとも似たようなやり取りをしたような気がする。その時はフェリーテに『いつまでやっとるんじゃ』と突っ込まれたが、生憎今はそんな突っ込み役は居ない。どちらかが折れなければこのやり取りは無限に続くのだろう。自分から切るのは如何なモノかと思うが、そうでもしない限り終わる気がしないので、切らせてもらった。
「ともかく、私の城にまで来てほしい。付いてきてくれるか?」
「……はいッ! 勿論ッ!」
 ワドフは自分の片腕に組み付き、体を預けてきた。
「……何だ?」
「え、腕を組んだだけですけど……?」
 彼女の情意からは邪なモノなど一切感じ取れなかった。アルドは目を逸らして静かに言う。
「……いや」
 とことん自分の弱さが嫌になる。求められれば断れないのも、全く実に考え物だ。






「メグナ……見るからに機嫌が悪いですね」
 魔術で形成した椅子に腰を掛け、ファーカは余裕そうな表情で紅茶を口につける。隣で佇むチロチンはさながら執事のようだが、最早そんな光景を見てもからかう余裕が無いほどに、メグナは憤慨していた。
「当たり前でしょッ? 最初聞いた時は殺意が湧いたわよ! 何だって新しい仲間が女なのよ!」
「ふむ。貴様が怒る気持ちは良く分かるん。新たな女が増えれば増える程、貴様に余裕は無くなるからな」
「よ、よ、余裕がない訳無いじゃない! 何だかんだで私はアルド様から愛されてるし? 勝者の余裕?」
 それはどうひいき目に見ても余裕があるようには見えなかった。ルセルドラグの揶揄いには悪意があるが、それは反論できない程に正論だった。
 だからこそメグナも苦し紛れの否定しか出来ない。本人が一番良く分かっているのだ。アルドとここ最近の交流が無い事は。
「まあ負け組メグナは既に手遅れだとしてん、ときにファーカ。貴様はどうしてそう余裕なのだ?」
「え…………知りたいですか?」
 こういう顔をウザい表情というのだろうか。皆から顔は見えていないにしろ、ルセルドラグの心からは黒い感情が湧いて出ていた。
 だがこれが勝者の余裕というモノだ。他人をイラつかせるほどの余裕。勝者の余裕とは冷静で、そしてウザくあるモノだろう。
「お教えしてもいいのですよ?」
「特に」
「うんうん。ルセルドラグも知りたいのね。分かったわ。じゃあ私が何でこんなに余裕か。その訳を教えてあげようかな」
 ウザい。只ウザい。果てしなくウザい。果たしてファーカはこんな人物だっただろうか。もっと常識的で、良識のある魔人―――
 そうでもないか。
「良く考えてみてくださいな。私達はアルド様の忠臣よ? そんな何処の馬の骨とも知れない女性に後れを取る筈が無い、そうでしょう?」
「……だそうだが、負け蛇メグナ
 メグナの裏に隠された意味に彼女は気づいていないようだが、知らぬが仏、言わぬが華である。
「―――そ、そうよね! 好感度に置いて私達が後れを取る事なんてないモノね、安心だわ……って、そんな訳ないでしょッ」
「見苦しいノリ突込みだ」
「うっさい! 確かに最初は私達が優勢かもしれないけど……でもその女が積極的だったらいずれ追い付かれるわよ?」
 メグナの指摘は尤もな事だ。幾ら後から来たと言っても、その後の動き次第では好感度的に追いつかれてしまう……ここ最近アルドとの個人的な交流のない彼女からすれば、このような危惧は至極当然の事であった。
 ナイツ最初の仲間であり、おそらくはぶっちぎりで好感度の高いフェリーテには、一生をかけても理解しがたい話ではあるが。
「それが余裕が無いって言うんですよ。メグナの危惧は尤もな事ですけど、でも一番重要なのは、自分に自信を持つ事でしょ?」
「……うん、まあね」
 メグナがここまで丸くなっていること自体珍しい出来事だ。それ程までに焦っているか、或いはファーカの言っている事が似つかわしくない程に正論だからか。ルセルドラグからすれば両方だが、真意は如何に。
「……はあ」
 メグナがいつにも増してしおらしい影響か、ルセルドラグもそれ以上メグナを揶揄おうとはしなかった。やはりこの二人は何だかんだで仲が良い。何だかんだでお互いを好いているのだ。だからどちらかの元気が無い時は、何もしようとはしない。する気が起きない。
「ま、両方ともその事は気づいちゃいないんだろうがな」
「ん、チロチン。何か言った?」
「別に。他のナイツ―――フェリーテやヴァジュラはどう思ってんだろうなと気になっているだけさ」
 適当に返した言葉だったのだが―――それは以外にも名案だったらしい。落ち込んでいたメグナが顔を上げた。
 そして同時に理解した。メグナは慰めてほしいのではない。自慢されたいでもない。同じ気持ちを共有できる人が欲しいのだ、と。
 尤もこのメンバーでは、その気持ちを察せられるのも自分しか居ないだろうが。
 カテドラル・ナイツ。分かってはいたが、曲者が多い事で。




 当然だが、こんな質問は馬鹿すぎるのだ。『今日、新たな仲間が来るけど、そいつは女なんだ、どう思う?』なんて、そんな事を聞かれても、
「……どう思うって」
「言われてものう」
 これくらいの反応しか出来ないのが精々だ。そんな漠然とした質問をされても、漠然とした答か困惑のどっちかしか返せないなんて決まってる。
 しかしあまりにもメグナが哀れなので、ここは一つ助け舟を出す事にする。
「お前達はその女性よりもアルド様を愛している自信はあるかって聞きたいんだよ」
「……勿論」
「そこまでの愚問も中々あるまい。もう少し言葉を直すならば、今更何聞いてやがる、って所じゃな」
 即答だった。特に時間は測っていないが、二秒未満なのは確定事項だろう。
「―――で、メグナ。女性陣の感想を聞いた訳だが、どう思った?」
「……どうもこうも、皆自信持ってるなって感じだわ……まさかヴァジュラまで」
 いつもは気丈に振舞っていただけ、という事だろうか。一番気が強そうに見えて、その実一番の軟弱者はメグナだったらしい。いや、だからこそあらゆる事に刺々しい対応をしていたのかもしれない。
「じゃが、メグナの言っている事も分からん事では無い。主様が自分を愛してくれているのか、そして仮に愛していたとして、そんな主様に自分は応えられるのか。そんな所じゃろう?」
「……」
 偽る事は出来ない。フェリーテの前では虚偽なんて無意味だという事は、この城にいる皆が知っている。
 だからこそ、その沈黙は本心。メグナの素直な思いであった。そのあまりにも素直で、脆弱な思い。一体誰が貶す事など出来よう。
 ルセルドラグでさえ罵倒を控える程に―――それは紛れも無い、乙女の心なのだから。
「―――そうじゃの。……メグナ。お主がそこまで主様を想っておるのならば、そろそろ行動を起こしたらどうじゃ?」
「―――行動?」
 フェリーテはいつものように鉄扇を開いて口元を隠した。
「そろそろ主様を誘っては如何かと言っているのじゃよ。ああ床にではないぞ? デートという奴じゃ。そうすればお主の好感度も……上がるんじゃないかの」
「でも……私何処に行けばいいとか知らないわよ?」
「お主は一人では無い。妾達がいるであろう? 妾達は恋敵で在ると同時に同じ主を想うモノじゃ。その恋敵が委縮しているならば助ける。妾達は飽くまで対等な立場で在りたいのじゃ。もう回りくどいから直に言うが……お主の悩み、解決して見せよう」
「本当ッ?」
「以前主様の事を教えると宣っておきながら教えようとしなかった詫びと思え。今宵はナイツ総力を以て、お主を助けよう」
 フェリーテは鉄扇を閉じ、チロチンの方を向いた。……何だかメグナを助ける事がナイツの総意であるかのようになっているが、まあ仕方ない。ここでメグナに落ち込んでもらっていては後に支障を来しそうだし……
「了解した。迅速に集めてこよう」
 大陸攻略後とはいっても、情報収集係のチロチンに休みは無い。誰かに小間使いの様に使われて、使われて、使われるだけだ。
 その事については別に気にしていない。自分の役割とはそういう役割だ。女性陣への気遣いと、男性陣の性格を考慮した上で犠牲になったと考えてくれればいい。
 まるで仕方ないなとばかりの返事をしているが―――今回の仕事は、自分でもどうかと思うほどやる気に満ちている。何故ってそれは……大半の男ならば理解してくれるだろう。
 どんな関係、どんな流れで請け負った任務だったとしても、女性の笑顔というものは、男性にとって最高峰の報酬なのだ。やる気を出すのは至極当然というモノだろう?
 チロチンはマントを翻し、空間の外へと出た。



























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